第2話 生徒会長の中村くん

 助けたはずの女子生徒が名乗り出てくれることは、最後までなかった。


 理想と違う、最悪の高校デビュー。

 しかも、金髪ピアス先輩は二年の番格だったらしく、敵討かたきうちだか何だか知らないが、それからは毎日喧嘩を売られる日々が続いた。

 初めは謝って、逃げて、やり過ごそうと思ったのだが、結局、あまりのしつこさに耐え兼ねて手を出してしまった。


 そして、一度返り討ちにすると、事態は更に悪い方向へと転がっていった。


 翌日には三年の不良にも狙われるようになり、それを倒すと、今度は他校の生徒に狙われるようになり――って、もう説明しなくても分かるよな。

 いつのまにか俺は、地元じゃ知らない者がいない程の札付ふだつきのワルになっていた。

『おまえはそうなのだ』と、誰もから指を刺される存在になってしまっていた。

 

 ちなみに二つ名なんてものまである。

 それが――妖怪サトリ。

 さっきからヒソヒソ聞こえて来る、最悪な呼び名だ。

 誰がつけたかは知らないが『相手の攻撃を全て避ける姿が、まるで心を読んでいるみたいだから』というのが理由らしい。

 

 親から貰った大事な名前に、妖怪って枕詞は酷いだろ。泣けてくるわ、まじで。

 

 だが人間不思議なもので、『お前は不良だ』と言われ続けると、徐々に心までその通りに変化していくらしい。

 態度も言葉遣いも、随分と悪くなった。中学の頃の面影はもう無い。

 無意識の内に〝周囲の期待〟に合せるようになっていたのかも知れない。

 結果、三年になった今、俺は立派に不良たちの頭に収まっていた。

 

 ま、今時、不良なんて流行らないのか、仲間は極小人数しかいないけどな。

 というわけでお約束なのだが、もちろんクラスではボッチ確定だったりする。

 

「……おっと、ボーっと回想してる場合じゃなかった」


 ガラスに映った自分の凶悪面から慌てて視線を外す。

 ナルシストじゃあるまいし。この期に及んで、ナルシスト疑惑まで持ち上がったら、それこそご近所を歩けなくなってしまう。  

 それに今日は、急がなければならない理由もあるしな。 


「取引の期限は今日までだ。今日こそ〝ブツ〟を受け取りに行かねえと……」


 ――ドサッ


 俺の言葉に、近くを歩いていた女子が鞄を落とす。

 恐怖に固まった表情で、こちらを見つめる。そして、

 

「――い、いや、私、何も聞いてません。ブツとか取引とか……何も聞いてませんから! 東京湾に沈めるのだけは勘弁してくださいィィィ」

 

 泣きながら逃げていった。


「またやっちまった……」


 泣きたいのはこっちだっての。俺は力なく肩を落とす。

 つっても『ブツを受け取りに』って、完全に売人的なヤバい奴の台詞だよな……そりゃ逃げもするわ。

 もっと気を付けないと。こちとら笑顔一つで警察を呼ばれるナイスガイなのだから。

 赤子の頃から、『可愛いお子さんですね』の社交辞令一つ貰ったことのない凶悪顔は伊達じゃない。

 七夕の短冊に、妹が『おにいちゃんのかおがなおりますように』と書いたのを見たときは、一週間ずっと無心でアリの巣を眺めて過ごしたものだ……。

 

 そんな悲しい思い出にかぶりを振り、俺は足早に校舎の外へ出る。

 学校が終わってすぐに向かえば誰とも会わないだろう。

 昨日はブツの受け取り場所の近くに学校の奴がいたせいで、手ぶらで帰宅することになっちまったからな。

 また、同じ轍を踏むわけにはいかない。取引期限は今日までなのだ。

 もし取引に失敗でもしたら、アイツにどれだけドヤされるか……。

 

 自然と歩幅が広くなる。

 まだ誰もいない校庭の真ん中をショートカットする。砂埃が立ちズボンの裾が汚れるが気にしている暇はない。

 そのまま正門を抜けようとした時――そこに一人の男が立ちはだかった。


「ちっ、またお前か、中村……」


 ギリギリと、無意識に奥歯に力が入る。


「天下の生徒会長様が、何の用だよ? 待ち伏せとは、いい趣味してるじゃねえの?」


 口をついて嫌な言葉が出る。

 勘違いしないで欲しいが、俺は誰にでもこんな態度をとるわけではない。コイツとは色々因縁があるのだ。


 ――この男の名は中村悠なかむら はるか


 姫杖高校三年、生徒会長にして、学園創設者である理事長の孫。

 細身の長身、銀フレームの眼鏡の奥に光る鋭い目つき、しわ一つ無い制服をピシリと着こなす姿がイヤミったらしい学園の犬だ。


「好きで待ち伏せしていたわけじゃない。お前が逃げ回るからこうでもしないと捕まえられなかっただけだ」

「逃げてるだと……お前が毎度毎度、同じ話しかしねえから、相手したくねえだけだよ。いい加減ウンザリなんだよ。いつも言ってんだろうが、全部濡れ衣だってよ!」

「濡れ衣かどうかは俺が判断することだ、お前の意見は聞いていない」

「くっ、てめえ……」


 相変わらずの頭ごなし。人の話を聞く気など毛頭ない。


「…………こっちは急いでんだよ、手短にしろよな」


 逃げても、また追いかけられるのは目に見えている。ここで言い争いをして長引かせるくらいなら、こっちが折れてさっさと話を終わらせた方がいい。

 どうせ用件はいつもと大差ないのだろうから。


「で、今度は俺がどんな悪さを働いたって? 万引きか? 喧嘩か? 何の苦情だよ?」

「コンビニ強盗だそうだ」

「誰がするかっ!?」


 それはもう不良のやんちゃレベルじゃねえだろ! 警察行けよ、警察!


「強盗とは言っても未遂だがな。マスクをしたデカい強盗で、店員が慌ててカラーボールを握ったら何も盗らずに逃げ出したそうだ」

「…………」


 ……そのコンビニ強盗……俺じゃねえか。いや、強盗じゃねえよ! 


「それは確かに俺だけれども! でも強盗じゃないから! コンビニ入ったら、いきなり店員がカラーボール構えたんだよ。そんなん慌てて逃げるだろ、普通!」

 

 あれは綺麗なフォームだった。野球経験者に違いない。

 つーかマスクしてるだけで強盗扱いされる男の気持ちも少しは考えて欲しい。優しくして欲しい。マジで。

 

「……ったく、いつもこれだ」

 

 何かにつけて疑われる。何でも俺のせいにされる。

 ちなみに前回はひったくり疑惑だった。婆さんの荷物を持ってやっただけなのに、五分後には何故か警察に追われていて、泣きながら必死に逃げたのは記憶に新しい。

 その前は喧嘩。

 更にその前は、校舎のガラスを割ったとかだったか?

 何でこう、何でもかんでも俺のせいにされるのか……ま、想像は付くけどな。

 俺がやった事にすれば誰もが信じる、丸く収まる。そう考えて罪をなすり付けようとする人間が相当数いるということなのだろう。

 本当に、嫌になるぜ……。


「いい加減にしろよ。毎度毎度、濡れ衣着せやがって!」


 いつもこうだ。見た目が凶悪だからって、過去に問題があったからって、いくらなんでもこの扱いはあんまりじゃないか?

 この一年、本当に静かに過ごしているというのに。

 不良不良と言われているが、例え鉄の拳を持っていたとしても、鉄のハートを持っているわけではないのだ。なのにコイツは事あるごとに、俺を目の敵にしてきやがって。


「生徒会長さんよ。お前には人を信じるという機能は無いのかよ?」


 俺がお前に何をしたってんだよ?

 ふと周りを見ると、いつの間にか人垣が出来つつあった。遠巻きに見ている生徒たちの息を飲む音が聞こえる。

 こいつら、今にも俺が中村に殴りかかるんじゃないかって心配してんだろうなぁ。

 実際イジメられてるのは俺の方なんだが。

 

 これ以上、ここには居たくねえな……。


「ちっ、お前のくだらねえ説教のせいで遅くなっちまったじゃねえか。こっちは急いでんだよ、もう行くぜ!」

「おい杉田。話はまだ終わってないぞ!」 

「だから濡れ衣だっつってんだろ! あとは知らねえよ。そっちでどうにかしろや!」 

 

 まだ話があるなら令状でも持って来やがれってんだ。

 中村が後ろで何かをわめいているが、俺は完全に無視を決め込む。

 何度も言うが時間が無い。今日はそれどころではないのだ。

 もし今日を逃したら、アイツに何を言われるか……。


「機嫌を損ねると面倒だからな……」

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