2人だけの夜の公園は、まるで映画のワンシーンみたいだ。


心地いい夜風に吹かれながら、先輩と2人並んで歩く。傍から見たらカップルに見えるのかな、なんて考えてしまった。

「何で急にいなくなっちゃったんですか?」と僕はずっと聞きたかったことをようやく口に出来た。

先輩は立ち止まって、「やっぱり私、何も言わずにいなくなったんだね。鷹見くんにだけは言おうと思ってたんだよ」と僕の目を見て言う。

先輩は急に走り出した。目で追うと公園に向かうようだった。

「待ってくださいよ」と言いつつ、先輩を追いかけた。

公園に着くと、先輩はブランコに腰かけていた。

ぬるくなったコーヒーを一気に飲み干し、ゴミ箱に捨てた。

街灯に照らされてブランコを軽く漕いでいる先輩は、映画のワンシーンみたいで、絵になる。

僕もブランコに腰かける。まだ少し息が上がっていた。

「私ね、いつか映画を撮りたい!って心の中でずっと思ってたんだ」と僕の顔を見ずに言う。

「誰にも言ったことはなかったんだけどね」と言いながらスマホを取り出し、僕に見せる。

そこには僕らが好きなモデルのSNSが表示されている。

『鏡を見なよ。それが本当になりたかった自分なの?』と言う文章と共にインカメで自撮りしたであろう写真が添えられている。

「俺もこれ見ました。ハッとさせられますよね」

「でしょ!このままじゃダメだーって思ってね。 親から今更子どもみたいなこと言うな、大学卒業して働きなさいって猛反発を食らったけどね」と言ってブランコを漕ぎ出した。

「確かにそうだなって思うんだけど、人生1度っきりでしょ?挑戦せずにこのまま死ぬのは嫌だなって思っちゃってさ」

「だからって連絡先まで消さなくてもいいじゃないですか」

「ごめんね、自分を追い込みたくてさ。」と言って顔の前に手を合わせた。


僕は目を擦った。少しずつ視界がぼやけてきて、先輩の声も聞こえにくくなってきた。手首に鼻を近づけると香りが薄くなってきている。

終わりが近づいてきている。本当に伝えたいことがまだ言えていなかった。

「葉月、好きだよ」とずっと胸の奥に溜め込んでいた想いを伝えた。

先輩は一瞬固まり、大きく目を見開いた。ほんの少しだけ口角が上がったような気がした。

「覚えてます?サークルの新歓で、先輩が酔っ払って俺に抱きついてきたの。それから先輩のこと意識し始めて…」と言って、言葉を切る。

栓が抜けたように先輩への想いが溢れ出ていた。話しすぎたかもしれないと少し後悔をしつつ、先輩の方へ目をやる。

先輩は、「そんな事あったっけ?酔ってたから覚えてないなー」と軽く首を傾げていた。

「こっちは心臓バクバクでしたよ!」と僕は少しおどけた。

「それからSNSで同じバンドが好きなことが分かって、意気投合して、ちょくちょく飯食べに行ったり映画観に行ったりして」と僕は告白を続けた。先輩はうん、うんと頷きながら聞いている。

「先輩には常にって言いくらい彼氏がいて、僕にも彼女がいた時期はちょくちょくありますけど… 『本当に私の事好きなの?』って最後は皆決まり文句のように言ってお別れするんですよね」と言って僕はふぅーっと息を吐いた。

「音楽も小説も映画もドラマも… 僕の身の回りに転がっているもののほとんどが、先輩との想い出が混じっていて、忘れようって思ってもなかなか過去の人になってくれませんでした」

僕は先輩の目を見て、「もう弟ってポジションは嫌です。僕と付き合ってくれませんか?」とありったけの想いを伝えた。

急に目が霞んだ。僕は目を擦るが良くならない。

先輩が口を開いて何かを話しているが、僕の耳には何も聞こえてこない。

僕は「何て言ったんですか?」と聞き返す。

急に目の前が真っ白になった。先輩の声の代わりに、アラーム音のようなものが聞こえてくる。 僕の手首から香りはしなかった。

薄れゆく記憶の中で、この世に神なんていないのかクソッタレ!と悪態をついた。


タラン、タラン!タラン、タラン!と目覚ましの音が流れてくる。

僕は眠気まなこを擦りながら、アラームを解除する。

いい所で目が覚めたような気がするが、どんな夢だったかはっきりとは思い出せない。頭がぼんやりとしている。枕元に空になった香水が転がっている。先輩の顔が浮かんだ。過去に戻ったって思っていたけど、やっぱり夢だったのかと少しガッカリする。


タラン、タラン!タラン、タラン!と再びスマホが鳴る。スヌーズになっていたらしい。

スヌーズを解除して、スマホを枕元に置こうとしたときに、何かの通知が目に入った。

ロック画面に『葉月さんから友達申請が来ています』と表示されている。先輩からだった。

すぐにアプリを開き、許可をする。

固定された投稿には『ついに念願の映画が出来上がったー!』という文章と共に、スクリーンの前でバンザイをしている先輩の写真が載っている。スクリーンには『使いかけの香水に、君を想う。』と書いてある。

ブッブッとスマホが震える。

『友達申請ありがとう。祐樹が過去の私に会いに来てくれたおかげで映画が出来たよ。香水×タイムスリップっていうアイデア頂いちゃった!笑今度上映会をするから会いに来てね。まあ、上映会っていっても小さなライブハウスを貸し切ってするんだけど』と書かれてある。

僕は空になった香水をスマホで撮り、『必ず行くよ』というメッセージと共に送信した。

何かが始まる、そんな予感がした。


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使いかけの香水に、君を想う。 ネズミ @samouraiagent

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