使いかけの香水


サークルの飲み会の帰り、「二次会に行く人ー?」と部長が声を上げていた。

先輩は僕の袖を引っ張り、「ちょっと本屋に行かない?好きな作家が新刊出したんだよね」と声をかけてきた。

僕らはバレないように別々でサークルの集団から離れ、コンビニに集合することにした。

別にバレても問題はないのだが、「変な噂されるの面倒臭いじゃん!」と言う先輩の意見を尊重した。

 コンビニで再開するや否や、「ちゃんと巻いてきた?尾行されてないよね?」とひそひそ声で言ってきた。

僕は指でOKサインを出しながら「抜かりないです」と先輩の真似をしてひそひそ声で返答した。

先輩は堪えきれず「ふっ」と吹き出した。僕も「刑事もののドラマですか」とツッコみ、笑いあった。

彼女は目尻を拭い、「じゃあ本屋に行こっか!」と言い、僕の袖を引っ張った。


本屋に寄った後、僕らは喫茶店に入った。

「無事買えてよかった」と本の表紙を眺めながらニヤニヤしている。

目の前で笑顔の先輩を忘れまいと脳裏に焼き付ける。

「あのさ…」と先輩は何かを言いかけ、「やっぱ何でもない」と言う。

「何ですか!言いかけてやめるとめちゃくちゃ気になりますよ」と、僕はその呑み込んだ言葉を聞き出そうとする。

先輩はうーんと右斜め上を見つめながら何かを考えていた。

 先輩はポーチから香水を取り出し、「腕を出して」と言ってきた。

僕は話を逸らされたなと思いつつも、言われた通りに腕を出す。先輩はその腕を掴み、手首に香水をかけてきた。

甘すぎず爽やかな香りが鼻の中から侵入してくる。

「先輩のいい香りがしますね」と、僕は両手首で香水を伸ばしながら答える。

「香りって記憶に影響を与えるって知ってた?これで私のこと忘れられなくなったね」といたずらっ子のような笑みを浮かべた。                「これ使いかけだけどあげるよ」と言って僕に渡した。

「ありがとうございます。けど、先輩に渡せるもの何もないですよ」

じゃあさと言って、彼女はスッと息を吸ってワンテンポ間をおいた。

「先輩じゃなくて名前で呼んでくれない?」

「え、それだけ?」

「それがいいの!」

「斉藤さん」

「いじわるっ!」と言って彼女は僕のスネを軽く蹴った。

 「名字じゃなくて下の名前だよ」

「は、葉月さん」噛んでしまった。

「呼び捨てにして」と彼女はさらに要求してきた。

「…葉月」

彼女は満面の笑みを浮かべた。

「名前呼ぶのってこんなに恥ずかしいんですね」

「けどめちゃくちゃ嬉しいよ、祐樹」

「不意打ちは卑怯ですよ、破壊力ヤバいですね」

「でしょ!」と言って彼女は僕の肩を軽く叩いた。


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