第67話 恋愛の課金
清輝は由衣から役目を果たしたVRゴーグルを受け取ると、労を労うようにハンドタオルで拭き取ってクローゼットに戻した。
「もうあのゲームはやらないの?」由衣は残念そうに清輝の動きを目で追った。
「うん。もう続ける必要はないから。俺はあのゲームの中の望に自分の気持ちを気づかされたけれど、由衣が近くにいてくれるならばもう必要ないよ」
「ゲームのアイドルに気付かされるっていうのは心外だな」
「ごめん、でも常に逃げ腰の俺には由衣と向き合うだけの根性がなかったんだ。あのゲームはそんな俺の背中を押してくれたんだと思う」
由衣には清輝が本当のことを話しているのがわかった。そして、例え自分ではない自分に似たアイドルが清輝の気持ちを後押ししてくれたのならば悪い気はしなかった。
由衣はこの感覚のズレを受け入れている時点でだいぶ清輝に毒されていると感じた。
普通の女子なら怒ってもいいのに、そんな気にならなかった。
「それで、清輝、ホワイトデーのお返しは?」
「あ!言うのを忘れていた!ごめん、これから一緒に買いに行こう」
「ええ!用意をしていなかったの?」
「マシュマロとか飴をお返ししても由衣は喜ばないでしょ?だったら由衣が欲しいものでお返しするよ」
「まあ、それでもいいか」お菓子は貰うのも嬉しいが、食べ過ぎると胸ではなく違う場所が太ってしまいそうだ。
「由衣、先に言っておくけど、ブランド物とか勘弁してね」
「うーん、どうしようかな?」
「最近、出費がかさんで、貯金も心許ないなくなってきたから本当にお願いします」
大好きだ、と告白してきたくせに甲斐性がない。でも、由衣にはそんなそんんな清輝が好きだった。
「わかった、わかった。冗談だから」
✦
2人で並んで駅まで歩く。行きと違うのは、2人が恋人になっていることだ。
「本当のことを話すと、由衣に見せたライブに俺はだいぶ金を使っちゃったんだ」清輝は申し訳ないというように俯いた。
「課金ってやつ?」
「うん」
「それで、幾ら使ったの?」
「あまり言いたくないんだけど、トータルで3万円近く使ったんじゃないかな?もう考えないようにしているんだけれど」
「え?3万円も使ったの?スマホのゲームに?あんた、馬鹿じゃないの?」由衣は哀れんでいるのか、それとも呆れているのか、どちらにも思える表情をした。
「返す言葉もございません」
✦
由衣に家に来て欲しいと電話をかける前々日、時は3月10日まで遡る。
清輝は何度もやっても成功しない5回目のチェインに焦りと苛立ちを覚えていた。
元々、清輝は諦めるのが早いタイプの人間で、これが家庭用の据え置きゲームだったらとっくに諦めていただろう。
しかし、由衣に見てもらう以上、中途半端なことはできない。
そうなると、困ったときの課金頼みだ。
やはりチェィンが続かないプレイヤーがいるのだろう。コンテニューチケットが、たったの3回分なのに3000円で販売していた。
もはや買うしかない、課金に慣れてしまった清輝は3回分のコンテニューチケットを購入した。
次に衣装。さすがにミニスカサンタやメイド服でパフォーマンスをする2人を由衣に見せるわけにはいかない。
そこで、純白のドレスがモダンな黒のドレスに変わる衣装が販売しているのを見つけて購入した。これだけなのに3000円するのはどうかと思うが、清輝に躊躇いはなかった。そして最後に片翼の天使のアクセサリー。これもセットで3000円。
全部で幾らつぎ込んだのだろう。考えたくもなかったが、rプレイ中の映像を録画して確認すると、きちんとした形に仕上がっていた。
✦
「ねえ、何を考えているの」由衣からの問いかけに清輝は回想から意識を戻した。
「クレジットの請求額を確認するのが怖いなあって」
「まあ、3万円近く使ったんじゃねえ」
「でも、由衣に告白するには必要なことだった」清輝自身も本当に正しい方法だったのか疑問が残るが、あのときはそうするしかないと思い込んでいた。
「その言い方はやめてくれない?なんだか、私にも責任があるみたい」
「そんなことは言っていないよ。でも今回に関しては中途半端にできなかったんだ」
真顔の清輝を見た由衣は「嬉しいけれど、そこまでしなくてもいいんだからね」そう
言って清輝の手を優しく握り締めた。
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