第66話 成就
「由衣、どうだったかな?」
「清輝、もう1度見せてもらいたいんだけど?」
「わかった。ちょっとだけ待っていて」
清輝が手慣れた操作でアプリを何度かタッチすると、先ほどと同じシーンが由衣の目の前に広がった。
由衣は侮っていた。たかだかゲームのアイドル。本当のアイドルやアーテイストとっ同党のはずがないと。
しかし、演出や素早いフォーメーションの切り替え、そして徐々に変化する衣装を見て、考えを改めた。たかだかゲームではない。これもちゃんとしたアイドルのライブパフォーマンすだと。
「清輝、もう少し音量をあげてくれる?」
「わかったけれど、大音量は耳によくないからね」
由衣は自分に似ている望がセンターに切り替わったところで、清輝に声を掛けた。
由衣には少しだけ聞こえていた。望がセンターになり、熱唱していところでゲームをプレイしていた清輝の応援が。
「ゆーいー!」
間違いない。清輝の声だ。そしてその由衣とは希実に似ている唯でない。なぜならば今歌っているのは由衣に似ている望だからだ。
「頑張れー、由衣!」小さいが確かに清輝は声援を送っている。望ではない由衣に。
「ゆーいー!俺は由衣が大好きだあー」
由衣は自分の瞳に涙が溢れていることに気がつき、「清輝、ここで1回止めて」と再生を止めてもらい、VRゴーグルを外すと急いでハンカチで目を覆った。
「どうしたの?気分が悪くなった?」
「ううん、そうじゃないの。あのさ、あんたの告白がばっちりと録音されていたけれど?」
「え?あれ、俺の声が入らないようにセットしたつもりなんだけど・・・」
「由衣、大好きだとか言っていて、聞いていたこっちが恥ずかしくなった」
「えええ、マジで?」清輝は本当に知らなかったようだ。酷く狼狽している。
「大マジ」由衣はそんな慌てふためく清輝を見ながら、涙声で笑って答えた。
「あー、順番が逆になっちゃった」
「あのさ、すでに私は告白されているんだから、もう逆も何もないんだよ」
「それもそうか。そうだった、俺はもう気持ちを伝えているんだった」清輝は失念したのを隠すように由衣に背をむけて恥ずかしそうに両手で顔を覆った。
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「清輝。えーと、ありがとう」
「え、それって?」
「ここまで、私なのかな?とにもかくにも私に似たアイドルを育ててくれて。それにわざとセンターにしたでしょ?」
「そりゃ、センターを務められるアイドルは由衣しかいないから」
「あのさ、あんまり色々と言われると恥ずかしくなって、あんたの顔を見れないんだけど」
「いや、でも正直な気持ちだから」
清輝は背もたれのある座椅子で顔を赤くしている由衣と正座をして向かいあった。
「由衣。聞いて欲しいんだ。社会不適合者で希実さんの胸の誘惑に負けそうで、1人で寂しく昼食をとるような男だけど、俺は由衣のことをもっと知りたいし、もっともっと仲良くなりたいんだ」
清輝は由衣から一度も視線を逸らさずに最後までそう言い切った。
「うーん、どうしようかな?」由衣は焦らすような口調で体を左右に揺らした。
「ダメかな?」
「清輝、今後、希実の胸の誘惑に負けないって確信をもてる?」
「も、もてるよ」
「はあ、嘘を吐けないのが清輝の良い所なのかな」
そう言うと、由衣はおもむろに清輝に近づいて、頬に軽くキスをした。
「ひぇ、何なの?それって何なの?」
いきなり由衣から頬にキスされた清輝は、まるで乙女のような反応して後退った。
「普通の男ならキスされたら前に出て強引にでも押し倒そうとするはずなんだけど、後ろにさがるなんて、いかにも清輝らしいよ。あ、そういえば清輝はDTだからか」
由衣は楽しそうに微笑み、そして蛇口から少しずつ水が零れ落ちるように、ポトポトと涙を流した。
「今、ハンカチを渡すから。それで、泣いているところを悪いんだけど由衣の返事はOKなのかな?それともダメなのかな?」
「さあ、それくらいのことは自分で考えたら?」由衣は清輝からハンカチを受け取ると両目を覆い隠した。
ああ、すっきりした。やっぱり清輝はこうでないといけない。そんな清輝が私のことを大好きだと言ってくれた。
由衣の表情は憑き物がとれたようにすっきりとしていて、いつまでもこんな清輝と一緒にいたいと思っていた。
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