第64話 バレーボールかソフトボール
「今度こそちゃんと繋げるから、座って楽な姿勢をとって」
清輝の声だけが聞こえる。由衣は「さっきと同じことをしたら本当に帰るからね」と見えない清輝に念を押した。
口では強がっているが、由衣の気持ちは高ぶって、当分の間おさまりそうにない。VRゴーグルで顔の上の部分だけでも隠せて良かった。由衣は自分の感情を落ち着かせるために何度も深呼吸をした。
先ほどと同じように真っ暗な視界が明るく輝き始めた。
『ホップ・ステップ・アイドルン‼』
昭和に流行った流行歌のような懐かしいメロディとセンスの欠片もないタイトルコールが由衣の視覚と聴覚に絶え間なく疑問符を与え続ける。
「清輝、これは何?」一気に緊張がほどける。私のドキドキを返せと言いたくなる。
「その辺のことはスルーして」
清輝がスマホで操作をしているので、場面が忙しく切り替わる。
「おかえりなさい。プロデューサーさん」
「それで、この妙に着飾っている女の人は誰なの?」益代は事務員とは思えないほど豪華な装飾品を身につけて、衣装はこれからパーティーに行くと言っても信じてしまうようなドレスを着ていた。
「簡単に説明をすると、俺が頑張ってアイドルをプロデュースして稼いだ金を私的流用している事務員。この人に関してはあまり触れたくないから先に進めるよ」
清輝の忌々し気に答え、更に操作を続けた。
由衣の前に突然5人の女性が現れた。1人はすぐにわかった。やはり希実に似ている。青色のニットのワンピースを着ている希実に似ている女性の胸は、まるでバレーボールでも隠しているのではないかと疑いなくほど膨らんでいた。
「なんなんだろう?私はすでに嫌な気分なんだけれど」
「そんなことを言わないでよ、画面の左端にいるのが由衣に似ている望だから」
「本当にそれがややこしいんだよね。希実はのぞみ、由衣はゆいで良いのに」
「それは俺も思うけれど仕方がないよ。でも、由衣に似ている望も綺麗なアイドルなんだから」
由衣は5人並んでいる女性の左端に視線を送った。確かに美人で綺麗だと思うが、そのせいか余計に自分が似ているとは思えなかった。ただし、共通点を見つけるならば、バレーボールとは言えないが、せめてソフトボールでも良いから胸に隠して入れて欲しくなるほど、由衣に似ている望の胸は平面だった。
「胸なんか関係ないって。由衣と由衣に似ている望は美人なんだから」
「は?私は胸の話なんかしていないんだけれど?」由衣は座ったまま、適当に足を伸ばすと、近くでスマホを操作していた清輝の顔を蹴とばしてしまった。
「あ、ごめん。清輝、痛かったでしょ?」
「いや、大丈夫だよ。由衣の気持ちはわかるけれど、胸が全てじゃないから」
ガツッ、ガツッ。由衣の右足がスマホを床に置いて体を丸めている清輝の体を2回蹴飛ばした。
「痛いって、蹴とばさいでよ」
「あんた、私を褒めてるの?それとも貶しているの?」
「ごめん。言葉が足りなかった。胸があろうがなかろうが、俺はこの5人の中で由衣に似ている望が誰よりも好きなんだ」
「・・・あーあ、なんだか真剣に考えるのが馬鹿らしくなった」
清輝がどんな顔をしているのかはわからないが、おそらく馬鹿真面目な顔をしているのだろう。好きといわれるは嬉しいが、ここまでストレートに言われると気恥ずかしさ覚える。
「なんだか色々と余計なことばかり言って本当にごめん。気を悪くしていたら謝るから」
「もうわかったって!別にあんたが悪いわけじゃないから。私も気にし過ぎていた。そらから、そろそろライブを見たいんだけれど」
「丁度そこまでセッティングが終わったところ。由衣に見せるのは成功したときの録画だから」
清輝の言葉が終わると、5人のアイドルはいつの間にかライブ衣装に着替えていた。
由衣だけでなく、希実に似ている唯、それから、紗枝、玲、あかりの5人はウエディングドレスのような純白の衣装を身に纏っていた。
「清輝、やっぱり、私、このアイドルほど美人じゃないと思う」由衣は望と自分を照らし合わせて、なんだか申し訳なくなっていた。
「そうかな、由衣も美人で魅力的だと思うんだけれど」
「はい、はい、わかりました。それじゃ、そろそろ始めてくれるかな?」
清輝は何か吹っ切れたようだ。もしかしたら希実に未練があるのかもしれないが、はっきりと由衣のことを褒め称えてくれる。由衣は少し複雑だが、決して悪い気はしなかった。
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