第14話 紗枝の輝き
いよいよ紗枝のライブが始まる。ライブ会場は屋外のステージで貧相だった。観客らしき人物の影が3つしか見当たらない。これは酷い、紗枝は出て来た途端に回れ右をするか、膝から崩れ落ちて泣き出すかもしれない。
清輝が紗枝のプロデュースを始めて気づいたのは2つ。
1つ目は、言わずもがな、紗枝は勉強ができない。あまりにもできな過ぎて、紗枝の通う高校の偏差値を知るのが怖くなるほどだ。
だが、清輝が知る限り、紗枝が勉強している姿をよく目にしていた。但し、勉強した=勉強ができるにはならない。でも、向上心があるのはアイドルと良いことで、その方向を別に傾けるのが清輝の仕事だと思った。
2つ目は、落ち込みやすいこと。センターを務めるはずのアイドルが、何かある度に、落ち込んで自分の殻に閉じこもろうとされては困る。
今後もプロデュースを続けていく以上、紗枝には意識を変えてもらう必要があった。
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紗枝がおどおどした様子で登場し、曲が流れる。曲名は知らないが、紗枝の持ち歌なのだろう。明るくてポップだ。ノリも良い。
デフォルメされているので紗枝の表情が気になるが、よくわからない。もしかしたら、緊張で固まりそうになり、ライブの観客数で落胆しているのかもしれない
このままではまずい。非常にまずいことになる。
「よし」清輝は意を決して、握り締めたコントローラーに力を込めた。
「紗枝!!頑張れ!!」
清輝は声を上げ、サイリウムに見立てたコントローラーを持ち上げると力強く左右に何度も何度も振った。
情が湧いたという表現が適切なのかもしれない。ただ、紗枝がライブで落ち込んでしまっても清輝にはかける言葉が見つからなかった。
「紗枝!!俺はここにいるぞ!!」コントーラーを懸命に振りながら2回目の声援を送ったとき、紗枝に変化が起きた。紗枝が輝き出し、紗枝のイラストが次々と飛んでくる。小さいイラストが段々と大きくなり、例の短冊に願いを込めている浴衣姿の紗枝のイラストが画面を覆いつくした。
ゲームのライブなので、長くても1分。そこまで続かないアイドルゲームも多い。紗枝の浴衣姿のイラストが光に包まれて消えると、ライブは終わっていた。しかし、3つしかなかった影が倍以上に増えている。拍手している影に、右手を高々と掲げている影。
歌い終えた紗枝が「ありがとうございました」と深々と頭を下げると、「ウオオオ」という歓声があがった。地鳴りするほどではないが、Dランクの紗枝には有難い声援だ。
場面が舞台の袖に切り替わると、歌い終えた紗枝が目に涙を溜めていた。
「プロデューサーさん、私、上手く歌えましたか?」
「ああ。みんなの歓声が紗枝にも聞こえただろ?」
「はい。これは夢じゃないかって、そう思っちゃいました」
「夢じゃないし、これから紗枝の良さを少しずつ知ってもらおう。焦らずにゆっくりと」清輝はすっかり饒舌になっていた。それというのも、紗枝が初めて心の底から笑ったように思えたからだ。
「ライブ大成功‼Excellent‼」の文字が浮かび上がると、紗枝のステータスにボーナスが加算された。
なるほど、酷い仕打ちをされてきたが、この感覚は何ものに得難い気がする。
紗枝だけでなく清輝も嬉しかったが、紗枝に触れないように、笑顔で喜ぶ様子を見つめた。
この流れを途絶えさせたくない。2時間の充電を終えると、清輝はプロデュースを再開させた。ランクアップに挑むなら今しかない。オーディションに合格すれば、ランクアップできると益代が言っていた。
オーディション会場にはベートーベンのような髪形をした年配の男性審査員と、ラッパーと区別のつかないダンスの審査員。それにメイクが濃すぎるビジュアルの審査員の女性の絵が左上から順番に並んでいた。
ランクアップオーディションでは、清輝は見守ることしかできなかった。
ジャージ姿の紗枝が登場すると、さっそくオーディションが始まった。
音楽はオーディション専用らしく、清輝も初めて聞いたが、あまりセンスが良いとは思えなかった。
それにしても、胡散臭い審査員が、いちいちうるさい。
「もっと声を出して」とベートーベンが呟き、ダンスの審査員は「YOYO、ライムに乗り切れていねーぜ。勝ちたきゃみせろ、ビートを刻め。俺は上昇中、お前は吸収中」と完全にラッパーになっていた。ライムの時点でダンサーでないことは確定したが、邪魔でしかない。
ビジュアル審査員は「うーん、化粧が駄目ね」と批評していたが、清輝は「あんたのほうが駄目だ。厚化粧をやめたほうが」と呟いた。
つい審査員に気をとられてしまったが、紗枝はミスをしたものの、踊りながら上手にポースを決め、声も裏返っていなかった。
「合格」の文字とピラミッドの底辺にいたデフォルメされた紗枝が一つ上に移動した。
「ほら、みろ。お前ら何を審査していたんだ」どうして審査員に選ばれたのかわからない3人を口汚く罵った。
『ランクアップオーディション成功‼ 星野紗枝 Cランク昇格‼』
紗枝が目の前に現れて「プロデューサーさん。私、昇格できました!」と無邪気に喜んだ。
「おめでとう。紗枝なら合格できると思っていた」
「これもプロデューサーさんのおかげです。ありがとうございます」
深々とお辞儀をする紗枝に、清輝は紗枝のプロデュースのやり応えを確かに感じていた。
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