第13話 落ち込むアイドル、気張るプロデューサー 


無料10連を全て回し終えると、あとは損得勘定の損の部類に達する。この考え方もどうかと思うが、ダンスレッスンとビジュアルレッスンも終えた清輝は頭を抱えていた。

ダンスレッスンもボーカルレッスンと同様に上や下、斜め左のようにボタンが表示され、清輝は正確にタッチしていった。

しかし、紗枝はよろけて、酷いときは転倒した。


ビジュアルレッスンに関しては、そもそも手を出すのを止めた。アイドルの顔に化粧をするのだが、いつセクハラ判定を受けるかわからない。

いくらゲームの女の子とはいえ、なぜ矢印に従って口紅を塗ったり、チークを入れたりしなければいけないのだろう。清輝にはこのレッスンが着せ替え人形で愉悦に浸る男を連想させ、どうしても化粧を施す行為ができなかった。


1周目を終えたところで、2周目のレッスンは全てアイドルの自主性を重んじることにした。そう言えば聞こえはいいが、単にやる気が失せただけた。

営業に関しては、清輝が直接的に関わることはなかったが、アイドルとのコニュミケーションイベントは結構な頻度で発生した。


今どきそうそうみないが、CDの店頭販売で売り上げが振るわず、紗枝は仕事を終えて泣きそうな顔をしていた。右上にはマイクの表示が出ている。ということは何かしら声をかけないといけない。

「紗枝、大丈夫。今は紗枝のことを知らないだけだ。すぐにみんなが紗枝のことを知って興味をもってくれる」

無難な慰めだが、これくらいの言葉しか思い浮かばない。


「プロデューサーさん、無理を気を遣わないでください。余計に惨めになります」

クイズ番組で一般常識の問題を不正解したようなおどろおどろしいBGMが鳴り、「バッドコミュニケーション」の文字が浮かび上がる。

多分選択肢があっても間違えると思う。しかし、バッドコニュミケーションではないのだと思うのだが・・・



季節は春から夏に変わってしまった。益代がまるで言うのを忘れたのかのように現れて「そろそろライブに出演しませんか?」と声をかけてきた。

はっきりいって紗枝のコンディションは良くない。テンションを示すニコニコマークは最低を示す紫色に変色している。

ライブに参加するのは自由だが、それとは別でランクアップのオーディションがわるらしい。そしてランクアップオーディションはいつでも受けることができるらしい。


「紗枝、ライブだ。頑張ろう!」

「どうせ私のライブ何て誰もこないですよ・・・」

紗枝が鬱気味になっている。マイクの表示がまだ消えていなかったので「何があっても俺は紗枝を見放さない。俺は紗枝のプローデューサーであるのとと同時に紗枝の一番のファンなんだ」

歯の浮く台詞だ。しかし、清輝はそのアイイドルだけを特別扱いしているという錯覚を起こさせて、口八丁手八丁でうまく乗り切ろうとしていた。「一番のファン」という言葉は、この手のゲームの常套句だ。

清輝の真意はともかく、紗枝のテンションマークは少しだけ上昇した。

「ありがとうございます。わかりました。私、頑張ります」紗枝はほんの少しだけ元気を取り戻してくれた。

               


ライブはボーカル重視、ダンス重視、ビジュアル重視とそれぞれわかれていた。紗枝はビジュアル値が高いので、当然だがビジュアル重視のライブに出演することにした。

早速ライブが紗枝の初ライブが始まってしまう。あたふたとしていると、「ライブでは衣装や髪形を変えてみましょう」と清輝がすっかり忘れていた装備品のことを益代から教えられた。


衣装はデザイン云々ではなく、ステータス値の上昇するもの。言ってしまえば髪形が似合っていなかろうが、衣装がヘンテコだろうが、上昇するレア度高いものだけで紗枝を固めた。


紗枝がライブに出演しているときは、プロデューサーである清輝は黙って見ていることしかできないのだろか?すると、毎度お馴染み、益代が登場した。

「精一杯、アイドルを応援してあげてください」

うん?どういうことだ?ここでTIPSが表示され、どうやらマイクで声援をおくりし、コントローラーをサイリウムに見立てて振ることができるらしい。

勿論、やらなくても良い行為だ。

だが、清輝は覚悟を決めた。マイナスになりがちな紗枝をここでどうにしかしないと、アイドルを辞めて普通の高校生に戻ってもそれはそれで苦労してしまう。むしろ、アイドルの道よりも険しいかもしれない。


「頑張れ、紗枝」ライブが始まるまで、清輝は呪文のように同じことを呟いていた。

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