第12話 星野紗枝をプロデュース           

「やっとプロデューサーになれたんですね?水本さんはデリカシーの欠片もないので無理だと思っていました」

「茜ちゃん、根にもたないでよ。ごめんね」

久しぶりに顔を会わせた茜は、清輝から「ドM」呼ばわりされたのがよほど頭にきたようで、接客業の店員なのに仏頂面をしていた。


「ごめんって何回も謝ったじゃん。わかった、肉まん1つでどう?」どうにかして茜に機嫌を取り戻してもらわないと仕事にならない。不本意だが、清輝は御馳走することで茜に許してもらう方法をとることにした。

「肉まんか・・・それとピザまんもつけてください」

「わかった。それでこの話は終わりにしてね」

客が買うためのまんじゅうではなく、従業員が買うためにカチカチになった肉まんとピザまんを蒸し器に投入する。清輝が入れ終えるのを確認すると、茜は「何か聞きたいことがあるんじゃないですか?」とモジモジしながら近づいてきた。


「そうそうアイドルのプロデュース方法を聞きたくて。全てが平均値だと、どれをどうすればいいのか、初心者の俺によくわからなくて」

「水本さん、ガチャを回していますよね?」

「もちろん」

「だったら、SRとかSSRでそのアイドルが得意なジャンルがステータスが変わっています。ちゃんとチュートリアルをやりましたか?」

「益代が鬱陶しいから、飛ばせるところは飛ばした」

「はあ、そうですか。大事なことなのに。それなら、あんまんも追加でお願いしていいですか?」

「それはさすがにダメ。茜ちゃん、太るよ?」  

「また太るとか言うし!水本さんって馬鹿なんじゃないですか?」

茜からしこたま怒られ、結局、あんまんまで買わされた清輝は、いつも通り茜を駅まで送り、1人になると自転車にしっかりと跨ってペダルを懸命に漕いだ。

「女子高生ってなんなんだろう?どこでスイッチが入るか全くわかんない」マフラーで口を覆い隠して独り事を呟いた。



遅い夕飯を急いでかきこむと、清輝はすぐにスマホとVRゴーグルを連動させた。

嵌っているようで悔しいが、SRやSSRの紗枝のステータスが気になる。

タイトルコールを連打し、ログインボーナスもろくすっぽに確認せず、ガチャも後回しにして、所持しているはずの星野紗枝のSR以上のカードを探した。


あった、星野紗枝のSRカード。手を伸ばしてカードをタッチすると、カードがクルクルと回転し始めて、白い背景で微笑んでいた紗枝が浴衣姿で短冊を飾りつけている絵に変化した。


『勉強ができますように。短冊に願いを込めて SR 星野紗枝』


カードのタイトルを見て、清輝は項垂れた。よりもよって、この類なのか・・・

どうやら紗枝は自分の学力に不安を覚え、心配もしているらしい。それはマネージャーの時点でこちらもわかっていた。

しかし、人間には向き不向きがある。紗枝が短冊に願いを込めようが、賽銭箱に1万円入れようが、それは叶わないだろう。

紗枝は茜の言うところの健気なのかもしれないが、清輝には不憫に思えてしまった。

「大丈夫、俺がなんとかする」清輝は小声でそう呟くと、押し潰されそうになりそうな責任感とともに紗枝のプローデュースを始めた。



茜から教わった通り、Rでは全アイドルの能力が横並びで、期待をもてそうにない。清輝の手元にあるSRカードの紗枝は、ビジュアルの初期値だけがボーカル、ダンスよりも高く設定されていた。

そもそも、上限が100というわけではないらしく、スキルを習得すれば更に上限が開放されるようだ。


紆余曲折だらけだが、やっとプロデュースできる。紗枝は初めてプロデュースするアイドルだ。できれば一通りのレッスンと営業を見てみたかった。

営業に関しては、必ず選択肢が表示された。試しに、マイクで「メイド喫茶」や「キャバクラ」と無理難題を言っても無視された。


1度目の営業は平々凡々。清輝が何をせずとも勝手に終わった。遊園地のイベントを選択したが、紗枝は無名のアイドル。集客も望めず、結果もさほど伴わない。ただ、心無い子供から「誰、あいつ?」と言われないで良かった。そんなことを言われると紗枝以上に清輝のメンタルが傷ついてしまう。


営業の次は、ボーカル、ダンス、ビジュアルの順番でレッスンスタート。

すると、久しぶりにデフォルメされた益代がTIPSとともに現れ、「レッスンはアイドルに任せることができます。ただ、プロデューサーさんがお手伝いすると、更に上達するかもしれませんよ」と、いつものようにぎこちなく笑っている。


清輝は「上達するかもしれませんよ」の文言が引っ掛かった。

益代は「上達します」ではなく、「上達するかもしれませんよ」という含みのある言い方をした。

何か怪しい。清輝は自分で名付けたプロダクションを信用していなかった。


「うーん、どうしようかな」

清輝は少しだけ考えると、とりあえずはレッスンの手伝いをしてみることにした。

すると、レッスン室でジャージ姿に着替えた紗枝が「よろしくお願いします」と頭をさげている。

何をどうすればいいんだ?すると、まるで清輝の心を読んだように益代が再び姿を現した。


「アイドルにボーカルレッスンをしてあげてください。私が説明しますからよく聞いてくださいね」

益代の説明では、どうやら清輝が指揮者のように表示された矢印に沿って手を動かすらしい。

考えていても始まらない。どうせ1分くらいしか制限時間はないのだ。


「あーあーあー」紗枝のキャラクターボイスを担当している声優を清輝は知らなかったが、優しくて少し甘ったるい感じの声で、「クスクス」と笑うのが似合いそうだ。悪い意味ではなく、可愛い声だと素直に思った。

ボーカルレッスンを開始して10秒ほどで画面に指示が出た。どうやら、右手を一度上に上げてから下に下ろすようだ。矢印が上から下に向かっている。

指示通りに手を動かす。VRゴーグルを装着してコントローラーを上下に振っている姿を想像すると悪寒が走ったが、家の中で、しかも自分の部屋だ。清輝は開き直ると、オーケストラーのマエストロになった気分で懸命にコントローラーを動かした。


問題がなかったのは、せいぜい20秒くらいだろう。そこから先は正確に手を動かしているのに、紗枝は思うように声が出せなくなった。音程がズレて声が裏返っている。

握手するつもりで体に触れてしまった前例があるので、清輝はコントーラーがうまく反応していないのだと思っていた。


レッスンを終えると画面に「GREAT‼」の文字が浮かびあがった。

はっきり言って、どこがどう「GREAT‼」なのか教えて欲しい。紗枝は疲労困憊だし、内容と結果が比例していない。嫌味とさえ思ってしまった。


前途多難だ。今のDランクの紗枝が、最高ランクのSに到達するのは、太平洋をイカダで横断するくらいの無理難題に思えて仕方なかった。



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