第10話 マネージャーになりました

                

「本当に水本さんってデリカシーがないですよね?現役の女子高生に向かってドMなの?とか有り得ないですよ!!」

耳がキンキンする。高校生もとっくに授業は終わっているのだろう。部活動をしていない茜はこれからバイトに行くらしく、その途中でまだ大学の構内にいた清輝にお叱りの電話をかけてきた。

「いや、あれはそう思っても仕方がないよ」清輝は喫煙所で珍しく煙草を吸いながら、茜に少し語気を強めて言い返した。

「あんなものは、アメと鞭ですよ」

「俺もそう思ったんだけどさ、その要素ってアイドルの育成ゲームに要るの?」

「私も最初は腹が立ちましたけど、やればやれるほど環境が変わるのは面白いと思いますよ」

「やっぱり茜ちゃんにはMっ気があるみたいだね」

「次も同じことを言ったらグーでパンチしますから。あ、急がないとバイトに間に合わないから切りますよ!」

「ちょっと待って!今日の帰りはどうするの?」

「お父さんが迎えに来ます。水本さんと一緒じゃないときはいつもそうなんです。知らなかったんですか?ああ、急がないと!じゃあ、切りまーす」


茜を怒らせてしまったかもしれないが、平凡な清輝にはあのゲームの刺激が強すぎた。良い影響ならまだしも、悪影響しか与えてこない。あの意地悪を楽しめるのはM側の人だろうと思わずにはいられなかった。



義務感と使命感でログインする。すると清輝はゲーム内で変化が起きていることに気付いた。

事務所の外見は相変わらずボロいが、事務所の中をプロデュースできないアイドルたちが通り過ぎていく。しかし、無視をされているのか、透明人間にされてしまっているのか、誰1人話しかけてこない。話しかけてくるのは益代だけだ。


「今日からアイドルのマネージャーとして頑張ってください。それから、社長からお言葉があるようです」

最悪だ。昇格しても、またアイツの話を聞かなけばいけないのか・・・

清輝が力なく項垂れているうちに、場面は社長室に切り替わっていた。



「来たか、kiyo」

あれ?何か違うぞ。

「貴様には、本日から星野紗枝のマネージャーをしてもらう。いいか、光栄に思え!」

ぬか喜びだった。こいつを黙らせるには、とにかく実績をあげるしかない。


「紗枝の言葉は俺の言葉と思え!逆らうことは許さん。わかったら返事をしろ!」

この展開では「サー」というしかない。清輝はヤケクソになって「サー」と答えた。

「いいか!紗枝の為に尽くせ!紗枝は絶対だ。紗枝がカラスが黒いと言ったらカラスが黒いんだ」

このゲームを開発した人間は、奇をてらっているのか、それとも忘れ易いのか、単純に情緒不安定なのか、全てが当てはまるようだが、また「カラスは黒い」と当たり前のことを言っている。


「俺からは以上だ。紗枝、入室を許可する」

所属アイドルに入室を許可するって、これじゃ軍隊そのものだ。

社長から入室を許可され、体を触れてしまった星野紗枝が現れると、清輝に向かって深々とお辞儀をした。


「マネージャーさん、星野紗枝です。よろしくお願いします」

見習い期間に会ったことを記憶から抹消したのだろうか。それともこの社長から消されたのだろうか?いずれにせよ、挨拶は交したはずなのに紗枝は初対面のように振る舞っている。

だったら・・・プローフィールの欄をタッチしてみる。ここが始まりなら全てがゼロになっているはずだ。

しかし、プロフィール欄には累積イエローカードが1枚とだけ明記されている。

この設定はどう考えておかしい。ヘルプを押して気づいたのだが、「このゲームはVRゴーグルと連動されると、よりディープな育成をすることができます」と書かれていた。

こういうのを無駄な労力というはずだ。恐らく、このゲームは普通にスマホで遊んだほうがストレスが溜まらないはずだ。清輝が茜を恨めしく思っていると、「マネージャーさん、早く私をプロデュースしてくださいね」と紗枝が握手を求めてきた。

明らかな使い回し。それに、ここで手を伸ばすとイエローカードが2枚目になる。

「よろしく、初めましてじゃないんだけど、マネージャーです」と嫌味ったらしく言ってから、コントローラーを握っている両手を左右に名一杯伸ばした。

「はい、お願いします」紗枝は握手を終えたように微笑んでいる。

判定がおかしいとかいうレベルじゃない。これは結構な不具合だ。

こんなものがよく2年も続いている。そこまで考えてから、そもそもVRゴーグルで遊んでいない人間のほうが圧倒的に多いはずだ、と今更ながら当たり前のことに気が付いた。

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