第8話 説明不足
「いつまでそういう顔をしているんですか?客商売なのに、そんな仏頂面をしていたら、お客からクレームを受けますよ?」
「そもそも客なんかいないじゃん」茜の言う通り、清輝は不機嫌さを隠そうとしなかった。
ただ、最終的にVRゴーグルを買うと決めたのは清輝であって、茜は薦めてきただけだ。頭ではそう理解できても、あのゲームに関しては騙された気がしてならなかった。
「なんか水本さんの話と私が始めたときの話が違うんですよね・・・社長ってそんなに軍人みたいじゃなかったはずなんですけど」
茜は天を仰いで、過去の体験を思い出している。
「あのさ、突っ込みどころが多くて、もう何から聞けば良いのかわからないんだけど」
「あれ、水本さんが珍しく感情的になっていますね?なんだか、不思議で新鮮です」
「そうかもね。あんなヘンテコなゲームを、俺は今までやってことがなかったから」
「水本さん、どうどうです。仕事中なんですから興奮しないでください」
いつもと立場が逆転している。茜が清輝を落ち着かせているのだから。
いつも以上に来店客がいないので、清輝は簡潔に茜にあのゲームの問題点を突き付けけることにした。
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「まずは、あのオンボロ事務所と、不愛想で陰険そうな曽田手益代ってなんなの?あいつ、名前だけじゃなくて態度も悪い」
「最初はみんなそうですよ。邪険に扱われます」茜はシレっと答えた。
「斬新じゃないですか!水本さんは始めたばかりでわからないと思いますけど、アイドルたちに人気が出て売れ始めれば、事務所も新しくなりますし、益代さんも愛想がよくなるだけじゃなく、別人みたいに綺麗になりますよ!」
清輝にその斬新さの良さがわからなかったが、なるほど実力をみせれば態度を改めるのか。そうだとすると、なんて事務員だ。現金すぎる。
「その仕組みでいうと、あのイカレタ黒い塊も大人しくなるの?」
「黒い塊、ああ、社長のことですか?だって今の私は社長から敬語を使われていますから」
「茜ちゃん。つかぬことを聞くけど、プロデューサーレベルって今どのくらいなの?」
「ええと、50を過ぎたくらいだと思います」
なるほど、そのくらいまでレベルを上げれば、人のことをゴミ虫呼ばわりして、「サー」しか許さない、頭のネジが何本か外れた社長も媚びを売るようになるのか。
清輝は、ふと自分の性格が悪くなったようで自己嫌悪に陥った。
言うこと聞かせるために頑張る?それが目的だとしたら、アイドルは道具でしかなくなってしまう。
ゲームであっても、アイドルを道具とは思いたくない。それは非人道的に思えた。
「それに、見習いからマネージャーにもすぐに昇格しますし、そこからプロデューサーになるまで、あっという間です」
「じゃあ、最初からプロデューサーでいいじゃん」
「私もそう思ったんですけど、実は見習いとマネージャーの期間って、リズムゲームのチュートリアルみたいなんです」
「どういうこと?」
「掃除をするときに、上下左右にボタンが表示されて、それに従って手を動かすんです。ゲームで生活で自然にリズムを覚えるんです」
「それって、ベストキッドのパクリじゃん」
「なんです?ベストキッドって?」茜は怪訝そうに清輝を見た。
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いつも以上に暇な夕勤を終えると、いつものように清輝は茜とともに駅に向かって歩き始めた。
「ベストキッド」のことは簡潔に伝えた。「ベストキッド」とは映画であり、いじめられっ子が老人から空手を教わるのだが、その師匠である老人が空手を教えてくれず、雑巾吹きやワックスを塗る作業をいつまでも、いつまでも続けさせられる。
「いつになったら空手を教えてくれるのか!」と弟子入りした少年が憤慨するのだが、実は雑用が空手の基礎になっていて、あら不思議、いつの間にか空手が上達していましたとさ。
この手の話は、ベストキッドに限らず、割と色々な映画で使い回しされている。
ベストキッドもシリーズ化されていて、清輝の記憶ではジャッキー・チェンやウィル・スミスも実の親子で出演していたはずだ。
「水本さんって映画が好きなんですか?」手袋を装着した茜が拍手をするように両手をパンパンと叩いた。
「映画が好きというか・・・正直にいうと、あんまりやることがないから観ているって感じかなあ」
清輝は映画に限らず、本もよく読んでいた。なにせTV番組がつまらない。だからといってTVゲームばかりしてもいられない。そのせいか小説を読み、漫画も読む。アニメの話題作なども一通り観ていた。
「なんでしょう・・・水本さんって力の使い方を間違えているような気がしてならないんですけど」
「うーん、1つのことだけに集中するのは無理かなあ。すぐに飽きちゃうし」茜に痛いところを突かれ、バツが悪くなった清輝は、どこも調子が悪くない自転車の後輪を確認するように屈んだ。
要するに趣味がないのだ。清輝のような人間は少なくないはずだ。ただ、清輝が無理に趣味をみつけようと足掻いているだけだ。
無趣味でも気にしない人は気にしない。ただ、それでは人生に生甲斐を見いだせない。清輝は、その固定概念を振り払うことができなかった。
「でも、博識ってそういう事をいうじゃないんですか?」背後で茜が感嘆の声をあげる。
「いや、そういうんじゃないって」
博識ではない。こういうのはただの雑学だ。
「私もかなり強引に薦めちゃったからなあ。うーん」清輝が立ち上がると、茜は体を攀じ曲げながら唸っていた。
「せめて1か月は遊んでみてください。それでも面白くもないし、こんなのやってられるか!というのなら、私は1つだけ水本さんの言うことを何でも聞きます!」
「別にそういうのはいいよ」賭け事をしているわけではない。茜が責任を負う必要もなかった。
「あ、いやらしいのはダメですからね!」
「茜ちゃん、俺の話を聞いていた?」
茜が大袈裟に両手で覆い隠している姿を見て、清輝は最初に担当するであろう星野紗枝が「こういうことはやめてください」と怒っている姿を思い出した。
「あのさ、もしもだよ?触っているつもりはないのに、アイドルにセクハラをしていたら、どうなるの?」
「それは勿論、解雇ですよ」茜はさも当然のように言い切った。
「俺、もう手を動かすの止めよう。あの子、星野紗枝だっけ?体を触っていないのに変質者みたいに扱われた。すでにイエローカードが1枚だよ」
「ああ、異性は特に注意したほうがいいですよ。判定がおかしいときがあるみたいですから」
茜から大体のことを聞き終えると、「茜ちゃん、説明不足すぎるよ。聞かなった俺もいけないんだけれど」清輝はそう言って肩を落とした。
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