第7話 ブラック企業
「おい、kiyo、貴様にはアイドルに尽くしてもらう。わかったか!」
尽くす?プロデュースではなく?この黒い塊は何を言っているのだろう?改めて確認したのだが、やはり理解できない。清輝は頭の回路を正常に戻すことができないでいた。
「おい、返事は!」
いちいち返事なんかできない。しかも、「サー」なんて言えるわけがない。そう思った途端、デフォルメされた益代がTIPSと共に現れて「挨拶は大切です。きちんと挨拶をしましょう」と急かし始めた。どうやら、これを終わらせないと先に進めないらしい。清輝はマイクに向かって小声で「サー」と呟いた。
「声が小さい!」
ちゃんと挨拶したはずだ。そもそも「サー」を挨拶とは呼ぶのか?仕方がない。家族と同居しているので、清輝は恥ずかしさを我慢しながら、先ほどよりも声を大きくして「サー」と答えた。
「まあいいだろう。お前にはまず見習いとして、アイドルの身の回りのお世話や事務所の掃除を命じる」
これは育成ゲームのはずだが・・・見習い?プロデューサーでもマネージャーでもなく?清輝の思考を読んだかのように、またTIPSの表示が出た。
「最初は見習いから。次にマネージャー。そしてプロデューサーとランクアップします。早くプロデューサーになれるように頑張りましょう」デフォルメされているのに益代は笑顔を全くみせない。これでは応援しているようには思えない。
「いいか!耳の穴をかっぽじって聞け!社長である俺の言うことは絶対だ。カラスが黒いと言えば黒い。わかったか!」
うん、確かにカラスは黒い。何も間違っていない。カラスを白というのなら意味合いは変わってくるが、正論を言われると何とも思わない。
「それから」
まだ続くのか・・・これはスキップできないのだろうか?清輝は手に持ったコントーラーのボタンを連打した。
「それから、1つ言っておく」
徒労に終わった。このイベントは強制らしい。仕方がない。最初だけだ。そう思い、清輝は本名を知らない社長の話を我慢して聞くことにした。
「もしも、所属アイドルと特別な関係をもったら、お前らを容赦なく湖に沈めてやる!」
茜は少し変わっていると思ったが、こんなゲームに嵌っているというのはどうかと思ってしまう。それとも茜の気分を害することをしてしまい、嫌がらせをされたのだろうか?清輝は茜との会話を思い返しながら、不信感を募らせた。
「いいか!アイドルは絶対だ!恋愛感情を抱くことなど絶対に許さん!お前など所詮は下僕だ!わきまえろ!」
もう嫌だ。なんなんだこの特殊すぎるアイドルゲームは・・・そう思っていると、またもや益代が現れ、「実績をあげれば社長の評価も変わります。頑張りましょう」と応援する素振りだけ見せた。
✦
イカれているとしか思えない社長からようやく解放されると「早速ガチャを回してみましょう」と元のサイズに戻った益代が、抑揚のない声で気だるそうに人差し指を立てている。
ゲームを始めて10分も経たないうちに疲労が蓄積されていく。だが、ここで止めると、あの落ちぶれた軍人だか、ヤクザにも思えなくない社長に負けたようで悔しい。清輝は気を取り直して、ガチャの画面で深呼吸をした。
ガチャはガシャポンのようにハンドルが付いていて、手で回す仕組みになっていた。清輝は右手を伸ばすとハンドルに手をかけるようにして回転させた。
まずはアイドルガチャ。名前は全然知らないが、どうせ最初はセンターの女の子しかプロデュースできないと茜が言っていた。いや、そもそも本当にプロデュースまで辿りつくのだろうか?一抹の不安を抱えながら、ハンドルを回し終えると、10枚のカードが裏返しに表示され、自動で捲れていく。
「わかっていると思いますけど、ノーマル、レア、スーパーレア、スーパースペシャルレアの4種類ですからね」茜の言葉を思い出す。清輝にもそれくらいはわかっている。要するにN、R、SR、SSRということだろう。
10枚全て排出されると、3枚がN、5枚がR、2枚がSRとガチャとしては、さほど悪くないように思えた。センターのアイドルのSRも引いており、こちらに関していえば問題はなかった。名前を聞いても誰が誰だが全然わからないが、キャラクーデザインは清輝の好みで本当に可愛かった。
まあ、あの社長に言わるまでもなく恋愛感情は抱かない。そういうのを好む人もいるが、清輝はそこまでのめり込んだこんだことがなかった。
残念なことに装備品のガチャは10枚中9枚がNで残りの一枚もRだった。
「見習いさん。まずは1人のアイドルのお世話をお願いします」
益代の言い方はいちいち頭にくる。わざわざ見習いと呼ぶ必要もないだろう。
「こんなに愛想がなくて、よく事務員が務まるものだ」清輝は聞こえるように悪態を吐いたが、益代は何の反応も示さない。おそらくは聞き流したのだろう。
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「初めまして。
紗枝と名乗った少女は、まさに正統派のアイドルといった感じで、大きい瞳で常にニコニコしている。架空の学校の制服を身にまとい、少しだけ茶色い髪の毛はカールで巻いたように外に跳ねていた。
紗枝は美人というよりは可愛らしいという印象のほうが大きい。万人受けしそうな愛らしい顔立ちをしている。
「見習いさん。これからよろしくお願いします」
いや、だから、なんでそういうとことに律儀なんだ。kiyoで名前を入力したのだから、その名前で呼んでもよいはずだ。
よく見ると、画面の右端にマイクの形が表示されている。なるほど、ここで選択肢が表示されるのだろう。
「よろしくね、星野さん。見習いです」
つい意地が悪くなり、自分で見習いと付け足した。
「はい。早く、私をプロデュースしてくださいね」紗枝は満面の笑みで微笑むと、両手を差し出してきた。
今まではとは違い、素直な反応だ。プロデュースを期待されていると思えば悪い気はしない。いや、そもそも、これが最初からではないとおかしすぎる。
「こちらこそ、よろしくね」マイクに向かって優しい口調で話しかけると、清輝は右手を前に出して握手する素振りをした。
「きゃっ」紗枝は急に顔を赤らめ、その刹那、怒りに満ちた表情で清輝を睨みつけた。
「ど、どこを触っているんですか!そういうの、止めてください!」
どこって手じゃないの?というより、間違いなく手のところに合わせたはずだ。
すると、画面の片隅からまたデフォルメされた益代が現れ、「女の子の嫌がることはやめましょう」と言いながら黄色いカードをかざしている。
「イエローカードが10枚貯まったら解雇ですからね。気をつけましょう」なぜかここで益代は笑みを見せた。
「あーーー」イライラが募り、髪の毛を掻きむしりたくなった清輝は、その画面のままアプリを切りVRゴーグルを投げ飛ばしたい衝動に駆られたが、なんとか思い留まった。
これが、こんなものがアイドル育成ゲームのわけがない。斬新なのは認めるが、斬新すぎてついていけない。清輝はスマホとの連動を解除すると、VRゴーグルの充電もせずに足早で風呂へと向かった。ゆっくり湯船に浸からないと、この疲労感はおさまりそうになかった。
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