第6話 違和感しかない

茜の指示に従い、スマホにゲームをインストールする。そしてVRゴーグルでスマホを外部機器して登録。

「こんなので良いの?」

「まだ色々詳しいことはありますけど、そこはおいおい教えます」

「あのさ、マイクも買ってくれって言ったでしょ?あれはどうするの?」

「ああ、あれですか。VRゴーグルの右脇に取り付けるだけです」

VRゴーグルを回転させると、確かに茜を言う通り、右脇にマイクを取り着ける個所がある。

「付けましたか?」

「うん。でも、どうしてマイクまで必要なの?」ずっと引っ掛かっていた。VRゴーグルでスマホのゲームを連動させるところまではわかる。ただ、マイクの必要性がわからなかった。


「そのマイクは、アイドルとのコミュニケーション用です」

「えっと、いまいちわからないんだけど」

「アイドルの育成ゲームって選択肢が3つくらい表示されるじゃないですか?それをマイクで喋ると、その言葉をAIが認識して選択肢に一番近い答えをアイドルに伝えるんです」

「そのためだけなの?」全く必要性を感じない。言葉を話さなくても選択肢をタッチすれば良いだけのような気がしてしまう。

「侮っちゃいけませんよ。選択肢だけじゃなくて、もっときめ細かいコニュミケーションをとることだってできるんですから」

「うーん、本当にマイクまで買う必要があったのかな?」

「やってみればわかりますよ。そのマイクがどれだけ重要なのか」

「あのさ、VRゴーグルを装着して、マイクで独り言を話していたら、完全に危ない奴に見えるんだけど」

「別に家で遊ぶ分には問題ないですよ。それを外でしていたら通報されるでしょうけど」

それはそうだろう。そもそもVRゴーグルを装着していたら、まとも歩くことができないはずだ。目に見えている景色が全然違うのだから。

「1度、ゴーグルをつけないでゲームを始めてください」

「わかった」

茜の家でみた映像がスマホで再現される。やはり「ホップ・ステップ・アイドルン」だ。もう少しまともなタイトルがなかったのだろうか。清輝はスマホを眺めながらため息を吐いた。

「それでなんですけど、簡単に説明すると、某プロダクションに入社するところから始まります。あ、今は操作しちゃダメですよ」

「そのプロダクション名は?」

「自分で決められます。名前は適当で良いと思います」

清輝も据置きの家庭用ゲームで遊んだことはあったので大体理解できた。ただ、茜の話を聞く限りでは別段目新しいところは見当たらなかった。

「それから、センターの女の子、というかメインのアイドルしか最初はプロデュースできませんからね」

「まあ、それも他のと同じだよね」

「私の説明はこれくらいです。あとはチュートリアルに従って、とりあえずプレイしてみてください。明日の夕勤って一緒でしたよね?そのときに率直な感想を教えてください」

「そうだね。とりあえずはやってみるよ」

「じゃあ、明日。感想をお待ちしています。「つまらない」とか言ったら引っ叩きますから」茜は笑っているが、充分にあり得ると清輝は思ってしまった。


茜のこのゲームへの熱量は凄まじい。平手ではなく、グーでパンチされるかもしれない。清輝は嫌な予感しかしなかった。



茜と通話を終えると、少しだけ遊んでみることにした。スマホと連動させ、VRゴーグルを装着すると、ようやくスタートすることができた。


『ホーーーップ・ステーーーップ・アイドルン!!』


もうこれはいい。見たくもない。清輝は右手に持ったコントローラーでスキップした。

軽快な音楽がなり響くと、「皆さんのおかげで2周年!!初心者大歓迎!今なら無料10連ガシャが10日間回引けます!」

VRゴーグルで見ると、文字の大きさに圧倒される。ただ、無料10連ガシャは有り難い。


茜の話によると、ガチャはアイドルガチャと、アイドルのパラメーターを底上げする、衣装や化粧品、特製のマイクといった、いわゆる装備品のようなガチャの2通りあるらしい。

清輝は始めたばかりなので、2つのガチャを10日間無料で引くことができるようだ。

確かにお得だ。スマホのゲームにほとんど課金しない清輝には充分すぎて、お釣りがきそうだった。

右手に握った丸形のコントローラーを操作して、いざスタート。

清輝の瞳に飛び込んできたのは、震度4で崩壊してしまいそうなボロボロの木造住宅だった。

「何かおかしい」と思いながら、更に進めると眼鏡をかけたぼさぼさ頭の女性が現れ、「ようこそ」と歓迎しているとは思えない低いテンションでニコリともせずに話し掛けてきた。

「まずはプロダクションの名前を登録してください」

うーん、清輝はVRゴーグルを被ったまま首を傾げた。こういうのは苦手だ。最初から決まっていれば従うだけなのだが、自分で決めるのは面倒だし、後悔しそうだった。

「まあ、適当でいいか」そう言って清輝はK・Mプロダクションと目の前に表示されたキーボードに手を伸ばして、リモコンで入力した。なんの捻りもない。水本清輝だからイニシャルでK・M。


「次にあなたの名前を教えてください」眼鏡の女性は微動だにせず、淡々と語りかけてくる。

「こういうのは本当に困るんだよな」清輝は独り言を呟くと、先ほどと同じように首を傾げ、結局、kiyoと打ち込んだ。こういうのは考えても正解が見つからない。それならば簡略するしかない。自分にそう言い聞かせ、生年月日と性別だけは正しく打ち込んだ。

全ての入力を終えると、ボロボロの玄関から眩い光に包まれ、恐らくは事務所兼、アイドルの滞在する部屋であろう、それにしては余りもみすぼらしい部屋にいた。


「改めまして、入社おめでとうございます。私はK・Mプロで事務員をしています、曽田手益代そだてますよと申します」やはり先ほどの女性がガイド役なのだろう。ニコリともせず、自己紹介を始めた。


しかし、とは酷い名前だ。雑過ぎる。まあ、タイトル名ですでに違和感を覚えていたので、ここで引っ掛かっていては先に進めない。ガチャは後で引くとして、まずはチュートリアルを終わらせるために清輝はボタンを押して更に進めることにした。


場面が切りかわると、突然黒いシルエットが現れた。

「よく来たな。このゴミ虫が!俺がこのプロダクションの社長だ。口答えは一切許さん。それから返事は全部サーだ。わかったか!」


清輝は一度ゴーグルを外して考え込んだ。茜から紹介されたのはこんなゲームだったのだろうか?何か大きな間違いをおかしていないだろうか?そう思いながら、もう一度ゴーグルを装着すると、「おい、何を黙っている!貴様、修正されたいのか!」

やはり、とても大きな間違いをおかしてしまったような気がするが、もはや後の祭りだった。

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