第5話 下準備

「明日、届くんですか!」スマホから嬉しそうな茜の声が飛び出す。

「予定ではそうなっているんだけど」

「届いたら教えてください!メッセージでもいいですから!」興奮を隠せない茜は、23時をまわっているとういうのに元気が有り余っているようだ。

「茜ちゃん、この話になるとモードが変わり過ぎだよ」

「すいません・・・」

「俺も大学に行っているから、多分その間に届くと思うんだ。明日の夜に電話をするから」

「絶対ですからね!」

「わかった、わかったから」自分が好きなものを他人に伝わるというのは確かに嬉しいとは思う。ただ、茜の喜びは尋常ではない。まるで自分が買ったみたいな喜び方をしている。

「じゃあ俺はもう寝るから、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」電話の向こうで歓喜の舞でも踊っているような茜から逃げるように清輝は通話を終えた。

清輝だって楽しみだった。ただ、あのスマホゲームを始められるからというわけではなく、単純にVRの世界で遊ぶのが楽しみだった。



翌日。2限の授業を終えると、清輝もそわそわし始めた。

「水本、随分と高い買い物をしたな?」大学でできた友達の中で、特に清輝と馬が合った八代潤やしろじゅんは、席を立った清輝と並んで歩き出した。

「まあ、もともと興味があったから」

「お前くらい貯金があれば、俺も欲しいんだけどなあ」潤は残念そうに溜め息を吐いた。

茜に薦められて購入したことは潤には話していない。親しい間柄とはいえ、話せることと話せないことがある。VRゴーグルのことは後者だった。

授業が終わったせいで学生が溢れかえっている。清輝と潤は人並みをかき分け、構内の端に追いやられた喫煙所へ向かった。

潤はヘビースモーカーだが、清輝はほとんど煙草を吸わない。潤に付き合い喫煙所で煙草に火を点けた。


「お前はそもそもゲームをしないじゃないか。それでもVRゴーグルが欲しいのか?」

「水本、別にゲームをしなきゃ買っちゃいけないわけじゃないだろ?」100円ライターを差し出されて、清輝は咥えていた煙草に火を点けた。

「じゃあ、何のために欲しいんだ?あ、そういえば、あれって映画も観られるんだっけ?」

「いや、そういうのはどうでもいい」潤の口から大量の煙が出ていく。

「え?じゃあお前は何のために使うんだ?」

「アダルト動画を存分に楽しむ」潤は煙草を消すと、得意気な顔で清輝を見た。

「それだけだと勿体ないだろう?」

「いや、それしかない」潤は「他になるがある?」とでも言いたげに、そう言い切った。


潤は2本目の煙草に火を点けると、指で挟んだ煙草をゆらゆらと揺らし、満足そうな顔で歪な形の煙を吐いた。

やはり、潤に本当のことを話さなくて良かった。主目標ではないが、購入した目的にはアイドルゲームをプレイすることも含まれている。こんなことを知ったら「だからお前には彼女ができないんだよ」と貶してくるだろう。まあ、潤にも彼女はいないので、そんなことを言われても清輝にはかすり傷にもならないが。

「今度、お前の家に行ったときにVRゴーグルを俺にも被らせてくれ」

「それは嫌だ」清輝はにべもなく申し出を断った。エロイことにしか興味のない友人に、普段使うことになる高級なVRゴーグルを触らせたくなかった。

「ケチケチするなって」

「それより、次の授業まで時間がないぞ。急いだほうがいい」

「あ、本当だ。よし行くぞ、水本。俺について来い!」

「はいはい」主導権を握っているのは潤だが、なんでも隠さず話してくれるこの友人といると清輝は落ち着いた。プラス属性とマイナス属性が上手く作用し、ややプラスに働いているからかもしれない。兎にも角にも清輝にとって潤は大切な友達だった。



自宅に着くと、確かに商品は届いていた。両手で持たないと運べない大きさの箱を両手で持ちあげるとカニ歩きで一階の自室に入る。段ボールの封を開けるとVRゴーグルと後は謎のマイクセット。これに関しては後で茜に聞くとして、とりあえずは充電することにした。

時間を持て余すと、つい眠くなる。茜から廃人呼ばわりされたが、清輝は自分でもよく眠ると驚いていた。案の定、充電の待ち時間で寝てしまった。



プルル、プルル、スマホの着信音が鳴り響く。清輝は目を擦りながらスマホを掴んだ。

「ふああ、はい、もしもし」

「水本さん、もしかして寝ていたんですか?まだ夕方の6時ですよ?本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だって。それよりも、ちゃんと届いたよ」茜に余計な心配をかけるのも嫌なので、清輝はとっとと本題に入った。

「待っても、待っても、いくら待っても連絡がこないから、こっちから電話しちゃいましたよ。でも、届いていたんですね」

「うん。それで、ずっと充電をしていた」ふあ、つい欠伸が漏れる。

「それでそれで?」

「いや、だから充電をしていたってこと」

「セットアップは?」

「していないよ」

「はあ?何をしているんですか?どうして充電にそんなに時間をかけるんですか?」

茜は興奮している上に苛立っている。クールダウンが必要だと思った清輝は茜に提案をした。

「茜ちゃん、ちょっと落ち着いて。1回電話を切るよ。その間にセットアップをするから待っていて」

「また寝ないでくださいよ?」

「大丈夫だって。じゃあ、切るよ」


完全に大学生が高校生に押し負けている。清輝は洗面所で顔を洗うと、タオルで水気を拭き取り、セットアップに取り掛かった。

なんの問題もない。PCもかなり高性能なものを購入したし、PSなどの初期設定にも手古摺ったことはない。そもそも今の製品はそこまで接続が煩わしくない。下準備を終えると、清輝はVRゴーグルを装着して指示に従って設定を終えた。


準備万端。後はこの何に使うのかわからないマイク一式だけだ。

プルル、「はい、待っていました!今夜は寝かせませんからね」

ワンコールで出た茜は、また女子高生には似つかわしくない言葉を平気で口にした。

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