第4話 買ったのか、それとも買っちゃったのか
「ちょ、落ち、落ちるって」思っていた以上に臨場感がある。仮想空間ということを忘れ、清輝は茜の部屋で必死にバランスをとっていた。
「あははは」茜は心底楽しそうに笑っている。
「笑っている場合じゃないって!危ない、危ないから!」
トントントン。清輝には聞こえないが、階段を駆け上がってくる人物がいる。
「水本君!どうしたんだい!悲鳴が聞こえたんだけど!」
「お父さん、うるさいから!」
「え?お父さん?何がどうなっているの?茜ちゃん、とりあえず、電源を切って!」
VRゴーグルを外すと、いつの間にか目の前に茜の父親がいた。
「あれ?俺、ゴーグルを外したはずなんだけど・・・」
「嫌だなあ、水本君、僕はちゃんとした人間で茜の父だよ。あ!それを体験したんだ。ビックリしたでしょ?」
「ええ、そうですね」正直言って、清輝にはいきなり茜の父親がいることのほうがビックリした。
「お父さん、ハウス!」茜にシッシッと手を追い払う仕草をされて、茜の父親は残念そうに項垂れて部屋を出て行った。
「ハウスって、この家はお父さんのハウスなんじゃないの?」
「細かいことは良いんですよ。それよりもどうでしたか?」
「茜ちゃん、ああいうのは止めてよ。本当に焦った」清輝は手に汗をかいていることに気付き、VRゴーグルをハンカチで拭きとってから茜に返した。
「わざわざ拭かなくてもいいのに。本当に律儀なんですから」
「いやあ、嫌な汗をかきすぎた。これ、凄いね。思っていた以上だ」
「私も買って貰って、この凄さを実感しました」茜は大事そうにVRゴーグルを抱えて微笑んだ。
✦
「それで、私がお勧めのゲームなんですけど」
清輝は一から教えてもらうことにした。まずはスマホでゲームをインストールして、VRゴーグルにBluetoothのような機能があるので、スマホと同期させるらしい。そうすることで、スマホのゲームが目の前にリアルに映り込むとのことだった。
「これでよし。私のスマホを連動させたから、もう一度かぶってみてください」
「確認するけど、悪戯は無しだからね。早く本命に辿りつかないと」
「大丈夫ですって」
茜に急かされて清輝は恐る恐るVRゴーグルを装着した。
先ほどとは明らかに違う。色とりどりの光が舞い、タイトルのロゴが出た。
『ホップ・ステップ・アイドルン!!』
清輝は黙ってゴーグルを外した。
「どうして外しちゃうんですか!」
「いや、だって、ホップ・ステップ・アイドルンって何?タイトル名が酷すぎるような気がして。昭和のアイドル番組みたいだし、どうしてアイドルじゃなくて、アイドルンなの?ンは要らないような気がするんだけど・・・」
「えーえ!そんなことを気にするんですか?水本さんなのに?」
「茜ちゃんの中での俺の扱いがわかった気がする」
「嘘ですって!でも、タイトルで判断しちゃダメです。ほらほら、もう一度かぶってください。百聞は一見に如かずっていうじゃないですか」
やいのやいのとうるさいので、清輝は渋々ゴーグルをかけ直した。
目の前に先ほどと同じ酷いタイトルコールが表示され、所属しているであろうアイドルたちが次々と登場する。
イラスト風のアイドルは決して悪くなかった。むしろ立体的なアイドルよりも絵に好感をもてた。次々とアイドルと名前が表示されるが、みんなそれぞれ特徴があって確かに可愛い。
清輝は静かにゴーグルを外すと「これはありだね」と茜を見て頷いた。
「でしょ!女の子はみんな可愛いし、健気だし、頑張ってプロデュースしなくちゃ!って思うっちゃんですよ!」
「ちなみに、これを普通にスマホで見るとどんな感じなの?」
「ええと、これですね」そう言って、茜はスマホのゲームを清輝に見せた。確かに絵は同じだが、なんというか味気ない。手を伸ばせば届きそうな距離に見えたアイドルとは全然違う。
「俺、思い切ってVRゴーグルを買おうかな」
「え!」茜の顔が光を浴びたように輝いた。
「これもそうだけど、VRゴーグルって面白そうだし、今なら3万9800円なんでしょ?それくらいなら買ってもいいかなって、そう思っている」
「買ったら絶対にこのゲームもプレイしてくださいよ!そうじゃないと意味がないですからね!」
✦
「またね!水本君!」
茜と茜の父親に見送られ、清輝は帰路に着いた。
茜からメーカーや型番を聞き、家につくとすぐにPCの電源を入れた。
買うとしたら通販だ。某大手通販サイトで茜の持っているものと同じものはすぐに見つかった。
「うーん」と一度だけ考えてから、購入のボタンを押す。万単位の買い物なので、どうしても躊躇してしまうが、腹は括った。それとVRゴーグルに装着できる別売りのマイクも買ったほうがいいらしく、迷ったが2500円ほどだったので一緒に購入することにした。
「スマホのゲームはVRゴーグルを買ってから始めてください」
茜の言葉を思い出し、ゴーグルが届くまでゲームはインストールしないことにした。
到着予定日は1週間後。それまでは今まで通りの日々が続く。
気掛かりなのは茜から勧められたのはスマホゲームなので、いつサービスが終了してもおかしくはないということだ。ただ、茜の話だとリリースされて2週年のキャンペーン中らしい。
スマホのゲームは遅かれ早かれいずれ終わってしまうのだから、それについて深く考えるのは止めることにした。
来年のことを言えば鬼が笑う。そう思うようにした。
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