第110話 昔の君に

「さて、一日が経ったわね。まさか、本当に来ないつもりなのかしら」


 フェアズが一人、吊るし上げられているアルカ達の目の前でぼやく。

 目を閉じていたアルカとリヒトはうっすらと開け、下にいるフェアズを見下ろした。


 カッと目を開き、アルカはガシャガシャと動き、フェアズに向けて叫び出す。


「早くこれを解け!!」

「あらあら、元気ねぇ〜。暴れて良いけれど、無駄に体力がなくなるだけじゃないかしら」


 口に手を当て、余裕そうにくすくすと笑うフェアズに、アルカは顔を赤くし喉が裂けそうな程の声量で喚き散らした。


「早くここから出せよ!! こんなことをしても意味はないってわかっただろうが!!」

「安心して頂戴。貴方達は巻き込まれた側、痛みを感じることなく葬ってあげるわ」


 当たり前というような口調で、残酷な事を言うフェアズにアルカは顔を青くし、何も言えなくなる。


 彼の様子を見て赤い唇を横へ引き延ばし、右手を横へ伸ばした。

 何もない空間から一つの鞭を作り出し、掴む。妖艶な笑みを浮かべながら、喚いているアルカを見上げた。


「さて、時間切れね。貴方達は、お金に負けたという事かしら? 可哀想ねぇ。力もない、信じていた仲間には裏切られ、関係ないのに殺される。ほんと、哀れねぇ」


 フェアズの言葉に、アルカは怒りなのか、それとも恐怖でなのか。

 体を小刻みに震わせ、隣にいるリヒトと目を合わせた。


「本当に、可哀想。自分は特に悪い事をしていないのに、命を奪われなければならないなんて。でも、弱いのが悪いのよ。弱者だから、強者に負けてしまうの。弱いから、何も抗う事が出来ず死んでしまう。全ては自分が悪いのよ、諦めなさい」


 何度も”可哀想”と言っているフェアズに、リヒトは何か違和感を感じ眉を顰めた。

 

「…………あの人、何を…………」

「リヒト?」


 リヒトが呟くのと同時に、フェアズはコツ、コツと歩みを進め、バチンッと地面を鞭で叩く。

 乾いた音が聞こえ、アルカとリヒトは肩を震わせ涙が零れ落ちた。


「ふふっ、その顔、最高ねぇ。たまらないわぁ」


 地面を蹴り、二人の前まで跳ぶと、空中を舞いアルカの前で止まる。

 手を伸ばし、頬に手を添えると顔を近づかせた。


「昨日、鏡谷知里は助けに来ない。そう口に出してはいたみたいだけれど、本当は少しだけ、信じていたんじゃないかしら。あの方なら助けに来てくれると、そう、頭を過ったのではないかしら」

「アルカ!!」


 フェアズがアルカに問いかけると、リヒトが甲高い声で彼の名前を呼んだ。

 だが、光のない瞳に見られているアルカは目を逸らす事が出来ず、口を開くことすら出来ない。


「今、気分はどうかしら。仲間と思っていた人に裏切られてしまって、悲しいかしら?」

「…………何を、聞きたいんだ。なぜ、そんなことを聞くんだ」

「楽しいからよ? 弱い子が、強い人にひれ伏し、何も出来ず、抗う事すら許されない現状に、貴方は何を思うのか。それを聞きたいの」


 アルカの頬に添えていた手を離し、フェアズはくすくすと笑う。


「ふふっ。まぁ、これ以上怖がらせても意味はないわよねぇ。もう、楽にさせてあげるわ」


 言いながら鞭を握り直し、振り上げる。

 アルカとリヒトは顔面蒼白で、震える体で振り上げられた鞭を見つめる事しか出来ない。


 逃げたくても体は完璧に固定されている。

 魔法を放ちたくても集中できず、思考が回らない。


「さようなら」


 言葉と共に、勢いよく鞭を振り下げられた。


 咄嗟に目を閉じ衝撃に備えると、アルカとリヒトはいつまでも来ない衝撃に違和感を覚えた。


 もしかして、知里が助けに来たんじゃ。

 そう思い目を開けるが、そこには予想外の人物がフェアズの手首を掴み止めている姿。


「ここまでだよ、フェアズ」

「アマリア、なんで…………」


 青年姿のアマリアが、フェアズの手首を掴み止めていた。


 彼の表情は無。

 何を考え、フェアズを止めているのか読み取る事が出来ない。


 後ろから手首を掴まれているフェアズは、歯を食いしばり、肩越しにアマリアを睨む。


「フェアズ、さすがにやりすぎは良くない。昨日のは脅しか何かで片づけられるけど、本当に殺してしまえば違反となる。違反になってしまえばどうなるか、わかっていないとは言わせないよ」

「うるさいわね。そもそも、何故貴方が今ここに居るのよ。私はここから居なくなってと言ったはずよ。貴方にはもう関係ないの、早くここから居なくなって!」


 掴まれている手首を振りほどき、アマリアから離れた。

 怒りで顔を歪め、拳に力を込めている。強く握り過ぎて、ポタポタと血が流れ出ていた。


「どうして、貴方はいつも私の邪魔ばかりするの。管理者になってから、いつも私がやることなす事、全て邪魔して来たわよね。自分は自由に行動しているくせに、私は駄目なの……なんでかしら??」

「僕の行動は管理者のルールに基づいて行っているから問題はないだけ。君のは違反ギリギリ、世界を管理する者が、ルール違反をするのはどうなのかな」

「違反なんてしていないわよ、私達に楯突こうものなら、カケル=ルーナの時のようにダンジョンへ封印、または殺せばいいわ。だって、私達はこの世界を管理している管理者だもの! ここに生きる者達の命は、私達管理者のモノ。勝手な事は許さない!」

「何を言っても無駄みたいだね。なんで君は、そうなってしまったのかな。人間だった頃は本当に優しくて、素敵な女性だったのに」


 人間だった頃の話をされ、フェアズは顔を真っ赤にし甲高い声で叫び散らす。

 激昂の矢先がアルカ達に行かないように、アマリアは移動し、盾になるように立ちふさがった。


「黙れ!! 人間だった頃の話はしないで頂戴! 優しいからなに、優しいからといって何かあるの!? この世界は力がすべて。力がある者はない者を自由に扱う事が出来るの! 力があれば、何でも出来るのよ!!」

「それは違うよ、フェアズ。力があっても、心は変えてはいけない。力があるからといって、人の命を簡単に奪ってはダメ。今の君は、後ろにいる二人にとってになっているよ。理不尽に僕達の命を奪った村人。君は、そんな汚い人間のような行い、し続けるのかい?」


 アマリアの言葉に、アルカとリヒトは目を開き彼を見る。

 視線には気づいているが、あえて無視し続け、アマリアはフェアズを見続けた。


「まだ間に合うよ、フェアズ。昔の、優しい君に、戻ってはくれないかい? 人を殺すのは、辛く苦しい事なんだよ。君にはきっと、耐えられない。だから、お願いだ。戻ってくれ。村の人達にハブられ、孤立していた僕に手を伸ばしてくれた、昔の君に――…………」

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