第45話 名も知れぬ流刑世界

 魔帝の自爆により時と空間を穿として伝えられる蟲の洞むしのほらが口を開け、周囲の物質を取り込みながら勢力を増していく。

 そして、蟲の洞は二つに割れ、さらに威力を増しながら拡大する。


 ロセンダの暴走から混乱に陥り、俺達は蟲の洞に引き込まれてしまった。運が悪いことに二つの洞に分断される。

 片方の洞に神父、ロセンダとエメリが異世界に引き込まれた。

 それとは別の洞に俺とダレン、エルネスティーナ、魔帝エイダが落ちていく。

 エメリはテレポートできなかったようだ。


 俺は異世界に引き込まれながら、意識が遠のくことに抗えない。

 現実と幻の狭間で浮かび上がる記憶……。

 それはオリヴィアとイオラの夢。


 あり得ない。

 記憶にない幸せの日々。

 子供の笑い声。


 これは俺の願望に違いない。

 後悔からくる幻想。


 あぁ、眩しすぎる。ゆるしてほしい……。





 いつしか眠っていたようだ。

 寒くて目を覚ますと氷に覆われた世界が俺を取り巻いていた。


「ここはどこだ!」


 魔素が薄い。

 俺は魔素を取り込んで体温を調整する。先ほどまで凍えていた手足に感覚が戻ってくる。これは不味い状況だ。早めに探さないとダレンが凍死する。


 俺は見渡す。

 前の閉鎖域がアクティブな時に見たことのある、氷と雪が大地を覆っていた。

 天気は曇天で薄っすらと太陽が見え隠れする。

 白い太陽が遠くから光を投げかけていた。年老いた太陽という言葉が連想される。

 ここは間違いなく異世界。


 たしか、吸い込まれるときにダレンの腕をとった記憶がある。

 それほど離れて放出されたとは思えない。


 俺は探査を始める。

 魔素が薄いので時間はかかったが、人間三名の体温を識別した。おそらく、ダレンにエルネスティーナ、魔帝エイダだろう。

 土着生物はいるが体温が異なる。


 最初に見つけたのは運よくダレンだった。

 低体温症で朦朧としていたところを強引に魔素循環で症状を緩和する。

 後遺症は残らないはずだ。

 マジックボックスから巨大な魔獣の毛皮を取り出して、ダレンの身体に縛り付けた。当面これで問題ないはずだ。


 俺は土着生物で攻撃的な獣を殺戮してはマジックボックスに放り込む。

 これで、ダレンを残して探索ができる。


 この場所は山の裾野でなだらかな傾斜があり、先に小川があることを探知した。

 天候は崩れそうにないが、急かされるように探索を続ける。


 小川の傍で倒れた女を見つけた。

 髪色と女性らしい容姿からエルネスティーナだろう。


 凍てついた小川まで斜面を下り、バランスを崩して転倒しないように慎重に歩いていく。探査の結果からエルネスティーナは呼吸に乱れもなく怪我はしてないようだ。

 少しずつ雪の荒野を歩くことに慣れてきた。


 倒れているエルネスティーナを抱き起して呼びかける。


「おい、起きろ! 死にたくなければ目を覚ませ!」


 なぜ助けようと思ったのかは分からない。

 無意識だったと思う。


 エルネスティーナが瞬きした。

 俺はそれを見て言葉が出ない。


 なぜ、オリヴィアと同じ瞳の色……。



 脳裏にイオラが狂信者に連れ去られた事実が浮かび上がる。もしかして、エルネスティーナの一部はイオラかオリヴィアの組織を使ったのか。

 確かにどちらも聖女だ。


「お兄ちゃん! 会いたかったよ。会いたかった!」


 動揺する俺に意識を取り戻したエルネスティーナが抱き着いてきた。

 俺に妹はいない。

 いないはずだ……。


 髪の色、面影はある。

 オリヴィアに姉妹がいれば、その姉妹の子ならもしかして。


「ねぇ! 私を助けてくれたんだよね。病弱だった私を?」

「あぁ……」


 勢いに押されて無意識に生返事してしまう。

 何をやっているんだ。


「お前は名前を憶えているのか? どこの生まれで両親の名前とかも」

「名前……思いだせない。私は……お父さんお母さんも顔は覚えてるけど名前がない。お兄ちゃんの名前も……」


 動揺して震えだすエルネスティーナ。


「ここは異世界で、天変地異で俺達は流されてしまった。お前は記憶を失ったんだ。とりあえず落ち着け。俺がいるから」

「私だれなの……。どうして」

「お前の名はエルネスティーナだ」

「エルネスティーナ? そうね。そんな名前だった……。いえ、間違いないわ。私はエルネスティーナ!」


 嬉しそうに縋り付くエルネスティーナを抱きとめてしまい、俺はお前の兄ではないと言い出せなくなる。

 エルネスティーナに定着させた魂とは……。



 エルネスティーナを連れてダレンのところに戻り、俺は看病を手伝わせることにした。病弱だったこともあり、看病の手伝いは的確にこなしている。

 エルネスティーナの体温調整は適切で問題ないようだ。

 ただ、薄着の白いチュニックを見ているこちらが寒くなる。

 しかたなく、手持ちのコートを渡すと喜んで着ていた。


 魔帝エイダをどうするか悩んでいる。位置が変わらず立ち去らないことから、確認に行かざるを得ない。ダレンとエルネスティーナは留守番させるしかない。

 エルネスティーナは襲われても土着生物では危害を加えることは不可能だ。

 身体能力の差から無意識に防御してしまうだろう。


 それに結界は俺よりも強固で防衛は任せていい。


「エルネスティーナ。俺はあと一人いる同郷の人間を探してくる。ここで留守番だ」

「お兄ちゃん待ってるね。さっき教えてもらった結界を張っておくから大丈夫」

「ダレンが起きたら。そこに置いてある飲み物と軽食を食べさせてくれ。お前も食べていいぞ」

「うん! いってらっしゃい」


 嘘をついているようで非常に気まずい。

 いや、動揺させたくないという善意から取り繕ったとはいえ、騙しているような気分になるからだろう。

 どうしていいかわからず、エイダを探しに行く。



 少し離れた雪原で、天を見上げて涙するエイダを見つけた。

 なぜか泣いている。


「どうした?」


 何も答えない。

 ただ、泣いている。


 攻撃を仕掛けてくる素振りもなく、無防備な姿をさらしている。

 近くに腰かけて様子を見ることにした。


 しばらく暇をつぶしていると俺に気がついたようだ。


「強い絆で結ばれていた仲間達から切り離された。ボクは一人になった。束縛から解放されたのに楽しくも嬉しくもない」

「俺達の世界から離れたのだ。世界に強制されることはないはずだ」

「目的が無くなった。生きる理由がない」


 ここで敵対しても意味はない。

 なるべく関わりたくないが、監視していた方が安心できる。奇襲されるとこちらが不利なのは事実、ダレンが足枷になっているのだ。


「お前はまだ俺達と敵対するのか?」

「こんな場所に流されて戦う意味がない。だから、一時的に停戦だ」

「承知した。戦う意味がないしな。ところでお前はどうするつもりなんだ?」

「何も予定はない」

「俺は元の世界に戻りたい。無理かもしれないが試してみたいのだ。よかったら一緒に行動しないか?」


 エイダは考えたすえに首を縦に振った。


 こうして暫定的なパーティーが出来上がる。

 勇者の俺に人工勇者のエルネスティーナ、ダレン、元魔帝のエイダだ。行動目標は元の世界に帰ることにした。

 まずはこの世界のことを知ることが先決だ。

 人族が存在するのか、亜人なのかはわからないが集落があるなら探したい。


 それにしても、ここは流刑の地なのだろうか。


 俺はこんなところに流されてしまった。

 しかし、娘を探すことは諦められない。どうやってでも帰還する。


 それが俺の決意だ。



 空を見上げると巨大な翼竜が静かに飛んでいた。

 

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