第39話 ホログラム

 白い宮殿の中は植物に占拠されていた。その頂点にいる者、その人物は椅子に座り我々を見つめている。ただただ怪しい亡骸。

 その姿は植物の王、そんな綺麗なものじゃない。

 地獄の植物を讃える狂王。


 それは死者の椅子デッドマンズチェストに座っている。



 俺は直感した。

 人ならざる人形は生きている。


「警戒しろ! お前たちは下がれ」

「行きましょう。早く」

「でも……」


 渋るフィースをライーが引きずっていく。

 お前は子供なのか……。


「あなた▢たは▢▢のか▢た▢とは▢▢▢ま▢ね▢▢▢▢▢と▢▢▢▢」

「お前は何者だ。なぜ言葉を?」


 不完全であるが、会話が成り立つ。

 沈黙が訪れた。


 故障したのかと思って部屋を見回していると喋りだす。


「ちょうせいしました。へんかんりつはこうじょうしたはずです」

「あぁ、意味はわかる。再度聞く……お前は何者だ?」


 また沈黙が訪れる。少し苛ついてきたが、気長に待つことにする。

 それより、調整とはなんだ。


「私は統治局▢▢▢▢のアランとお呼びください。この探査船D5-アギーレのです」

「翻訳できてないところがあるぞ」

「失礼しました。調整いたします」


 そしてまた待たされる。

 害意はないようなので、安全と判断して他の連中を呼んできた。

 だが、アランは沈黙を保っている。


「ずいぶんポンコツね!」

「おい、思ったことをすぐ口に出すな」

「でもいいじゃない」


 またライーに説教されている。

 娘のようで微笑ましい。まあ、年代としてはイオラとあまり変わらないのか。


 何とも言えない気持ちになる。

 俺は進歩がない。


「お待たせしました。相当する言葉がない場合、発声できません。お許しください」

「アランはどうやって言葉を学んでいるのだ?」


 はっきり言って不自然というか、常軌を逸している。


「移動モジュールからデータを採取しました。観測対象は13サンクチュアリ、サンプル数は560億超、探査機による深層学習、そのほかの手法を用いてデータ解析を実施しました。揺らぎのある回答ですが問題ないでしょうか?」

「かえって、わからなくなったがまあいい。要するに今も調整していると?」

「はい、そうです」

「アラン、お前は英魂箱アーマブリトニーク自立ゴーレムアドロイーデなのか?」


 また考え込んだ。

 俺の質問の仕方に問題があるのだろう。改善しそうにないが。


「照合結果から英魂箱アーマブリトニークに近いのではないでしょうか。サンプル数が少ないので、確度が低いことを承知ください」

「人工生命体なのか。アランお前の仕事を簡単に説明してくれ」

「概要でよろしければ、私は船の運航を管理して操舵します。また、船の機能を掌握しています」

「船を動かせるのか。ここに来た目的はなんだ?」


 何度も会話が停止したのち、どうにか意味が分かった。要約すると意図してこの場所に来たのではなく、何らかの理由によりこの場所に飛ばされたようだ。そして、船は修理中であり、同僚であったは大昔に全員死亡しているらしい。


 もともとの目的は説明を聞いても理解できなかった。


「そういえば、巨大ゴーレムに襲われたが、あれはお前の指示なのか?」

「船内外の警備は別部署になります。攻撃される原因は異常エネルギーへの警戒、威嚇射撃への応戦、敵対行為が主だったものです」

「威嚇なのか……あの攻撃が」


 結果からみて敵対行動といわれると否定はできない。

 事実、人形と巨人を故障させた。


「ところで、俺達の他にここに来た者はいないか。神父と名乗る人物とか、我々と同じ言葉を話すものだ」


 おそらく、神父はここを素通りしたとしか思えない。

 なぜならば出会ってすぐに言葉の調整が成されていなかったからだ。


 今回は長く待たされている。

 俺はアランから生えている植物が気になってしょうがない。聞くタイミングでないことを理解しているからこそ、好奇心の抑え込みが大変なのだ。

 他の連中は床に座り、幸せそうにくつろいでいた。

 仲間外れみたいで寂しさを覚える。


「通過した人物が一名いますが私は許可していません。警備局の承認で通しています。ただ、データ改竄かいざんされた可能性を疑っているところです。外部からの侵入です」

「ライーの話から神父はガイドを連れていた。人ではないガイド……」

「お待ちください。解析します」


 勝手に解釈して何かを始めたようだ。

 まさに自立思考、意識を持つ存在、それに人間を同僚と呼ぶからには同等の権利を有する者でもある。見た目で判断することを改めなければならない。

 常識が崩れ去る瞬間だった。


 もう人との違いがわからない。


「我々の中央管理領域に侵入したモジュールを発見しました。この船に関しては対抗策を講じました。ただし、彼らが移動した永世睡眠施設の制御は奪還できません」

「何らかの工作により、その施設に移動して制御を奪ったということか」

「はい。その可能性が高いです」

「相談するから、少し待ってくれ」


 俺達は睡眠施設に全員で踏み込むかどうかを話し合った。

 ロセンダを拠点に返したかった。ただ、本人が頑として譲らず俺が折れることになる。妹のことなので譲れないのだろう。

 行動せずに後悔した俺とは大違いだ。


「ところで。なぜアランは俺達を信用しているのだ。破壊工作員かもしれないぞ」

「船内に入ってからの行動は監視しています。敵対行為を確認できず、我々には排除可能な手段があります。まずは敵であれ知ることが重要です」

「合理的だな」


 その後も情報交換して神父の移動した施設があるリング状の構造物、第三居留地コロニーにある永世睡眠施設に侵入することにした。

 ゲートとは異なる瞬間転送が可能らしい。


 アランは俺達の探索が終わると船を操船して、高度を上げて世界の観察を続けると言っていた。転移した世界が浸食されていることに興味があるようだ。

 最後にこの船の出航目的を記録した映像記録を見るように勧められた。

 言葉よりも伝わりやすいということだ。


 俺達はその場に座り込んで映像をみることにした。それは古代の映像技術、ホログラムに似たものだった。映像は立体的で我々はその中に没入するように映像が包み込み、音声は人物のいる場所に定位する。

 実体験しているような感じで噓臭さは微塵みじんもなかった。


「アランは新大陸を求めている最中に仲間を失い。暗い世界を旅しているときに我々の世界に漂着したということか。それで、人は再生できるのか?」

「再生する設備は整っています。ですが、環境変化に耐えられないでしょう。ただ、新たな可能性を見出しました。探査と研究で世界に新しい時代が訪れます」

「新時代を見据えたとき、我々はどうなるのだ。まあ、滅びかけているが」


 俺が笑うとアランも笑った。

 表情はないが。


「新時代の始まりに異世界の浸食は必要ありません」

「そうだな……」


 結局、気になってしょうがない植物のことを言い出せなかった。

 またの機会にしよう。


「それではまた、元気でな。アラン」


 俺達は転送施設に向かう。

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