第32話 新星

 俺は仲間たちに設営や夕食の準備を頼み、ひとりで薄暮の草原で見回りを開始した。索敵しても特に脅威になる敵はいない。ただ、縄張りを持つ魔獣は厄介だ。集団で夜襲されると対処が面倒で、巣穴ごと凍結させて駆除してまわる。

 出払っている奴がいるから、適当にトラップを設置することも忘れない。

 夕日が稜線に消え、空は少しづつ暗くなっていく。


 それにしても寂しい場所だ。



 巣穴を探して巡回していると微かな振動を感じる。

 魔素が爆発的に増えていく。


「魔素爆発なのか?」


 これは危険レベル。俺は女たちが食事の準備をしている場所をかえりみた。

 フランかライーの生成した結界が張られている。

 防御に問題はなさそうだ。


 魔素爆発は魔帝の自爆かサンクチュアリの崩壊に伴って発生する。少なくとも近くに連結されたサンクチュアリはない。では、魔帝かといえばそれも違う。

 なぜならば、自爆するには戦闘が不可欠だから。

 そもそも戦闘の痕跡はない。

 

 俺は慎重に身体強化と表皮結界を張り巡らす。

 目的地は発生源だ。

 辺りは薄暮を通り越し、世界は闇に閉ざされようとしていた。星が瞬き夜の始まりを告げている。偵察するには適さず、実に嫌なタイミングだ。

 俺は舌打ちをする。


 視野拡張と歩速を上げるバフをかけてひたすら駆けていく。

 風を切るから肌寒くてしかたない。


 遥か彼方に黒い霧が見えてきた。


 いや、それは霧ではなかった、空中に浮かぶ物体。それも大規模な構造物。

 風が強まり、気温は上昇していく。

 その物体は揺らめき霞んでいて、詳細な形状を把握できない。


「測量地図にこんなものはない。あれはなんだ?」


 世界融合が起きた後のように砂は溶融して赤熱した液体が俺の行く手を阻む。

 熱風が吹き荒れ、水蒸気が吹き上がる。


 俺は立ち止まってしまう。


 全貌がわからないほどの巨大構造物が赤く焼けている。それは、遷移でもしたかのように姿を現していく。


 それは伝説のとしか言いようがない。


 俺の前に現れたものは鉱物でできたクラゲのような物体。それが空に浮かんでいた。そして、燃えながら溶融物を垂れ流し、腕のようにぶら下っている。

 見上げると頭に当たる部分は半円状で上部が切り取られたような形状をしていた。


 雷鳴が轟き、土砂降りの雨が降り出す。

 女たちのもとに戻ろう。



 結界が見えてきたので、俺はそれを覆うように三重結界を張る。

 フランが駆けてくる。


「ご無事だったのですね。よかった!」

「問題ない。心配させたようだな」


 フィースが遺跡のほうを見ながら早口に喋る。


「魔素爆発よね。この場所に魔帝の痕跡はなく、サンクチュアリもないわ。何事?」

「遺跡が忽然と現れた。まるで、転移でもしたかのように」

「聞いたことないわ」


 ライーがワンドを掲げて祈りだす。

 鈴が鳴り響く。

 それは立ち会うことさえ貴重な太古の舞踏。だった。


 ライーは空中に浮遊して、空に螺旋を描いていく。

 軌道に白い雲が尾を引いている。


 俺達はただ茫然と眺めるしかなかった。ライーは手に持つ聖遺物ワンドを振り、鈴の音が辺りに広がっていく。波紋が目視できるようになり、寄せては返す波のようだ。


 辺り一面に青白い星が舞い、静寂に包まれる。


 いや、囁き声?

 何者かの声がかすかに聞こえる。……そんな気がした。


「貴方の無念を唄いなさい。泣き叫ぶものたちよ! 明星よ……我がもとに!」


 無数の小さな焔がライーのもとに集まり、世界は白一色に染まる。

 白い球が生まれ、閃光が白い空間を切り裂く。


 占いが成されたのであろう。

 世界に色が戻ってゆく。



「過去の世界より漂流したもの。蒼穹より降下せしです」


 ライーの声で現実に引き戻された。

 新星とは!?


 ライーは優雅に着地して、遠くの地表で輝く星を見つめている。

 俺は他の連中とライーのもとに駆け寄った。


「空から遺跡が降ってきたのか?」

「いえ、異なる場所です。霊たちと会話は不完全ながらできます。だから、過去か未来から流れ着いたのではないでしょうか」

「生きたものは中にいないと考えていいのだろうか」

「探査術と違い、生者とは繋がれません。ただ、霊体が多いことくらいしかわかりません」


 俺の結界を焼くほど温度が上がっていたことから、あの遺跡に人が存在できるとは思えない。生きているとすれば古代のゴーレムに類するものだろう。


 俺は遺跡から仲間たちに視線を移す。

 ライーはまだ遺跡を見つめ、フィースは召喚獣の隣に立ち俺を見ている。フランとロセンダは肩を並べて何かしゃべっていた。


「警戒しながら食事にしよう。魔素は通常レベルに下がっている。ここで一夜を明かすことはやめて、拠点に戻ることにする」

「そうね、せっかく作ったから食べて!」

「味見は誰が……」


 いきなりフィースが何かを投げてきた。

 かわすと文句を言っている。

 

「フィースに任せられませんから、味見と仕上げは私がいたしました」

「それなら安心だ。さあ食べるか」


 ライー味付けの夕食は美味しくいただけるだろう。

 料理の腕はこの中で一番だ。


 俺は楽しみにしていた焚火を諦め、即席住居の中で食事をすませる。そして、ゲートで拠点に戻った。ライーは遺跡のことを教会に報告に行ってしまう。

 夜間であるがフランにギルドまで発見報告を頼み、フィースはロセンダに付き添ってもらう。



 寛いでいるとダレンとエメリが寄って来たので相手することにした。


「おじさん! 遺跡って大きいの?」

「あぁ、巨大な構造物で空中に浮遊している。占いによると過去か未来から漂着したものらしい」

「師匠、占いを見たのですか?」


 こいつはなんでこんなに興奮して寄ってくるのか。

 女なら歓迎だが……。


「占いは秘儀だな。空を飛んでいたぞ」

「えぇっ! 私も飛べるようになるかな! 飛びたい!!」


 二人して密着してくるな。暑苦しいだろ。


「あんな浮遊はできないが、風魔法で滑空することはできる。戦闘向きではないな」


 飛べると聞いて二人は抱き合って騒ぎ出す。

 若者は夢があっていい。


 さて、明日に備えて寝るとしよう。

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