第30話 ライー・クリスタ

 サンクチュアリの門に到着すると入り口付近に二名の老人が待ち構えていた。女騎士がそのうちの一人を連れ戻ってきて、その人物はフードを深くかぶった女性。地味な印象だ。

 それよりも、女騎士の顔色が悪いことが気になった。


 老女と思われる女性は優雅な足取りでこちらにやってくる。貴族か協会の高位聖職者のような雰囲気を漂わせ、漂う気配から女は只者ではない。


 女騎士が女を紹介する。


「お待たせしました。こちら占い師ライー・クリスタ様です」

「レイリー様、お会いできて光栄にございます。フィースは2年ぶりになるかしら」

「はじめまして、占い師クリスタ。情報提供感謝しています」

「クリスタ様、久しぶりにございます。お元気ですか?」

「ええ」


 挨拶を簡単に済ませて本題の人造勇者の話を聞こうとすると、占い師から状況が逼迫していると告げられる。何か事件が発生したようだ。


 話を聞くところによると、人造勇者に関連した誘拐事件ということだった。

 人造勇者の研究を推進していたとされる神父ジアンニが、貴族の令嬢を誘拐して閉鎖域に逃げ込んだらしい。


 その連れ去られた令嬢こそ、著名な魔導士アメリア・フォレロ・ヴェルタス。

 女騎士の実昧である。


 序列10位内の魔導士が連れ去られた。その事実から、神父ジアンニが最大限に警戒すべき人物であることは明白である。


 厄介なことに巻き込まれてしまったものだ。



 俺達は閉鎖域へのエントランスに向かいながら、占い師から状況説明を受けている。人造勇者を取り巻く状況は混迷を極めてきた。


 女騎士は力なく肩を落としたきり喋らない。


「占い師クリスタ、人造勇者とはなんですか? 首謀者とされる神父ジアンニが人造勇者を生み出す目的、そのあたりの事情がわからない」

「レイリー様、まずは人造勇者の説明から。生前の勇者テレジアは良くご存じと思います。そのテレジアの組織を魔導養クローニングした基質に、選抜した聖女たちを何らかの方法で融合したものをと定義しています。なお、この技術は禁忌に指定されています」


 初恋の相手でもある懐かしい名前を聞いて俺の心拍数は上がる。そして鼻には肉の焼ける臭いがまとわりついて離れない。


 殺して久しく、臭うはずないのに。


「テレジアの死体は炭化して使えるような状態ではなかったはずです。俺が担当したので間違いない」

「ええ、他の聖女もそうですが、体組織の一部を採取されていたのでしょう。教会の調査では人造勇者とは別に局部再生や複製体などの研究が成されていたことが判明しています。素体は彼女たちの組織から生み出されたと推測されています。そして、その素体に魂を定着させる秘儀を確立したようです」


 他の筋から聞いた教会の暗部の話とも合致する。物騒な狂信者がいるとは聞いていたが、これほどとは思わなかった。


「テレジアや聖女たちで器をつくり、合成した体に何者かの魂を移すということですか?」

「ええ、合成された肉体と禁術にもちいる箱は持ち去られています。魂を入れ込むには触媒が必要とされ、それがアメリア嬢の誘拐された理由ではないかと推測しています」


 そんなことが本当に可能なのか、俺には信じられなかった。

 隣にいた女騎士がふらつく。


「おい、しっかりしろ}


 俺は女騎士の肩を抱き、支えながら顔を見つめる。貧血のようだ。

 妹の生死は不明だが触媒に使われる。

 それは肉親には辛い話だ。


「すみません。急がないといけないのに私が足を引っ張っては……」

「街中で召喚獣はまずい。俺のトカゲに乗ってくれ」


 とりあえず、引き連れていたトカゲに乗せて閉鎖域を目指す。

 この状態では実家に預けたほうがいいと思う。


「そういえば、占い師クリスタ。閉鎖域の経験は?」

「フィースや若手の指導をしていました。それに元放浪司祭です」


 占い師は同年代とも、二回り下と言われても信じてしまう年齢不詳の女性だ。老人に見えたのはローブと髪色のせいで、行動に関しては特に問題ないということらしい。


 何か忘れているような気がする……。


 そうだ、なぜ神父は閉鎖域に逃げたのか。


「占い師クリスタ、逃亡した神父は荒れ地ではなく閉鎖域に逃げた理由に心当たりがありますか?」

「理由はわかりません。ただ、素体やアメリア嬢を連れて行ったことから、意図した行動であることは間違いないでしょう。それに試作品である人造勇者の亡骸が閉鎖域にあることも考慮しなければなりません」


 何か目的があって神父ジアンニは閉鎖域に行かなければならないのだろう。その理由として考えられるのは荒野と閉鎖域の違い、それは魔素の絶対量だ。素人考えであれ、魔素が関係することは確実だろう。


 閉鎖域には魔素濃度の高い魔素溜まりが存在していて、魔帝の出現ポイント噂されている。


 魔素溜まり。そこは危険地帯なのだ。


「クリスタ様、閉鎖域ではどうやって神父を追うつもりですか?」

「私の娘の亡骸を追います」

「えっ!?」

「任せてください。逃がしませんから」


 占い師は気持ち悪いほど優し気な微笑みを浮かべ、ロケットペンダントを手が白くなるほど握った。拳は小刻みに震えている。


 それなのに笑顔は聖女の様だった。俺はそれを見て動揺してしまう。

 フィースが俺の腕を引っ張る。


「詮索はしないで! いずれ分かるから。お願い」

「あぁ……」


 死んだ娘と魂でも繋がってるのか。占い師と呼ばれる存在は降霊術師も含まれる。どちらも元をたどれば魔術師に行きつく。


 死者と繋がり交信することは不可能ではない。

 だから、占い師は神聖視される。



 ただ、神父が合成体を持っている時点で占い師の娘は聖女だろう。

 おそらく殺されている可能性が高い。

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