第25話 諂曲の流人

 宴会も終わり酔い潰れなかったメンバーで後片付けをしているとダレンが現れた。気を利かせたフランと婚活女が後は任せろと、俺とダレンは宴会場から追い出される。


 俺とダレンは人を避けて執務室に向かっていた。

 途中の空き部屋から気配が感じられる。


『勇者レイリー、人払いを』


 そいつは俺に対してだけ念話か何かを送ってきた。

 魔素は抑え込まれている。

 連結路は薄暗く、誰か潜んでいても気づかないだろう。常人であれば。


「ダレン悪いが執務室で待っていてくれ。用を足してくる」

「はい、師匠」


 ダレンが執務室に向かったのを確認して囁く。


「何者だ。名乗らなければ場合によっては排除する」

『流人ケント。王家の諂曲てんごく


 王家からの使者、それも諂曲を名乗る自由意思で特定の人物に仕える者。

 厄介な相手だ。


「流人……。渡り人が俺に何の用だ? まあいい、話はお前の潜む空き部屋で」


 俺は慎重に部屋に入りドアを閉める。

 男は天井から降りてくるようだ。


 目の前に黒髪の冴えない若い男が姿を現す。短く刈った髪型、痩せて肩幅の狭い体系で猫背ときた。まるで古代人のような容姿。


「勇者殿、王女マデリーの要請できた」


 あの王女か……閉鎖域で行方不明の。

 それにしても横柄な態度、流人であればしかたないか。そもそも、なぜそんな人間が王家に仕えているのか。それも、王家と名乗りながら、王女にしか忠誠を誓わない諂曲という役職。


「その前に君は流人と名乗った。異世界人ではあるが、知られざる世界から流れ着いたイレギュラー。そう認識しているのだが……」

「そうだね、僕の世界では異世界転移と呼ばれていた。世界に組み込まれた君達とは異なる出現のしかただよ。ある日突然ここに居た。笑えるだろ」


 流れ人、どこから来たのか、いつの時代の人間かもわからない。そもそも、同じ人間である保証はない。


 謎に包まれた存在。それが俺の前にいる。


「確認したいのだが、君は王女個人に仕えているのか?」

「そうだよ。僕はこの世界に流されて1250年ほどになるけど、従うことにしたのは姫だけだ」

「不死者か……」

「時の牢獄に取り残されただけさ。僕は死に場所を探して彷徨う。おっと脱線したね。質問がなければ要件を済ませたい」


 転移異能をもつ者。魔帝よりも厄介な相手だ。

 死ねないから死にたいだと。


 狂ってる。


「承知した」

「うん、動画を見せるからちょっと待ってね」


 男は懐から箱を取り出して足元に設置した。

 壁にホログラムのようなものが浮かび上がる。閉鎖域のようだ。


「音声は聞き取りにくいけど、我慢してほしいな」

「ああ」


 魂が引き裂かれるような物悲しい音楽が流れだして、月が写される。

 足音が聞こえ、映像は美しい女性にフォーカスされた。


 マデリー王女だ。

 王女は遺跡のような場所で夜空を見上げている。

 そして、こちらに向き直り、優雅に礼をとりながら話しはじめた。


「レイリー様、ご無沙汰しております。時間がなく、録画時間に制限があり本題に入らせていただきます。詳細はケントよりお聞きください」


 王女は優雅に手をあげて何かを指し示す。

 指差された場所には不思議な文字の刻まれた柱が天に向けてそびえ、砂嵐が外界と遺跡を遮断していた。まるで、砂が間欠泉のように吹き上がる。


 そこは流砂の庭園なのか?


「ここは、閉鎖域の中間層であるアズール・セルタ。その砂海にある井戸ヴェルダ。この遺跡に私は囚われております」


 画像が停止した。

 驚く俺に向かって、男は手をあげニヤついた。


「動画を停止したんだよ。びっくりしないで。えっと、補足説明するね」


 俺の返事など待たず、懐から別な魔道具を取り出す。

 どうやら投影地図のようだ。閉鎖域の探査済みの個所の断面図。原理はわからないが非常に高精度な模式図だった。


「姫の囚われているのはこの位置、ポインターの示す場所だよ。囚われた理由は今の時点では言えない」

「これはどんな原理で投影されてる?」

「興味はそこなんだ。まあいいか。えっとね、閉鎖域に取り込まれた別基質の生命体の技術だよ。その文明は数百年前に滅んだと思う」


 失われた技術か。それも、異世界人の。

 この男の外見に惑わされてはいけない。知識量は俺達の比ではない。


「この装置はね一種の探査技術を応用している。リアルタイムで表示される優れものだね。未探査の場所は空白になるけど」

「遺跡から出土したのか?」

「いや、作ってもらったんだ。残念だよ彼らがいなくなって」


 残念と言いながら、どうでもよさそうに男は笑った。

 掴みどころのないやつ。苦手なタイプの筆頭に挙げられる。


「で、この場所に王女は囚われているといったな。それなのになぜお前はここに居るんだ?」

「うんうん。もっともな質問だ。姫の願い。このメッセージを届けて、君の攻略隊と合流すること。姫の希望はそれだけ」

「ということは、王女は遺跡に囚われ、お前だけは自由に分断帯を通過できるということなのか」

「僕を拘束することはできなくても、遺跡から姫を助け出せない。そこで君にお願いするわけさ。合理的じゃないか。ちがうかい?」


 俺は力なく頷く。

 フランとエメリの能力を使えば救出できる。こいつの協力は必要になるが。


「こちらの持ち札がわかっていて依頼するということか」

「姫は知ってるかもね。僕は興味ない」

「救出は急ぐのか?」

「いや、姫の話では人造勇者の問題が解決した後だとか。その時になれば連絡するからよろしく」


 なぜ、人造勇者のことを知っている。

 聞いてみるか。


「人造勇者の情報を何か聞いてないのか」

「そっちの方が詳しいだろ。僕は詳しく聞いてないし、あいつらは嫌いだな。妙に脂ぎっていて気持ち悪いよ」


 会話が成り立たない。

 俺は仕方なく、王女の動画を最後まで見た。


 王女は最後に言った。


「すべてはで明かされます。また、お会いしましょう。レイリー様」


 王女は気高く微笑んだ。



 男は興味を失ったように帰り支度を始めた。

 そして、唐突にアイテムケースから髪の毛を取り出して、俺に見せびらかす。


「これがあれば、僕が遺跡内に到着すれば目的が果たせるよね。ちゃんとエメリちゃんから採取したから、約束は忘れないでね」

「救出の連絡はどうやって?」

「僕の異能でどうにでもなるから。まあ楽しみにしていて」


 男は髪の毛を大事そうに眺めて、アイテムケースにしまった。

 手の内ばれてるじゃないか。


 俺が笑うと男も笑った。


「それじゃあ、また会おうね。勇者殿」

「あぁ、連絡待っている」


 そして、ケントは忽然と消えた。

 気持ち悪いやつだ。


 さて、ダレンに会いに行こう。少し待たせすぎたな。

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