第16話 砂漠の岩山
俺は浅い階層の閉鎖域を歩いていて、後ろには騎士たちが続く。
閉鎖域で過ごすということは、経験者と初体験では難易度が異なってくる。閉鎖域を理解させるため、わざと魔素の多い層を選んだ。
これは訓練でピクニックではない。
探索者のグループは総勢で20名ほどで、ダレンに任せることにしている。俺が騎士たちを受け持ち、エメリはダレンの傍で俺との連絡役だ。あとはフランが殿を歩いている。心配になるが魔導士らしい。
俺の後ろには女騎士が滝のように汗を流している。身長は高くいかにも貴族といった容姿で、今は皮鎧を装備しているが、はち切れんばかりにパンパンで無理がある。目のやり場に困るが、本人は気にしたそぶりもなく、丁寧に編み込んだ金髪を直している。
「そういえば、君は侯爵家の令嬢、なぜ除隊になったのだ。話せるなら聞かせてくれ」
「はい、一言で言うなら現実が見えていませんでした。騎士のことを知りもせず憧れだけで突き進み。女であることの不利、出生による扱いにくさから窓際に……上司に訴え出ると潰されました。差別は予想を超えていたのです」
侯爵家の嫡男は近衛騎士だった筈、それを見て育ち憧れた流れだろう。
「なるほど。しかし、よく両親は許したな。騎士になることを」
「私の家の教育が特殊だったのでしょう。父は将来平民落ちが確実な私にフラットな目線を植え付けようとしたのです。それなのに私は深く理解していませんでした。父に対して顔向けできません」
「それだけではないだろう。多少常識に疎く正義感が強いだけで、ここに来るとは思えない」
「恥ずかしながら、酒に酔った警護対象に襲われ、拒絶したのですが……やり過ぎました。失態です」
噂を思い出した。確か例のボンクラ王子が護衛騎士を手籠めにしようとした、その当事者というわけか。容姿は王子のハーレムに組み入れても違和感はないレベルだ。事件が起きるのも納得できる。
「まあ、君ほどの美貌を前にして手を出したくなる気持ちはわからなくはないが、強要はボンクラ王子でも許されまい」
「ご存じで……母からはうまく立ち回れと叱られました」
「今は昔と違って落日の王族など絶対ではない。教会やギルドの方が上だよ。何も恥ずべきことはない」
「少し心が晴れました。他にも虐めや性差別は騎士団では当たり前。辛かったですね」
「ここは、君らしく生きていいところだ。貴族に縛られることも、女として蔑まれることもない」
「有難うございます。ここに来てよかったです」
会話をしていると砂漠の湿地帯が見えてくる。雨が降ってすぐなのだろう、そのうち干上がることになる。時間の問題だ。
俺は隊員たちを停止させ索敵する。
水場に相当数の魔物どもが集まっていた。魔物と不用意に遭遇してしまうと、メンバーの実力から鑑みて壊滅する可能性が高い。
仕方ない、先に潰す。
「一同、ここで待機だ。俺が確認してくる。エメリは隊の護衛を頼む。背後に魔獣の気配がする」
「おじさん任せて」
「師匠、僕はなにを?」
「ダレンは仲間たちを守ってくれ」
「はい」
婚活女はあたふたし、女騎士が何か言いたそうだが無視することにした。
「では、行ってくる」
俺は走り出し敵を引き付ける。寄って来たのを確認して 土属性魔法のアースクェイクをお見舞いする。飛行タイプには爆炎魔法エクスプロージョンで焼き鳥にした。
地震と火災のあとに何も残らない。
索敵しても魔物の気配はなく、俺は用心しながら隊に戻る。
「師匠、今のは何ですか?」
「ダレン驚かしたか。土属性の範囲魔法だ。地震と同じと思ってくれ」
「飛行型にはエクスプロージョンですね」
「フランも魔導士ならできるだろう」
「範囲と威力が違います。私ならマルチキャストが必要ですから」
「分析できるのは優秀な証拠だよ」
「お褒めに預かり光栄です。頑張らないとですね」
背後ではエメリが偉そうに胸を張り、ダレンに説教していた。
「おじさんは無詠唱なのよ。ちゃんと聞きなさいよダレン」
ダレンはエメリに小突かれてヘラヘラしている。
男としての威厳はないな……。
「エメリ、無詠唱ってすごいの?」
「うん! 当然よ」
俺の横にはフランと女騎士がいて、後ろではエメリとダレンが大声で会話していた。少し緊張感が足りないが大目に見ることにする。
「とりあえず、冠水帯を抜ける。流砂とか地下水脈が存在する可能性がある。足元に注意するように。足を取られたり、流されたときは声を上げろ」
黙々と歩き続けて岩場に出たので訓示を行うことになる。はっきり言ってやりたくない。逃げ出したい気分だ。
まずは休憩。
ダレンとエメリには悪いが見張り役になってもらう。
探索者は特に問題なさそうであるが、無駄な動きが多く要領は悪そうだ。騎士は慣れない環境に苦戦している感じで、中でも女騎士は死んだ目をしている。
士気が低く投げやりな態度が気になった。なんとなくやりたくないが、訓示をこのタイミングで実施しておいたほうがよさそうだ。
俺は岩の上に立ち、適当に並んでいる隊員たちを睨みつけた。
さて、俺のボキャブラリーの無さが白日の下に……。
「一同聞いてくれ。君たちは今日ここで死ぬ!」
全員が戦慄して身構える。
「ギルドや攻略隊の仲間に捨てられたもの。足手まとい。不要職と切り捨てられたもの。身分の差で解雇されたもの。境遇や立場、地位さえも違う君たちがこの隊に流れ着いたのは同じ理由だ。君たちは上司や仲間から不要と判断された。」
俺は売れない舞台俳優よろしく大げさなポーズを決めた。
生き恥だ。
「理由はただそれだけだ」
低い声で抑揚なく喋る。
鼓動がやけに激しい。生きている証拠だ。たぶん。
「さぞや悔しいだろう。恨めしいだろう。きっと見返したいはずだ。違うか君たち!!」
「悔しい」
誰ともなくいった。弱々しい声で。
まだまだ、覇気が足りないぞ!
「であれば、その恨みや悔しさを抱いてここで死ね!」
「えっ……」
「死して、新しい人生を始めるのだ。過去を捨て今日と未来のために生きる。この閉鎖域を解放して栄光を掴むのだ」
ダレンが立ち上がって頭を抱えて叫びだす。
「師匠! そんなに簡単にいくわけがない。僕は奴らが憎い。寝込みを襲いたいと何度思ったことか」
「なぜやらない」
「……僕が弱いから。力がないから」
「力があったら。神から加護をもらえたら復讐するのか」
「わかりません。強い力をもらったら世界が変わるかも、復讐として虐殺するかもしれない。弱いハエになった奴らなど無視するかもしれない。その時になればわかるのでしょうか? あぁ、力が欲しい!!」
ダレンは要注意だ。思ったより過激な行動をとりかねない。下手に誘導できないが、放置したら闇落ちしそうだ。
ここで話すしかない。
「はっきり言おう。決意なく行動もしなければ願いなど叶うはずがない。殺す気で立ち上がるなら話は違う」
「できるわけが……」
「お前たちは決意が足りぬから、こんな俺のもとに流れ着く。働かない勇者のもとに」
「……」
「そんなに我が身の境遇が悔しいなら、恨んでばかりでどうする。ちゃんと足元を見ろ。着実に実力を上げろ!」
俺は意気地なし共を、いや違う、俺自身を煽り続ける。
これは俺自身に向けた言葉でもある。
笑えるじゃないか!
「過去を忘れろと言っているわけじゃない。くだらないやつらとは縁を切れ。明日に踏み出すこと。それがお前たちにとっての死。今お前たちはここで死ね!!」
隊員たちは死ねといわれたのが聞き間違いかとお互いの顔を見合わせる。ある者は不信感から目を細め、また、ある者は俺の顔を放心したように見つめている。
「何か目標を持て!」
「少しでも前に進め!」
「他人など気にするな!」
「そんな暇があるなら自分をしっかり見つめ、目的に向かって邁進しろ!」
俺は、勢いに乗って捲し立てる。
「志の低い攻略隊など死滅かすぐ解散する。そんなものを目で追っても、時間の無駄でしかない。ましてや消え去る者を恨みの対象にするなど意味がない。復讐や呪詛はろくなことにならん」
変なスイッチが入ったのはダレンでなく、この俺だ!
「悔しさ後悔は汗として流しされ。無心で訓練しろ。最深部に行きたいなら歯を食いしばって俺についてこい」
「攻略者としてプレートに名を残させてやる。最上級の栄誉だ。
……俺を見ろ。もう働かなくていいぞ」
「ハハハハ、自由だ」
砂漠を乾いた風が渡っていく。音さえも連れ去ったようだ。
あぁ、言っていて恥ずかしくなった。
反応がないのはこれほどまで恥ずかしいことなのか。
「いいわね。ちょっと学がなさそうで危ない方向性だけど、久しぶりに熱血訓示を聞いたわ。この私が仲間になってあげる!」
振り向くと。
巨獣の上に立つ人目を惹く女。フィースの登場だ。
フィースは俺に飛びつき、勢いに負けて押し倒されてしまう。なんだかんだで、どさくさに紛れて俺に飛び乗ってくる奴、組み付く奴がいる。
ああ、カオスだ。
俺は隊員たちに押しつぶされた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます