第11話 放浪司祭

 俺は公共墓地で人を待っている。この場所は遺体の残らなった人々の慰霊碑として知られていて、普段は誰も訪れない場所だ。

 こんなところで待ち合わせする理由に心当たりもなく、荒涼とした景色も手伝って警戒心ばかりが増していく。


 慰霊碑の側道から目立たないローブ姿の男が歩いてくる。


「お待たせして申し訳ありません。レイリー様、ご無沙汰しております」

「こちらこそ、わざわざ立ち寄ってもらって悪かったオーティク神父」

「いずれお会いすることは神の思し召し、お気になさらず」

「それならいいのだが、なぜ教会でなく面会の場所がこの地であるのか気になっていたところだ」


 表情を失ったかのように無表情を崩さず、神父は切り出した。


「教会内では話せないこと。そう理解ください」

「俺の隔離施設でも話せぬとなると、王家や探索ギルドにも知られたくないということか」

「これからお話しすることは、放浪司祭としてではなく私個人の愚痴としてお聞き下さい」

「物騒な話なら聞きたくないが、まあいいだろう」


 風が砂埃を舞い上げ、俺は目を細める。


 神父は聖職者というより、探索者といった雰囲気の30代後半の男だった。

 ただ、落ち着いた雰囲気のわりに、表情に乏しいく目つきは鋭い。戦闘を生業とする者の佇まいが感じられる。

 俺は警戒レベルを引き上げた。


 以前の俺はこの男をメッセンジャーとしてしか見ていなかった。

 直感ながら、敵に回すと危険な人物。


「私の属する聖教会には二大派閥があります。急進派は宗教を時代変化に合うように改革することを理念と掲げ、それに対して原初の教えを堅守するのが保守派です」

「派閥の切り分けはそんなに単純じゃないと聞いているが?」

「よくご存じで、派閥とは別に排他思想、浸透戦略、武闘制覇、回帰主義といった主義主張を持つもので構成される幾多の教域連合。それらが派閥を跨いで構成されています」

「神父はどこに属している?」

「放浪司祭は派閥や教域連合からは中立を誓います。内部浄化のため、組織外にいる感じですね。建前上は」

「教会の暗部を知る者たちといった噂もあるが、真実のようだな」


 無表情な神父は一瞬笑ったように見えた。気のせいだったのかもしれない。


「時間がないので、そろそろ本題に入りましょう。私の担当する案件は、狂気に取り憑かれた集団の壊滅です。その狂える集団は“常闇の轡とこやみのくつわ”と呼ばれています」

「人為的な聖者の創造……それは教義に反するのでは?」

「完全に黒ですね。ただ、終末感が漂うこの世界を救済する。そのために聖なるものを再臨させる。そんな綺麗ごとで活動しているようです」


 ますます怪しい方向に話が流れていく。

 ここまで来ると引き返せない。


「人の召喚か……問題の多い方法ではあるが、禁忌に触れないのでは?」

「ただの召喚であれば許容できます。ですが、彼らの目指すものは降霊術と人体融合を用いた聖者を具現化させる秘術などと言っています」

「綺麗ごとだな、憑依術や悪魔召喚と同じではないか」

「ええ、私の調べでは人を触媒としているようで、その時点で排除対象、他にも集合意識体、複製体技術等の忌まわしい研究に着手しています。まだ、調査中ですが」

「狂気の沙汰だな。それで、俺に話す理由は?」


 神父は風に逆らうように前のめりになって慰霊碑を目指し歩き出す。俺も遅れないように後を追う。


 生暖かい風が気持ち悪さを冗長する。


「閉鎖域にて証拠品の回収を依頼したいと思いまして。それ以外では確証はありませんが、“常闇の轡とこやみのくつわ”に属す枢機卿の行動を追っていて、お嬢様と接点のあったことを突き止めています」

「イオラと接点とは? なぜ、関係するのだ」

「お嬢様を引き取った神父が“常闇の轡とこやみのくつわ”に属しています。現状はここまでしかわかっておりません。残念ながら」

「であれば、常闇の轡とこやみのくつわへの制裁に俺が協力すれば良いのではないか。何か問題でも」


 神父は一瞬であるが戸惑いの表情を浮かべ、すぐに無表情に戻った。

 魔素探査しても掴めない。やりにくい相手だ。


「本来この話は部外者に漏れてはならず、組織浄化は教会に属すものしか対処できません。そこで、組織壊滅につながる証拠品を持ち帰っていただきたいのです」

「概要は理解した。イオラが閉鎖域に囚われているのは事実。そうなれば依頼を拒む理由はない。証拠品の回収はイオラに関連する情報の対価とすること。それでいいな?」

「もとよりそのつもりです。回収いただくものは人造勇者の亡骸です」

「人造だと。それも聖女ではなく勇者」

「はい、閉鎖域で暴走して行方不明となり、行動制限から考えて機能停止しています」

「人ならざる者とあれば、戦う可能性もあるということか……厄介だな。で、場所はどこだ」

「詳細は東サンクチュアリの占い師ライー・クリスタに確認ください。元教会関係者です」

「承知した。ではまた」


 俺が立ち去ろうとすると神父が呼び止める。


「お待ちください」

「なんだ?」

「探索助手が必要でしょうから、元放浪司祭で召喚士のフィースをお連れください。私の元部下で優秀な探索者です。使えなければ切っていただいて結構です」


 フィースという名前に驚いたが、表情に出すわけにいかない。

 ついにあの女が現れる。


 予知夢が現実になる瞬間だった。


「ああ、感謝する。人手は多いほうがいい」

「近いうちにコンタクトを取らせますのでよろしくお願いします」


 俺は手を挙げて墓場を後にした。教会の揉め事に首を突っ込みたくはなかった。だが、イオラに関する情報が得られるのであれば、協力するにやぶさかでない。


 それにしても、人造勇者とはなんだ。嫌な予感しかしない。

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