第12話 追放される者達

 隔離施設に戻るとエメリが調理場で格闘していた……。


 野菜の皮が散らばり、鍋や調理器具が乱雑に流し場に放り込んである。

 きっとエプロンが無かったのだろう、シーツをだらしなく首に巻いて引きずっている。いまにも転んでしまいそうだ。

 野菜汁でも飛び散ったのだろう、白かったシーツが何やらカラフルだ。


「あ、おかえり。晩御飯つくって待ってたよ」

「悪いな。待たせたかな」

「いいから、席について」

「ああ、こっちは任せろ」


 俺が準備をしているとエメリはシーツを首からほどき、振り払うように投げ飛ばした。

 床に落ちる迷彩柄のシーツ。


 片付けは俺の係だぞ。


「魔法で蒸した芋と謎のスープだな」

「ちょっと、謎って何!」

「素直に見たままを言っただけだぞ」

「閉鎖域で作ってもらったのを真似した創作料理よ」

「見た目はそれっぽいな。ありがとう」

「さあ、自信作なんだから食べて! ねぇ、遠慮しないで。ね!」

「ああ」


 芋は芯まで蒸せてなく、野菜入りの塩っ辛いスープは灰汁が浮いていた。味は判定不能だ。どうしたものかとエメリの顔を見ると嬉しそうにしている。


 俺はコメントに困った。


 とりあえず、芋は火と水の積層魔法で芯まで蒸し、スープも魔法でこっそり浄化した。生活魔法は便利。完ぺきだ。


「初めてにしては上出来だな」

「そう、よかった」

「おまえは食わないのか?」

「つまみ食いしすぎてね、おなか一杯になっちゃった」

「そうか、今度つくるときは、スープは塩とか調味料を少し入れて味見するといい。塩加減をマスターするともっと美味しくなるぞ」

「うん、またつくるね」

「ああ、次は一緒に作ろう」

「約束だよ!」


 いつになく嬉しそうにしている。


 夕食を作ってくれたことは驚きだった。調理指導にしては少し甘すぎたかもしれない。徐々に教えればいいか……。

 料理に興味を持つのは良いことだ。


 俺は晩飯を食って終わり、後片付けを済ませた。疲れは感じないが、くたびれたソファーに体を沈める。床ではエメリが何かの本を開いて魔道具に筆記している。学ぶ意欲があるらしく書写かなにかのようだ。


 もう少し大きくなったら学園に行かせたほうがいいかもしれない。


 俺はエメリをぼんやりと観察しながら神父の話を思い出す。謎に包まれた人造勇者の遺体回収、それにイオラの弔いもだな。

 やることは多いが、はやる気持ちは既に抑えつけている。

 焦れば無駄に時間を失うことになるからだ。


 俺はそのことを経験から知っている。


 頭では理解していてもイオラの亡骸や遺品は閉鎖域などに置いておけない。そして何があったのか調べるのだ。

 これは誰にも止められない俺のエゴだ。


 俺が背負えるのであればイオラの遺志を継いで攻略しよう。

 それが亡き者への懺悔……。





 翌日、俺とエメリは探索ギルドを目指している。探索者の斡旋ではないがビオニクから相談を持ち掛けられたのだ。

 目的地であるギルドの前に到着すると人だかりがしている。何か揉め事でも起きているのだろう。面倒なので関わり合いになりたくない。


 俺は人だかりを避けて進んでいた。

 いや、避けたつもりでいたのに俺の足元に何かが吹き飛んでくる。


 ギルド前にはガラの悪い連中がたむろしていて、奴らが蹴飛ばした者こそ、足元に転がってきた人物だった。


 野次馬が集まってきて、興味深げに見守っている。俺は目立ちたくない。ただ、位置が悪かった。

 俺は諦めて介入する。


 転がっている人物を仕方なく助け起こす。

 小柄で貧相な少年だった。


 声を荒げ、人を蹴散らして現れた男達。徒党を組み、ならず者より質が悪そうな容姿をしている。

 その中でリーダー格、やさぐれた男が啖呵を切った。


「お前たち雑用パーティーは今を持って攻略隊“追い風”の傘下から外す」

「どうして、僕たちを……」

「おい、そんなこともわからねえのか。お前達まったく役に立ってないだろうが」

「そんな」

「目障りだ。失せろ!」


 攻略隊“追い風”のリーダーらしき人物は、肩を怒らせ後ろポケットに両手を突っ込んで消えていった。

 若者の間ではあの歩行スタイルが流行っているのだろうか。


「エメリ、今の攻略隊“追い風”のリーダーって知ってるのか」

「アヒル歩きのアレス。みっともないし、嫌味しか言わない嫌われ者。みんな避けているよ」

「やはり、ろくでもない奴等だったか」


 俺はなんとなく納得して、ニヤリと笑う。

 エメリもつられて笑っている。


「どう見てもクズだよ。嫌われ者が集う攻略隊“追い風”」

「で、俺の足元に転がって石像になってるのは誰だ」

「どこかで見た顔だけど……誰だったかしら」

「知らないか」


 俺は足元の石像が邪魔なので肩をたたいた。


「おい、君! いったいどうした」

「……あ、すみませんでした。意識が飛んでました。何でしょう?」

「それは、こちらが聞きたいところだ。どうした、何があった」

「えっとですね。たったいま、僕のパーティーは攻略隊“追い風”から切られました。当然ですが行先もありません。この流れ、パーティー解散しかないのかな。仲間になんと説明すれば……あぁああ」

「女々しいな。おい君、お前のパーティーの名は何だ」

「僕はダレン、パーティー名は“雑用”でした。それよりも僕って女々しいですか……。気にしても治らないですし、女々しくとも泣きたいところですよ」

「とりあえず、ダレン。ギルドのテラスで話を聞いてやる。ついてこい」

「あなたは……どなたでしょう」

「名乗ってなかったな。俺はレイリーでこの子はエメリだ」

「ダレン君、エメリです。よろしくね」

「よ、よろしくお願いします」


 ダレンは俺が勇者と気づいて無いようだ。まあ、自慢げに話す内容でもない。

 テラスで飲み物をおごってやり話を聞いたところ、実力不足で攻略隊の傘下から切られたようだ。彼のパーティーはサポート要員で全員14歳の新人だった。


 俺はダレンを見て年齢よりも老けてるなと思ってしまう。

 それにしても、サポートパーティーか。


「ダレン、状況は把握した。新人でサポート要員の時点で厳しそうだが、一度実力を見てやる」

「えっと、雑用もまともにできない僕らを……」

「ダレン君、おじさん暇だから遠慮しなくていいよ。教えるのだけは上手そうだし?」

「エメリ、疑問形はやめてくれ。暇なのは事実だし、その部分だけは認めるが」


 ダレンは気にした風もなく食いついてきた。


「レイリーさん、ありがとうございます」

「で、どうする。俺たちはギルドで打ち合わせが終われば、今日の予定は特に決まってない。終わってからであれば話を聞けるが?」

「ご厚意に甘えてメンバーを招集して待ってます。入り口付近にいますね」

「承知した。また後で!」

「はい。よろしくお願いします」


 俺達はダレンと別れてビオニクに会いに行くことにした。


 執務室に行く途中。エメリからお節介焼きだと呆れられたが、出来ることをしているに過ぎず、打算で動いているだけだ。



 総合受付に着くとフラン嬢が俺の顔を見るなり立ち上がり案内してくれる。

 以前、王子ともめていた受付嬢だ。


「フラン悪いな。ビオニク殿と約束がある」

「お待ちしておりましたレイリー様。ご案内します」

「仕事はいいのか?」

「ご心配いただき有難うございます。他に受付はいますから大丈夫ですよ」

「そうか、専属みたいで悪いな」

「本当に専属にしていただけるのですか!」


フランは瞳を輝かせると、手を腕の前で組んで一歩俺に近づいて来る。しかし、何か思いついたように息を飲み、目線を下げて続けた。


「でも、エメリちゃんがいるから無理ですね」

「エメリは攻略隊のメンバーになる予定だから、専属の話は問題ない」

「私でよければ、雑用でも構いません。この後で上司に相談してみます」

「俺からも話しておこう。前任者は退職しているようだし、信頼できる君にお願いしたいところだ」

「はい。上司の了承が得られましたら、誠心誠意、レイリー様に尽くさせていただきます」


 フラン嬢は私情に流されないフランクに接してくる受付のプロフェッショナルだ。容姿もギルドの花形である総合受付を任されているのだから文句などない。

 正直に言えば、他の受付嬢が嫌そうなオーラを前面に漂わせているから、頼みたくないだけだ。近寄りたくもない。


 認めたくないが随分と嫌われているものだ。

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