第3話 パレード

 占星術師たちが計算で割り出した吉日を機に、キャラバンはレムリア帝都を出立した。

 先頭はやや大きめの武装ダンダビュロスだ。前方に向いた要塞砲が一門、左右に二門が周囲を威嚇している。監視所と小型飛竜の発着場まで備え付けられている。

 二頭目のダンダビュロスは高価な交易品と大量の金貨、他の国家への贈り物などを積んでいる。もっとも価値があり、それ故にもっとも厳重に護衛されている。

 その他に手紙の類もここに積まれている。遠い他国に住む親戚に対しての手紙は各国での取りきめに従い、手紙を出すときに運賃の半額を払い、手紙を受け取るときに残りの半額を払う方式だ。

 これが意外と大きな金額になることに俺は驚いた。手紙の類は軽くてかさばらないので運ぶ方も助かる。もろもろの事情も合わせて、手紙の運送はある一定以上の大きさのキャラバンにだけ許されている。

 それに続くダンダビュロスは旅行客用の宿泊所、そして小規模な歓楽街を載せている。さらには山海の珍味を食べさせる料理店すらある。

 その次からは貨物ダンダビュロスが続く。貨物ダンダビュロスは動く倉庫だ。頑丈な木で作られた窓の無い倉庫群が背中の上に聳え立っている。

 最後尾はまた武装ダンダビュロスが固める。これがキャラバンの全貌である。


 この一行の周りを見事な馬に乗った帝国騎兵が取り囲み、その後に歩兵の一隊が続く。さらには煌びやかに飾り立てた大きな馬車の一群が続き、その中の一つはキャラバンに遂行する娼婦たちが占領して華やかな笑い声を上げている。彼女たちは歓楽街ダンダビュロスの淑女たちに比べると一段落ちるが、それでも素晴らしい美女ぞろいだ。

 巨獣ダンダビュロスの背中の上には、数階建ての倉庫が設えてある。その中に入り切れなかった小さな交易品は、倉庫の外側に乱雑に積み上げてある。これらはたまにダンダビュロスの歩みに連れて周囲に落ちることがあり、浮浪者や子供たちがそれに群がって、この思いもかけぬ贈り物を奪い合う。

 中でも人気は甘い匂いのする果実で、これはレムリア特産のアーシャントだ。四角い果皮の中にみっちりと詰まった黄色の果肉は一口食べれば病みつきになる。賢者たちが施した停止の術のおかげで、痛むこともなく、先の市場に運ぶことができる。


 二番目の姉の嫁いだ先が、この帝都の式典一切を取り仕切っている名家であることは話したかな?

 もちろんその名家はこの機を逃さずに盛大な壮行会を開いてくれた。帝都のあらゆるところから花火が上がり、極彩色の美しい鳥が放たれ、楽芸隊が陽気な音楽を鼓膜も破れよとばかりに吹き鳴らす。

 空を旋回して見送ってくれているのは、八番目の兄が率いる帝国無敵竜騎軍だ。これもレムリア特産の飛行竜で、その恐るべき力でレムリア周辺の国を震え上がらせている。

 花びらが惜しみなくまき散らされる中を、重々しくダンダビュロスが歩む。片側十本の芋虫を思わせる足が順に持ちあがり、前へ進む。どの足にも恐ろしい重量がかかっているはずだが、動きがゆっくりしているので地響きは立てない。ただ踏まれた敷石が自分に課せられた重量にうめき声をあげるだけだ。

 ダンダビュロスの歩みに連れて、周囲の女たちが歓声を上げ、集まった子供たちが笑う。男たちはと言えば、振る舞い酒に我を忘れて、あやうく後続の馬車に引かれそうになる。


 帝都を出るまでに三日がかかった。その間ずっとこの馬鹿騒ぎは続いた。広大なるレムリアの国境に辿りつくまでにそれから一カ月。


 やがて道は砂漠地帯に入る。

 夜に起き、昼は巨大なテントの中で午睡をする生活が始まった。

 多くの遊牧民がキャラバンの噂を聞きつけ、食糧や水や酒を売りに来た。ダンダビュロス自体は眠らずに歩くことができるが、交易のためにときどき歩みを止めて店を開くのが習慣なのだ。

 盗賊の下見をする連中もその中にいたに違いないが、レムリア護衛兵の姿を見るとすごすごと引き揚げた。

 身分は退役兵だが、どれも歴戦の勇士たちだ。古傷だらけの体から発する貫禄だけでも並みの連中なら逆らう気力は失ってしまう。

 それに巨獣ダンダビュロスは専門の調教師がついているから良いようなものの、何かのはずみで怒らせると実に厄介なことになる。踏みつぶされたくなければ迂闊には近づかないことだ。

 巨獣ダンダビュロスはトカゲの変種なので、長い間水を飲まずに歩くことができる。体の中を通っている気孔から火傷するほど熱い風を吹き出すことで体温を調節しているのだ。


 砂漠に入ってほぼ一週間で、砂漠の都ロウランに着いた。


 ロウランはこの砂漠の中央に位置する大きな湖を囲むように作られた都市である。

 砂漠の交易路の中心地でもあり、尽きることなく水の湧き出す湖を取り囲むように、終わることの無い市場が開催されている。

 当然ながら、俺たちは歓迎された。レムリアの威光はここにも届いている。もちろんこの都市の支配者が一番歓迎しているのは俺達キャラバンが落としていく金であり、それも決して少なくはない金額であった。

 黄金の都市ロウラン。それが旅人の間での呼び名だ。

 兄貴が付けてくれたキャラバンの会計士たちが真面目に働いてくれるお陰で俺は楽ができる。金勘定をやるために国を出たわけではないのだから。

 十頭もの巨獣ダンダビュロスが湖の水の半分を飲み干している間に、キャラバンからは多くの品物が市場に下ろされ、また同時に多くの品物が買いつけられた。

 レムリア製の繊細なガラス細工の中では金の象嵌付きのが特に人気がある。レムリアの果物の半分も売り払い、ついでに眠りの術をかけて連れて来たレムリアの珍しい小鳥も美しい宝石細工の鳥カゴごと売った。

 キャラバンについてきた娼婦たちもここぞとばかりに稼ぎ、土産に異国の珍しい酒を手にいれてきた。

 実に平和だ。

 キャラバンの随行員にまぎれて来た皇帝直属の諜報員たちもさっそく現地の人々の間に混ざり、いろいろと噂話を集めて来た。俺はお飾りとは言え彼らのトップを務めているので、否応なく報告の一部を聞くことになった。もっとも集まった話は例の異端者の話ではなく、この都市の支配者層のスキャンダルだけだったが。

 一度に十二人の王妃との情事を行う王の話に興味があるかな?

 それはそれはすごい話だったぜ。

 もろもろの事が片付くと、俺達は次の目的地へと向かった。


 そろそろ砂漠も尽きようかという頃になって、馬に乗った盗賊の集団が襲ってきた。とは言っても、狙いはこちらのキャラバンではなく、キャラバンに付いてきた連中の方だ。キャラバンの護衛であるレムリア兵との間には距離を置いて、隊列の後ろに伸びる人々の群れを襲い始めた。

 恐怖の悲鳴が上がり慌ててキャラバンに逃げ込もうとするのをレムリア兵が阻止する。すぐにキャラバンの会計士たちが飛び出て、キャラバンの傘下に入るための金額の提示を始めた。いわゆる保護費だ。

 金を払った者たちには保護旗が配られ、それを自分の荷物に立てると盗賊連中は襲わない。襲えばたちまちにして護衛の騎兵たちの的にされるからだ。

 俺としては彼ら全てを助けてやりたかったが、それでは高い金を払ってキャラバンに保護されている他の客を馬鹿にしたことになる。惨いようだがそれが現実だ。無料で彼らを救うために大事な兵の命を捨てることはできない。

 この期に及んでもまだ保護費を出し渋る連中がいるのには呆れた。彼らはできる限りキャラバンに近づき、保護旗を掲げている連中の仲間の振りをしようとする。盗賊たちは目ざとくそれを見つけて、隊列から引きずりだす。

 これは言ってみれば一種のギャンブルだ。自分の運の良さに賭けた連中は金を払わずにやり過ごそうとする。彼らは命よりは金が大事なのだろう。

 俺はしばらく様子を見てから、配下のレムリア兵たちに指示を出した。要塞砲が宙を目掛けて威嚇射撃を行い、騎兵たちが突撃を始めると、状況の変化を見て取った盗賊たちは逃げ始めた。たちまちにして盗賊たちは消え去る。少しとはいえ戦利品もあったので、わざわざ正規兵相手に命のやり取りをするまでも無いというところだろうか。

 後に残されたのは盗賊たちに身ぐるみ剥がされた連中だ。可哀そうなので食糧と水だけを恵んでやり、先へと進んだ。


 砂漠は荒れ地へと替わり、やがて塩水湖へと到達する。ここからは湖を右に見ながらの旅だ。湖とは言え広大で、幅は大したことはないが前後には長い。対岸に聳える崖がかろうじて見える距離に霧をまとって佇んでいる。

 どこの湖でも水上生活者の船が浮かんでいるものだが、ここの湖には一人もいない。レンの大地の周囲の湖には一匹の魚も棲んでいないからだ。

 キャラバンの進行についてくるかのように、対岸の崖の上を巨大な形容し難い何かが動いている。キャラバンもキャラバンに付いてきている隊商たちも敢えてそちらを見ようとはしない。それに魅入られた者はレンの大地に呼ばれて帰らぬ者となるのは有名な話なのだ。

 帝国調査団の三度に渡る全滅以来、レンの大地は禁足地として指定されている。こういった場所が交易路の傍にあるのは恐ろしいことだが、湖という境界を越えない限りは無害なので敢えて放置されている。

 無限に広がる大地の中にはこういった危ない場所は多々あり、それらには触れないのが賢いのだ。


 やがてその忌まわしい大地が見えなくなった頃に、道行は緑の丘の連なりへと変わり、全員が胸を撫でおろした。


 今度の国は一つ目の巨人たちが住む国だ。さっそくお迎えの巨人たちが現れ、規定の手数料を徴収した。

 ここのサイクロプスたちはかっては人喰いの巨人として近隣の国から恐れられて来たが、今は文明化されて牧畜をして暮らしている。人間の肉を食うよりも、羊の肉の方が美味いと気づいてからは国も開けて文明化した。

 今では羊毛を専門に扱う業者も入り、質の高い毛の服まで輸出するようになっている。その他にも他の国に出稼ぎに行ったり、傭兵になるものさえいる。あちらこちらで見かける巨石建築は彼らの労働力で作られたものだ。

 レムリアでも大きな建物の建築に数体の巨人を使っている工房もあるので、俺は巨人を見慣れていると言えば見慣れている。付き合ってみればそう悪い連中でもない。ただ飲み代だけは割り勘にはしない方がよい。やれば間違いなく破産する。

 巨人たちの国の中にはダンダビュロスのための待機所があり、数頭のダンダビュロスがいつも屯している。旅の途中でダンダビュロスが病気になった場合にはここで替えを手に入れることができる。

 我々が到着したときにはちょうど一頭のダンダビュロスが出ていく所だった。レムリア帝国の長期遠征調査隊だ。調査隊は基本的には武装ダンダビュロスで、小型砲と補給物資倉庫と単純な住居で構成されている。新しい文明を見つけて交易路を形成するたびにレムリアは裕福になっていく。彼らこそは無限に広がる大地を探索し続ける冒険者たちであり、真の勇者たちだ。


 そこを越えると次は氷の国だ。住んでいるのは犬人間。頭が犬で、体が人間という連中だ。ここにもレムリアの駐屯地があり、体調の悪い兵士を数人、そこに置いていくことにした。キャラバンは帰りもここを通るので、そのときに拾って貰えば良い。

 とにもかくにも寒い国だった。一つ目巨人の国で仕入れておいた毛布が役に立ったし、犬人間たちも毛皮の類を山ほど売りに来たので、それほど難渋はしなかったが。


 サブジェ、ラルン、ヘスカトの国を通り抜けるうちに、持って来た商品の半分が入れ替わった。どの国でも入国税を取られはしたが、大箱の中の金貨は増えるばかりだ。貿易というものがこれほど儲かるものだとは俺は思いもしなかった。なるほど上の兄貴が夢中になるわけだ。

 そうしてついに、一行はギリシアの国についた。

 ここが終点だ。

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