第2話 出発

 これから夏になるという季節を見計らって俺は密かに出発した。

 ・・・というわけには行かなかった。当たり前だ。いまや巨大なキャラバンへと膨れ上がったこの一行は、小さな丘と言ってもよい荷役巨獣ダンダビュロスだけでも十頭はいる。


 ダンダビュロスはレムリア帝国特産の荷駄獣だ。小山を思わせる巨大なトカゲで足は左右合わせて二十本ある。もちろん、性質はおとなしい。これでもし凶暴だったら、国を滅ぼすに十分な力がある。

 ダンダビュロスは普段はレムリア帝国の東にある草原地帯で草を食べているが、渡りの時期になると、背中にさまざまな荷物を載せての交易に駆り出される。背中の上に木で足場を作り、倉庫や家を建てて動く街に変えるのだ。それを数頭から数十頭並べて、レムリアの交易キャラバンを構成する。

 草原で食べた草を皮下脂肪に変えたダンダビュロスは、渡りの時期にはほとんど食事を取らずに移動する。歩みは遅いが、その代わりに休息は必要としない。


 通常はキャラバンには通常一頭か二頭の武装ダンダビュロスが加わる。その背中に載っているのは一種の要塞で、そこにはレムリア帝国軍が駐留している。

 一般的な構成ではキャラバンの先頭に武装ダンダビュロスが来る。そして大きなキャラバンでは最後尾にも武装ダンダビュロスが配置される。それらの背中の上の要塞砲と、周囲を走り回る騎兵がキャラバンの護衛の中心戦力となる。


 これらとは別にキャラバンには大勢の商人や別キャラバンが追随している。彼らはダンダビュロス・キャラバンとは護衛契約を結んで同行している。

 護衛契約というのは旅の途中で盗賊団に狙われたときの保護契約だ。これを結んでおけば、いざと言うときは本体のキャラバンの周囲を警護しているレムリア帝国軍が守ってくれるというものだ。


 さらにはキャラバンと何の契約も結んでいない連中も旅には同行している。

 彼らは小規模の商隊や移民たちで、勝手にキャラバンの後をついてくる連中だ。

 キャラバンに随行していれば、旅の途中で食料や水が尽きた場合にはキャラバンから買い取ることができる。病気になった場合には金を払ってダンダビュロスの背中の上の街へ泊まることもできる。

 色々な意味でキャラバンに付いていくのは非常に心強いものがあるのだ。


 こういった関係は旅行者を狙う盗賊団も熟知しており、武装されたキャラバンそのものを狙うことはしなくても、こういった一般商隊を狙うことはよくある。保護旗を出していない無契約の商隊は狙われるが、彼らはどうしようもなくなればその場でキャラバンの保護権を買い取ることもできる。

 盗賊騎馬隊に襲われている真っ最中に、襲われている商隊の頭領がキャラバンの募集軍曹と保護費用の掛け合いをやることもある。

 周囲で何が起きても、ダンダビュロスはその歩みを早めもしないし、止めもしない。頭の上に作られた小屋に住まう飼い主の命令以外は聞かないように躾けられている。


 ダンダビュロスが移動するための交易路は良く整備されている。途中の川には引き込み路が作られ、ダンダビュロスのための水の飲み場となる大きな溜池が作られている。ダンダビュロスが一頭づつここで水を飲んでいる間だけがその動きが停止する時間だ。

 その間に大慌てで荷車が集まり、ダンダビュロスの背中の倉庫から交易品を持ち出したりする。キャラバンの先頭が水飲み場についてから最後尾が水飲み場を出るまで、ほぼ一日が経過するので、その間に契約された荷物を相手に届けて帰って来るという実に忙しい商売である。


 さて、ざっとキャラバンについて述べてみたが忘れていることはないかな?

 無いようだ。よし、話を続けよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る