第1話 発端
レムリア帝国に居場所が無かったわけじゃない。
年の離れた長兄が管理している公爵領は豊かで広大だし、父の残した館には皇帝の宮殿に匹敵するほどの部屋数と金貨の詰まった部屋がある。兄弟姉妹はたくさんいるが、誰と仲違いしているわけでもない。
レムリア帝国自体が大きな大きな国だから、そこから出るだけでも長い長い旅が必要となるのだが、それでも俺は外の世界が見てみたかった。まあ、若い時分には誰でもかかる熱病ってやつだ。
着の身着のままで家出という手段もあったが、もちろん、そんなことを許すような長兄ではない。
金にあかせてレムリア帝国渉外警備将校の地位を手にいれると、俺にその役を押しつけた。おまけに退役したレムリア正規兵たちも相場の三倍の値でひと山買い、俺の部下とした。もちろん、どれも豪華な装備品付きでだ。
金で象嵌された鎧に紋章の刻まれた剣。するどい穂先を見せる火炎杖に我が一族の記章がついたヘルメットとサーコート。それが一糸乱れぬ隊形で俺の前に並ぶと自ずから誇りが沸き起こってくる。
流石に執事とメイドの一群は断った。身の回りの世話にはお付きの兵だけで十分だ。
でもきっとこれだけで済むわけがないと覚悟していたら、レムリア商業評議会議長をやっている三番目の兄から連絡が来た。新しい貿易路の強化開拓を頼みたいという話だ。こちらが返事をする間も無く、大部隊のキャラバンが黄金と宝石が一杯に詰まった大箱と共に送りつけられて来た。
巨獣ダンダビュロスの背中に設えた大きな荷物カゴ一杯には、さまざまな貿易品が積まれている。ただし護衛部隊は無しだ。それは新しく俺の配下になった部隊で十分だと考えたらしい。やれやれ。三番目の兄さんときたら物凄く計算高い。
最後に五番目の兄から連絡があった。手紙には皇帝の宮殿に来いと書いてある。黄金の飾りのついた宮殿への通行証もついている。ということはこれは皇帝じきじきの命令と同じということだ。宮廷主席参事官である兄が、どのような理由で俺を呼んだのかには興味があった。
とにかくレムリア皇帝の宮殿は大きい。レムリアの首都そのものが広大な大きさを誇っているのだが、その中で一際威容を誇る建物なのだから大きいのは当然である。宮殿の入り口で馬を下りると、宮殿の門の中で宮廷専用の馬をまた借りる羽目になった。それでも文句は言えない。徒歩で動き回るには宮殿はあまりにも広すぎる。
流石に皇帝に謁見するところまではいかなかったが、それでも宮廷お付きの賢者の中でも第三位のアモデス賢者に会うことになったのには驚いた。この人物は皇帝の信任篤きお方で、その日常は多忙の一言に尽きる。
「手短に話そう」
賢者特有の落ち着きのある声でそう言うと、宣言通りに実に手短に話してくれた。
用事はスパイの任務をしてくれということだ。ターゲットは謎の男。このところ、他の国の知識階級の中に奇妙な男が出没し、異端の考えを広めているとのことだ。
もちろん、レムリア帝国は子飼いのスパイを無数に抱えているし、諜報を専門とする部署だけでも俺の知る限りでは六つもある。ところがそういった連中の必死の努力をあざ笑うかのように、謎の男は未だ謎の男のままで、異端の活動を続けているらしい。
そこで白羽の矢が刺さったのはスパイなんか全くやったことのないこの俺だ。
どうも賢者という輩は、問題が煮詰まってしまうと、とんでもない結論へと飛びついてしまう人種らしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます