第3話 出会い

真神まがみライラでーす。ハジメの家に居候してまーす。みんな仲良くしてください! よろしくねー」

 今更驚くことはもう何もない。期待を裏切らず俺とライラは同じ二年B組になった。

 俺の通う都立曙高校では二年に進級するタイミングでクラス分けがされるのが最後。

 つまり、このクラスメイト達と一緒に卒業することになる。

 男女共に五十音順に出席番号が振られ、クラスが分けられたばかりの一学期初日は出席番号順に席が決められていた。

 何の因果かライラが真神を名乗った為に俺の前の席はライラになってしまった。っていうか真神って魔神をもじったのか。いい加減だな。

 居候しているということで教室がざわつくが、すぐに俺の自己紹介になるのでフォローが出来る。

「元町一です。一年の時はⅮ組でした。前の席のライラは親同士の仲が良く、ホームステイしています。あと、軽音部でギターやってます。よろしく」

 ホームステイか、ということで各々理解してくれたが、ライラの見た目やキャラクターを好きになるやつは多そうだから、面倒なのはこれからだろう。

 適当にクラスメイトの自己紹介を聞き、半分以上は顔も名前も知らない人達だったが、極端に苦手そうな人、雰囲気を悪くしそうな人がいない平和そうなクラスでホッとした。

 休み時間になると近くの席になった女子たちがライラに群がってくる。

 話が本格的に始まる前に、ライラを一度呼び耳打ちをする。

「俺とのことは話すな。千夜子さんのこともだ。海外から来た留学生っていう設定でやり過ごせ」

「分かってるって。任せなさい!」

 この数日で見慣れたウインクをバチッと飛ばしてくるが、教室の中では自重してほしい。本当に大丈夫か。

 それだけ話すと女子の集団に戻ってしまい、自己紹介しただけでもう友達になれるライラのコミュ力に改めて脱帽しながら、数少ない友人の席に行く。

「よお、進藤。同じクラスに友達がいて良かったよ」

「お前、あんな可愛い子と一緒に住んでんの? 今度遊びに行っていい? 妃乃ちゃんにも会いたいし」

「どうせバイトでそんな暇ないだろ」

 じゃあみんなでバイト先に来いよ、と楽しそうに笑うこいつは進藤 斑鳩しんどういかるといって、一年の時はクラスが違ったものの、縁あって前からよく遊ぶ男友達だ。

 背が高くて髪も長い。おまけにテンションも高く可愛い女の子に声をかけまくっているチャラさから、学年では知らない人はいないんじゃないかと思う。

 進藤を有名にしているのは見た目やキャラだけでなく、その趣味もある。

 長期休暇はもちろん、土日でもどこかに旅行に行ってしまい、その土産話が面白い。

 部活に所属せず、とにかくバイトに明け暮れて貯まったバイト代で旅をする、という真面目な一面もあって、陰では結構一目置かれている。

 本人は協調性がないと自虐するが、俺は内心尊敬している。

「伽藍も同じクラスだな。これからよろしく」

「ああ。話せるやつがいて良かったよ」

「おい、伽藍。俺がいるんだから大丈夫だろ」

「去年のうちにお前とは三年分は話したと思ったんだけどな」

 伽藍宗高がらんむねたかは一年の時から進藤と同じクラスで、俺は少し話したことがある程度の付き合いでしかない。

 口数少ない性格で学年でも一、二を争う高身長のバスケ部。

 女子から人気なのに浮いた話を聞いたことがない。

 去年、進藤経由で知り合った時にそんな話をしたら、実家が寺だから、と返された。

 煩悩を抑えている的な意味で言ったんだろうけど、言葉数が多くない癖に変なことを言うからなかなか掴みきれないやつだ。

 もっと仲良くなりたいと思っていたので、この同じクラスになれたことが分かった時はかなり嬉しかった。

 伽藍の席の向こう側、壁際の後ろから二番目に千夜子さんは座っていた。

 クラス替えの初日なのに休み時間と同時に本を読み始める辺り、キャラがぶれない。

 邪魔なんだろうな、と思いつつ、このタイミングで挨拶をすることで責められる謂れはないと自分を鼓舞し思い切って声をかけてみた。

「千夜子さん、クラス一緒になったね。これからよろしく」

「よろしくね、一くん。春休み中に返却予定の本がまだ返されていないはずだから、早く返しに来てね」

 心無しか少し冷たい気もするが、元々こういう人だと言われればそんな気もする。

 麗 千夜子は文芸部で図書委員という生粋の文学少女だ。

 眼鏡で三つ編みなら見た目だけで委員長になれそうだが、コンタクトだし肩まで届くシンプルだが綺麗なストレートヘアだ。

 学年でも上位の成績らしく、俺の本の未返却について認識しているほどに真面目で仕事熱心な性格は見た目にも表れている。

「千夜子、またクラス一緒だね。席はかなり離れちゃったけど。一もこれからよろしく」

 森珊瑚もりさんごがガムを食べながら颯爽と千夜子さんとの話を邪魔してきた。

 珊瑚は俺と同じ軽音部かつ同じバンドのボーカルを務めている。

 背が低く、金髪のショートボブ、耳には複数のピアスをつけた典型的なバンギャなのだが、

 珊瑚にその自覚はないらしい。

 この見た目で頭も良く、真面目な性格とギャップが大きい。俺が千夜子さんと話すきっかけになってくれたやつでもある。

「千夜子―、一緒のクラスだね。よろしくー。あ、一も三年間よろしく!」

 珊瑚の肩に手を載せながら上機嫌で祖父江 愛里そふえあいりも加わってきた。

 女子バレー部のエースでありながら高校二年生男子の平均身長である俺とほぼ同じ背丈でスラっとした足が長い。

 小顔を際立たせるショートカットが背の高さと相まって一瞬美少年かと思われるが、同級生よりも色っぽいスタイルをしているのですぐに美少女だと気付かされる。

 一部の男子から絶大な人気を博しており、ほぼ全ての女子からは憧れの対象になっている。

 珊瑚とは小学校からの幼馴染で仲が良いのだが、二人の身長差が二十センチほど離れているので並ぶと身長差が際立つ。

 一年の時は俺と同じクラスだったことと、間に珊瑚が入ることでそれなりに仲良くやっていた。

「それにしても、真神さん凄いね。もうクラスの中心って感じ」

 持ち前の明るさを如何なく発揮し、自分を囲んできた女子に留まらず、近くで様子を見ていた男子も輪に取り込んでいる。

 危なっかしいがライラに友達ができるのは何だか嬉しくなる。

「なあなあ、今日って明日の入学式の準備とかで部活休みなんだろ? 俺のバイト先で親睦会なんてどう?」

 進藤が後ろから急に肩を組み、千夜子さん、珊瑚、愛里に声をかける。

 タイプは違えど三人とも可愛いから進藤の中の男が黙っていられなかったのだろう。

「いいねー。やろう、やろう。進藤くんってどこでバイトしてるの? 旅の話聞かせてよ」

 愛里は快活なスポーツ少女よろしく、テンションが高いので進藤とは相性が良さそうだ。

 お互いちゃんと話をするのは初めてだろうに、既に打ち解けている。

 対して、珊瑚と千夜子さんは人見知りをする方なので、若干進藤の圧に引いてしまっている。

 押してダメならさらに押せ、という格言を持つ進藤とは根本から相性が良くなさそうだ。

「珊瑚も千夜子も行くでしょ? せっかく部活がないんだからみんなで遊ぼうよ」

「愛里がそう言うなら」

「珊瑚ちゃんと愛里ちゃんが行くなら行ってみようかな……」

 千夜子さんと一瞬目が合う。

 もしかして俺のことを気にかけてくれている?

「一くんは行く前に本返してね」

 俺の淡い期待を一言でかき消してくれる。まあ、無駄に期待させられるよりは精神的には楽だと思い込もう。

「ハジメ、どっか行くの? 私も着いて行っていい?」

 進藤の反対側の肩を組む様にいつの間にか後ろにいたライラが話しかけてくる。

 タイミング悪くチャイムが鳴ってしまい、続きはまた後でということで解散する。

 ライラは何が起こったのか分からないということで慌てているのを、とりあえず自席に戻しながら学校のシステムを教え込む。

 もっと千夜子さんと話したかったのだが、それは放課後まで取っておこう。

 チラッと千夜子さんの方を見ると、ライラのことを見ていたが、すぐに次の授業の準備に移ってしまった。

 もしかしたら、ライラと仲良くなりたいと思っているのかもしれないな。

 クラスが決まるまで不安だった思いは、どこかに消えてしまい、みんなで過ごす残りの二年間への期待が高まる。


 俺たちが通う曙高校は立川駅から徒歩十分ほどの位置にある。

 立川から西は山梨県、と言われるほどの東京らしさのある栄えた西の繁華街だ。

 乗降客数はJR東日本の駅では十三位と山手線高田馬場駅に次ぎ、家電量販店や飲食店、タワーマンションに裁判所、大型ショッピングモールと無いものが無いんじゃないかと思えるほど遊ぶには事欠かない場所だ。

 そんな立川駅の南口から徒歩五分の位置にあるガストで親睦会は行われる。

 明日を新入生の入学式に控え、全部活動は休み、授業は午前中で終わりというまさに夢のようなスケジュール。

 今日集まらなければ、次はいつになるか分からない、ということで駅周辺には制服姿の曙高校生が散見されていた。

 授業が終わり、学校側から指示されていない生徒は速やかに下校するようアナウンスが流れるより早く、進藤はバイト先に向っていった。

 俺、伽藍、ライラ、千夜子さん、珊瑚、愛里と六人でガストを目指すことになるが、俺は先に図書館に本の返却を済ませるために先に向ってもらう。

 ライラと愛里がいるから大丈夫だとは思うが、女子四人に対して男子一人じゃさすがに伽藍もしんどいだろう。早めに追いつかなければ。まあ、伽藍はそんなこと気にしなそうではあるが。

 三階の教室から二階の図書室を目指す。

 二階は三年生のクラスがあるため少し緊張するが、図書室には一年生の時から何度も通っていたので出来るだけ上級生の目に付かない様に最短ルートで向かう。

 四時間目が終わった直後の図書室には受験勉強をしている三年生が数名いるだけで、がらんと静まり返っていた。

 返却日を過ぎた本は直接図書委員に手続きをしてもらわなければならないが、肝心の図書委員がいない。

 せっかく早く来たのに、と時計を気にしていると少し遅れて千夜子さんが図書室に入ってきた。

 俺と目が合うと無言でカウンターを指差し、自分は受付に座る。

「さっき返しに来てね、って言ったのに一人で行っちゃうんだから。私と一緒に行けば手続き出来るでしょ」

 しょうがないなあ、と呆れる様に俺から本を受け取り、貸出カードに印を押す。

 図書室では静かにしなければいけない。

 そんなルールをありがたいと思ってしまうほど、突然二人になると言葉が出ない。

 天井の蛍光灯の光で千夜子さんの黒髪に出来た天使の輪を見入ってしまっていたが、そんな時間も一瞬で過ぎ去り、図書室から出て昇降口でみんなに合流する。

 ほんの一分ほど二人でいただけだが、千夜子さんを意識してしまったことで背中に汗が伝い、息が詰まる。

 昇降口のロッカーで靴を履き替えると、校門で四人が話をしていた。

 恥ずかしさを隠すように伽藍に駆け寄り声をかける。

 人がいれば話しかけられるのに、二人になると話が出来ない。

 高校生にもなって恥ずかしがっている場合じゃないのは分かっているが、そう簡単にいくのであればわざわざ魔神にお願いなどしない。

 これから二年間同じクラスになるのだからゆっくり距離を縮められればいい。

「ねえ、チヨコってどんな人が好きなの?」

 先頭を伽藍と歩いていると、後ろでライラが千夜子さんにどストレートな質問をし始めた。

 顔が見えないものの、まだまともに話もしていない初対面の人にいきなりタイプを聞かれても答えにくいだろ。

 っていうかそういう盛り上げるやつは店についてから話してくれ。

「真神さんダメだよー。そういうのはあとでゆっくり話そうよ」

 愛里が俺の代弁をしてくれた。さすがバレー部のエース。千夜子さんへのフォローが行き届いている。

「ライラでいいよー。真神さんって言われても自分のことか分からなくなるし。チヨコもごめんねー」

 真神が偽名みたいな言い方するなよ。どっかでボロが出るぞ。

 みんなにライラの正体を話してみたい気もするが、出会ってすぐにそんな事を言われてしまったら今後の関係性に響くかもしれないからな。いつか話すかもしれないし話さないかもしれないし、また改めて考えることにしよう。

 道すがら他愛ない話をしていると進藤がバイトをしているガストに到着した。

 昼時ではあるものの、平日なのでそこまで混雑はしていない。

「よお、遅かったな。何名様でいらっしゃいますか?」

「六名で。お前何時までバイトなの?」

「こちらの席へどうぞ。十九時まで。だから七時間ぐらい暇潰ししてくれ」

 そんなこと言っておいて夜から別のところでバイトだろうに。親のすねをかじっている自分が恥ずかしくなるからほどほどにしてくれ。

「シンド―は何でもうお店にいるの?」

 ライラはまだアルバイトというものを分かっていないのか混乱しているところを愛里が説明してあげている。

「進藤はね、学校が終わったらここでバイトしているんだよ。働いてお金もらって、そのお金で色んなところに旅行するのが好きなんだって。あんなチャラそうなのに偉いよねー」

「そうなんだー。他にバイトしている人はいるの?」

 誰もバイトはしていなかった。実際部活があるとそんな時間も体力もないよな。

「何かバイトしてみてもいいんじゃない? ライラは愛嬌あるから接客とか向いているよ」

 珊瑚がドリンクバーから取ってきたジュースにストローを刺しながら提案する。

 ライラにはまだ早いんじゃないか? 目に映ったものに何でも反応しちゃうから仕事にならなそう。働いたことないから偉そうなことは言えないが。

「バイトかー。みんなは部活っていうのをやってるんだよね。何やってるの?」

 それぞれ説明をするのを楽しそうに聞いているものの、イマイチ刺さっていない様だ。

「ライラちゃんって何か趣味とかある? ホームステイってことは日本が好きだったとか?」

「趣味かー。考えたこともなかったなー。出来ればハジメと一緒にいたいから軽音部に入ろっかな」

「変な言い方すんなよ! 日本に来て日が浅いから不安ってのは分かるけど、四六時中一緒なんて疲れるわ!」

 千夜子さんの顔が見られない。

 ライラのことが好きなんだと思われたら、後々告白しても、ライラちゃんに振られたから私に告白したの? とか思われかねない。

 頼むから余計なことは言わないでくれ。

「一のことはいいとして、ライラが軽音部に入ってくれるのは嬉しいよ。何か楽器とかできる?」

「できない! 歌とか笛とか太鼓とか分からない! だったらまだ踊ってたいかな」

 座りながら上半身でリズムを取っているが、隣に座っている愛里にわざとぶつかって二人でわちゃわちゃしている。

 確かに指輪から出てきた時にベリーダンスみたいな服着ていたしな。

「ライラちゃんダンスは似合うよ。女子ダンス部もあるから仮入部してみたら?」

 うーん、と腕を組んで珍しくライラが悩んでいる。

「やっぱりシンド―みたいにどっかで働きたいかなー。大きな声でいらっしゃいませーって言う仕事ないかな」

「居酒屋とか焼き鳥屋に居そうだよな。実際に行ったことないからイメージだけど」

 俺の言葉にライラが食いつくも珊瑚が否定する。

「無理だと思うよ。うちも居酒屋でバイトしようと思ったけど、高校生も検討可ってところ少ないし、遅い時間がメインだからあまりシフトに入れないし。どうしてもって理由がないなら別のバイトを考えるべきだよ」

 珊瑚は髪の色やピアスで出来るバイトが限られるからな。年齢に関係なくコンビニとか居酒屋ぐらいしか選択肢が無さそうだ。

「本屋とかどう? 私バイトするなら本屋がいいな」

「本屋かー。面白そうな本ばかりだと目移りして仕事にならないかもなー」

 好奇心旺盛で落ち着きがないのは自覚あったんだな。

 それに本屋ってもう少し落ち着いている人が働いている気がする。

 そういう意味では千夜子さんはピッタリだな。その店じゃエロい漫画とか買えなくなるけど。

「それこそ進藤くんと同じでファミレスとかは? この店にする必要は無いけど、一の家の近くにも何かあるでしょ?」

「バーミヤンかサイゼリヤだな。でも客層が良くないからなあ……。バイトするならまだ立川で働いてほしいかな」

 本当は地元でライラが働いていると目立って変な男に絡まれるのが嫌だからだけど。

 自分の同級生や先輩にライラを紹介しろ、とか言われても断りづらいし。

 極力地元では家と駅の往復だけにしてほしい。

「そっかー。難しいね。伽藍は何か私に似合いそうな、出来そうなバイト思いつかない?」

 野菜ジュースを飲みながらジッとライラを見つめる。

 ファミレスのドリンクバーで野菜ジュース飲む人初めて見るかもな。

「たこ焼きだな。北口の角のところにあるだろ」

 おおーと思わず声を上げて拍手してしまう。

 ライラだけ着いてきていないが、四人ともそれだと納得してしまう。

「たこ焼きって何? たこを焼くの?」

「その通りではあるんだけど、中にたこが入っている丸いお好み焼きみたいな……、お好み焼きってわかる?」

 千夜子さんが幼稚園児に説明するかの様に丁寧にジェスチャーを交えながら教えるも、イマイチぴんと来ないらしい。

「近くにあるの? 見に行きたい! チヨコ、一緒に行こう!」

 え、今? と千夜子さんが困惑する。

 店に入ったばかりだし一回出たらドリンクバーが頼み直しになったりしないのかな。

 進藤に聞いてみようと手を振ってみると、すぐ近くにいた女性の店員が来てしまった。

 あっちの店員に用があるんです、とも言えず、正直に話してみると、

「進藤くんのお友達よね? 全員で抜けられちゃうのは困るけど、一、二名なら全然大丈夫よ」

 ニコッと笑いながら快諾してくれた。

 大学生だろうか。せいぜい二つか三つしか変わらないだろうに大人に感じる。

 チヨコ―、たこ焼き見に行こうよー、とライラがうるさいので、根負けした千夜子さんが店に気を遣いながらライラを連れて行く。

 二人が出ていき、ソファーが少し広くなったので珊瑚が愛里の横に移動する。身体がでかい伽藍と肩を寄せ合っていたので助かった。男同士でくっつくのはあまり気持ちの良いものではない。

「一って千夜子のこと好きなんでしょ?」

 ニヤニヤしながら愛里が直球で聞いてきた。

 珊瑚を見ると、わざとらしく明後日の方角を見ている。俺の周りは口が軽い奴ばっかりだな。

 誤魔化しそうになったが、高校二年生にもなって強がったりするのも逆に格好悪いのでは、と思い留まり、認める。

 知っていたくせに愛里が興奮して情報元の珊瑚をバシバシ叩く。珊瑚は食べていたポテトを出しそうになり、愛里に怒っている。

「で、俺たちに何か手伝うことはあるのか」

「手伝ってもらうって言うか……。あからさまに好意が伝わるようなのは避けたいんだよな。グループの中で千夜子さんが居づらいと感じちゃうかもしれないし」

「大丈夫! 気まずくなっても一に抜けてもらうから」

 伽藍と愛里の気遣いは嬉しいんだが、こういうのって友達ぐるみで告白したりすると断りづらくて結局内部分裂みたいになるからなあ。

 まだクラスが一緒になって数時間だけど、この六人で話しているのはめっちゃ楽しいし、できれば卒業まで同じグループでこうして遊んでいたい。もちろん進藤も含めて。

 千夜子さんのことは、去年はクラスが違ったからバッタリ会った時にテンションが上がったり、図書室に行って少し話したりしてドキドキしていたけど、実際にクラスが一緒に、グループが一緒になると今後の進め方を考えてしまう。

 正直に話してみると、三人とも共感してくれたようで、それぞれ自分のことの様に考えてくれている。

「そういえば二人って好きな人いるの? 珊瑚ともあんまりこういう話ししないもんね?」

 珊瑚と伽藍がお互いを目配せして、どちらが先に話すか牽制し合っていると、

「俺はいない。出来たら教えるよ」

 じゃあ、どんな人がタイプ? と目をキラキラさせながら愛里が食いつく。一年の時から人の恋バナ聞くのが好きだったもんなあ。

 伽藍は腕を組み、二人をジッと見て、ライラと千夜子さんを思い出すように上を見つめ、考える。

「わからないな。よく喋る人は喋ってくれるから楽だし、喋らない人はゆっくりできるから落ち着けるし」

 それめっちゃわかる、と珊瑚が伽藍に激しく同意する。

 この二人って、話すのが嫌いではないんだけど、グイグイは来ないっていう距離の取り方が似ているな。案外相性がいいのかもしれない。

「私は間が怖いから喋っちゃうなー。で、珊瑚はどうなの?」

「うちも今のままがいいかな。今が十分楽しいし」

「愛里はどうなんだよ。男女ともに好かれてるじゃん」

 自分の話になると恥ずかしそうに顔を赤らめる。

 愛里は結構乙女というか奥手というか。こんなに綺麗でスタイルがいい割にあまり自分に自信がない。

「私はデカいからね。それでも良いって言ってくれる人がいいなー。自分より小さくてもいいし、気にならないぐらいもっとデカくてもいい。やっぱり身長のことが最初に気になっちゃうな」

 珊瑚がつまらなそうに音をたててジュースを飲む。

「それって好きな人っていうか、自分を好きになってくれる人なら誰でもいいみたいに聞こえるけど」

「そっかあ……。自分を好きになってくれる前提で言うなら……。情熱的な人とか? 具体的に言えないけど熱い感じの人は格好いいと思う」

 例えとしてスポーツ選手を数名挙げるが、アスリートが好きなのだろうか。

「まあ、私の話はいいとして。千夜子って好きな人いるの? 珊瑚知ってる?」

「一年の時も結構仲良くしていたけど、恋バナするようなグループでもなかったからなあ。誰かと付き合ったりはしてないと思う。好きな人がいるのかいないのかは分からないけど」

「俺は元町なら十分可能性があると思うぞ。麗はどちらかというと俺と森にタイプが近いと思うが、こういうタイプは元町みたいな距離の取り方が上手い人に惹かれやすいと思う」

 それめっちゃわかる、と珊瑚が伽藍に激しく同意する。もうお前らでくっつけよ。

「お客様、追加でご注文いかがですか?」

 少し手が空いたのか、進藤が注文を取るついでに顔を出してきた。

 伽藍が追加で自分の分を頼んだのをわざとらしく何度も確認し、ダラダラとテーブルに居座っている。向こうで店長らしい人がジロジロ見ているからちゃんと仕事しとけ。

「進藤って好きな人いる? どんな人がタイプ?」

「恋バナとか俺がいる時にしろよー。年上のお姉さんが好き!」

 言いたいことだけいって仕事に戻ってしまった。そのうち進藤の話も聞いてやるか。

 のんびりダラダラしているとライラと千夜子さんが帰ってきた。

 ライラはいつも通りニコニコしており、その手にはビニール袋を下げている。

 千夜子さんは何か困っているような神妙な面持ちで俺の横に座る。

 近い! 肩が当たる!

 伽藍を詰めさせるが、ビクともしない。真顔でメニューを物色している。お前さっきはもうちょっと詰めていただろ!

「一くんさあ……。ごめんね、ライラちゃん止められなくて……」

「たこ焼き屋でバイトすることになったよ! 行ってね、バイトしたいんですけど、って聞いてみたら店長出てきて、少し話してたら明るくて可愛いから採用! って言われた。これお土産に、ってたこ焼きもらっちゃった。みんなで食べよ!」

 店の中でたこ焼き広げるなよ。さすがに怒られるだろ。っていうかそんなあっさり採用されるもんなのか。

 ライラに袋を隠させていると、さっきのお姉さんが六枚分の取り皿をスッと机の上に置いた。

 自分の背で他の人に見えない様に、

「前はメニューにたこ焼きもあったんだけど、もう無くなっちゃったからバレちゃうよ。早めに食べてね」

 内緒だよ、と口に指をあてて笑顔で去ってしまう。

 なんてイケメンなお姉さんだ、と見とれているのを千夜子さんに見られたらしい。

「一くんってああいう人が好きなの?」

 周りの空気がピリッとしたのが分かる。

 珊瑚はドリンクを取りに席を立ち、愛里もそれについていく。伽藍は見えないけど、おそらく無言で窓の外でも見ているんだろう。ライラはたこ焼きの熱さにハフハフしながら嬉しそうにしている。

「いや、年上が好きとかはないかな。イケメンなお姉さんだなあと思って見ていただけ」

 格好良かったね、と頷かれるも、果たして今の返答が正解だったのか分からない。

 嫉妬した感じで言っていれば脈もあるのかもしれないが、今のは純粋な興味で聞かれているだけだと思う。

「そういう千夜子さんはどういう人が好きなの?」

 努めて冷静に、かつ自然に、違和感なく聞いてみるが、答えによっては今すぐ帰って明日から学校に行きたくなくなるかもしれない。

 思わず聞いてしまったことを早速後悔しはじめる。

 頼みの愛里も珊瑚もおらず、無言の伽藍と何を言い出すか分からないライラには任せられなかったから。

 沈黙に負けてしまった。

 せめて、最小限の傷になるようにしてくれ……。

「え、いや、私は……」

「チヨコはね、女の子が好きなんだって」

 戻ってきた珊瑚と愛里はライラの発言が丁度耳に入った様で目を丸くする。

 俺としては彼氏がいたり、好きな男がいたりするよりはショックも小さいが、それはそれで望みが絶たれるので複雑な心境だった。

「ライラちゃん! そんな言い方してないでしょ! さっきも聞かれたんだけど、男の人ってちょっと怖いから女の子と一緒にいる方が楽だから好きって言ったの!」

 なあんだ、とつまらなそうに珊瑚がストローに口をつける。

 愛里もびっくりした、と胸をそっと撫でおろす仕草をする。

 俺もきっと気が抜けた顔をしているんだろうな。鏡を見なくても分かる。

 千夜子さんが顔をパタパタと仰ぎ、ライラを恨めしそうに見ているが、ライラはどこ吹く風という感じでたこ焼きを味わっていた。

「麗は進藤みたいな距離の詰め方をしてくるやつは苦手だろ? 付かず離れず、適度に喋ってくれて適度に放置してくれる人がいいんじゃないか?」

「そうだね。抽象的だけどそんな感じかな」

「さっきそんな話をしていたんだ。俺と森と麗はタイプが近いから距離の詰め方が上手い人がいいって」

「そうそう、そんな感じ。まあタイプとか自分でもよく分からないんだけどね」

 そう言って千夜子さんはドリンクを取りに行ってしまった。

 向かいの席で愛里と珊瑚がニヤニヤしている。別に俺のことだとは言っていないだろ。

 伽藍が肘で軽く小突いて来る。

「言ったろ? お前なら十分可能性あるって」

 俺が女だったらお前に惚れるわ。

 たこ焼き食っているだけのライラじゃなくて、伽藍からアドバイスをもらいたい。


 進藤に別れを告げ、夕方には解散をした。

 俺とライラ以外はJR線なので立川駅まで見送り、その足で多摩都市モノレールに乗る。

 登校時にも乗ったはずのモノレールだが、ライラが先頭車両に乗りたがったのでそれに従う。

 まさか、千夜子さんと同じクラスになるとはなあ。

 今までは図書室に行くことで能動的に会いに行っていたが、今後は毎日教室で顔を合わせることになる。

 好きな人に毎日会えるなんて、胸が躍るような夢にまで見た状況だが、距離が近くなりすぎることに一抹の不安を覚える。

 友達から仲良くなって恋愛対象に変わっていくタイプの人もいれば、初めから相手を恋愛対象として見ていないと好きにならないタイプの人も存在する。

 自分がどちらで相手がどちらか。

 百歩譲って自分についてはどうにでもなる。ただ、相手が絶対に譲らないなんてこともあるだろう。

 前者であれば今回千夜子さんとクラスが一緒になれたことは手放しに喜ぶべきだ。

 後者であれば適度に距離を空けつつ、早めに好意を示し、友達というポジションに収まらない様にしなければならない。

「なあ、ライラ。今日たこ焼き屋に千夜子さんと行った時、どんな話していたんだ?」

「うーんとねー。チヨコって好きな人いるの? ってことと、どんな人が好きなの? ってことかな」

「それでさっきの男は怖いって話か。何が怖いかって聞けたか?」

「そんなに深く考えなくて良さそうだったよ。何か理由はありそうだけど、トラウマがあるってほど深刻でもなさそうだったし」

 少しだけ心配になった。

 男が怖いなんて表現をする際は、過去に乱暴されたりだとか、付き纏われたりだとか事件性のある出来事に巻き込まれたのかと思った。

 そんなことがもしあれば、距離の詰め方云々の前に彼女の気持ちを刺激しないようにしなければならない。俺の気持ちなんてどうこう言っている場合じゃなくなる。

「あとはね、何でそんなこと聞くの? って。チヨコと仲良くなりたいからって答えたら、何で私に興味を持ったのって聞かれたから、ハジメからチヨコのことを聞いたから仲良くなりたいって思ったんだよって言っといた」

「お前、それ先に言えよ……」

 どうせまたストレートにぶっ込んだんだろ。

「別に変な言い方してないよ。ハジメの友達を紹介して、ってお願いしたらチヨコの話をされたから仲良くなりたいなって思ったって言っといたよ」

 既に俺の方から千夜子さんを友達認定していることになっているのかよ。

「そしたら変な顔してたよ。ハジメくんって私のこと友達だと思ってくれているんだ、って言ってた。友達じゃなかったの? って聞いたら友達だよって笑ってた」

 友達だと思ってくれているんだ、って言い方だったのであれば、少なからず好意的ではあるんだろう。

 それが恋愛対象に入っているのかどうなのかは非常に微妙なところだが。

 友達じゃないよ、って否定されるよりは百倍マシだ。

「そんなところか。ありがとな」

「あとは、ライラちゃんはハジメくんが好きなの? って聞かれたから好きだよって言っておいた」

 それはダメなんじゃない? 変な誤解を与えるに決まってるだろ。

「そしたら、ちょっとビックリしてたけど、すぐに笑ってたよ。でね、ライラちゃんと仲良く出来そうだって! チヨコに気に入られたかもしれない!」

 大方、子供みたいに好きだよって答えたことにびっくりしたけど、好きってストレートに言えるそのキャラに面白さと新鮮さを感じたんだろうな。

 まだ数日しか一緒にいないが、ライラの長所はストレートに何でも聞けるし、言えるところだっていうのはわかる。

 それが爆弾になってしまうこともあるけれど、相手の顔色を窺って過剰に空気を読もうとしてしまう俺からすると素直に羨ましい。

 それは多分俺だけじゃなく、千夜子さんも珊瑚も愛里も、進藤も伽藍も持ち合わせている感情だろう。

 いや、その五人に限らず、全てとは言わないまでも多くの人がライラみたいには振る舞えない。

 今のライラは目新しいものが多くて、好奇心を満たすために行動しているが、時間が経つにつれて、良くも悪くも今のライラらしさっていうのは減っていくのだろうか。

 それはそれで寂しいと思い始めている自分に驚く。

「なあ、ライラ。俺にアドバイスをくれよ。ちゃんと言われた通りにしてみようと思うから」

「そうだなー。今度たこ焼き食べに来てよ! チヨコもたこ焼き好きって言ってたし、店の前で座って食べてる人も多かったよ。同じ制服着ている人も多かったし、きっと私の様子を見るのを口実にデートっぽくなるよ」

 めちゃめちゃしっかりしたアドバイスだった。

 ごめん、ライラ。正直お前のことを侮っていたよ。

 まさか、そんな自分をダシにして自然な感じで、たこ焼きデートまで導いてくれるなんて。

「ありがとう。俺、やっとライラに着いていこうと思えたよ」

 今更かー、とケタケタ笑っていると、俺のスマホに通知が来た。

 愛里からさっきのファミレスで撮った集合写真だった。

 お互い連絡先を交換し、それぞれが写真を送り合っている。

 ライラに見せてあげると興奮してうるさかったが、これは電車の中でライラの興味を刺激した俺の責任だな。

 早速、大天使にスマホが欲しいとおねだりしてみたようだが、相手の方が一枚上手だったようで、明日には届くとのこと。感極まって激しく肩を揺さぶられるが、その喜びは理解できるので大人しく揺さぶられてやる。

 その日、ライラは俺のスマホのホーム画面を集合写真に設定させ、寝る前にも眺めると言って一緒に眠る妃乃の部屋に持って行ってしまった。

 早く明日になって自分のスマホを持ってもらいたいが、今度は使い方をレクチャーする羽目になるんだろうな。

 楽しかった一日の締めに少し憂鬱な気持ちになりながら、明日からの二年間に想いを馳せる。

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