第2話 人の心に巣食う悪魔

 いざ家族に女の子を紹介する、なんてことが現実に起こると緊張するな。

 しかも突然、ましてや彼女ですらないのに、あろうことか美少女を。

 もうこうなったらどうにでもなれ、とやけっぱちで一階に降りる。

 ライラにはまだ二階にいてくれ、と伝えて待機してもらい、丁度昼食の準備をしていた母と祖母に声をかける。

 上手い伝え方なんて分からない、というか無いだろう。

 単刀直入にただ事実だけを報告をした。

 掃除中に変な指輪を見つけたこと。それを擦ったら魔神が現れたこと。お腹が空いたらしいのでお昼をご馳走してあげたいこと。

 頭がおかしくなったのか、と心配そうな顔をされるが、当然のリアクションにどこか安心している俺がいる。自分の家族がまともな人達で良かった。

「ハジメ―。まだー?」

 こちらの気も知らずに二階から能天気な声が響き渡る。

「え、今のが? 女の子の声だったけど?」

 急に襲ってきたりしない? と心配しながら母がおっかなびっくり階段を覗き込む。

 すぐに驚きの声をあげるが、それは悲鳴ではなく、子猫でも見つけたような猫なで声だった。

「あらー、可愛いわねー。とりあえず降りてきて大丈夫よ。ご飯食べましょう」

 すぐに順応した俺が言えたことではないが、初めて見る母の対応力の高さに言葉も出ない。

 トントンと階段を下りて母と祖母に元気いっぱいに挨拶をすると、二人とも花が咲いたように暖かく微笑んだ。

「あら、本当に可愛い子ね。一がなんか言っていたけどとりあえずお昼にしましょうか」

「ありがとう、おばあちゃん! ご飯なに?」

 台所に入って母の横に並び、美味しそーと嬉しそうにキャッキャと笑う姿は、もはや親子のようだった。

 愛嬌と明るさと美貌があれば、不審者であっても受け入れられるものなんだなあ。まあ、不愛想で暗い不細工だとしたら身元がハッキリしていても何て話しかけていいか分からなそうだし、人は見た目が九割なんて本も売っていたし人間そんなもんなのかもな。

 料理を作った人にしか分からないんだろうけど、目の前で満面の笑みで美味しそうにご飯を食べてくれるのであれば、身元なんてどうでも良くなるのかもしれない。ほんの数十秒前に出会ったのが嘘のように、いつもと変わらない空気が食卓に流れていた。

「ライラちゃんは年おいくつなの?」

「わかんない。人が誕生した時には既にいたって言われているよ」

「へえ、凄いわね。見た目は一とそう変わらなそうだけど」

「呼んだ人が一番親しみやすい格好になるからね。前はいかにも魔神ですって感じのいかつい男の姿だったよ」

 え、そうなの?

 二人がまるで息子のエロ本でも見つけてしまったかのような目でチラッとこちらを見る。そして俺もエロ本が見つかったかのようで恥ずかしい。

「あ、でもこの格好は私の趣味だよ。何となく若い女性の気分だったの。年齢はハジメに合わせたけどね」

 俺にパチッと綺麗なウインクをしてモリモリ食事を食べる。

 美少女にこんなことされるなんて本当は喜ぶべきなんだろうけど、家族の前では本当にやめて欲しい。

 これ以上この話を続けてはいけない、と直感で悟ったのだろう母が話題を変えてくれる。

「でも、どうしましょうね。うちにいてもいいんだけど、さすがに警察に行った方がいいのかしら………」

「大丈夫だよ。今手続きしてくれているみたいなの。ちょっと待っててって言われたから」

「誰に?」

「分かりやすく言うと私の上司的な人かな? 日本で暮らす上での戸籍とかそういうのを何か上手いことやってくれているみたい」

「良かったわー。未成年者略取で捕まるんじゃないかって心配してたのよ」

 非現実的な状況に現実的に対応してくれているのは嬉しいことなのかどうなのか………。

「なあ、ライラ。二人に魔法をかけて受け入れてくれるようにした、とかないのか?」

「そんなことしてないよー。今の私は普通の女子高生と何も変わらないよ。もう見た目もこれで固定されちゃったし。強いて言うなら上司とテレパシーで交信できるぐらいかな」

「お前の上司って宇宙人か何かなの?」

「ううん。宇宙人じゃないよ。大天使ミカエル。わりと有名だから本とかに載ってるんじゃない?」

 最早いちいち突っ込むのも面倒くさくなってきたな。面白さ重視で宇宙人の方が良かったな、なんて考えてしまう。

 母と祖母は俺そっちのけでライラがうちに住む為に必要なものを洗い出している。父と妹の許可も取っていないが大丈夫なのか。

 ライラは漏れ聞こえた妹の存在にテンションが一層上がり、俺の肩を揺すってくる。

「妹いるの? 何歳? 何ちゃん? ハジメに似てる? 写真見せて!」

 興奮したライラを微笑ましく見ながら祖母がスマホで妃乃の写真を見せる。ホーム画面を妃乃の写真にしている時点で微笑ましいのだが、俺が見切れていることに少し納得がいかない。

 妃乃は父似なのでここにいる三人には似ていないのだが、ライラの琴線に触れたようでめちゃくちゃ可愛いと連呼していた。その上で見たこと無いスマホに感動しはじめて収拾がつかない。

 自慢の孫娘を褒められて嬉しかったのか、祖母は財布から一万円札を二枚出し、

「これでライラちゃんのお洋服買ってあげて。おばあちゃんそういうの分からないから」

 まるで若い女の子にお小遣いをあげるおじさんの様になってしまった。

 近い将来、祖母のホーム画面は妃乃とライラとの三ショットになっているかもしれないな。


 大掃除どころでは無くなってしまったので、歩いて五分の自宅に母とライラと三人で帰る。

 住民の高齢化が進んでいるこの住宅街には不釣り合いな真っ赤なドレスはご近所さんの目が気になってしまったが、幸い誰にも会わずに家に帰ることができた。

 ライラの服を買いに行くのには妃乃に協力してほしいので、塾の春期講習から帰ってくるのを待つことにする。

 とりあえず俺の服の中からライラが着られそうなものを貸してやると、あろうことかジャージの袖が少し余ってしまい、ヤンキーの彼氏から服を借りたギャルみたいで可愛くなってしまった。さっきの服より露出が少ないはずなのにグッと来てしまう。

 妃乃が帰ってくるまでの間に客用の布団を出したり、歯ブラシを始めとした日用品を買っている間に大天使様より連絡があったらしく、ライラの手続きは無事完了とのことだ。大方の予想通り高校生として俺の学校に転入してくるらしい。一体何が行われたのか。

「母さん、この指輪について何か知らないか叔母さんに聞いてみるよ」

「それがいいわね。ライラちゃんはテレビでも好きに見てていいわよ」

 喜んでソファーにダイブする姿は久しぶりに遊びに来た幼い姪っ子を思わせる。

 とりあえず、叔母さんに電話してみよう。仕事だって言ってたけど、こっちも緊急事態だ。出られないなら無視するだろう。

 予想は外れて三コール目には電話が繋がった。

「仕事中なのに電話出来るの?」

「そう思うなら電話して来ないで。仕事って言ったってちょっと電話するぐらい出来るわよ。で、どうしたの?」

 部屋の掃除をしている時に処分に困るものでもあった? と呑気に聞いてくる。まあ、大きくは外していないが。

「メタルラックにアクセサリーが入った缶が置いてあったんだけど、覚えている?」

「ああ! あったかもね。気に入ったのがあれば妃乃ちゃんにあげちゃっていいわよ」

「その中に指輪があったのわかる? シンプルで飾り気がなくて半分が黄土色の指輪なんだけど」

 さすがに一三年前のことは簡単には思い出せなかったか、電話口でぶつぶつ言いながら思い出そうとしてくれている。

「実物見てないからわからないけど、たぶん高校生の時に原宿の露天商から買ったんじゃないかな。デートで行った時に彼氏に買ってもらったような気がしないでもない」

 彼氏から貰ったものって忘れちゃうものなんだ。指輪の出所も気になったが、高校時代の彼氏との思い出も、大人になると思い出せなくなることが何だかショックだった。

 原宿行っても分からないだろうしなあ。一三年前に出ていた露天商なんて見つかる訳がない。あとは叔母さんに実物を見てもらうぐらいしか出来ることはないか。

 職場が慌ただしくなってきたから切るね、と別れの挨拶もそこそこに電話を切られた。仕事中に突然電話をしたのだから出てくれただけでもありがたい。

「何かわかった?」

「いや、何も。あとは本人に聞くしかないな」

 リビングでくつろぐライラを見やると、動画配信サイトの一覧を眺めて興奮していた。サムネイルであれもこれも見たいと目移りする気持ちはわかるが。

「ライラ、この指輪って何なんだ? 知っていることがあったら教えてほしいんだけど」

「それはねー。ミカエルがソロモン王にあげた指輪だよ。私はソロモンのお手伝いをするために指輪に封じ込められていたの」

 ソロモン王って? 単語としては聞いたことがある気がするのでスマホで検索してみると、がっつりwikipediaに載っていた。

 ソロモン王。紀元前千年前の古代イスラエル王。大天使ミカエルよりソロモン王に指輪が授けられ、それによって七二柱の悪魔を使役する権威を与えられた。とのこと。

 え、まじで?

 こういうのって実在しない神様の逸話とかじゃないの? 指輪から人が出てきたなんて絵空事を間近で見てしまったので少しは受け入れてもいいが、悪魔ってやばくない?

 検索した内容をライラに読み上げて事実確認をすると、ちょいちょい怪訝な顔をした。

「合ってることと合ってないこと半々ぐらいだね。ミカエルがソロモン王にあげた指輪ってのは本当だけど、悪魔を使役する権威っていうか、私が願いを叶えてあげたよっていうのが正しいかな」

「どんな願いを叶えたんだ?」

 七二柱の悪魔を従えて世界征服を目論んでいたとか。というか悪魔を使役する願いってどんな代償を払わされるんだ?

「丁度その時、街造り、神殿造りと忙しかったらしくてさ。造るの手伝ってって言われたから働いてくれる人をたくさん連れてきてあげたの」

 ただの人材派遣じゃん。魔法の力で一夜にして造るとかじゃない辺り、昔から絶妙に願い事とズレた叶え方をしているんだな。

「悪魔は? 今のところ都市開発に力を入れている王様でしかないぞ」

「悪魔なんていないよ。七二柱ってのもよく分からないし。たぶん大勢の人を連れてきたっていうことが面白おかしく脚色されちゃったんじゃないかなあ」

「じゃあ悪魔は実在しないのか? 魔神とか天使とか出てくると悪魔がいても驚きはしないんだけど」

「悪魔って人の嫌な部分を差しているだけだからね。怪物がいるかと言われるといないけど、悪魔がいるかって聞かれれば人の心に巣食っているって答えるしかないかな。ほら、七つの大罪とか聞いたことない? 嫉妬とか怠惰とか。ああいうネガティヴでドロドロした感情を悪魔っていうんだよ」

 突然神話学、民俗学みたいな話になってしまった。わりと好きだからもっと話を聞きたい。

「現代の日本にも悪魔はいるってことでいいのか? もちろん人や社会の闇って意味で」

「いっぱいいるよー。そもそも悪魔がいない人なんているのかな? ハジメにもママにもおばあちゃんにもいるはずだよ。どんな悪魔かは分からないけど。欲望とかが渦巻いて大きくなっちゃうと乱暴になったり病的になる人もいるからね。悪魔祓いっていうのはそういう人の心を鎮めてあげる精神科医って感じだね」

 人の醜い部分を悪魔と呼んで分かりやすくキャラクターにして広めたってことか。ゲームや漫画で刀や馬を擬人化させるなんて日本じゃありふれているけど、悪意の擬人化を昔の人達が既にやっていたのか。

「ちなみにその時はソロモン王に何をお願いしたんだ?」

「私の初めての仕事だったんだけどね、これからもみんなの為に頑張るのですよって約束というか応援してあげたの。私の願いはあなたが立派な王になることですって。そしたら張り切っちゃったみたいで重税したり一部の民族を優遇したりで大混乱。当時の人は神様や天使の言葉は重く受け止めちゃうからねー。まあ、私はただの魔神だけど」

 怖いねー、と他人事のようにあっけらかんと笑うライラは再びテレビに向かってリモコンを操作し始めた。

 名称はわからないがライラの中にも悪魔が棲んでいる気がしてならない。

 それから数時間して妃乃が帰ってきた。

 ライラが熱烈に迎え、妃乃が混乱するという予想通りの展開になったが、俺と母が落ち着いて受け入れているところを見て、可愛い姉が出来たということで都合よく解釈してくれたみたいだ。中学生なんて常に非日常を求めているところがあるから実害がないのであれば大歓迎なのかもしれない。それにしても兄としてはもう少し警戒して欲しいが。

 ライラの服を買いに行くという話をすると妃乃のテンションも上がり、すぐにライラと仲良くなってくれた。

 俺のジャージを着て出かけるなんてありえないと息巻いて自分の服を着させるも、サイズが合わず余計に外を出歩けない感じになってしまったので、仕方なくジャージで買い物に出かける。

 最寄り駅から約二十分。少し遠いが服の他にも買うべきものが見つかるかもしれないので聖蹟桜ヶ丘駅まで向かう。八王子駅は知り合いに会うかもしれないので何となくやめておく。

 その間、俺と妃乃は見知らぬ町へのお出かけでテンションが上がってしまったライラを静かにさせることだけに神経を注いでいた。

 魔神なら魔法の絨毯に乗ったりしているだろうに京王線ではしゃがないでほしい。確かに京王線の特急は酔いそうになるほど早い区間もあるけど。

 車窓から見える高幡不動尊に興奮しながらライラが子供みたいに窓に張り付く。

「ライラちゃんって現代の知識ってあるの?」

「ざっくりとって感じかなー。別に指輪の中にいる間も外のことは分かるからね。何年前か分からないけど、指輪を暗いところに仕舞われちゃっていたから、最近のことは知らないよ」

 指輪が外に出ていればこっちのことが分かるのか。

 叔母さんが指輪を缶に仕舞ったのが十三年前で合っているとしたらスマホは知らないのかもしれないな。

 目的地についたところでライラの好奇心は留まることを知らなかった。

 外の世界を見るのが十三年振りとはいえ、あの指輪は長く骨董品店や倉庫に置かれていたらしく、まともに外を出歩くことなんてほとんどなかったらしい。

 ソロモン王の時代から考えれば約三千年。その間にも何回か呼び出されたことがあると思っていたが、どうやら全くいないらしい。

 呼び出すには指輪をどこにはめるか、どこを何回擦るかなど細かい条件がいくつもあるらしく、天文学的な確率で俺が成功してしまったらしい。宝くじに当たったということにでもしておこう。

「ヒメノ、これ可愛くない?」

「え、別に……。こっちの方がいいと思うよ」

 ユニクロで楽しそうに服を調達しているが、そんなに久しぶりの外出なのであれば流行り物とか分からないだろうに。これから苦労するだろうな。

 いや、本当に苦労をするのは俺だろう。

 これまでの流れを考えると俺とライラは謎の力で同じクラスになるだろうし、こんな美少女と一緒に暮らしているなんてわかった日にはたくさんの悪魔が俺を襲ってくるに違いない。

 溜息をついて二人の買い物を見守る。

 俺には見せない笑顔で買い物をする妃乃と屈託なく笑うライラを見て、自分を納得させる。

 どうか穏やかで楽しい高校生活になりますように、と指輪に触れて願ってしまう。

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