第ニ十七話「三つの崩壊 ‐ 滅亡」

    一  栄光



 このアウトグランのいくつかある台地の上にはその台地なりの営みというものがあった。しかし、彼らにはどうでも良いことのひとつに過ぎなかった。彼らは安全と思われる開けた台地に腰を下ろした。人々はそこを拠点としてこの地を開拓した。そうして街がぽつぽつとでき始めた。


 アウトグランを統治したのは不思議な力を持つ五人だった。後にその力は魔法と呼ばれることになる。この力を使い五つの成功した定住先ができ、文明の歯車がぎりぎりと動き始めた頃、人々はこの始祖たる五人の人物を「天井五輝族てんじょうごきぞく」と称し、崇めたのである。今ではその末裔とされる家々がそれとなって称されている。

 五輝族は今なお有力であり、さらにそこから枝分かれするかのように数多あまたの輝族が誕生した。フランソワーズ家もその枝分かれした名家のひとつであった。


――ぱたん……


 「おん方に永らく仕えたこの私が……どうしてこうも、うまくいかないのだ! 神よ、おられるならば私を救い給え!! ええ? 何か答えたらどうなんだ! くそっ!」


 オーク材の扉の奥にいるに怯える使用人はその皿に乗った艶やかな肉を見て深呼吸する。まるで放し飼いにしている猛獣に餌を与えようとしているように緊張していた。


――こんこん、こん


 「なんだ、使用人メイドか? ……入れ」

 「失礼いたします」

 扉の先にいたのは眉間に十のしわを蓄えたフランソワーズ家当主、パトリシア・フランソワーズであった。

 使用人は実にゆっくりと、机の上に食事を置いた。

 「何をしている! 早く出ていけ!! このグズが!」

 「ししし、失礼しまし」

 「うるさい!!」


――がちゃん!

 

 礼儀や礼節など意識する間もなく彼女は走った。獣の前で淑女だなんだと言っていられるわけもなく、彼の怒声の聞こえないところまで駆けた。もとい女中部屋である。

 「あ! いやあありがとうねぇ、大変だったでしょ。今日は気分じゃなかったんだよねぇ」

 他の使用人が彼女を見つけると高らかに声をかける。窓からは冷たい光が差していた。

 「もう、次は行ってよね……賭けに負けたのは私だけど」

 「ご主人様、ずーっと怒ってるよねぇ」

 「アリシア様を勘当してからかしら?」

 「いや、その前からずっとだよ。あれ? どうだったっけな……」

 「なんでパトリシア様はあんなに怒ってらっしゃるの? 教えてください。

 「かわいい後輩が、こわぁいご主人様にお食事を持って行ってくれたし、教えてしんぜよう」

 「わあい」

 「どこから話そうかな……まず天井五輝族について知ってる?」

 「ええ、アウトグランを造った五人の方々の家系ですよね」

 「そそ……その有力者の内のひとつに仕えているのがフランソワーズ家なの。直系の傘下ね。それに上手く取り入ったのがパトリシア様ってわけ」

 「なるほど、そんな由緒あるお家によく取り入ることができましたね」

 「それが聞くも涙、語るも涙の物語があるのですよ……」

 意味あり気に窓辺に向かうと、窓を少し開け、窓辺に腰かけた。

 「この辺りの公爵、セイン・トルトットと言えば言わずと知れた有名人よね」

 「ええ、確か魔法女学院を営んでいる学院長ですよね」

 「そう! この女学院はながーい歴史と格式を持つ学校で、トルトット家の先代が造ったと言われているわ。学院というのが注目の点ね。この辺りの輝族はこの学院に是が非でも入りたいの。手厚い援助があるから? 強力な魔法使いになれるから? あなたはなんだと思う?」

 「この話の流れだと、やはり有力者に近づいたいからですか?」

 「頭が良いわね! その通り。謎の多いセイン学長は『百余年ひゃくよねんの知識』を持つと言われる相当なやり手。簡単には姿を現さない彼に会うための手っ取り早い手段なのよ」

 「アリシア様もそのために学院へ?」

 「もちろん! ただアリシア様には……いえ、他のどの輝族にも言えるけれど、最悪な時期でもあったのよ。それは……耳を貸して」

 ばつの悪そうな顔で急に小声になる。窓辺から降り、二人は身を寄せ合った。

 「魔女ミシェルの存在よ」

 「!!」

 「彼女は名家……というよりも天井五輝族の末裔、シュールズマン家の秘蔵っ子ひぞうっこ。突如として現れた彼女はどの輝族よりも格上の存在。さぞ大変な思いをされたでしょうねぇ。皆からやっかまれた存在。目の上のたんこぶってやつよ」

 「な、なるほど……」

 「女性しか入れない女学院の存在はあまりに女のを上げたの。長らく子供に恵まれなかったフランソワーズ家から念願の女が誕生し、傘の下から抜け出してようやっと血縁に成れる可能性を秘めたのにそれをぽっと出の神童の存在で打ち消されたパトリシア様、ああ可哀想。傘だけに折り損ってやつね」

 「はあ……でもさっき先輩は、『ずっと前から』って言ってましたよね。アリシア様が生まれてから事の運び方が上手くいかなくて怒る理由はわかります。でもそれより前に怒っている理由というのは一体?」

 「パトリシア様のご両親のせいね。少し女性的な名前だと思わない? 彼の御両親もまた女性を求めていたの。結果、子宝には恵まれなかったけれど……苛立ちをぶつけられた彼はやがて捨てられた。そして今に至るのよ。死に物狂いでここまでのし上がった彼がアリシア様にきつく当たるのも想像できなくはないわね」

 「で、アリシア様を勘当し、これからどうしようかと考えあぐねていると……」

 「その通り!」


――がしゃん!!


 ガラスの割れるような音が屋敷に響き渡る。二人は顔を見合わせた。

 「行きましょう」

 「しょうがないな。とりあえず、急いでみようか」

 「窓は閉めてくださいよ、いつも閉め忘れているんですから」

 「いいじゃないか、涼しいし」

 開いた窓はそのままに、二人は覚悟を決めて駆け出した。



 「そういえば最近、静かだよな」

 照らし番の一人が作業中に呟いた。使用人よりもさらに階級の低い外回りはひどく退屈な作業で、喋っていないとやっていられないのだ。会話は禁止されているためか、みんなよくを喋る。

 「確かに……最近ごみが少ないな」

 「嵐の前のってやつか? ものすごいことが起きる前触れかもな」

 「やめてくれよ。そんなこと言ったらとばっちりがあるかもしれないじゃないか」

 進行方向の反対から別の照らし番が一人ゆっくりと歩いてくる。照らし番はすれ違う一瞬のうちに耳打ちをする。

 「おう聞いたか? しばらく閉めてた茶園ちゃえんに開園令が出たらしいぞ」

 「ええ、ってことはどっかの輝族が新しい傘下に加わるってことか?」

 「かもな。じゃ、俺ここ曲がるから。この道の先にキツイ使用人がいるから、あんま喋るなよ……調査頼んだ」



 「ふう、あいつ……にらんできやがったぜ」

 「それに『あんまり近づきすぎるな』って、喋らねえとやってらんねえっての」

 「でもいいこと聞いたぜ。近いうちトルトット家が来るらしい。お近づきになるそうだ」

 「ってことは茶葉はトルトットの?」

 「だろうな。こりゃ、美味しい話だ」

 「何が美味しいんだ?」

 「そりゃ物見遊山ものみゆさんで、あんな御仁が来るわきゃないだろうさ。茶葉を植えてまでのもてなし……俺はトルトット家と血縁関係を結ぶと見たね」

 「それが本当なら、最近あいつが静かな理由もまあ納得かな」

 「確かに。だから静かなのか」

 「しっ……静かに……使用人が来る、また後でな」



 「先輩せんぱぁい。手伝ってくださいよぉ。この灰、重いんですからぁ」

 「早くしたまえ。私は食器を持つので手一杯なんだからね」

 「数枚じゃないですか……んもう」

 「他にも食器があるし、私は今からびしゃびしゃにならないといけないんだから当然だろ?」

 「力持ちになっちゃう~」

 「はいはい、文句言わない。しかし、一人養子に来るだけでこんなに忙しくなるとはねぇ」

 「まあでも相手が相手なだけに、しょうがないのかもしれませんね。この前の話も相まって、納得の慌てようです」

 「ヘンな時期だけどねぇ、裏がありそう」

 「輝族特有の裏、ですか?」

 「そうそう。まあその話はまた今度しようじゃないか。これから体力勝負だからね。そこの照らし番、手元を明るくしてくれ」



    二  失望



 _月_日

 今日、トルトット家の御息女がフランソワーズ家に養子として迎えられた。

 使用人メイド長として先ほど初対面。こう言ってはなんだが、非常に平凡だった。髪は真っ直ぐで艶やかであるが、肌は月のように白い。引き込まれるような瞳で、容姿は申し分ないのだが、どこか躾不足が否めない。まだ幼いからしょうがない。

 これを正すのもフランソワーズ家の名の見せどころといった所か。


 _月_日

 照らし番の数が少なくなっている。逃げ出したにしても庭や塀に痕跡がない。念のために番犬を放つことにしよう。

 それにしても皿を割ったり水をこぼしたりと使用人一同の失敗が目立つ。私も気を引き締めて指導に取り掛からなければ。


 _月_日

 屋敷近辺の照らしが不十分であることを指摘 → 数を増やすために予算を割り当て

 私用人の体調不良者多数 → 休息を適宜とらせる。業務の見直し

 四日後トルトット家との会食有 → 掃除徹底、食糧の調達

                   →ランプ街。道を間違えないこと。メモ必須。


 _月_日

 遠くで鉱虫を見た者が現れた。疲れによる幻と思いつつ見張りを強化。照らし番の数が思うように増えない為非常に不安視。会食までにはなんとかしないと。

 それはそうと我が当主はいつになくご機嫌であるご様子。アリシア様の勘当以来に出来上がったしわが減っているようでなにより。ご主人様の顔を怪訝にしないように、不安や不満は私で止めておかなくては。


 _月_日

 鉱虫は確かにいた! 屋敷近辺に放った数匹の番犬が殺されてしまった。不幸中の幸い、照らし番が少なくなり、虫からの警戒度は下がっている。明るかったら危なかったかもしれない。肝が冷えた。しばらくぶりの風呂に入ろう。ここ最近、事故事件が続いていたから、たまにゆっくりするくらい罰は当たらないだろう。


 _月_日

 なんということだ、食材が無い! 昨日買ってきたはずの食材がきれいさっぱり!

 そんな不届きをする者は死に値する……もう一度馬車を走らせるか。


 _月_日

 今日は会食の日。粗相の無いようにしなければ。既に私自身、動けるもののあまり調子がよろしくない。何とか今日だけでも持ってくれればいいのだが……。

 振り返れば長かった。一時はどうなるかと思ったが、長い目で見れば安定していたとも言えるのかもしれない。栄光と失望を繰り返し、再び栄光がこのフランソワーズ家に入ってくる。

 今日はその華々しい門出となるだろう。



 「どうしよう。このお屋敷はもうだめ、ご主人様も亡くなられた。全て仕組まれたことだった……どうか、どうか見つかりませんように。どうか神の御慈悲があらんことを」


――ぎぃ……ぎぎぎ……


 開いた窓はそのまま閉じられることもなく、血だまりは月明かりを鈍く反射する。

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