第ニ十三話「ヘイミッシュの部屋」
一 止まり木
アウトグランに生える木々は全てわし鼻の様に折れ曲がっている。というのも、生える木々の下にあるランプの光に惹かれたが為ではないかと言われている。月の光よりも、下部から放たれる光を吸収するために、幹からはなるべく遠くへ下へ葉は広がった。ちょうど傘を広げたような風になるのだ。それは
さて、そんな象徴的な木は例外なくローゼンドーンにも生えており、それはまさに郊外に生えた「天使たちの止まり木」の看板に描かれたそれでもある。もっともそれは枯れている絵だが。
今現在、ローゼンドーン中を取り巻く魔女の呪いによって郊外に立てられたその看板の様相はより不気味になっており、天使の鳴き声どころか
「暇だなぁ」
そういう受付嬢エミリーは頬杖をつき、到底来るはずもない客を待っていた。
「暇ねぇ、外のお掃除でもする?」
「もう葉っぱ一枚落ちてないよ」
ニーナとダッチがそう問答をする。
「あんた達が言うんじゃないのよ。暇ならナシェットみたいに出稼ぎにでも言ったらいいじゃない。でないと、足を向けて寝られないわよ」
「エミリーだってお客が来ないならいる意味ないぜ」
「ふん、来たらどうするのよ」
「詰まらない言い争いはおやめになって!」
ミシェル(もといここではミシュ)が玄関の大きな扉を開けてそういった。
「げ、ミシュだ」
「『げ』とはなんですか、『げ』とは。まったく……カードは出しっぱなし、椅子も仕舞っていらっしゃらない! それに……洗濯物も干しっぱなし! もうずいぶん前に鐘の音が鳴ったと思うのですが?」
まるで親から叱られた子のようにカードと椅子を仕舞いついでに
「やれば終わります」
「はい」
「ではご飯の支度をしてくださる? 食材の調達の役目は果たしましたから」
「はいぃ!」
まるで軍隊のようにきびきびと動く彼女らはミシェルから食糧の入った籠を受け取った。
「すっかりお目付け役って感じだねぇ、ミシュ」
「思った以上にお姉さま方ができてないのですもの。それにメリー……クラベスさんが『任せたわよ』って言ったからそれを全うしているまでですわ」
「にゃー」
足元を八の字ですり寄る黒猫は『当然だ』とでも言いたげに鳴いて見せた。
「あらあら、ウィロー。あなたもミシュ派なのね?」
「に」
「お! ウィローじゃないか」
階段から降りてきたリンダが目をきらきらさせながら猫を撫でに一直線で向かってくる。
「あらリンダじゃない、随分遅いお目覚めね……ってウィローって何よ」
「ああ、おはよ。名前だよ……イケてるだろ? ミシュはこいつに懐かれてる割に『あなた』とか『この子』とか名前で呼ばないからさ、付けてやったんだよ」
「なるほど……?」
「あらリンダ、さぼっているとニーナとダッチから怒られるわよ」
「ん? なにかやっているのか?」
「今料理をしているのよ。あなたもお手伝いしてきてちょうだい」
「ええ! なんでアタシが……」
「つべこべ言わない! さっさと行く!」
「はいぃ!」
寝ぼけた目がはっきりしないうちに二人に合流したリンダは芋の皮を剥いている。
「怪我しないでちょうだいよ!」
「おやおや、ミシュ……もうここの仕切り役になったようだね」
扉が再び開き、ミシェルの後ろからメリナード・クラベスが現れた。
「メリー!」
軽い抱擁をするとミシェルはメリーの服装が少し乱れていることに気が付いた。
「……どうしたの?」
「ふふ、ミシュに隠し事はできないね……なあに、最近流行の呪いについて調べていたら面白いことがわかってね。そのお釣りを返しただけさ」
「怪我はないの?」
「大丈夫さ。まだまだ
「ええ、わかったわ」
エミリーはそのやり取りが終わるのを待ってから扉に付いた看板を『閉店』と裏返しにした。
「さて今日は皆に紹介したい人が居るんだ」
食事が程よく終わり、一息ついたところでその言葉で新たに会話を振り始めるメリー。
何かに気が付いたかのように視線を少し扉に移すと、同時に目配せをしてエミリーに玄関の戸を開けるように、ミシェルに紅茶を淹れるように頼んだ。
「お入り」
そのドアベルのような低い響きによって招かれた客人は二名。どちらもミシェルよりも一回りほど幼い子供だった。
「この子達は『みなし
「まあなんてかわいい! どこからきたの?」
「……ローゼンドーンの石切場から」
「そんなところから?」
「ちょいと暴動があってね、巻き込まれてたところを助けたんだが……あまりにも澄んだ目をしているから声を掛けたんだよ」
「他の方々は?」
「教会の連中が暴徒と派手にやり合ってたからね。全部救うのにはこの手はあまりに年老い過ぎたのさ」
「そう……」
「ほうら、お前たちも紅茶をお飲み。砂糖を二つ入れてあげよう。熱いからね」
「「あつっ……」」
「がっつくんじゃないよ。ああそうだ、この子らはミシュに面倒を見てもらおうと思ってね」
「ええ、私!?」
一同の視線がミシェルへと向く。瞬きを数回してから状況を飲み込もうとする。
「だって、監督だろう?」
「用心棒でなくて?」
「似たようなもんさ。それにこの子らがいると将来が不安だからね。人を育てることができる人ってのはそういないもんさ」
「あら! 私たちでは力不足ってこと!?」
「平たく言えば」
「「「「心外!!」」」」
「老体の耳には痛いね……と、お話はこの辺にして、お前たちお腹が空いているだろう。ミシュ、ご飯を作っておやり、じきにナシェットが帰ってくるし、チムニーも起きてくるだろう。皆今は力を蓄える時間さ……たーんとね」
その言葉に別の意味を含ませて、「アタシは休ませてもらうよ」と奥へと行ってしまった。
各々は少年らに好奇な目を向けながらも、一旦ミシェルに託したのである。残されたミシェルは料理中、まるで親にぴったりとついてくる子供に多少の動きずらさを覚えてはいたが、どこか居心地のいい様子で、イフリート……もとい猫は子供たちにいじられ頬を膨らませていた。
二 ヘイミッシュの部屋
自由のない人達の羽ばたく音が今日も忙しないローゼンドーン。
整理整頓し尽くされた部屋の中にちょこんと座った二人の子供。その子供らは先ほどの身なりをすっかり正され、髪を
片方はおとなしいというよりはむすっとしている感じで、もう片方はずっとにこにこしており大変嬉しそうな様子である。
「『私流』の教え的には及第点といった所ね」
慣れない様子の彼らはすっかり借りてきた猫のような存在である。その横で本物の猫が不服そうに毛づくろいをしていた。
「あなた達……って、そういえば名前は?」
「……ない」
「……そう。では名乗りたい名前は?」
「……あるわけないだろ」
「僕、あるよ! コール!」
「《石炭》コール?」
「お、おい!」
「だってね、みんなたくさんよぶんだ! たくさんよばれたい! よばれるってことは、みんながたいせつにしてるものなんだよ!」
「ふむふむなるほどね……で、あなたは?」
「ないって!」
「みんなからは『へいみゅーる』ってよばれてたよ」
「『ヘイミュール』? ふむふむ……じゃああなた達は『コリー』と『ヘイミュー』で」
「ぜんぜんちがうじゃねーか!」
「コリー! コリー!」
「あなたは好みじゃなくて?」
「いや、まぁ別……に……」
「じゃ決定ね!」
「はーい!」
「……しゃあなしだぞ……!」
「ふーん、ま、言葉遣いを矯正するのは段階を踏んでいきましょう。まずは
「もうねむたいんだけど」
「まだ寝るには早いわ。ヘイミューはコリーの元気を見習うべきね」
「まずはお手本を見せるから
「はーい!」
コリーと名付けられた少年はその場に立ち、たどたどしくお辞儀をする。
「ほら、ヘイミューも」
「いやだね。しなかったってなんもしないだろ?」
「まあ! なんてずるい子なんでしょう!」
ミシェルはヘイミューの近くまで寄った。しかし、
「どこかの誰かさんみたいね」
「へぷっ」
「わあねこがくしゃみした! ことばがわかるの?」
「そんなわけないでしょ? コリー。きっと埃が立ってしまったのよ」
「ヘイミュー、このままじゃコリーに先を越されちゃうわよ?」
「ふん、あいさつがなんだよ」
「まだまだ子供ね。理解するには難しいけど、やるには簡単な一番の始めの
「こどもじゃないやい!」
「そうね、大人よね。じゃあやってごらんなさい」
「それくらい!」
そういってヘイミューはお辞儀をした。コリーもそれをみてぱあっとした笑顔で
「上手ね。コリーは」
「な!?」
「あなたより一度だけした数が多いのだもの、当然よね。ほら、早速実践と行きましょう」
そういうとミシェルは扉を開けて階段を降りた。それにコリーはぴったりと付いて行く。
ミシェルはヘイミューが付いてきていないのを知っていて放置した。
「ほら、退屈そうなエミリーに見せてごらんなさい」
「うん!」
そういって駆け出そうとするコリーの一歩目を出す前にミシェルは「走らないように、声をかけてから名乗って、挨拶するのよ」と付け加えた。コリーはぎょっとしながらそわそわしながらなるべく歩いて向かっていった。
「エミリーさん!」
「どうしたの、小さな紳士さん?」
「コリーです」
「コリー?」
「なまえです。お姉さんが付けてくれました」
「お姉……ああ、ミシュのことね! いい名前じゃない」
「へへ」
少しはにかむと先ほど習ったばかりの
「あら、ありがとう」
エミリーも同じく
「あら、可愛い紳士がいるわねー!」
「お、なんだなんだ? 面白いことか?」
そういうと、コリーの周りには続々と人が集まって来たのである。そしてそれを階段を降りてすぐのところから遠目に見ていたミシェルは同じく上の階から降りずに見ているヘイミューの気配を感じていた。
「ヘイミュー、いい? 世の中にはメリーみたいな万人や弱者に手を差し伸べる人ばかりではなくってよ。大抵の人は先着順。遅れを取ればそれだけ掴み損ねるばかり。誰かがその手を取って終わり、どう?」
「……」
部屋へと戻る足音がミシェルの元へ小さく届いた。聞き届けたのを確認してからコリーを呼び戻しに行った。
「さて、コリーとヘイミューは読み書きはできる?」
「ちょっと」
「……」
「じゃぁ筆記用具の持ち方を教えるわね。私みたいに持ってみて。はい、どうぞ」
早速コリーは首を右や左に傾けながら指をこねている。ヘイミューは窓の外を見ていた。
「外でのお勉強はまだよ」
「おそとでもおべんきょうするの?」
「そうよ。でもまずは『持ち方』『書き方』を覚えるのよ」
「わかった!」
「コリー、そういうときは『わかりました』よ」
「わかりました!」
「あら、ヘイミューは?」
「ふん」
「しょうがないわね……」
そういうとヘイミューの後ろに回り、その右手をミシェルの右手で包み持たせた。
「……っ、な、なんだよ」
「あなたが持たないからでしょう? ほら、こんなに親切にしてるんだから……」
「わ、わかったから、持つから!」
少し赤らむ顔を不思議そうに見ながら離れて、勉強を続けた。
「じゃあこの字を真似て書いてみて。私はお風呂に入ってくるから」
「はーい! ……あ、わかりました!」
「ヘイミュー?」
「はぁいはい」
「『はい』は一回」
「……」
「ま、いいでしょう。じゃ、私がいない間はこの猫が見張っているから」
「!?」
「よ・ろ・し・く・ね」
「に、にゅー……」
そうしてミシェルはしとしととお風呂場へ行く。しゃっしゃっ、しゃー、さすさす……ペンを滑らせる音だけが響く。後はたまに窓を叩く風の音がそれをかき消すだけであった。
「あれ、ねこさんねちゃったね」
「……ふん、つまんねー」
「あ、あれどこいくの? ヘイミュー? へ、ヘイミュー! まさかおそとに?」
「んなとおくにはいかねぇよ」
「あ、あぶないよ! ねえったら!」
その声に耳をぴくりと動かし、猫は一度コリーに向き、何かを伝えたそうにコリーを見つめると付いて行った。
「ね、ねこさん。どどど、どうしよう……」
――ちゃぷん
湯船につかるミシェルはすっかり芯から温まっていた。
「ふう……」
「お、よっす! ミシェル!」
「リンダ。あなたもお風呂?」
「おうよ、背中流してくれよ!」
「しょうがないわね。ま、いいわよ」
そうすると髪を先に洗っているリンダの後ろ側に座ると、もう一つの石鹸を泡立てる。少し荒い肌質にミシェルの柔い手がぎこちなく滑っていった。
「(
「いやぁ悪いねぇ。髪と身体を同時に洗うことができるのはやっぱり楽だねぇ~……ヘイミッシュ、ガキ共はどんな感じだい?」
「が……ま、まぁいいわ。子供たちは元気そうよ。今は二人とも私の部屋で勉強中よ」
「? ついさっき出て行ったぞ?」
「……え?」
「ぃやだから、玄関から出てったぞ……あ、あれ? ヘイ? へーい? ミシュ? ちょ……せめて流してから……」
背中や髪まで真っ白に泡立ったリンダは戸を閉める音を聞いて、その場に固まった。
ミシェルはなるべく急いで着替え、部屋へ戻った。
「コリー!」
「あ、おねえさん……ヘイミューがお外に……」
「(イフリートがいない! それに……)」
「おこってでてっちゃった?」
「いいえ、たぶんそれは違うかもしれないわ。彼は……ヘイミューは思ったよりもしっかりものかもしれない。それはそれとして、頑固だれけど」
「かえってくる?」
「いいえ、連れ戻してくるわ。それまで待っててね」
「う、うん」
ミシェルは傘を持って外へ出た。
「(う、そう遠くまでは行ってないはず……布一枚じゃ流石に寒すぎたかもしれないわ……あとでイフリートで暖を取りましょ……」
まずはこの周りを捜索しようと宿の付近を一周する。すると思いの
「……なんだよ」
「こんなところに居たのね」
裏手の裏口から繋がる庭にちょこんと座り込んでいるのを発見する。ミシェルは安堵した。
「そんなに外の空気を吸いたかったの?」
「べつに」
その言葉のあと、しばらく音の無い時間が過ぎた。遠くで鐘の音が鳴り響く。
「……あなた、意外としっかりしてるじゃない。約束、守ってるものね」
幾分優しい声を上からはらりと落とした。月の光が「紙」を照らし出した。そこにはたどたどしい文字が書かれていた。
「ふん、べつに……コリーがいちいちうざったいんだよ」
「(『まあ、なんて言い方なのかしら』と怒ることはできるけど、今はそれよりも……)自分の怒りが抑えられないかもしれないから、自分で出て行ったんでしょ?」
「なんでそうおもうんだよ」
「
「も、もういいよ! もういい」
「…………ほら、少し冷えるわ、これ着なさい」
「いらねぇよ……お前の方が寒そうだし」
「あのねぇ子供が余計な、心配なんて、しなくて、も……」
「ん? っておいおまえ、おい! おまえ! だ、だれか……あつ! なあ、まってろよ!」
くたりと力の抜けるミシェルは小さな胸に体を託し、ただうずくまった。目を閉じ、ちかちかする暗い視界の外からリンダや猫の鳴き声がしきりに聞こえる。
それを最後に彼女は意識を手放した。
三 ワインの中の世界
——この世界は、言うなれば赤スパークリングワインの中にできた気泡のひとつである
その言葉は苛烈で退屈な日々を過ごす労働者諸君が好むのには十分すぎる小説であった。
誰が言ったか『
この世界が暗いのは赤ワインの中にできた気泡だからである。気泡は常に上に向かっており、この世界のどこに行っても物は下に落ち続けるのは世界が常に上昇しているからに他ならないのだという。我々がそれに気が付かないのは、例えば馬車に乗った時、周りの風景が流れているのに、風が吹かなければ髪が靡かないのと同じである。
星々が僅かに僅かに煌めいているのは遥か遠くにある気泡群であり、そこへ向かっているという説を唱えてもいる……いずれは到達するだろうと。現に遠くに見える月はここ十年で少しずつ近づいているという。
そんな説を分刻みで何十篇も浮かんでは、気泡の様に消えるミシェルの脳内。舌の奥が押されるような気分の悪さと、体の節々が糸で縛られたような
「うう……ん……」
艶っぽい声を出し、百年の眠りから覚めたかのように
「うぁ……くふ……」
ただの天井も今のミシェルにとっては情報量が膨大なのである。
耳元には丸まったイフリートが寝息を立てていた。
「(何日寝ていたの……? ん、手があった暖かい……く……」
手の妙な暖かさを体を一所懸命に動かして確認する。その手を握っていたのはヘイミューだった。ミシェルの横たわる寝具に椅子を持ってきて突っ伏す形で寝ていた。コリーはそのヘイミューに体を預けて寝ていた。
ミシェルは手を引き抜いて熱のこもった手をヘイミューの頭に軽く乗せた。
——ぎぎぎ……
扉が静かに開いた。がちがちと器を震わせる音が聞こえてくる。牛肉の香りがほのかに漂う。
「うお……ととと、危ねぇ……なれ、な、慣れねえ~……」
小さくそう呟きながら近くの机にそれを乗せた。そしてミシェルと目が合った。
「うおぉ!? ふっ!!!」
まだ寝ていると思っていたリンダは恐怖の混じった驚嘆の声をあげたがすぐに手で押さえた。もちろん近くに子供が二人いるからである。
「み、ミシュ……起きてたのか」
「え…あ……り…」
「喋るな喋るな、安静にしろっての……ほら、つ……作ったからよ。赤ワインのシチュー」
「あ…う……るのね」
「まあな、初めてだけど」
「うぇほっ! ごほっお、ごほっ!!!」
「ああ、喋るなって! ぁいや、喋らせてるのはアタシか……まあ、寝てろよな。あいや、食べてからだな」
「しょ…な……」
「んなこと言うなって食べなきゃ治るもんも治らないだろ。ほら口空けて」
静かに小さな口を開けた。赤くなった頬に乱雑に切ったじゃがいもを放り込むが、大きすぎて入りそうになかった。
「ふふ……」
「わ、笑うなよな!」
「んん……お姉さん!」
コリーが目を覚ました。それと同時にヘイミューも目を覚ましたが、頭に感じた温もりに寝たふりをする。
——ぐう
「ふふふ……私……寝る…食べ…」
「おいおい、これミシュの為に作ったんだぜ? いいのかよ」
不服そうなリンダはスプーンをコリーに渡す。
「ありがとうございます! やったー!」
満更でもないリンダと元気いっぱいのコリー。そして人知れず笑うヘイミュー。三つの微笑みに囲まれたミシェルの夢見は多少、良くなったのであった。
四
——魔女の呪いを解けー! 法王は無力なのかー!
その怒声か、はたまた便乗する野次馬の声援か、そこは高等法院の
グラン・セロナーデ大聖堂の大きな門戸の前には無数の人だかりができていた。
「魔女の呪いを解け―!」
「法王は無力なのかー!」
大きな声を出し、中へと呼びかける。
「民たちよ、静粛に」
その咳混じりのしわがれた声は地面を這い、魔法の様に足先から震え上がらせるような威厳を放たれる。
「
すると二人の枢機卿が一人の女性を拘束していた。それを扉と人々の間に
「この者は『世の理を全く無根の論を吹聴し無秩序に変えようとした罪』を犯した紛れもない魔女である」
それを伝えると、杖を掲げる。
すると、その杖からはあの時のような豪火が
——____-ッ!!!!
金切声というには鈍い
その時間は魔女ミシェルの時のたった十分の一だけの時間で、それは燃え尽きた。
「悪は滅した」
安心せよ、とでも言うように真白い衣服を
「悪魔だ……」
誰が言ったか、その形容は確かに的を得ていた。少なくともローゼンドーンの民の間では。
民らは、安心しただろうか。
民らは、不安になってやしないだろうか。
民らは、不幸ではなかろうか。
民らは、温かさに不自由ないだろうか。
老人は杖を置き、白衣を脱ぎ、長細い寝具の上から窓を見た。
そこには月が鈍い光を放っていた。それに呼応するように血色のワインが照り返す。
「
二、三度咳をしてから、目を閉じた。落ち
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