第二十二話「心新らに」

    一  部屋別担当教員制



 開かれた幾つもの窓から吹く冷ための風が大食堂に並べられた燭台の火を躍らせる女学院。

 そこには星女たちが集められており、セシルを先頭に部屋ごとに整列している。そしてその反対側の列には高等部らの馴染みである先生らが並んでいた。

 黒い制服がより闇を深くし、その斜に被った帽子は風の形を現した。さながら灯された高さの違う蝋燭は空に打ち付けられた星のようであった。

 教師らの間から二人の男が現れる。一人は黒い世界の中心の様なロングコートを羽織る学長。もう一人は全体的に真っ白なキュロットパンツを履いたすらりとした細身の美青年であった。白い厚手のロングコートを袖を通さずに着ている。

 ざわつく星女らを尻目に、教師の列にすっと並び入った。真っ直ぐな目線はどこをみているかわからなかったもののその整った顔に今にも黄色い声が上がるところであった。しかしセイン学長がそれを許さなかった。

 「星々の諸君。我が学び舎は失った統率力、及び学力を取り戻すため新たな制度を導入することにした。それは『部屋別担当教員制』だ。高等部は今までカリキュラムを組み、教えられたことをおのみずから中等部に教えていた。しかしそれもこの人数差ではあまりに厳しい状況なのも事実。故に、この制度を新たに設けたというわけだ」

 右手を上げると先ほどの青年が一歩前に出た。

 「紹介しよう……アンドリューテ・フォルクス先生だ」

 「ご紹介にあずかりましたアンドリューテと申します。先だってデイム・アリギュラが教員を辞退した代わりということで来ましたが、遜色そんしょくないことをお約束します」

 「彼は、元薔薇騎士Royal Officer Sir Escortknightだ。城仕込みの実力をしっかり学び得るように……さて、この制度は部屋ごとに担当の先生が就くことになっている。割り振りはこちらで決めさせてもらった。先生とのやり取りは引き続き高等部に行って貰うが、先生ごとに得手不得手があるのは君たちも知っているだろう。だからこそ、専門性を持たせるという意味もある。まずは諸君らにこれを見て欲しい」

 持っていたステッキでこんと地面を突くとどこからともなく重そうな額縁が現れ、その額縁の中に金色で表が描かれていく。名前と担当する部屋、そして「専門性」というものもあった。

 「例えば、セシル君の部屋には『戦闘性』が、リューベルト君の部屋には『医療性』が、ロック君の部屋には『技術性』が、というようにそれぞれが持つ性質を養っていくのだ。この表はここ、大食堂に常時飾っておくから各自確認しておくように。特に高等部らは先生らに挨拶しておくように。季期試験は変わらず執り行う……専門性以外の勉学も疎かにならないように。なお専門性の試験はいつもより厳しくする。油断しないように。集会は以上だ」

 そういうと星女らはお辞儀カーテシーをすると各部屋長の指示を待つ。


 「皆、集まって」

 セシル・レインブラックは号令をかける。こういう集会の後はいつも食事を摂る。それが高い鐘一度のときの利便性なのである。

 各々が常駐する学院付きの使用人らに指示をして魚やら芋やらの揚げものやパンやそれに塗るクロテッドクリームやオレンジジャムを取り分けてもらう。そしてその一連の流れが終わって使用人が控えてからのことである。セシルが話を切り出した。

 「あの表を見れば、私たちの担当教員は……アンドリューテ先生よ!」

 「でもさ、あの先生って元騎士の男だろ? なんかきな臭いんだよな」

 「何言ってるのよ、オデットったら。あんないい男を疑うなんて。それによ!」

 「なんだよ、ちょっと前までオデットに惚れてたくせに……」

 「こら、モーリス! 口に物を含んで喋らないの」

 「はいはい、グレイシア様ー」

 「あの金色の短い髪、艶やかな肌、布のような滑らかな体、衣装からにじみ出るような筋肉。ああ見目麗しいアンドリューテ様!」

 「様!?」

 たまらずオデットはつっこみを入れた。

 「浮気者なんだから……」

 「あら、オデットは意外と満更でもなかったのかしら?」

 「い、いや違うって、別に! って……それよりセシルさん、これを食べたら挨拶に行くんですよね? 付いて行きますよ」

 「おっとそれアタシも! ついでにグレイシアも!」

 「ええ!?」

 「あ、えっと私も行きますわ」

 「あらみんな来ちゃうの?」

 「(まあ、セシルさん一人だと心許無こころもとないというか……暴走しそうというか)」

 一同そのような表情になったがセシルのみがそれに気が付かなかった。

 新たに始まった「部屋別担当教員制」とその制度で決まった担当教員アンドリューテ・フォルクスという元騎士の美男子。大食堂の中で好奇心と不安が漠然と散らばるように煌めく星女達。

 聖なる貴き少女らSaint Of Nobility Girl ’sは多くの高等部をはじめとする星女、魔女ミシェル、そして天井五輝族の一角アリシアを失い大きく転換しようとしていた。

 この暗い暗い世界の未来は、まだ誰にもわからない……ただ三人を除いて。



※キュロット:乗馬用のパンツ。摩擦に強く厚めに作られている。

 クロテッドクリーム:英国の乳製品。全乳を浅い鍋で過熱しゆっくり冷やした濃厚クリーム。



    二  アンドリューテ・F



 ランプの反射した橙色の雪がしとしとと降る聖なる貴き学院の中庭。時計塔の中から歯車ががしゃりがしゃりと動いている音が中庭一杯に響き渡っている。

 「中庭にいたって聞いたのだけれど……いたわ!」

 なぜか小さい声で喋るセシルは回廊の柱の陰から彼の様子を伺っているようだった。

 「でもなんだか……」

 「? どうしたのですか、セシルさん」

 ニコラが背の高さを活かして見るとその下に続いて顔をひょっこり出してその様子を見る。

 その美青年は大きな木陰の下で優雅にお茶を飲んでいた。短いながらも麦の畑の様に揺れる様子はどことなく可憐な女性とも思えてしまう程、儚い姿だった。

 「女の子みたいだな」

 「まあここはそういう社会だから順応しているのかも……?」

 「女性優位って言ってもあの方は元々お城暮らしでしょう?」

 「グレイシア、きっとお城のむさ苦しい生活に咲く一輪の薔薇バラの如く、それはそれはいろいろとむふふ」

 「何考えてるのよ、いやねモーリスったら」

 「話しかけ辛いけど挨拶しようぜ、なんか悪いことしてるみたいだし……」

 そういって元の姿勢になろうとした時、体が動かないことに気が付いた。

 「ん、ん? う……動けな、い!」

 「君たちはセシル君の部屋の子たちだね? まずはしつけから指導しなければならないのかい?」

 彼は足の先から出た光る糸をそのまま足で引っ張る。するとぴんと張った糸が操り人形のようにして五人を木陰の元まで歩かせた。そしてカップをゆっくり降ろしその手で五人の額を弾く。

 「さて、君たちは少々密偵じみたことに慣れているようだね。淑女には似つかない」

 丸めた人差し指でセシルの顎をくいと上げ、耳元でささやく。

 「学院のモットーを言ってみろ」

 「は、はひ……『優しく、上品に、躾よく』ですぅ」

 「(ああ、すっかり惚気のろけちゃってるよ)」

 「(まあでもオデットの時もあんな感じでしたけれどね)」

 などと目だけでオデットとニコラがそう話す。

 「君たちの、どこが、上品で、躾いいって……? せ・し・る・君」

 「あひい……しゅみません……」

 顎から指を離すと、五人からは離れた。そして歩いていた使用人らにカップを渡し、椅子に引いていたハンカチを片手で器用に畳んで仕舞った。肩から五人を見て、怪訝な顔をする。

 「君たち、いつまでそうしているんだい?」

 ふと気が付けば体は動くようになっていた。それがわかると、今まで立っていたはずのセシルの腰が思い出したようにへたりと落ちた。

 「全く。手は貸さないよ……自分の手で立つこと。少なくとも僕が君に手を貸してあげたくなるくらいになって見せてくれ。挨拶はもういい。そこの腑抜けた星女レディーとカリキュラムを決める。場合によっては彼女の授業に口を出すつもりだ」 

 「「「「是非」」」」

 「え?」

 思わぬ反応を示され拍子抜けするも、ごほんと払うと平常心を保った。

 「ま、まあいい。厳しいをされたくなかったら季期試験だけでなく、日頃から頑張ることだ。君たちに課せられた専門は『戦闘性』だ。かの御令嬢二人の教え子なのだから、あまり失望させるなよ」

 そう言って彼はコートをひるがえした。再び肩からくたびれたセシルを見た。

 「そいつを早く起こしてやれ、風邪をひかれて困る」

 目がすっかりになってしまったセシルを抱えて一行は部屋へと退却したのであった。



    三  魔女ミシェルの残した呪い



 ランプ街。雪降る街にはいつもより多くのランプがあるかのように光が乱反射している。

 少し外れの老舗紅茶店の大硝子おおがらすの前に並べられた長机に座る二人の星女。窓からの雪景色を頼りに新聞を広げる。その一面にはとある記事が大々的に取り上げられていた。

 

——魔女ミシェルの呪い


 「物騒ねぇ……」

 「んまあ、シュールズマン家ならありえそう……かも?」

 一際お淑やかな星女らが会話する。一人は窮屈きゅうくつそうな首元をざっくり開き、浅黒い肌を露出している。もう一人は着こなしは優雅だが、首からは十字の飾りを首から下げ、髪は濡れたようにしっとりと腰まで伸びている。しかしあふれ出る高貴感は例え砕けた会話であっても損なわれない気品をびていた。

 「こら、あまりそういうことは外で言わないでくださる?」

 「ごめんごめん、でもさ、彼女ならありえそうじゃない?」

 「ま、まぁ……それは……意地の悪い質問はしないで、ロック・ストートラントさん」

 「リューベルトったら、相変わらず堅いなあ。でも続きを見て」

 そこにはミシェルの処刑が行われてからというもの変死が相次いでおり、それに恐怖している住民が多くなっていること。それに対して教会や高等議会がするあまりに不釣り合いな対応にしびれを切らし、教会にを行っているようだった。示威行為デモンストレーションである。

 「シュールズマン家にフランソワーズ家がほぼ没落した今、ただでさえ天井五輝族にひずみができたというのに、加えて……」

 「今、万が一にでも教会という立場が崩れたりでもしたら……赤と黒が黙っていないよね」

 「そう簡単にローゼンドーンが崩れたら困るのよ……でもきっと、その座が空くのなら女王が獲るわね。騎士が最近うろついてるって話よ」

 「でも確かそれって、先の変死が始まった辺りだよね? その辺りで騎士が巡回してその原因を探った。成果は無かったらしいのだけれど」

 「何が言いたいのよ……え、ちょっと待って。ということは騎士が来たあたりから既に変死があったってことよね。じゃあ魔女がどうのって関係ないじゃない」

 「でもここにあるのは?」

 二人は新聞を見やる。紅茶の湯気が冷たい外気に触れ、くねりながら立ち登っていた。

 「情報操作ってこと?」

 「まあ情報なんて、後からどうとでもなるからねぇ。それらしく取り繕えば、皆口を揃えて『やっぱりね』って言うんだ。それで事実はこの湯気みたいに曲がるのさ」

 「あなた、見かけによらず小難しいこというのね」

 「どこ見て言ってる? 返答によっちゃあくすぐっちゃうよ」

 「やめて」

 「やだな嘘だって」


——かーん、からーん、ごーん、からーごーん


 高い鐘と低い鐘が鳴る。それは詰まるところご飯の時間である。

 「あら、こんな時間……そろそろ帰りましょう」

 「そうだね。お腹ぺこぺこ!」

 新聞を何回か閉じ、それを使用人に渡すと紅茶店を後にした。その使用人は蟻の描かれた蝋印を領収書に押す。それを新聞と共に懐に仕舞うと一礼し、また店主も一礼する。

 二人は一つの傘をさし雪を避けた。ロック、そう呼ばれた少女が傘をさし、それに甘んじるようで、その傘を奪おうともしているような仲睦なかむつまじい様子で、学院の方へと帰った。



——号外! 号外! 名家の呪い、魔女の怒りか 真の審判者は一体?


 売り子の少年が声高々こわたかだかに増刷された新聞紙を配っている。彼の懐は今日も重い。

 「お一つ」

 「あいよ!」

 四枚の銅貨を細長い壺のような箱に投げ入れると景気の良い音がする。少年から一部だけ受け取るとそのままその場を立ち去った。街外れで深くかぶった帽子を暑苦しそうにかぶり直す。

 「はあ、使用人が居た頃が懐かしいわね……どれどれ? 『魔女ミシェルの呪い』……」

 どこか手元だけ照らされている場所のじめっとした陰でその新聞を読む。

 「酷いわね。なんでもかんでもせいにして……なになに『教会への反発が高まるローゼンドーン。病は全てあの魔女の処刑から。ついに魔女から《《本物)》が出たようだ』ってなによ私だって別に……」

 「なあにいってんのよ。魔女じゃないか」

 膝の上でまるまっている黒猫が眠たそうに呟く。

 「おっと愛しの人フィアンセか」

 「恋人パートナーよ」

 「あれ? ちょっと降格してない? 僕、何か悪いことした?」

 「いいえ、ただ、ちょっとまあ……長いこと猫の姿だから……?」

 「これは由々ゆゆしき事態だ。猫に立場を奪われる」

 「正確には奪われてる、ね」

 「なんてことだ」

 「よりも、今後の身の振り方を考えないと。ずーっとここにいるわけにはいかないわ。メリーにも相談しないと……あなたが居るとはいえ、何とかして自分の身を守れるようにしないと」

 「でもミシ……おっと失礼。いつも暴漢を追い払ってるじゃないか」

 「私が言っているのはそういうのではなくて虫とか枢機卿レベルの強さを持つ人たちのこと! あんな虫以下の定型でしか行動できない知能の低いやつらじゃなくて」

 「……口悪くなった?」

 「ごめんなさい。貴族らしさが失われているのは、自分でも理解しているつもりなの」

 「そういうミシェルも好きだけどね」

 「ありがと。さ、行きましょ」

 定期的に行っているミシェルなりの情報集を終えて止まり木へと帰る。

 すっかり開けた服を着こなしたミシェルはどこか優雅さを残す、さながら血統書付きの鳥。立つ時に跡は残さない。降りしきる雪はその手助けをするように積もっていく。

 温まった身体を適度に冷やしつつ、帰路につく。帽子を深くかぶり、傘もささずに、みんなの待つ場所へと帰ったのであった。

 

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永黒の月の魔女 椹木 游 @sawaragi_yu

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