第十三話「光からの脱出」
一 明朗な花嫁
黒い幕で隠すように外は暗闇に閉ざされておりその秘密の会議を促した。四人は四角い机の一辺一辺に礼儀正しく座っており、その机上には空論に似た作戦案が広げられていたのである。
「それで、どうやってセシルとセインの両名を欺くの?」
四人にはこの部屋を抜け出してローゼンドーン、通称ロンドンに向かい魔女裁判において無実を証明しなければならないという大義があった。それにはこの部屋の主であるセシル・ブラックレインをどうにかし、それをセイン学長にばれないようにする必要があった。
「そうだねえ、デイム・アリギュラ曰く『一週間後の二度目の鐘の時』っていってたっけ? その時には向こうに着かないとだもんね……少なくとも行き帰りを合わせて三日間くらいは欲しいなとは思うけど……セインに関しては学内で問題を起こせばそれの対処に追われる。ただセシルに関してはどうしようね」
「強力な睡眠効果を期待できる薬を飲ませるとか?」
「三日間……は流石にないかなぁ。飲ませることはできるかもだけど」
光文字が描かれては消されを繰り返して問答は行われる。終始ニコラだけは申し訳なさそうにしている。オデットの口角は上がっていた。
「じゃあさ、拘束してグルグル巻きにしておくとか?」
「それは拘束を解いた時、何されるかわかんないから却下」
いじけるオデットはいたずらに光文字で落書きをし始めた。
「ちょっとあなた達、しっかり考えてちょうだい! アリシア様のご学友が今にも処刑されそうなんだから。アリシア様の悲しみは私たちの悲しみよ!」
「なんだかんだ言ってグレイシアって優しいよね」
「はぐらかさない」
「ま、でもせっかくデイム・アリギュラから招待状を貰ったもんね。確実に行かなきゃ」
「本当によかったんでしょうか? ミシェルさんは助けたいのですが、こういうことはしたことがなくって……少し怖いと言いますか……」
「ニコラは留守番してるか?」
「いいえ! もちろん同伴いたしますわ」
「『
「あー、確かにこの寮ってそう言われてたっけ」
「名前だけ決まっても肝心のその目標には一歩も近づいていないのだけれど」
「ひとまずは動向を確認! セシルの組んでいるカリキュラムと学長の予定を各々調べることっていうことでどう?」
「わ、私そういう下品な事はしたことありません!」
「アタシは、なんとなくできそうな気がするけど」
「じゃあ私とオデットはそれ担当で。グレイシアは……噂を流してもらおうかなあ」
「う、噂?」
「そそ『セシル様が風邪気味でして、なにか病気に効くなにかご存じ?』ってね」
「私を小馬鹿にしていません?」
「いいやー別にー」
「ああの、私はなにをすれば……」
「ニコラか……特にすることはないけど……あ、私らの保護者役で」
「わかりましたわ! ……保護者?」
「そそ、盛り上がり過ぎたり危険だなと思ったら伝えたり止めたりする役」
「それが一番難しくないか?」
「もしくはいけないことをしようとしているから、みんな分の
「そ、そんなことよりちょっと待ってくださいまし……足音が聞こえますわ」
「ニコラ、本当? ……か、隠さないと!」
ニコラが警鐘を静かに鳴らし告げると三人は光文字を消したり、アリギュラから貰った招待状をしまったりと片づけをする。その足音は次第に強くなり、やがて扉が開かれた。
「……帰ったわよ」
「ああ、お帰りなさいませ。セシル様」
「なぜ私を見つめているの?」
「いいえ、特になんでもありません」
「……なぜ急に視線を逸らすの? みんなして」
「さ、さあ。紅茶を淹れましょうか」
「いつもは、私が帰ってくるともう出来ているはずだけれど? 怪しいわね……何か私に隠し事しているわね? 私の目はごまかせないわよ。その机に何かあるのね?」
「なんにもありま……」
視線を机にずらした時、消し忘れだろう光文字が残っていた。あんなものを書いた覚えなどグレイシアにもモーリスにもなかった。筆跡をじろりと見る。
「(こ、これは……オデットの落書き……?)」
視線をオデットに移すとあからさまに顔を背けた。
「どきなさい……なになに……こ、これは!」
その場に居た全員が顔を青くする。グレイシアはご機嫌を取るための品を考え、モーリスは責任を転嫁できないかを考え、ニコラは謝ろうとしていた。
「そそそ、そう言うことなら私は見なかったことにするわ。あなた達がそんなことを考えていたなんて……夜風にでもあたってくるわ」
そういうセシルは怒っているわけではなく、むしろ顔を赤らめその場を早足で去って行った。
「……どういうこと?」
そういうモーリスとグレイシアは机の書き損じを見た。
「ああ、なんてこと……信じられない」
「おっと、確かにこれは……ぷくくく……知力高いね」
「な、なんだよ」
ニコラとオデットは恐る恐る二人の間からその文字を見た。
「『
「これは……ある意味でオデットの頭に助けられたわね」
「も、もとはと言えばオデットが落書きをしていなければ起きえませんでしたが」
「なんか、いろいろと恥ずかしい。見ないでくれえ」
「これはじゃあ役どころを変更しないと。オデットは駆け落ち役だね。セシルのあの感じだとたぶんセシルは勘違いしてる。それを利用しよう」
「ど、どういうこと?」
「うまくいけば現状の問題が解決どころか、セシルを無力化できるかも」
不安を残すオデットをにんまりとした笑顔で企み顔をするモーリス。ニコラはなんとなく、私の出る幕はあんまりないのかも、と思ったのであった。
二 噂を流して
後日の図書館にて作戦会議がなされる。とはいえ、会議は夜通し行われており、計画が止まることはない。この神秘の図書館にて四人、いや三人は集まった。
ここ数日かけて行われている作戦を遂行中のオデットを除き、三人はひそひそと進捗を話す。
「私は学院中に流したよ。オデットがセシルを好いてるかもってね」
モーリスの案でオデットがセシルを落とそうとしていると吹聴しその気にさせる作戦である。オデットはというと今は部屋で二人っきりで勉強をしている。
「上手いこと行けば、しばらく学院から離れても大丈夫になった。問題点があるとするなら、セシルも付いてくることになる」
「大問題じゃない!」
「どうせ数日間拘束させるのは無茶なんだからこれが一番丸いんだって。信じて」
「一番信じられないわ」
「酷い! ニコラは信じてくれるよね?」
「ま、まあモーリス様が言うなら……?」
「それでこそニコラ。よ、お母さん!」
「つまり、セシルを騙してローゼンドーンへ行って途中で別れて大聖堂へ行くということね。いけるかしら」
「何とかなると思うよ。恋ってほら盲目だからさ」
「色恋を
「そのためにニコラママの懺悔があるんだよ」
「私一人で足りるでしょうか」
「大丈夫、大丈夫。神は許してくださるからさ」
「あはは……(一番怒られそうなのはモーリス様では……)」
「さて、余談もほどほどにして……早く帰らないとオデットが食べられかねないからね。グレイシアはどう?」
「あなたが噂を流したから、することがなくなっちゃったのよ!」
「ま、いつも通りに過ごしてもらうのも大切だからさ。あと楽しそうだったから」
「それ絶対後者のほうが比重重いでしょう!?」
「し! ほらほら声大きいよ! 安心して、ちゃんと学長の動向は調べておいたからさ」
「それでセイン学長は学院にずっと?」
「らしいね。ずっといる。しかも独自調べでは学院内の巡回もするらしい」
「独自調べ?」
「もちろん企業秘密だよ、ニコラ」
「三日間もあればバレそうね」
「それも大丈夫。これもセシル頼みだけど、もし彼女と学長が裏で本当に繋がっているなら、まあ十中八九繋がっているだろうけど……セシルから嘘の情報を流してもらえば大丈夫」
「それも、恋は盲目?」
「そういうこと」
「じゃあオデットが頼りってことね。補助できることは?」
「噂を流して、絶妙に気を使うこと」
「気を使うって?」
「ほら、こういう感じで二人を一緒に居させるとかオデットと私たちが別行動するとかかな」
「……それだけ?」
「まあ、ね。あとはオデットの心をの平穏を保つために適度に接してあげることかな」
「そ、そうね……じゃあそろそろ帰らないと」
「さて帰りも抜かりなく、噂をばんばん流していこうかね……」
まるで三姉妹のように息の合った椅子を引く音を鳴らして、舞台女優顔負けの演技をする姿のモーリスをニコラとグレイシアは少し引き気味に見るのであった。
三 星女の恋は月より淡く?
光が淡く差す窓に外出するために制服を着たオデットと他三人が居た。
「グレイシア、馬車の手配は?」
「できたわ。ランプ街の門外で待っているはずよ」
「ニコラ、後悔はない?」
「ありませんわ」
「オデット、心の準備はいい?」
「あるわけないって!」
「大丈夫そうだね。ほら、もうすぐ来る。手はず通りにね」
——がちゃり
「みんなどうしたのかしら。その服……まさか外へ行くつもりじゃあないでしょうね?」
「せ、セシル。実は君に言いたいことがあるんだ」
「! なななな、なによオデット……そんなに改まっちゃって」
髪をもじもじさせるセシルはオデットの方をちらちらと見つめる。
「ローゼンドーンに行かないか?」
「!! それはその……デートのお誘いかしら」
「君次第だ」
「ここ、断れないわね。後進の熱烈なお誘いを
「でも問題があるんだ」
「も、問題って? 移動手段? お金?」
「いや、移動手段はある。学長さ……僕らを監視している。ロンドンに行ったらきっと、あーとんでもないことになる。それが不安なんだ」
「なんとかなるわ!」
そういうと手紙を取り出し何かを書いて、しばらくするとそれを部屋の外へと放り出した。
「私も着替えるからちょっと待ってて!」
——がちゃん!
奥の扉へと向かったセシル。扉の奥からはがたがたと大きな音がする。
「効果てき面だねえ。迫真の演技だったよオデット。戯曲家チェレカ・ステロの戯曲の引用、お見事!」
「素敵でしたわよ! 最近ではいびりも少なくなっていますし、流石オデット!」
「まだここからよ。あんな状態でどうやって現地で別れるのかしら?」
「それは、運を天に任せようじゃないの、ね」
「『ね』じゃないわよ……どうせあなたの事だから何か手を用意はしているんでしょう?」
そういうと懐から液体の入った無色の小瓶をちらりと見せ、にやりと笑った。
「いつまで続くんだこれ?」
「可能な限りずっとよ」
「大丈夫ですわオデット。今度みんなで何か奢りましょう」
「絶対だぞ!」
——がちゃ……ぎぎぎ……
「準備できたわ! 行きましょう!」
「ええと、そうだねアタシだけだと……その、あからさまにデートだってばれてしまうからこの三人にもついてきて貰おうと思ってるんだけど大丈夫かな? と、途中まで……とか?」
「ええいいわよ」
「いいのか?」
「もちろん。その代わりちゃんと話を合わせるように」
三人は返事をする。まるで付き人のように二人を中心にして歩く一行はやがて馬車の乗り場へ到着する。街灯の明かりよりも眩しく、セシルの周りはまるで
「セシルさん。こちらへ」
馬車の中から手を差し出すオデットの演技は板についていた。三人は内心くすくすと笑いながらも、今から向かう場所へ多少の恐怖心を抱いていたのであった。
日を追うごとに迫る魔女裁判。そして魔女の疑いがあるものの末路は大抵の場合「死」であることがニコラやオデットに重い何かが心臓や肺に
「どこに行こうかしら。やっぱりステロ座かしら! デートと言えばあそこよね!」
軽快な声と共にぺらぺらと喋るセシルはオデットに懐いており、三人はすっかり
「(忘れないでちょうだいよ。ここからが本番なんだから)」
「(わかってるって。ねーニコラ)」
「(え、ええ……あはは)」
目だけで会話する三人と、助けてほしそうに力なく笑うオデットを乗せて馬車は走り出した。
当日まで無事でいられるだろうかという一抹の不安がオデットの脳裏を何度もよぎった。
四 豪報雷落
——号外! 号外! 名家シュールズマンの御息女が魔女!? 審判の時、来たれり
現在。すぐそこの売り子の少年が
ここは都市ローゼンドーン。通称ロンドン。アウトグランに鎮座する時代の先であり、文明の真ん中である。
「シュールズマン家も終わりだな……」
「あら、魔女だったの!? じゃあ、魔女ね」
口にする言葉の数々はその名家の果てを口角を上げて憂いる。
「醜い人達ね……」
「気にしない気にしない」
「ほらオデット、行きましょう~」
「ああ。でもニコラ、もう少し固まって動こうな」
「いやあ、さすがの私でもさっきのはちょっとだけ申し訳なく思ったよ。その分すっきりしたけどね」
「ごめんなさい。オデットの身の危険を感じて咄嗟に……」
「謝ることは無いわ。結果的に今こうして自由に行動できているし、後でセシルに……まあ、お詫びとしてみんなで贈り物でもしましょう」
というのも先ほど宿泊先にてこんなことがあったのである。
「ねえオデット。今日はどこに行きましょう」
「そ、そうだなぁ。ステロ座にでも……」
「やっぱりステロ座よねぇ。ああでも入場券取れるかしら」
「(ほら、モーリス。例の薬を……)」
「(はいはい。これを紅茶に入れまして……左のがオデットで右のがセシルのね……と)」
「どうぞ、モーニングティーです」
「あらありがとう。ほらお先にどうぞ」
「え、ええ」
オデットが一口飲むと、その後でセシルがそれを取って飲んだのである。
「あらやだ、間違えちゃったわ私ったら!」
「(うわお、このモーリスでさえ引くわ。でもどうしよう、これだとオデットが先に薬入りの紅茶を飲んでくれないと飲まれないのでは!?)」
「あはは、おっちょこちょいだね……あー、じゃあ自分のを」
「飲ませてくれてもいいのよ? もちろんく・ち・う・つ・し……でね」
「え、ええ!? それはちょっと早いかなって」
「なによお意気地なし。ほらほら!」
そういって薬の入った紅茶を強引に押し付け飲ませようとするセシル。腕を押しのけて容器を割らないようにして押しのけるものの、あのオデットでさえ押し負けそうであった。
「てい!」
背後からの衝撃で持っていたカップの紅茶を顔面に被り、白目でオデットに倒れ込んだ。
「に、ニコラ!?」
「あ! ごごごごごめんなさい! つい手が……」
「ひゅー! 豪快だったねえ! これだからニコラは飽きないんだよね」
「いろんな意味で伸びているみたいだし顔を見るにオデットに抱き着けて嬉しそうだからいいんじゃない? はあ、熱烈な恋している人って見ているとちょっと恥ずかしいのね。人生の教訓にさせてもらうわ」
「ニコラ、大丈夫か?」
「ええ、私は大丈夫ですが念のため応急処置だけ。
「ああ、それに関してはちょっとぬるくして置いたから大丈夫。もっとも、彼女はお熱だったから気が付かなかったみたいだけど」
「グレイシアの言う通り。今まで受けていた分を考えたら向こうから贈り物があってもいいくらいだもん。気にしない気にしない。あー、でもニコラの懺悔した分はさっきの一撃で帳消しになったかも」
「そう、ですよね……ごめんなさい」
「ほらほら回顧はその辺にして、着くわよ。あの角にグラン・セレナ―ロ大聖堂があるから」
アウトグランに鎮座する時代の先に建てられた巨大な聖堂は、周囲の建物に微妙に反して古臭さを感じる。しかし、それは既にこのロンドンに感化されているからであり、どこか懐かしく感じるのはソングスだからだろう。
「ここが、魔女裁判の判決が下る場所」
——ごろごろ……ごろごろ……
「雷の音……」
ニコラが上を向くとたまに薄ら光った。月を探してもどこにもない。
「早く行きましょう。辺りに人はいないからもう始まっているかもしれない」
「そうね、降られない内に行きましょう」
「いい? 私たちは隠れてきているの。バレるようなことがあってはならないわ。あくまで他の貴族の一員であり、アウトグランの国民よ」
皆が頷くと大聖堂の開かれた扉から中へと入る。
※投光器:とうこうき。工事現場などで用いられる強烈な光を局所的に当てるための器具。
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