第十二話「魔女を狩る天使」
一 新たな部屋
——号外! 号外! 名家シュールズマンの御息女が魔女!? 審判の時、来たれり
売り子の少年が
設置された帽子に次々と投げ込まれる銅貨と少年の持っている手から新聞を取っていく人々。大きな道路に車輪の不釣り合いな車の走りかう大都市の中央広場に集まる貴族たちは、皆最先端の流行を身に纏い、そしてまた現れた先端を掴もうと躍起になっているのであった。
ここは都市ローゼンドーン。アウトグランに鎮座する時代の先であり、文明の真ん中である。
「シュールズマン家も終わりだな……」
「あら、魔女だったの!? じゃあ、魔女ね」
口にする言葉の数々はその名家の果てを口角を上げて憂いる。
「醜い人達ね……」
「気にしない気にしない」
「ほらオデット、行きましょう~」
「ああ。でもニコラ、もう少し固まって動こうな」
四人の黒き貴族達はひっそりととある目的地に向かっていた。四姉妹の様な彼女らは一体なぜここにいるのか。それは数日前に遡る。
「最悪!」
怒声に似た驚嘆が部屋中にに響いた。
「最悪は言い過ぎ。しょうがないだろ、状況が……状況だし」
「そうですわ。それに、なんだか家族が増えたみたいで嬉しいです~」
「っは、家族ねえ。ま、グレイシアはともかく、私は……あー、少しは嬉しいけどね」
強制的に新調された寝床の上で足だけを外へ放り出しているのはモーリス・ヒルデガルドだ。
「あなたね、それでも貴族? せめてこの二人だけには……あっ、ええと、いつでも貴族ならしっかりしておくべきよ。モーリス」
「『いつでも貴族ならしっかりしておくべきよ』はあいはい」
「ハイは一回」
「ふふふ、賑やかで嬉しいですわね、オデット」
「まあ、そうかも?」
広くなった談話室。つい前日星女が一堂に会したとき、高等部が居なくなった事件に関して、それに伴い部屋割りが変わること、そして再び通常の学業に戻り夏季の季期試験に向けることがセイン学長から告げられたのであった。
「はあ、あと私が言ったのは皆さんにではなくて」
——ギギギ……
建付けが悪いわけではないはずの扉が軋みながら開く。現れたのは一人の高等部であった。
「あら。勉強はちゃあんと終わったんでしょうね」
「はーい、終わりましたよ」
「……終わったんですか?」
「え? 今言ったじゃないですか」
「私は、ちゃんとした言葉使いでないと返事をしない、とこの前いいましたよね。二度も言わせないでください。で、終わったのならばなぜ掃除をしていないのですか? 私が言ったことしかしないのですか? ふん、魔女の部屋と落ちぶれた部屋のあなた達の面倒を見ているのだから、ちゃんとしてくださらない? はあ」
水のようにさらさらと出てくる嫌味と罵倒で汚れている。
オデットはむっとした表情をするが、ニコラが手を繋いで抑える。モーリスは苦虫を嚙み潰したようだった。グレイシアがこの場を収めるために前に出た。
「失礼しましたセシル・レインブラック様。モーリスには私からも、その行動を改めるように言っておきます」
無言で席に着くセシルと呼ばれた高等部は、机を指でとんとんと二回叩いた。
「(オデット、紅茶を淹れて)」
「(ええ! なんで!?)」
「(あなたの紅茶の方が……美味しいからよ!)」
「(嫌だよこの人にお茶入れるの!)」
「(文句言わない!)」
グレイシアの目くばせとオデットの表情がそのような会話をしていたのだが、ひとつの咳払いがそれらを制した。
「おほん。私が二度指を鳴らしたら何をすべきか、忘れたのかしら。物覚えも悪いの?」
「すみません。だた今、お淹れします」
そうして微妙な段取りでグレイシアが淹れる。その手際の悪さでアリシアの部屋の日常の一端が伺えるようであった。
「は、はい。どうぞ」
——すっ
「……遅いし不味い。カップが温まり過ぎているし、ここに流れ出ているわ。
「低っ」
つい出てしまったモーリスのごく短い合いの手は、あまりお気に召さなかったようだ。
「次からはオデットに教えてもらいなさい。情けない」
「し、失礼し……ました」
悔しかったのか、顔を赤くして部屋を出て行ってしまった。オデットはそれに付いて行く。
「ニコラ、復習の為に前回私が書いたことを、要所を捉えて書いておいて頂戴。私は口直しに行ってくるから。モーリスはこの食器を洗っておいてくださる?」
何食わぬ顔で立ち上がり、セシルは小さな歩幅でその場を離れた。
「めんどくさ」
モーリスがそう呟くと、ニコラは机の上のカップを洗い場に持って行く。
「え、いいの?」
「はい、いいですよ。まとめならすぐに終わりますし……それよりもあの二人の方が気になりますわ。大丈夫でしょうか」
「あー大丈夫じゃない? グレイシア、ああ見えて……いや見たまんまか。結構芯強いから」
「ならいいのですが」
水場で手を洗うニコラの髪も、どこか二人を心配しているように怪しく光を返していた。
寮を抜け、中央にある時計塔の下にある長椅子にグレイシアは座っていた。暑くなった頭部を風に当て冷ましていた。石造りの塔の壁面に頭を預けていると追っていたオデットが到着する。
「ごめんグレイシア。アタシがすぐに淹れていたら……」
「いいの。別に……ただちょっと、その……臨界点に達しただけ。突然だったし、しょうがないわ。事故みたいなものよ、
「セシル・レインブラック……知り合いの貴族?」
「ああ、まあね。知り合いも何も、
「ふっ」
「なによ」
「別に……そういえば、ミシェルさんもそういう人もいるって言ってたな」
かつて言っていたことを思い出した。ミシェルはそのせいで中等部時代、辛い思いをしたと。
「まああることなのよ。あからさまに上の立場をいじめるのは……この学院は実力至上主義。実力があれば着実に卒業へ近づく……入学時に立場は関係ないから傘下の貴族らより上の貴族が同じ部屋になることもある。今回は高等部が一気に減ってしまったからこうなってしまうのも致し方ないわね。でもまさか三人一組部屋が五人一部屋になるとはね。はあ最悪」
空を見上げてから、一息。そしてオデットの方をみた。
「さ、これ以上外して喚かれても困るから行くわよ」
「はーい」
「……次、紅茶淹れるのあなたの番だからね」
「はい!」
そうして再び部屋に入った。笑顔で出迎えたニコラと、ちらりと見やるだけで
「おかえり」
「ただいまモーリス」
「おかえりなさいませ」
「ただいまニコラ」
そうして扉が閉まる。セシル・レインブラックが帰ってくるのはもう少し後だったが、その間四人は談笑に
閉まる扉には新たな
二 告げ口
「では、今日はここまで。宿題として次までにニコラとオデットは『空巣蜂』について、グレイシアとモーリスは『六つ目蜘蛛』に関しての生態をまとめておくこと。発表もしてもらうわ」
淡々と告げられた声と、空中一杯に描かれたとも言えるほど芸術的なまでの複雑さを持った金の光文字が浮かんでいた。綺麗に書きまとめるニコラと、未だ移し終えていないオデット。そして新たに部屋に入った二人は粛々と書き進めていた。が、モーリスは集中力が切れている様子が伺る。何を隠そうこの四人は、もう何時間も座りっぱなしであったのだ。
「次って……明日じゃないですか!?」
「ええ。それが……なにか?」
「いや、まとめるって今からまとめても時間が……」
「? 私が中等部の頃はこれくらい数時間で終わりましたが……あなたに免じて、明日は休日とします。一日もあれば流石にできるわよね」
「きゅ、休日って……原理科目だけじゃなく史政科目も数学科目もあるのに?」
「ええ。それくらい、あなた達が教えなさい。復習もまた学業の一環よ」
「それはそうですが……」
「ああもう! 当てつけ? アリシア様に何があったか知っていて私たちに『六つ目蜘蛛』を調べさせているなら、本当最悪!」
困惑するグレイシアにオデットを割いて声を荒げたのは意外にもモーリスだった。そんな彼女にゆっくりと近づいていくセシル。座っている彼女を上から見下ろす形となった。
「アリシア? さあて誰の事だか知らないけれど、もうここに帰ってこない方のことを言ってなんになるのかしら?」
「どういうこと?」
「さあね、どうせ居場所は無いって話よ。さて……あなたの行動は目に余るものがあります。よってあなたは『晦雷蜻蛉』の幼体から成体までもまとめてもらおうかしら。あとグレイシア、どうせ明日なにもないのだから紅茶の補充をお願い。いつものをね。よろしく、では解散」
あっけにとられる三人と、悶え怒るモーリス。
「はあ、あなたよく突っかかれるわね」
「グレイシア、アンタももうちょっと言っていいって! もうここしばらくずっと負荷かけられてるじゃん……! さすがの私ももう限界だって!」
「臨界点……」
「オデット、何か言った!?」
「ひぃ、いいえなんでもっ」
「まあそれはともかくモーリス、手伝うわよ。あなたにだけ辛い思いはさせられないわ」
「ありがと、アンタが同室で良かったよ」
「ああ!」
「な、なによオデット……」
「そういえば馬を怖がらせた時のこと、謝って貰ってないなと思って」
「今!?」
「いや、アタシも今思い出したからさ」
「あー……あの時はごめん。あの時はアリシア様に楽になってもらいたくて、他人を蹴落とすことに躍起になってた」
「それに関して、私も加担していたし私からも謝らせてもらうわ。ごめんなさい」
「お、お二人とも……ででで、でも私おかげ様でお馬さんの気持ちがなんとなくわかるようになってきましたの。それに、あの時からミシェルさんとは親密になっていきましたし」
「ああ確かに!」
「んまあ、アンタたちが良いならよかったよ」
「よし、すっきりした! ありがとうな、素直に謝ってくれて」
「はあ……セシル様、いやセシルさんを見ていると、ひねくれた考えが馬鹿らしくなってくるのだもの。ね、モーリスもそうでしょ?」
「本当に、その通り」
部屋が併合されてから一週間が経とうとしていた。しかしこの四人からすればまだ一週間しか経ってはいないのであった。紅茶淹れや炊事に洗濯、さらには買い出しまでそのほとんどを任され肝心の当人は真っ先に寝ていたり、街へ出かけたりしているのである。
「素直って美徳なのね」
「モーリスがそんなこと言うなんて、効果絶大ね」
「図書館行こうかな。グレイシアは?」
「行くわ……でもご飯は?」
「時間ないかもねーと、思ってさ。あとお金」
「え? あなたそんなにお金使い荒い方だっけ?」
「いいや、知らないかもだけどあいつ私たちのお金使ってるから」
「ええ! で、でもあの袋って持ち主しか開けられないんじゃ?」
「あらオデット、知らないの? あの袋は元々ただの袋なのよ。大抵その部屋の一番、つまりアリシア様やミシェル……さんが魔法をかけるのよ。たまにその魔法を解いてしまう星女もいるけれど」
「そんなことできるのか?」
「まあ魔法においての実力が、かけた人より巧みであれば理論上可能よ。でも、そんなことをする方を見たことないし……」
「なにより、その魔法を解いたら当人にバレちゃうからね。普通はしないよ」
「へえ、そうなのですね……でも、セシル様はいつ魔法の特訓をなさっているのでしょうか。一見オデットより、その……不得手に見えてしまうのですが」
「そりゃオデットの方が上手いだろうね。というかオデットなら力押しでもいけると思うよ」
「えへへ、なんか嬉しいな」
「でもまあ確かに、ニコラの言う通り彼女はそこまで鍛錬を積んでいない。それは日頃の行いを見ていればわかるわ」
そうしてグレイシアはまるで絵のように書かれた文字を見渡した。
「ここもここも、まるで要点を掴み切れていない。ニコラの方がその点は優秀のはずよ」
「ふふ、むず痒いですわ」
「あの感じを見るにこれは裏があるね。私の目はごまかせない……実力無きは上には上がれないはず。でも圧倒的に実力は劣っているとなればねえ。考えられるは『不正』の可能性」
「まあ可能性はあるかもしれないわね。アリシア様に関して何かを知っている様だったし……なによりあのトルトット家の傘下だから、たまたまとは言い切れないわ」
その言葉を言い終わった後でぐうとお腹が鳴った。グレイシアのお腹であった。顔を赤らめたグレイシアに続いてまたぐうとなる。モーリスは顔を赤らめた。
「お二人とも、ここはご飯を食べましょう」
「そうだな、ニコラの言う通り。ほらほら、アタシらも手伝うからさ! いい料理人を知っているんだ。トラさんっていうんだけど……」
ニコラとオデットは二人を席につかせ、引き出しから便箋と封筒を取り出した。セシルを除く四人は、トランコの料理を堪能してから図書館へと向かっていく。
三 虫の知らせ
木造の古びた二階建て建築物はこのアウトグランでも有数の古い建築物であった。幸か不幸か人が少ないため学業や秘め事によくよく用いられている。
四人の星女は、その豊富な書物の中から各々目的の本を抜き出しては、中央に整列して設置された大きな机にどさりどさりと置いて行った。
明らかに冊数が多いモーリスとグレイシアは、器用にその本を積んでいた。数冊のオデットはそれでもすぐに崩してはニコラの手を借りていた。
数時間が経ったあたりでその集中力の糸を切ったのはオデットの声であった。
「ミシェルさん大丈夫かな……」
「ああ、そういえばいつ魔女裁判が行われるのかしら」
グレイシアは書物に向かったままそう答る。この時だけ着ける眼鏡が文を反射し映している。
これも先日、セイン学長から併せて報告のあったものであった。瞬く間に学院に知れわたり、今もこの四人は視線に悩まされており、極力外へは出たくないという状況であった。
「というかニコラもオデットもさあ、魔女裁判って何か知っているの?」
「いつの日かに聞いた気がする……?」
「首都で執り行われる裁判ですわよね」
「いいよねえ、首都ローゼンドーン。通称ロンドン。憧れるよねえ」
「ロンドン? なにそれ、何故短くするのよ」
「ええ知らないのグレイシア。今の流行は略称よ」
「君たち二人も『流行の先端はロンドンにあり』って覚えておきなよね」
「通ったことしかないありませんわ」
「アタシも。あそこってそんなところだったんだ。てっきり馬鹿みたいにでかい建物ばっかりな場所じゃないんだな」
「オデット口が悪いわよ。モーリスも一応この二人の見本になるような振る舞いを……」
「あーはいはい、良い男もわんさかいるらしいわよ。出会いを求めるならここね」
「もう……はしたない。まあいいわ、話を戻すけれどローゼンドーンには大聖堂があるのよ。法王の鎮座するグランセレナード大聖堂がね。ステロ座もあるし、アウトグランいち大きな天文時計もあるし……そういった文化面でも先端を行くのが首都たる
「で、魔女はこの大聖堂で直々に法王に裁かれることになっているんだよね」
「そう。そしてその魔女は今まで……」
ばつの悪そうな顔をして
「今までの魔女の極刑率は百。ですのよね」
「た、助からないってことか?」
「ええ。少なくとも今まで魔女として捉えられたものは全て、火炙りにされているわ」
「その分、法王の品位は落ち続けているけど。魔女の疑いのあるものは全て罰してきたから」
「い、いつあるんだ?」
「んん……魔女裁判は普通秘密裏に執り行われてしまうけれど、半月以内なのは今までのから推測できるわ。下手したらもう終わってるかも」
「縁起でもない事言うな!」
思わず席を立ったオデットに、モーリスは驚いた。「ご、ごめん」と申し訳なさそうにした。
「ああこっちこそ突然、ごめん」
「まあまあ二人とも、なんにせよ私たちはいけないわ」
「ええ? でも、抜け出してでも行けばいいんじゃ……」
「だめよ! とにかくだめ。私たちはいけないし、行くつもりもない。いいわね?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、どうしたんだよ突然」
「そうだよ、どうしたんだ?」
あからさまに様子が変わったのを見て顔を見合わせる。あたふたしている間に、グレイシアは席を立ち本を抱えて行ってしまっていた。三人は慌ててそれに付いて行く。
やがて寮の部屋にたどり着くと、グレイシアに習って机に本を置いた。
「扉を閉めて」
「わ、わかったよ」
「どうしたんだ突然」
「はあ……視線よ。何をするにしても私たちは監視されているのよ」
「監視?」
「ええ、まさか『たまたま同じ部屋になった』なんて言うんじゃないでしょうね。アリシア様とミシェルさんの部屋の合併、トルトット家傘下の高等部の新任……分かりやすいわね。彼らは私たちに言ってほしくないのよ」
「彼らって、学長が?」
「ええ。ああ、知らないと思うけれど私たち彼に……セイン学長によくいびられていたから」
「アリシアさんよりトルトット家は下だったのか?」
「まあ正確に言えば五輝族にも序列はあるわ」
そうして握った手を前に出して親指から順に一本ずつ指を開いていった。
「シュールズマン家、フランソワーズ家、トルトット家、リッチカーン家、ディビウス家……これらは傘下であってもその序列に関係してくるのよ。だから、アリシア様やミシェルさんよりセイン学長の家は下。でも、それはあくまで貴族間での序列。彼はこのソングスを率いる学長。女王様直々に任命された威厳ある特別階級なの。オデットの言ったように序列はあれど、いびられる程の待遇は受けていないわ。それにそんなことをしそうな方ではないし」
「じゃあなんでだ?」
「隠し事がある。こういうのはだいたい相場が決まっているのさ」
モーリスはまたいたずらに微笑んだ。
「それを暴くのは楽しみに取っておくとして、まずは一か八か首都に突撃が最優先」
「でも突撃するにもまずしなければならないのはセシルを
「少しばかり心苦しいですわね……」
「ここ最近一緒になってわかったけど、ニコラって優しいよね」
「ニコラはいつだってこんな感じ。アタシより治療に長けてるしな……ああそうだ。抜け出すとしたら何日くらい外出するんだ?」
「一週間はみた方が良いわね。秘密裏に動くにしても遠い上に四人での行動。荷物を最小限で持って行ったとしてもね」
「妥当だね……準備は秘密裏に、私の実家を使って……」
「待って、関わる大人は最小限が良いわ。手紙も危ないし、監督生が関わっていないとも言い切れないわ」
「でもどうやって馬車だの荷物だのを調達するんだ? 私の実家もマドリード家も頼れないんじゃどうすれば」
——がちゃり……ギギギ……
四人の背筋にぴんと糸が貼られたようにその場で固まってしまう。ノックすらない扉。誰もいないと高を
「ん?」
「へ?」
振り返ると、そこには金髪の美しい女性が女神のように立っていた。
「あ、アリギュラ先生! 脅かさないでくださいよ!」
「なんだなんだ、お前たちが勝手に驚いたんだろう? ってなんだ、見ないうちに部屋が広くなったか?」
「あ、ああ、アリギュラ先生って……あのデイム・アリギュラ? アリギュラ・ディエルゴ?ほ、本物?」
「おう、私の言われている全ての呼び名を言ってくれたな。よ!」
「『よっ!』て……この人凄い人でしょ? やっぱり噂通り学院の先生をやっていたの?」
「そうだ! 私はいろいろやりつつ、ここで仕事を貰っている! と言っても受け持っているのはミシェルの部屋だけだがな! おっと、隠していたつもりはないよ。だからお前たちもいろいろと教えてやらんでもない」
「遠慮しておきます……」
「それはそうとアリギュラ先生。今日は一体どのようなご用件でいらしたのですか?」
「おうニコラ。いやなに、最近来なくなったから寂しくて見に来た!」
「清々しいわ……最近煙たいやつしか見たことなかったから気持ちがいいわ」
「で、どうしたんだ? 机にもたくさん本を載せて……勉強熱心なのはいいことだがな」
「セシル・レインブラックさんという高等部が新しく私たちの監督をすることになっているのですが、少々……勉強に対する熱が高いお方でして」
「なるほどな。今はどんな勉強しているんだ?」
「ええと……その……オデット……」
「あー、なあ。ニコラ……はは」
「? どうしたのよ二人共。今は鉱虫に関して調べて……」
「「グレイシア!」」
「な、なによ」
「おお!! まさに、私の! 出番じゃないか!」
「なになに、どうしたのアリギュラさん」
「こういう座学も大事だがここで会ったのも何かの縁。ここは校外学習といこうじゃないか」
そういうとグレイシアとモーリスを小脇に抱え、走り出してしまった。さながら誘拐である。
「ちょ、や、なに、怪力過ぎ!」
「まあでも座学も飽きてきたところだし丁度いいんじゃない?」
「んな悠長な!」
「ああ、お三方待ってくださいまし!」
「ニコラ! ああ、もう」
オデットとニコラは自分と二人の傘を持って走り出した。
「(あ、でもオデット。アリギュラ先生なら頼れるかも?)」
「(確かに! 言ってみよう!)」
二人は追いかけながら小声でそんな相談をした。扉は名板を残して静かにしまった。
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