第十話「運命の輪」

    一  月明かりに誓って



 窓枠のがたがた震える音が二、三度したところでようやく目が覚めたミシェルが見ていたのはつい最近見た天井だった。羽毛がたんまりと入った布が身体を十分に包み込む寝具には心当たりがあった。

 「(ん……私は、何故ここに? うっ、頭が……胸が一度裂けたみたいに痛い)」

 口を歪めて胸に穴が開いていないか恐る恐る触って確かめる。

 「君には傷一つ着いちゃいないさ」

 ぬっと視界の外から現れたのは、森の惨劇時にミシェルが契約をした悪魔である。ミシェルの枕元に座っていたようで、不意に現れた悪魔に驚いたミシェルはどういうわけか起き上がろうとしてしまい二つの頭が思い切りぶつかった。

 「いっ……」

 「……たい!」

 悶える二人はやがて平静を取り戻した。

 「……夢じゃない事だけはわかったわ」

 「夢だなんてとんでもない! あんなに熱い口づけをしておいて忘れたなんて言わせないさ」

 ミシェルは顔を赤らめ、咄嗟とっさに口元を隠した。

 「き、キスをしたのはあなたからでしょう?」

 「まあ……見計らったのは多少あるけれどね。でも満更まんざらでもなかったでしょ?」

 「そ、そういえば! えと、何があったのかしら」

 「はぐらかすんだ。まいいけど……あの後、君は幸運にも無事にあの森を出ることができた。出てすぐに女の人に連れられていたよ。誰かは知らない。あまり学院ここの事はわからないからね」

 「女の人……」

 「ああ、な性格をしていそうだった。君と同じような金の髪だったけれど、嗚呼ああ君の金髪に比べれば小麦と黄金の違いだったけれどね」

 「(きっと、アリギュラ先生ね。怖い顔をしていたのでしょうね、それはそうよ、私は危険を冒したのだから)」

 「髪を触ってもいい?」

 「え、ええ別にいいけれど」

 悪魔は猫でもでるように優しく、その髪を指に乗せた。

 「これからはこれを独り占め……」

 「ちょっと、口から出てるわよ。いろいろと」

 「おっと失礼。ついつい」

 「そういえばあなたは……ああ、名前を聞いていなかったわね。なんていうの?」

 「特にないね」

 「ないって、流石に……不便ふべんじゃない」

 「ん? そのよどみに入る言葉を当ててみよう。『これからずーっと一緒に居るのに』かな?」

 「べべ、別に……というか私のふぁ、ファーストキスを奪っておいて途中で放り出す方があり得ないわ! 単なる消去法よ」

 「ふうん。まあいいけれど。呼びたければ好きに呼べばいいよ。君に呼ばれるならなんでも」

 「そ、じゃあ……っていうのは?」

 「なしで」

 「『なんでも』じゃなかったわね」

 「君、サディストのがあったりする?」

 「いいえ、ただ……ちょっと余裕があったみたい。じゃあ、イフリートとか?」

 「それ『私は浮気者』って言ってない?」

 「まさか。読んでいた古本に出てきた異島いとうの悪魔のことよ」

 「それならいいけど」

 「じゃあイフリートさん。これからよろしくね」

 「あんまりいい気はしないけれど、君が言うならそれでいいよ」

 「結局、さっきも言っていたけれど『ずっと一緒にいる』のよね。でも流石にあなたがずっと居るのであれば、いずれ怪しまれるかもしれないわ」

 「その心配は、ないと思うんだ」

 「と、いうと?」

 「さっき言っていた女の人は僕のことがまるで見えていないようだった。僕が変身している、いないに関わらず他人から見えなくなることはなかったんだけれど、見えないんじゃないかな」

 「それはアリギュラ……えっと、その女の人が見えなかっただけじゃないの?」

 「いいや、ここに来るまでもずっとついてきてたけどなんの苦労もなかったよ」

 「確かに、それはそうなのかも? 私の力はこれから使いたい放題なの?」

 「いいや? 僕が力を貸したいなーって思った時に、その都度」

 「……え、また口づけするの?」

 「そのまさか」

 「嫌よ!」

 「そんなはっきり言わなくても!」

 「破廉恥はれんち! そ、そう言ってキスしたいだけでしょ、この変態!」

 「痛い、痛いって! ……処女をくれるのならもっと強くできるけれど」

 「しょ……!?」

 突如ミシェルは手の平にありったけの光を集め始めた。傘が無くても集め、放つことくらいはできるのである。普通の魔法使いのの威力は期待できない。しかしミシェルは今普通ではなかった。

 「ちょ、冗談だって! 本当のことを言うから許して!」

 「その口から冗談が出てこなくなるまで徹底的にわからせてあげましょうか?」

 「ひい」


――コンコンコン


 二人の視線は扉に注がれた。突然の来訪の知らせに思わず悪魔……命名「イフリート」の腕を引っ張りどこかに隠そうと画策した。

 しかし、その扉は開かれた。

 「……ええと、失礼しました。あー、お一人で……ダンスの練習ですか? ははっ、元気そうでなによりです。その、とりあえず安静にしてください」

 「あ、はい。ごめんなさい」

 ミシェルは顔を真っ赤にして何事もなかったかのように再びベッドの上に横たわった。

 「(本当に見えていないみたい……)」

 「(ね? だから言ったじゃないか)」

 「(そんなに誇らしげにしないでちょうだい)」

 そんなことを目で訴え合いながらも、何も知らない白衣の女医フーリーンは、ベッドのそばにある小さな椅子に腰を掛けた。手には問診表を、顔は引きつっていた。

 「すっかりこの部屋に慣れましたね」

 「なりたかったわけじゃないけれど……私の身体に問題は?」

 問診表を舐めるようにじろっと見ているフーリーンに伺い立てるように聞いた。

 「……いいえ、とくには」

 「ほっ」

 「ですが、驚くほど無傷ですね。葉のただ一枚の擦り傷もない……白いお肌がとっても綺麗な状態でここに運ばれていきました。もう一人は重傷、片腕のない状態で……。さて、どういうことか説明してくださいますか? ミシェル・シュールズマンさん」

 「ああ、ええっと……さあ、き、奇跡でも起きたのかもしれませんわ、おほほ」

 「『おほほ』ほほほ! この世界に奇跡もへったくれもありません。さて、お答えを?」


――彼女に代わって、私が答えようじゃないか。フーリーン。


 扉が開き現れたのは、黒より黒いコートを羽織ったセイン学長だった。

 扉も閉めずに、ずんずんと一直線にミシェルの元へと向かっている。

 「ミシェル・シュールズマン。君は、悪魔と契約をしたのか?」

 「!? い、いいえ……私は魔女になんて……なっていません! 月明かりに誓います」

 「…………そうか。ならば信じよう」

 そうして身を返し、開け放たれた扉から出て行った。

 あっけにとられたフーリーンのように、その場に居た全員が同じ表情をしていた。フーリーンは扉を閉めに行く。

 「(ね、ねえあなたの姿って誰にも見えていないのよね?)」

 「(うーん、見えていないと思うけど……)」

 「ミシェルさん、今のは?」

 「え!? 何が!?」

 「何って、学長ですよ」

 「そうよね!! さ、さあ……突然どうしたのかしらね? あはは」

 「魔女だなんて、本当にいるのかしら。そんな不埒ふらちな……」

 窓が、がたりと大きく鳴った。ミシェルはそちらの方を不安げに見た。

 風は不気味に強く、絶え間なく吹き付けている。



    二  疑信



 思うように前に進めない程の強風がアリギュラを避けるようにして流れている。

 雨こそ降らないものの、得も言われぬ不気味さの最中さなかにいたのであった。

 森の中へと進んでいくアリギュラが今、最も忌避するべき事は虫がどうのということではなくミシェル・シュールズマン、並びに十数名のソングス高等部に一体何が起きたのかを調べるためであった。正確に言えばアリギュラと法王直下の高等議会の連中と共に、ひとつの疑念を晴らすために大所帯ではあるものの来ていた。この中でのアリギュラは護衛というていである。

 「しかしながら、本当なのでしょうか。悪魔と契約だなんて……」

 「いいや、相手は虫だ。この虫がどうなっているかが鍵だ。それを見んことにはなんとも」

 紺色の滑らかな布をまとった数名の会話である。高等議会特有の清廉さを表す無縫むほうの一枚布である。青き花びらが風になびく中、その先頭には金色の雌蕊めしべのようにアリギュラが迷いなく進んでいくのである。


 「な、なんだ……これは」

 陸橋りっきょうのようにかけられた巨大な糸の建造物が広がっていた。

 その下には粉々になった腐った虫に群がる小さなハエが無数にいたのである。

 「虫の生態研究がはかどるな」

 「そんなことを言っている場合か……!? まずは、調査だ。写機はあるか?」

 衣の下から棒を取り出し、それを三つに広げて上に四角い箱を置いた。そして粉を入れた。

 「準備出来ました」

 薄い鉄板を差し込みそう言うと、また別の誰かの合図で強烈な光が放たれた。

 アリギュラはその光景を後目しりめにおもむろに歩いた。

 「(ん? これは……)」

 糸でできた橋の影に何か落ちている。それは、折れた傘であった。

 「(こ、これは……! まさか……か、傘無しで!?)」

 考えるより前に、アリギュラはその折れた傘を懐へとしまったのであった。

 「ん? デイム・ディエルゴさん、どうかしました?」

 「い、いや別に、死体かと思ったら違っただけだ」

 「そうですか、間違っても証拠になるようなものは隠さないように。いくらデイム称号を持つあなたでも裁きは平等に受けていただきますからね」

 「はあいはい、わかってるって」

 好かない連中ではあるもののその病的なまでの公平さは、ある種の同族なんだろうとどこかで思っていたが、今ばかりは見つかるわけにはいかない。何故なら傘無しでの戦闘は非常に難しく生還率が非常に少ないからである。今はあまりないものの、所持を忘れた星女が死体で見つかることはよくよくある事であったのである。

 心理的に連中から距離をおきたかったのか、アリギュラは陸橋の上へと登った。そして、そこから見下ろして様子を伺った。

 一見無作為に見える死体も、ある一点を中心にしてその周囲で死んでいることがわかる。

 「(まるで火に近づいていく羽虫のようだな)」

 虫の気配はほとんどなかったが、この場には緊迫した空気が流れては、風がその糸を緩めた。

 十数回の光が放たれた後、アリギュラに対して声がかけられる。

 「もう、十分な写真は取れました。帰りましょう」

 「はいはい……高等議会のあなた方は、この件をどう処理するおつもりで?」

 「私たちにはなんとも」

 肩をすくめて答えるが、その顔には「わかりきったことでしょうに」と言わんばかりの表情を浮かべていた。

 「枢機卿方が、動いていますので」

 「枢機卿が?」

 「ええ。これ以上は」

 「いえいえ、どうも」

 周囲の高等議会の面々は顔を見合わせると、隊列を組み直してアリギュラの後に並んだ。

 「さあ帰りましょう」

 返事をすることなどはなく、また戦闘が起きることもなく一行は、ランプ街の三番街の門へと向かったのであった。

 

 「では私たちはここで……道中の護衛感謝いたします」

 風の精がいたずらに店先の看板で遊んでいるのかと思ってしまう程、そこらじゅうから鎖やら板の擦れる音が聞こえてくる。おかげで高等議会の声はほとんどかき消されていた。

 「あー、はいはい。どういたしまして」

 ランプ街はそれ以上に騒がしい。教会に人だかりができている。

 「落ち着いてください。学院にはただいま説明を求めています。どうか落ち着いてください」

 貴族連中が教会の入り口を塞いでいた。怒気を孕んだ声の中へと躊躇ためらいいなく混じって黙ってその行動を伺った。

 「娘から手紙が来なくなったの。毎日欠かさずくれていたのに、何かあったに違いないわ!」

 「うちもだ! 試験が終わり次第連絡するという約束がまだ果たされていない!」

 「一人娘なの! なんでもいいから情報を頂戴!」

 アリギュラは密かに唾を飲んだ。そう遠くない未来にミシェルに何かあってしまうのではないかと予見したからである。

 そうしてから、そっとその場を離れた。保健室へと向かった。もう二度目の鐘がなるかどうかといった時間であった。


 学院への門をくぐる。今の間だけは風が止んでおり、土を踏みつける音が大きく聞こえた。

 丘を越えたため薄っすら汗を滲ませながら独り、その道中で考えを巡らせていたのだ。

 「(は……あの子の実力では……できっこない。倒しおおせた上、手負いを抱えては無理だ。六ツ目蜘蛛は知能が高い。群れで行動するだけでなく、団体行動で確実に獲物を仕留めることを得意とする種だ。それを……)」

 懐にある折れた傘をさすった。

 「(信じたくはない。でも悪魔と契約でもしない限り、奇跡をもってしても生存は不可能だ。悪魔がいることは知っていた……よりによってミシェルを……いやまさか全て学長が……)」

 「アリギュラ君じゃあないか」

 「!!」

 「どうした、悪魔でも見たような顔をして」

 「……セイン学長。なにか御用で?」

 「これからミシェル・シュールズマンの元へと行くんだろう? その前に、ニコラとオデットに君から現状を話しておいてくれたまえ」

 「なぜ私が?」

 「面倒を見ているのだろう? 私が話すとどうも委縮させてしまうようだ。理由はこれでいいかね?」

 「ふん」

 「つれないな。彼女は生きて帰って来たじゃないか。アリシアを連れてな」

 「誤算だったのでは?」

 「さて、なんのことか……私はこれで、用事があるのでね」

 そう言うとかぶっていた帽子を少し上げてから脇を通った。アリギュラは寮へと向かった。



    三  ミシェルの居ない部屋



 静かな部屋。小さめの窓に当たる風がどこかの隙間でびゅうびゅうと音を立てている。

 「肌寒いですわね。オデット、ひざ掛けでもいかが?」

 「アタシは大丈夫。ニコラ、お茶でも飲むか?」

 「いただきます」

 「おう」

 ぶつ切りの会話がたまに腰を上げるが、いつも長くは続かない。仲が悪いわけではないのに、不思議と静かな時間が目立つのであった。

 ミシェル曰く、試験の終了から数日は校内へは入れないらしい。不正云々を防ぐためらしいが大体そう言った時間を利用して大抵は実家へと向かうなどをしてその期間を消費するのが普通らしい。しかし、こと今回においては非常事態発生につき、寮から出てはいけないということになってしまったため、皆暇を持て余してしまっていた。

 「すっかり集熱の魔法が得意になりましたわね」

 「そりゃあ、ほとんど毎日ミシェルさんに淹れてたからな」

 「ニコラだって最初に比べて八基が板についてきたんじゃないか?」

 「あら、確かにオデットの方が先輩ですものね」

 ふと、オデットはふたつ余ったグラスを見た。

 「こんな日でも冷たいのを飲むんですのね」

 「まあな。むしろ暑いくらいなんだもん」

 「子供みたいね」

 「ミシェルさんが言いそうだな」

 「ふふ、そうですわね」

 静かに暖かい紅茶を飲むニコラもまた、ふたつ余ったグラスを見ていた。

 「何もないですけれど、無事なのでしょうか。噂が噂を呼んでいるようですが……」

 「さあ、でもミシェルさんなら、なんか大丈夫だって気がするんだよな」

 「あらあら私もですわ! またひょこんと扉を開けてくるんじゃないかと……思いますわね」

 しばらく鮮やかな水色すいしょくの紅茶が喉を通過する音が二人の間を賑やかした。

 すると紙が落ちたような、ぺらりという音がした。出入り口の扉のほうである。

 「ん? なんだこれ。手紙?」

 「青いな。ってことは寮内の誰かか?」

 三色の封筒の内、黄色は注文、紫は寮外、そして青は寮内用と分かれていたのである。

 「どれどれ、名前はと……グレイシア・M。ってこれ、アリシアさんの部屋の?」

 「そのようですわね」

 ひざ掛けを抱えてそれを拾ったオデットのところへと向かった。

 「『ミシェルの部屋の二人へ。どうせ今頃お暇でしょう?(紅茶をお腹で沸かすくらいに!)だから優しい私があなたに手紙をしたためてあげました』……いちいち腹の立つ言い回しだな」

 「『噂に不安がってぴいぴい泣かれても困るので、特別に教えてあげる。実はこの件に関してアリシア様が関わっているという情報が入ってきているのだけれど、少なくともミシェルも生きているわ。せいぜい喜びなさい』……だって! よかった!」

 「でも『少なくとも』って一体……」

 「確かに。まだ続くから読もう『残念だけれどこれ以上は私たちにもわからないわ、今は保健室にいるみたいだから、勅令ちょくれいが解除されたらお見舞いでもしてあげたら? ま、私たちは超高級な傘を差し上げるのだけれど、あなた達には買えないでしょうね』」

 「お見舞い……名案ですわね!」

 「確かに! 超高級な傘……あいつらくらいの高級な傘ってどんなだ……? っていうか何で傘なんだ? 失くしたのか?」

 「さあ……あ、でも私たちも買いましょう! ミシェルさんの持っているような傘程の高級品は難しいかもしれないけれど」

 「いい考えだな! 真似まねるみたいでなんか嫌だけど、きっと喜んでくれる!」

 「その前に、お返しをしなくては!」

 そう言うとニコラは引き出しから同じく青い封筒と白い便箋を取り出した。

 「言われっぱなしは悔しいですし!」

 「それもそうだな! なんて書こうか……」

 二人でまるで寄せ書きのような揃わない文を書いた。出来上がった手紙を封筒に入れいつぞやのように扉の隙間から出すと、しゅっと引っ込み消えた。

 「……で、アタシらいくら持ってたっけ?」

 「前回のオデットのお買い物からは特に使ってはいないのだけれど」

 「また、借りないといけない……?」

 「おそらくは、そうなるかも、しれませんわね」

 「ま、まあこれは共同出資だからな! きっと怒られない!」

 そんな話をしていると、再び扉からぺらりと音がした。

 「ん、もう来たのか!」

 「きっと相手も暇なんですわ」

 「そうだな! どれどれってぐちゃぐちゃだな」

 そのお返しの手紙にはまあ好き放題書かれており、おそらくグレイシアだけでなく、モーリスも書いたのだろうというような書かれ方であった。なお内容は生意気に溢れていた。

 「どこからこの言葉が出てくるんだ?」

 「凄い語彙ごいですわね……でもこれ、ひょっとしてもうお出かけになっているのでは?」

 「なんでだ?」

 「ここのほら『あなた達は指をくわえて~』とか、ここの『服を着せてもらえないと外にも出られない~』とかなんとなく外へ行く満々な感じがするのですけれど……」

 「んまあ確かに『お見舞いしてあげたら?』って言うのもまるで自分は行くからって言っているように聞こえるかも?」

 「だとしたら、こうしちゃあいれらませんわね!」

 ニコラを見るといつの間にか既に帽子を髪に止めていたのであった。そして机にはお金のたんまり入った袋がどじゃんと置かれていた。ニコラの黒く長い髪が漆黒の制服に映えている。

 「服はご自分で着れますの?」

 「もう、あいつらみたいなこと言って!」

 「ふふふ……まずは監督生に見つからないようにしなければいけませんわね」

 そう言って彼女らは、星女たる輝きをできるだけ抑えてからその部屋を出た。ひざ掛けと空のグラスだけがミシェルの居ない部屋に置かれていた。


 しばらくして、そんな誰もいない扉を叩く音がする。

 「おーい、私だ。アリギュラだ。開けてくれ…………寝ているのか? まさかな……勘弁してくれよな……保健室で待ってるからな」

 そうしてアリギュラは静かにその場を離れた。……監督生にもそれとなく聞いたのだがとくに見ていないという。

 であればと、アリギュラは監督生に『二人は寝ているから静かにしてやって欲しい』と言っておいたのであった。

 

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