第六話「灰かぶり舞踏会 ‐ 前」

    一  陰謀



 月夜の光を跳ね返す煌々としたシャンデリアが王座の間を照らしていた。

 掘り過ぎた彫刻のような、あるいは干し柿のようにしわくちゃな口を動かしながら、乗せた冠を落とさないように細い息遣いで言葉を空虚に発した。

 「手はずは、整っているのか?」

 王座背後に伸びる大きな影に潜んでいた男は九十度に曲げた腰のままごく短い言葉を返した。

 「はい」

 ニヤリと唇が動き、その握られた手はゆっくりと開かきやがて頬杖をつく。

 「大切な力を貸すのだ。しっかりとくるのだぞ」

 男の腰が少し上がり、そのねずみのような釣り目が露わになった。

 「仰せのままに、女王陛下」



    二  かぼちゃの馬車キャリッジ



 霧が陰鬱に横たわるアウトグランとは対照的に気持ちのよい教会の鐘が学院中に響き渡る頃。

 つま先を頻繁に上下させるオデットと、凛とたたずむニコラの姿があった。

 「なあニコラ……アタシたちって仮装茶会マスカレイドに招待されてたんだったよな?」

 「ええオデット。その通りですわ」

 周囲の風景は相変わらず霧に阻まれており見えないものの、ランプの灯りだけがぼうっと正面の大扉を照らしていた。その前に二人は立っているのである。

 「なんで、アタシらはこの格好なんだ!?」

 大きく声を上げるとその格好に疑問を呈した。何を隠そう、オデットとニコラは羽毛のようなフリルの付いた美白なドレスなどではなく、黒い燕尾服えんびふくに黒い革靴という服装となっていた。

 両人とも着こなしていたもののオデットはすっかり小柄な男性と言った風体ふうていになっていた。

 「とても似合っておりますわよ」

 「そうじゃなくって……!」

 そう言っていると遠くから馬のいななく声が二人の耳に入り込んでくる。

 「でも本当に似合っておりますわ。そのお姿なら違和無くオデットの得意なリードができそうですわね。そうしたら相手方に惚れられるかもしれませんわね? なんちゃって」

 「『なんちゃって』じゃないって! てっきり参加するのかと思ってたのに。というかニコラはなにも思わないの?」

 「まあ、無理に踊らなくても良いのであれば……ほら私、体力ありませんし」

 そうこう言っていると気が付けば馬車はそこまで来ており、その黒光りする車体をしっとりと濡らしながら馬車キャリッジが到着した。

 馭者ぎょしゃは丁寧に馬を止めると、すっと降りて扉を開いた。そして開けられた扉からは見違えるような姿のミシェルが優雅に小さな階段を降りてきた。

 「ごきげんよう」

 「『ごきげんよう』じゃないですよ! どういうことかちゃんと説明してください!」

 「あら、起きた時に言ったじゃない」

 ニコルやオデットが目を擦りながら起床した時にすでにミシェルは身支度を整えており、その寝ぼけたオデットらに「急遽きゅうきょ実家から手紙が来て、シュールズマン家として出てほしいという連絡が来た。学院に来た申し出を取り下げシュールズマンの身辺警護として出ることになった」と、ごく手短に伝えてから鐘が鳴る数時間も前に実家に帰ってしまったのだ。

 「置手紙もあったでしょう? 服も置いておいたし……似合ってるわよ?」

 「そういうことじゃなくって!」

 そういい合っていると馬車キャリッジの中から一人の見覚えのある可憐な少女が下りてきた。

 「いい加減いちゃつくのはやめてくださりませんこと? 悠長にしている時間はなくってよ」

 ミシェルとは対照的に真っ黒なドレスにワンポイントとしてあてがわれた白いレースが際立つ服装のフランソワーズが出てきたのである。

 「な、なんでお前が……」

 「オデット! 『お前』とはなんです! 慎みなさい恥ずかしい。この方はシュールズマン家と同行することになった私と同じ参加者よ」

 「『同じ貴族』ねえ……私はアリシア。アリシア・フランソワーズよ。以後お見知りおきを。オデットさん、ニコラさん。と言っても私の部屋の子たちがお世話になっていたわね」

 フランソワーズは見惚れるような冷たいカーテシーをすると「早くしてくださる?」と言わんばかりに欠伸あくびをしながら再び中へと戻っていった。

 「ほら、詳しくは中で話すわ」

 そういうとミシェルは中へと入っていった。それに続いてニコラがすっと乗るとそれを見て、渋々オデットは乗り込んだ。馭者がそれを確認すると扉を閉じ、馬を歩ませたのであった。



 馬車が軽快にからからと音を立ててある程度だけ舗装された道を進んでいた。馬車には水滴がついておりカーテンは閉じられている。

 「実は昨日の就寝前辺りに速達便で手紙が届いたのよ。それにお父様からの事後報告を受けて今に至るの。翌日すぐにでもドレスを仕立てなければならなかったからなにせ急ぎだったの……せっかくカリキュラムに無理やり詰め込んだのに、ごめんなさい」

 いやに素直に謝られ、オデットはたじろいでしまった。

 「自分の部屋の後輩に『謝る』だなんて恥ずかしくないのかしら」

 「あら、自分の落ち度なのに謝らない理由があって?」

 「ふん。相変わらず生意気ね」

 「長所を褒めていただいて光栄ですわ」

 ピリ付いた空気間に苦笑いをするニコラとオデットは話題を変えようと思案した。

 「そ、そういえば今日は傘をお持ちでないんですか?」

 「当り前じゃない。あなたもしかして舞踏会をご存じなくて? 当然のマナーなのだけど?」

 いちいち余計な小言がひとつもふたつも付いてくることで眉間にしわができるオデットはただ相槌あいづちを打っていた。それを見てミシェルはオデットに話しかけた。

 「私たちは参加者でもあなた達は護衛という名目でついてきているの。いくらマナーでも丸腰で参加するのはそれはそれとしてマナー違反なの」

 「それでも護衛がたった二人で、しかもうら若き少女というのも笑い話ですけれど」

 フランソワーズは閉まっているカーテンの先にある窓の外を眺めようとしている様にしており心底居心地が悪そうにしていた。

 「はあ。とりあえず、何も無いに越したことはないけれど会場に着いたらあまり遠くには行かないこと。私とアリシアさんに何かあったら……いいえ、何かありそうと思った時点で行動してちょうだい。杞憂きゆうでも私がなんとかするわ」

 その時、ガタンという音を立てて急に片側に引き寄せられるように車体が傾いた。

 ミシェルはすぐさまカーテンを開くと馬があらぬ方向に進んでいた。馭者の方をみると、そこに人影ひとつ無く、辛うじて手綱たづなが引っかかっているだけの状態となっていたのだ。

 「馭者が居ない!?」

 ミシェルは「オデット!」と呼ぶより先にミシェルを押しのけて、まるで軟体動物のように軽い足取りで数秒とかからずに手綱を持った。そして瞬く間に馬は軌道に乗ったのであった。

 「な、何事!?」

 「後ろから何か近づいてきておりますわ」

 反対側の、フランソワーズ側の窓からニコラが覗き込んでそう言った。ミシェルはすぐに後ろに向き直り確認する。

 ものすごい速度で「何か」が近づいてきていた。



    三  追跡Chacier



 霧の中で馬の興奮した嘶きと、からからと回る車輪だけが闇の中に響いていた。

 「み、道なんてわからないんですけど!」

 そう叫びながら馬を巧みに操り、すっかり走ってしまって相当な速度を出しているにもかかわらずなんとか無傷であった。

 「そのまま真っ直ぐよ!」

 「ちょ、ちょっと……お尻が、痛いわ!」

 「言ってる場合!?」

 がたがたと大きく揺れる馬車は今にも車輪がはじけそうなそうになっていた。フランソワーズは手すりにつかまり涙目になっている。その手は明らかに震えていた。

 「来ますわ! あれは……虫です」

 「ニコラ、危ない!」

 ミシェルがニコラのベルトを引っ張るのとほぼ同時に、ニコラのいた窓側の一部が酸のような液体により黄色く溶けていく。発生した泡がボトリボトリと地面へと落ち流れていった。

 「ありがとうございます!」

 「どういたしまして……と、あれは月輪擬ツキノワモドキ。蛾の一種よ」

 その蛾は黒っぽい羽がその模様として描かれた黄色の輪がまるで月のようであった。

 ガタンと再び大きく車体が揺れるとミシェルはオデットの方を見た。

 「オデット大丈夫!?」

 「私は無事ですが、車輪が一つやられたみたいです!」

 ミシェルが解放された側から下を覗き込むと先ほどの酸が車輪のひとつを潰したらしいことがわかった。幸いすぐにどうこうなるようなものではないものの、早急に手を打たなければいけないということは明白であった。

 「ミシェルさん、危ないですわ」

 「大丈夫よ、ありがとうニコラ。オデット傘を貸して!」

 「お貸したいのはやまやまですが、ちょっと、手が……離せそうに、ありません!」

 オデットは冷や汗を浮かべながら手綱をしっかり握っていおり確かに話せるような雰囲気ではなかった。オデットは体勢をなんとか変えて腰にささった傘を露わにさせた。

 「くっ」

 手を伸ばしてもあと少しで届かず、かといってこれ以上身を乗り出せば手を滑らせてしまうといったような具合であった。

 「ニコラ、フランソワーズを護衛して。なるべく固まって馬車の重心をひとつにしておいて」

 「わかりましたわ」

 そういうとニコラはフランソワーズにくっつき、馭者側の端の方に固まった。

 「良い子ね」というと少し前傾姿勢になってしまう高さの天井すれすれまで立ち、ニコラらのいる所と対角でドレスをたくし上げると、勢いをつけて走り出した。

 ほんの誤差程度の僅かな助走から、辛うじて酸の付着していない天井のヘリを掴むと遠心力でふわりと馭者の座る所に移った。オデットは予想外の行動に衝撃を受けていた。

 「ミシェルさん!?」

 「お隣失礼するわよ」

 そういうとオデットの腰に手を回し金具を外すとようやっと傘を手にした。

 「どうするんですか、あの虫」

 「どうするもなにもなんとかして凌ぐしかないわ。今の状況の私たちは不利中の不利……会場まで行けばなんとかなるとは思うのだけれど……」

 ミシェルは「ま、印象は最悪だけれど」という言葉を飲み込んでから、今度は息を飲んだ。

 「目の前!」

 オデットが目を凝らすと前方に崖があるのを発見した。

 「曲がれません!」

 「なんとかして曲がりなさい!」

 「んな無茶な!?」

 手綱を引っ張りなんとか暴れる馬を制御するも、間に合いそうにないことが脳裏をよぎった。

 「落ち……!」

 馬車は断崖ギリギリのところでスライドをするように曲がった。破損した車輪のあった部分は崖から乗り出していた。間一髪である。

 「まが、った?」

 馬車はまるで何事もなかったかのように山道を走っている。

 

 「こんなところであなた達と心中だなんて嫌だもの」


 フランソワーズはいつの間にかニコラから傘を奪い取っており、そのニコラの傘から細い金色の糸がキラキラと出ていた。その糸が内輪に絡みつき車輪を止めたのであった。

 「ただの腰抜けじゃなかったのね」

 「聞こえてるわよミシェル!」

 声を荒げるフランソワーズは「きゃあ」と甲高い声を出した。どうやら車体の揺れでニコラとぶつかったようだ。

 「み、ミシェルさん! 車輪が!」

 先ほどの急激な不可により車輪がすり減り使い物にならなくなっていた。たった今馬車は対角に付いたふたつの車輪によって走行していたのだ。

 「(城までの残りの距離と、おおよその速度をかんがみるにあと十分くらいかしら……せめて速度を落とさないと……)」

 そんなことを考えていると再び衝撃が走った。

 「ええい、もう! 今度は何!?」

 「ミシェルさん、背中を付けちゃだめです!」

 ミシェルが少しのけぞる所、馭者用の椅子の背もたれとミシェルの背中の間に強引に手を突っ込むと、ようやく状況が飲み込めた。天井いっぱいに黄色い液体がだくだくに垂れていたのだ。

 気が付くとそれは背もたれに少しかかっており、異臭を放っていた。

 「な、なんですこれ!? う、ちょっと臭います……」

 「これは、ツキノワモドキの唾よ……溶液ではないけれど……そうだ! フランソワーズ! 天井の梁を崩して! 」

 「はあ!? なんでよ、殺す気!?」

 「いいから早く!」

 苦虫を噛み潰したように渋々言うことを聞くと再び糸を出し、それが輪を描くと引っ張った。

 すると天井を支えていた梁が少し崩れて天井ががくんと下がり傾いた。

 乗っかっていた異臭の唾は傾斜を伝いだらだらと天井を這って、どろどろと壁に粘り張り付きながら地面へと向かった。そして地面まで行くと馬車はゆっくりになっていった。

 馬は荒ぶりながらも後ろ髪を引かれるようにして徐々に速度を僅かに落としていく。

 「ツキノワモドキの唾に粘性があってよかった。相手の思うつぼっちゃあ思うつぼだけれど」

 「み、ミシェルさん……また崖があります!」

 「(確かこの崖が城までの最後の崖のはず。速度はともかくたった二輪だけしかないこの状況ではもっと速度を落とさないと曲がり切れない。落ち続けてるとはいえまだ速度は出てる)」

 「曲がる瞬間に合図を送って、声を出すだけでいいわ」

 「合図って……どうするんですか?」

 オデットの疑問をよそにミシェルは馭者用の椅子の背もたれに足をかけると、傾いた天井へと乗った。オデットの謎はすぐに自己解決し、手綱を握り直した。

 「あ、危ないですよ!?」

 「軽いから大丈夫よ」

 幸か不幸か粘性の唾がミシェルの体勢を安定させていた。が、悪臭が猛烈に鼻を刺激する。

 先ほどまでの速度では間に合っていなかったツキノワモドキは速度が遅くなったことによって限りなく近くに寄っていた。

 「(私の射程圏内……お願いだからその時まで攻撃してこないで……!)」

 蛾の月輪がちりんのような模様が輝いており、明らかに何かをしようとしてきていた。

 両手でオデットの傘を握ると真っ直ぐに照準をツキノワモドキに合わせた。ミシェルも負けず劣らずの光を傘に蓄えていた。たった一度の挑戦であった。

 フランソワーズはニコラにがっちりとしがみついており、ニコラもまた天井で繰り広げられるなにかに身をゆだねるしかなかった。

 

 「今!!」


 曲がるのと同時にミシェルは聞こえた合図で光弾を放った。ツキノワモドキもまた酸を吐いたが、それは光弾によってほとんど蒸発し蛾の片翼を直撃した。

 ゆらゆらと崖の下へと落ちていき、やがて見えなくなった。

 一方ミシェルはというとその衝撃で天井の液が飛散った。もちろんそれほどの衝撃がかかれば薄い天板は耐えることができない。そのままミシェルは板の破片と共に下へと落ちた。ニコラは咄嗟の判断で体勢の崩れたミシェルの下敷きとなり幸か不幸かミシェルは怪我をせずに済んだ。

 眩い光によってできた影で馬は驚き、速度をがくんと落とした。さらにその衝撃でなんとか崖を曲がることができたのであった。

 「に、ニコラ! 危ないじゃない!」

 「あはは、でもお怪我がなくてよかったですわ」

 「お馬鹿ね……でも、ありがとう。あなたは大丈夫なの?」

 「ええ、幸いなことになんとも」

 ミシェルは先の傷口が完全に癒えてはいなかったのか腹部を抑え苦痛に顔を歪ませた。

 「ごめんなさい、迷惑をかけっぱなしで悪いのだけれど腰が抜けてしまって……」

 言い終わる前に金色の糸がミシェルの腰を優しく包みフワッと浮かばせて椅子へと座らせた。

 「おほん、私をお忘れになっていなくって?」

 「あら、ありがとう」

 「ど、どういたしまして」

 後ろの様子がしきりに気になるオデットは、その声を聞いて何とか無事であることを悟ると、手綱に集中した。遥か後方に光り輝く大きな建造物が見えていた。

 「しかしどうしたものかしら」

 フランソワーズは顎を指で支えるようにして悩んだ。

 「この在り様じゃあとても貴族らしくはないわね。ほかの貴族連中……ましてや王族になんて合わせる顔なんて無いわよ」

 「しょうがないわね、この馬車は乗り捨てて行くことにしましょう。どうせ後で私の家で回収することになるでしょうし」

 「やむを得ないわね。貴族が徒歩で、だなんておかしな話だけれど」

 「あら、なんなら担いで差し上げましょうか?」

 「い、良いわよ別に。『腰が抜けてたてないよーぅ』って言っている奴の背中なんか怖くて乗れないわよ」

 「そういうあなたは果たして立てるのかしら?」

 「私は立てるわよ……あれ?」

 「ニコラ、肩を貸して差し上げて」

 「いい要らない! ちょ、ちょっと! 聞きなさいよ! 要らないってば!」

 そうして馬車……ひいてはオデットが気を利かせて馬を止まらせた。オデットはすかさず降りて、馬から手早くはみを外してしがらみから解放させた。馬はオデットに抱き着く様に長く太い首を寄せた。

 「よーしよし、怪我はないか。驚かせてごめんな……もう大丈夫だからな」

 そう声をかけていると、やがて馬車が動いていないことに気が付いたミシェルらはゆっくりと手を引かれながら降りてきたのであった。

 「オデット、流石の手綱捌きだったわ。馬術大会の常連も目じゃないわね。ニコラも気苦労かけたわね……二人とも傘の管理が少し甘い気がするけれどね。さ、会場はもうすぐそこよ」



    四  輝族



 一行は会場である城の門まで来ていた。門番が先に二名控えており、それはランプ街にいるような長物を持った門番であった。真っ直ぐに前を向いており気が付いているのかどうかすら怪しいほどに微動だにしていなかった。

 「この仮面をあなたたちも付けておきなさい」

 そう言ってミシェルはどこからともなく仮面を三つ取り出した。鳥の羽のようにも、花弁のようにも見える装飾をあしらった仮面を二人に付けてからミシェル自身も身に付けた。それを見たフランソワーズも少し重たげに懐から蜘蛛の意匠施された仮面を身に着けた。

 オデットはちらちらとフランソワ―ズの仮面を見た。それに気が付いたフランソワーズは目と眉をひそめた。あからさまに嫌そうな顔をしている。

 「何か顔についているかしら。別に物珍しいものでもないでしょうに」

 「べ、別にそういうわけじゃ……」

 「フランソワーズ!」

 「ふん、なによミシェル。いいわよね、御父上様に直々に手続きをしていただいて」

 歩き疲れたのかはたまた隠れ積もっていた劣等感が吹き出したのか、フランソワ―ズは目を伏せていつの間にか一行の列の一番後ろを歩いていた。

 「フランソワーズ、あなたが居なかったら今頃崖の下で仲良く天体観測をしていた頃なのよ? 引け目に感じることなんてないじゃない」

 「うるさいわね。シュールズマンにはわからないでしょう……同じ五輝族ごきぞくの癖にいつも上から。今日だって私はあなたの引き立て役に過ぎないのよ。知ってるんだから」

 ミシェルはため息を吐いた。

 「同じ五輝族だから、よ。『貴族は貴族の手本』でしょう? あなたの後進はあなたの引き立て役なのかしら?」

 「違っ……!」

 「違うというのなら、あなたはあなたの言ったことを改めるべきね。あなたが行っていることは全てその通りにしかならない。劣等を抱いているなら、後進彼女たちも劣等を抱くかもしれない。あなたのその『虫狩りの蜘蛛の紋』は誇るべきであって劣ると思うべきではないはずよ」

 フランソワーズの複眼のような奇妙な仮面の、そのいくつかの視線はミシェルを見つめたまま悔しそうに眼を細めていた。

 「それとも……『私の』と替える?」

 「結構!」

 差しのべられていた手はもうすぐに仮面に届くといった所で、フランソワーズはその手を振り払った。そしてそのままつかつかと行ってしまった。門番らはその進行を止めに入るがその気迫に押されていた。

 「さて、私たちも行きましょうか」

 「あのミシェルさん『五輝族ごきぞく』ってなんですか?」

 「え、知らないの!?」

 あまりに不意を突かれたミシェルは口を押えて笑ってしまった。ニコラはミシェルの代わりに受け答える。

 「オデット、五輝族とは『輝かしき栄光を持った上位五家』を表しますのよ。ディビウス家、リッチカーン家、トルトット家、フランソワーズ家、そしてシュールズマン家の五家ですわ」

 「ふーはー…・・ありがとうニコラ。てっきり知っているものかと思っていたわ……うふふ、ごめんなさい。補足をするなら王族と貴族は別者よ」

 馬鹿にされたオデットは顔を少し赤くしていた。

 「し、知ってますよ。そのくらいは!」

 「そうね、あたりまえよね……ふふふ」

 「もう行きますからね!」

 「あら、護衛がそんなに離れちゃダメじゃない」

 先ほどのフランソワーズのようにつかつかと先へ行ってしまった。

 「ニコラ、行きましょうか」

 「ええ、ミシェル様」

 「(『御父上に直々に手続き』ね……あながち間違ってはいないかもしれないわね)」

 ミシェルとニコラは二人を追いかける形で入城をすることになった。ニコラは笑顔であるはずのミシェルの顔がどこかむなしいようにも見えた。

 城の中では白い石柱が見下ろすダンスホールで、陰謀渦巻く仮装茶会マスカレイドが始まるのであった。

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