第四話「夜更かし」

    一  医務室にて



 ミシェルが目を開けた時、上の方にある中庭に面した窓から差し込む強烈なランプの灯りがみて開けにくかったのを感じていた。

 「誰かしら、カーテン開けたまま放置したのは」

 どれくらいの時間が経ったのかわからない。広大な中庭に建てられた時計塔にある‘日付時計’を確認したくても、その強烈な光がちょうどミシェルのベッドを刺激しており見ることができない。そしてそれは生徒の中では有名な話でもあった。


――カランゴーン……カランゴーン


 この中庭の回廊を進んだ先にある大聖堂の天辺てっぺんについた鐘々が響っている。

 「ということは……もう夕方かしら。少なくとも一日以上経っているのね」

 朝を知らせるは高い鐘、低い鐘と共に響くということは夕方を知らせているのだ。それを理解してから、ようやく上体を起こそうとしたときに腹部にある鈍痛が全身を硬直させた。

 「ミシェル!!」

 懐かしい声に痛みに歪んだ顔が和らいた。そして顔を上げたとほとんど同時にぎゅっと抱きしめられる感覚を覚えた。多少の痛みも我慢の許容範囲だった。

 「モイラ!」

 「ああ、お嬢様……心配しましたよ! 全くもう、無茶して……」

 「大丈夫よ。私は、これでもお母さまの一人娘なんだから」

 「そんな涙を流しながら言われても、説得力に欠けますよ、お嬢様……」

 「なによ、モイラもじゃない……あら? ペレ爺もいるの?」

 後からペレ爺が転がった花束と小さいバスケットを拾い、出づらそうにやって来た。

 「ミッシェルさまァ……その、ご無事で何よりです。いやあ、私はァ……」

 「いいのよ入ってきて。ごめんなさい、別に気を使わなくてもいいのよ? こちらに来て」

 「じゃあ、お言葉に甘えてェ」

 「学園生活の始まったその日から散々よもう」

 「お嬢様は元々そそっかしい所はあったけれど、まさか鉱虫を相手に奮闘するなんて……もうやめてくださいね」

 「あっしァ、初めて聞いた時……腰が抜けましたにございますよ」

 「本当に使い物にならないのよ! 今日だって馬車の運転、途中で代わったんですから!」

 笑い合う三人の中で、さらに後ろから二人やってくる。それに気が付いたのはモイラだった。

 「あら? あの扉の方にいるお嬢様方はご学友でいらっしゃいますか?」

 「ッ!! ニコラ、オデット! ええ、私の自慢の後輩なのよ!」

 すると二人は恥ずかしそうに入ってくる。それを見てモイラとペレ爺は目くばせをしてから花束を花瓶に入れてからひっそりと出て行った。

 「ミシェルさん、邪魔をしてごめんなさい……お屋敷の方々だったんですよね?」

 「いいのよ、それより伝えさせてちょうだい。ありがとう……あの時、助けに来てくれて」

 そうしてミシェルはニコラとオデットをぎゅっと抱きしめた。

 「いてて、実はミシェルさんが気絶した後、アリギュラ先生が助けに来てくれて……あと学長も。それでなんとかなったんです!」

 「そうだったの? でもね、あの時に傘を渡しに来てくれなかったら今頃私はこうして抱きしめることもできていなかったの……そういえばどうして傘を届けに来てくれたのかしら?」

 「それはニコラのおかげです」

 「わ、私は……傘がないのは少々危険かなと思いましたの。ただ、それだけですわ」

 「いいや、アリギュラ先生も言ってたじゃないか『ニコラの応急処置の賜物たまものだ』って!」

 「いいえ、それほどでは……ありません」

 「ありがとう。ニコラの優しい光は私の黒い視界に届いていたわ。ちゃんとね」

 うるうると泣きだしてしまいそうなニコラを抱きしめてから、オデットの頭を撫でた。

 「ああ、そういえばこれ、学長が渡しておいてくれと……」

 オデットは懐から一通の手紙と数日前の新聞を渡してきた。手紙は王国の蝋印がされており、その新聞には事件についてのあらましが書いてあった。

 しかし事件は概略で書かれており、そのほとんどは教会に対する市民の不満や避難が書かれていた。肝心の死体に関することや鉱虫の侵入経路などははぐらかされているようだった。

 「(また学長に伺いを立てなければいけませんね……)」

 「あらあらまあまあ、起きたのですねミシェルさん。大きいお嬢様と小さいお嬢様さん、ごめんなさいね。ここに座らせてもらうわよ?」

 さらに奥からやってきたのは看護婦のフーリーンだった。とことことやって来た熟れた女性は医療器具の入った箱を持ってミシェルの隣へと座った。そしてミシェルの病衣のボタンを滑らかに外すと下着が露わになった。

 「オデット? どうして顔を逸らしているの?」

 「いや別に、なんでもないですよ」

 「……うん、大丈夫そうね、怪我もまだ痛むでしょうけど日常生活に支障はないはずよ。あ、力は入れちゃだめよ。重いものも極力持たないように。あと魔法を撃つときも気を付けてね」

 「ありがとうございます」

 医療器具を仕舞っている間にミシェルはそのまま服を脱ぎ始めた。

 「み、ミシェルさん!?」

 「あら、なあに? 着替えなければならないでしょう? そこにある服をとってくださる? ニコラもそこの帽子をくださいな」

 妙にニコニコとしているニコラと顔を赤らめるオデットはしばらく待った。そして服を着こなしたミシェルはベッドから降りた。まだ少し痛むようで、行動がいちいちゆっくりだった。

 「よし。では参りましょう。久しぶりの私の部屋に」

 ミシェルに続いて二人は寮へと歩き始めた。



    二  マナー



 ぐうと音が鳴る。部屋に着いて一息ついた辺りで鳴いたそれがオデットの口から出た音ではないことはミシェルもニコラもわかっているのであった。なぜなら当人らもぐうと鳴っていたからである。いずれも腹からであった。

 「そういえば私がいない間の食事事情を伺ってもいいかしら?」

 「ええ、私たちはミシェルさんがいない間、食堂で食事をしていました」

 「そう。えーっと、ちなみにだけれどお二人は食事のマナーをご存じかしら?」

 「実はアタシはあんまり……」

 「恥ずかしながら私も自信という程では……」

 「はあ、しょうがないわね……当分はこの部屋で食事をとることになりそうね」

 「え? 食堂やランプ街以外に、ここで夕食をとることもできるんですか?」

 「ええ。と言っても料理がここに運ばれてくるわけではなくて、学院お抱えの料理人をこの部屋に招待して料理を振る舞っていただくのよ。雇う料理人のランクによっておいしさが変わってくるわ。勿論お値段もね」

 「流石にタダって言うわけじゃないんですね」

 「ええ。最低限のお賃金は貰っているものの大部分は指名料によるもの。自身の腕前……もちろん料理のレパートリーから味の好みまで幅が広ければ広いほど必然的に人気になってくるの。多額のお金を払ってでもその人から提供されたいということね」

 「なるほど」

 「食堂、あまり人が居なかったんでなくて? それはこういう理由があったからよ」

 「そういえばあまりいなかったように感じますが、そうだったんですね!」

 「もしかしてこの紙が料理人を呼ぶための紙だったりします?」

 ニコラは手のひら程の大きさの白い紙束を見せて首をかしげている。

 「目ざといわね。そうよ、その紙にこうやって……」

 机の上のグラスを少しどけてからその紙束を追いた。そこに‘おまかせIt's your call’とだけ書いて半分に折った。そして小さめの化粧台の引き出しが勝手に開いて、中から三種類の封筒のうち、ちょうどいい大きさの黄色い封筒がミシェルの差し出した手に吸い込まれるように飛んできた。流れるように紙をちぎってその中に入れた。

 「あんなところに化粧台があったなんて!」

 「気が付きませんでしたの? この紙束はあちらの化粧台で見つけましたのよ?」

 今度はその化粧台の鏡の横にある小さなガラス戸がカパッと開き、中からシーリングスタンプ※     が出てきてふわりとミシェルの手に到着した。

 「ニコラさん、そこにある蝋燭をとっていただけます?」

 「わかりましたわ。はい、どうぞ」

 「ありがとう」

 そうするとミシェルは封筒にそれを垂らしシーリングスタンプのヘッドを押し込んだ。

 見事に校章が蝋印された封筒の右下に自身の名前をササっと書くとそれを空中に放り投げた。するとそれは扉の下をくぐって何処かへ行ってしまった。

 「こうすればものの数分で料理人が来るはずよ」

 「へえ、便利ですね!」

 「調理器具さえあれば調味料、具材……諸々を持ってきてくれるはずよ。ただ使った材料費は自己負担だから節約に熱心な方の料理はずいぶん薄味だし量は少ないけれどね」

 「良心的な方に当たるといいのですけれど」

 コンコンと扉が鳴る。そこからはガジャンガジャンと金属の擦れぶつかり合う音がしている。

 「料理をしに参りました。トランコと申します」

 「お入りになってください」

 「では失礼して……」

 その言葉と共に開いた扉からはコック帽をかぶった横にも縦にも大きな女性が入って来た。片手にはミシェルの名前が書かれた開封済みの黄色い封筒が入っていた。

 「何かご所望はありますか?」

 「ええ、そうね……夕食にピッタリなボリュームあるものでお願いするわ。ニコラとオデットは何かあるかしら?」

 「いいえ、私は特に」

 「あら、ではスープものを一品欲しく思いますわ」

 「ではそれで」

 「わかりました! 腕によりをかけて振る舞わさせていただきますよ!」

 手に持ったバスケットを脇に置き、腰からぶら下げたフライパンを手に持って簡易的な調理場に立つと、ポケットに入った小ぶりな瓶からオリーブオイルを垂らすと満遍なく熱し始めた。

 一方でバスケットから小皿を取り出して、じゃらじゃらと腰にぶら下げていた小瓶の中で黒い粒の入った瓶と、白い粒の入った瓶から中身をそこへ入れた。そしてそれらをぐりぐりと棒ですり潰した。フライパンが熱されていることを確認すると再びバスケットを覗き込んだ。

 紙に包まれた重そうな肉をひとつ取り出し先ほどすり潰した粉末を塗りたくり、それを豪快にフライパンへと放り込んだ。肉汁と共に香ばしい香りが部屋に充満する。

 さらにバスケットからたまねぎひと玉取り出し、目を取りざっくりと切っていく。それを器に入れて水と共に一切れのベーコンを細かく切り投入し蓋で閉じ、それを片手で熱していく。

 いい頃合いという表情をして程よく熱の入った肉を皿にのせて緑の葉を数枚乗せた。トランコは手際よくフライパンに残った肉汁とオリーブオイルをあらかじめ切られていた薄いパンの片側に浸してサッと焼いていく。そして綺麗にふき取ってからそれを肉と同じ皿に乗せた。

 片手で温めていた器の蓋をようやく取る。ブワッと湯気と香りが漂うスープが完成していた。そこへ僅かながら小皿に残った粉末をスープにかけてしたり顔のトランコはものの十数分で料理を完成させた。三人は思わずその光景に目を奪われていた。

「あらあら、あっはっは! 料理人冥利に尽きるねえ! これからもご贔屓ひいきに!」

 そうして封筒に何か書いたあとササっと片付けるとバタンと扉から出て行ってしまった。

「あ、嵐のような人物だった……」

「ええ……そうね」

「個性が強い方が多いのよ。この学び舎には」

 ミシェルは置かれた黄色い封筒を見るとそこには『2.700』と書かれていた。

「二千七百ルクス……随分安いわ。あとは味ね。見た目はずいぶん美味しそうだけれど」

 大きなぐうという音が鳴り響いた。ミシェルの敏感になった嗅覚がお腹を刺激していたのだ。

「ご、ごほん。とりあえずいただきましょう。貴族たるもの、空腹は最大の貧困よ」

 並べられたお皿には肉料理やパン、スープからは香ばしい匂いがしている。

「持ち方と姿勢に気を付けながら、ナイフを持つ指先を意識して切り分けてごらんなさい」

 そういえばみっちりとしごかれるんだったと思い出したオデットは複雑な表情を浮かべていた。

「こらオデット! 猫背になっているわ。気を付けなさい……ちょっとオデット、スープを音を立てて飲まない! オデット!」

 ミシェルがほとんど食べられなかったというのはニコラだけが気が付けたのであった。


      ※シーリングスタンプ:蝋印。蝋を垂らし固まる前に型を付けて封筒を閉じる方法



    三  夜更かし



 食事を終えて食器を外に出した後、大体の生徒がするのは寝るかお風呂に入るかの二択なのだが、ようやく揃って安堵の一息付けた三人は翌日の予定を立ててから好きに過ごすことにした。

 ニコラは先に寝るようで、二段ベッドの上へと続く梯子はしごを登っていった。オデットはニコラが梯子や枠に足を引っかけたり二段目の天井に頭をぶつけたりなどで怪我をしないかを見届けてから寝室の蝋燭を吹き消してから談話室でミシェルと会話をしていた。一方ミシェルはその間、崩れた予定を立て直すべく、季期テストに向けてのカリキュラムを組みなおしていた。

 「そういえばこの寮って一見大きく見えて、入ってみれば一回曲がるだけで部屋に着くのはなんでなんですか?」

 「それは寮に屈折魔法が掛けられているからよ」

 クエスチョンマークを浮かべるオデットが質問をする前にその疑問に答える。

 「この寮には‘屈折魔法’と呼ばれる種類の魔法がかかっているのよ。廊下に施されたこの魔法のおかげでそこまで歩かずともたどり着けるようになっているの。逆に侵入者に対しては奥までたどり着けないようになっているの。空間を紙のように切り貼りしているようなイメージね」

 「なるほど。魔法はいろいろあるんですね……」

 「ええ、そうよ。まだまだいろいろあるんだから。それも追々教えて行かなければならないわね。私がいない間、アリギュラ先生とはどうだった?」

 「それなんですけど、見てください! おかげで筋力が付いたんです!」

 すると袖をまくり上げ、ぷくりと膨らんだ筋肉が露わになった。

 「ええぇ……筋肉を?」

 「ちょ、ちょっと! 引かないでくださいよ! 成長を感じて嬉しんですから」

 「それはよかったわね。だけれど……アリギュラ先生がこうも嵐のような人だなんて思ってもみなかったわ。あなたもほどほどにしなさいな。無理な時はちゃんと無理というのよ? 今日のお見舞いも特訓の後だったんでしょう? 立ってないでこちらにおいでなさい。」

 オデットはミシェルの言う通りにソファまで行きストンと腰を落とした。弾んだ衝撃もあって思いのほか距離が近くなった。

 「そういえばアリギュラ先生とは初対面だったんですか?」

 「ええ、噂程度の人物だったのだもの。騎士デイムの称号を持った貴人ならぬ奇人。人呼んで‘悪魔の魔法使い’。何度魔女として処罰されかけたか」

 「処罰?」

 「聖書に乗っ取った教会側が魔女を徹底排除しているのを知っているでしょう? 強すぎる実力を持つ者もまた、その力の源を疑われるものよ。で、法王と三人の枢機卿で行われた協議の結果は『白』だった。この辺りだと随分と記事になったものだけれど……ま、まあそれはいいわ」

 「ミシェルさんもアリギュラ先生を魔女だと疑っていたんですか?」

 「ええ、実をいうとね。これが真実かはわからないけれど……とある町に虫が一匹迷い込んだみたいでね、その場に居合わせた魔法使いたちは力を合わせて撃退を試みたらしいの。ただその一匹に魔法使いたちは苦戦した。半端に傷を負った虫は仲間を呼んで、その数は三十匹にまで膨れ上がったらしいわ。彼女が応援に駆け付けた時、魔法使いはすでに全滅。その無慈悲な鉱虫を相手に傘一本で応戦をし、虫は全滅したそうよ」

 「わお。かっこいいなあ」

 「そんな男みたいなこと……」

 ようやっとすぐ隣に座っているのを確認したミシェルはオデットの焦げた肌色の少し短いまつ毛と高い鼻にそばかすの乗った、まるで少年のような整った顔に頬を僅かに赤らめた。

 「そ、そうだ! 冷たいお紅茶を淹れようと思うのだけれど如何いかが?」

 「ええ! いいんですか!? 要ります!」

 「(なにかしら、この母性的なものをくすぐる「なにか」は……)」

 ミシェルは目を合わせることなく簡易的な調理場の方へ向かいポットに水を入れに行く。

 「あ、そうだ。これに淹れてください!」

 オデットは木箱からグラスを取り出した。三つの重なったグラスは底になるにつれ深い蒼のグラデーションとなっており、初めて見た時から変わらず綺麗だった。

 「いいの? とっておかなくても」

 「いいんです。これはみんなで使おうと決めたので」

 「ならいいのだけれど……って、もしかして紅茶あまり飲んでいないのかしら?」

 ポットに少し水を入れて、ふた撫でもすると湯気が出始めていた。そうして視線を買ったばかりだった大瓶おおびんを取り出す。しかしその大瓶の中身があまり減っていない様に見えたのだ。

 「ええ、実は。というよりミシェルさんが帰ってくるまでは飲みたくなくって」

 「それは……なんでかしら?」

 「えーっと、その……ミシェルさんがちゃんとした紅茶を教えてくれるまでヘタな紅茶は淹れられないなあって二人で話してたんです」

 思わずミシェルは後ろを向いた。顔が耳まで真っ赤になっていたからである。それほどに妙に嬉しかったのだ。覗き込もうとするオデットを避け、足どり軽やかに準備を進めた。

 調理場の棚にラベルを前にして並べていく。コルク栓を抜いて材料を目分量で小袋に入れると冷めないうちにその小袋をポットに入れた。するとじわりと水色すいしょくが滲み出した。

 「クリントさん……でしたっけ、あの方もやっていたその魔法はなんというんですか?」

 「え、ああこれ? これは収束系の魔法よ。オデットとニコラが放った光弾の魔法の応用ね」

 「その……ごめんなさい。アタシ、照らし番しかしてこなかったから魔法とかそういうの、わからなくって」

 いつぞやからだいぶと砕けはじめていた言葉を注意しようかと迷ったが、伏せたオデットの姿に劣等の色を感じたミシェルは言葉を呑んだ。

 「あら、照らし番は立派よ。少なくとも私はそう思っているわ」

 オデットは顔を上げてミシェルの次の言葉を待っていた。その姿を確認してから話を続けた。

並行してポットに水を入れて冷ます。水色が薄まりふわりとフルーティな香りが漂った。

 「この世界から太陽という存在が消えてから世界は暗闇に閉ざされた。でも『明かり』が奪われたわけではなかった。だから人々は希望の光を灯したの……灯すことができたのよ。今では安定して明るさを保つことができているわ。でも、誰しもが不安な最中さなかに絶えず光を灯し続けた人々、それを『照らし番』と言ったの。今でこそ忌避されるような、汚れ役になってしまったけれど歴史をたどれば立派な役目だったのよ」

 テーブルに三つのグラスをなるべく音を立てずに置くと、そこへ出来立ての紅茶を注いだ。

 「ミシェルさんは、違うんですね」

 「違う?」

 「ええ、アタシの出会った他の貴族連中は私の肌色をみて冷ややかにしていましたから」

 「知識の正しい使い方よ。あとその……伺っていいのならお聞きしたいのだけれど、なぜここに入学を?」

 「家族はアタシに子供らしいことをして欲しいらしくて。それで無理をして入学を」

 「そう。だとしたらあなたは幸運ね」

 「本当に!」

 「ええっと、それとあまり他所よそを使わないで頂戴ね。そういうのはせめて私たち三人の時のみに限定すること。いい?」

 「はーい!」

 ま、いいかと肩を降ろすミシェルは三人分の紅茶を淹れる。

 「ニコラ、起きているんでしょう? お休みのところ申し訳ないのだけれど、紅茶ができたのだけれど如何いかが?」

 「あら、是非頂戴いたしますわ」

 「起きてたのか!?」

 「ええ実は……とても心地よい会話でしたわ。勿論私にもで話かけていただけるのでしょう?」

 オデットは頭を掻いて笑って返した。そうして三人が集まってソファに座ると各々がグラスをもち、カチンと乾杯をしてそれを呑んだ。

 「あ、ミルクを入れ忘れてしまったわ」

 言い終わるや否や、オデットは顔を歪ませむせて咳き込んでいた。それを見てミシェルとニコラは口を押えて小さく笑っていた。


 「そういえば、学長から頂いたお手紙を食後に読んでいらっしゃいましたが、何が書かれていたか教えていただけませんか?」

 それを聞いた途端ミシェルは少し曇った顔をした。

 「それがね……それの為の時間にこれからの予定を割くことが必要になってしまったの」

 「それは一体……?」

 「届いた手紙に着いていた蝋印は王国の紋章が書かれていたわ。ある程度嫌な予感はしていたけれど……中には国で開かれる仮装茶会マスカレイドに招待するといった旨の事が書かれていたの。先の功績を称えて特別にね」

 「あら! それは素晴らしいことではありませんか!」

 「お待ちなさいな、ニコラ。あなた方はまだまだ貴族としては半人前。それが王室に集まるの貴族連中の巣窟そうくつに飛び込んだらどうなると思う? 私たちは特別に招待された学院ソングスを背負うのよ。貴族だけじゃない、この学校の生徒からもより激しいひがみやねたみに悩まされるかもしれないのよ」

 いつぞやを思い出したのかオデットは少し嫌な顔をした。

 「でも、これを超えられれば私たちはもっと成長できると思いませんこと? 私、オデットが虐められている時、何もできなかったことが悔しくて。枕を濡らした時もありましたわ。でもミシェルさんの勇士を見て、オデットのひたむきな実力を見て、私は前へ進む力を皆さまからいただきましたの。私、オデットやミシェルさんが一緒なら何でもできる気がしますの」

 「ニコラ……あなたも成長しているのね。確かにうじうじしていてもしょうがないわね」

 「に、にこらあ……大きくなったな!」

 「ちょ、ちょっとあなた方!? 所詮は数日しか経っていないんですのよ?」

 わんわん抱き合う二人を後目に、そうは言いつつも成長を感じるひと時に密かに感心しながら、ミシェルらは空欄に各々自身の名前を記入した。そしてそれを扉に向かって投げた。それはスッと隙間から抜けて出て行った。



 

 

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