第二話「ランプ街の悪魔」

    一  日傘



 霧の漂うランプ街の灯りを不気味に照り返す黒い川に沿うように陰湿な二番街があるのだが、その路地の裏に三つの影があった。

 「これでよし」

 ミシェルは、はだけたオデットの装いをササっと丁寧に戻した。

 「えと、ありがとうございます」

 「いいのよ」

 ニコラは終始もじもじとしており、まるで過ちを犯してしまったかのように俯いている。

 気まずい空間ではあったものの、オデットはその口を開いた。

 「すみません」

 「なぜ謝るの?」

 「それは……だって勝手にうろうろして、あげく絡まれて」

 「前者に関しては私の説明不足だし、後者はあの方々の気まぐれでしょう? あなた方は何も悪くはないわ。むしろ謝るのは私の方よ」

 オデットとニコラは不思議そうにミシェルの方を見ていた。

 「この学び舎は生徒主体のほぼ放任主義。自分の身は自分で守れの校風で、後輩の手本である高等部の教えが後に引き継がれていくの。つまりは私次第であなたたちの人生が決まると言っても過言ではないわ。私は由緒正しきシュールズマン家。他の家の者が気にしない訳がないわ。ひがみか嫉妬かわからないけれど、私自身にちょっかいを掛けるより、あなた達に掛けた方がいくらか楽だわ。それを知っておきながら二人にした私の、間違いなく過失よ」

 「なにもそこまで言わなくても……」

 「『貴族の手本もまた、貴族也』シュールズマンに伝わる家訓のひとつよ。謝ることは恥ではないの。過ちを認めないことが恥なの。あなた達がどう思おうが、私の中で決着がつくからいいのよ、気にしなくても」

 二人はただ黙って聞いていた。ミシェルが言い終わるとゆっくりと歩き始めたために、その後すぐを付いていく。

 「ところで、あの品は一体?」

 「ああ、実は私には妹が二人居まして、そのお土産にと思い買いました」

 「でも、見たところあの品は、そうね……一万ルクスは固いと思うけれど」

 「その……オデットの目があまりに輝いていたものですから、私もお代金を出しました」

 「ニ、ニコラ!」

 「はあ、あなた達にはお金の使い方も教えなくてはならないわね。オデット、そういう品は次から取っておいていただけばいいのよ。そうして自分のお金で買ってから妹さん方に渡しなさいな。ニコラ、あなたの考えもわかるけれど、そうぽんぽんと誰かにお金を渡してはいけないわ。たとえそれで笑顔になるとしても別の方法でその笑顔を見た方がずっと気持ちがいいものよ」

 「そうする……します。ニコラにも悪い、ですし」

 「はい、分かりました。とても勉強になりますわ」

 そうして進んでいるとやがてひとつの店に辿りついた。明かりがついているのに暗い。

 「傘屋?」

 「そう。ここは隠れた名店で、知る人ぞ知る老舗しにせなの。魔法使いの基本であり、淑女のたしなみである傘に関してはここで選んだ方がいいわ」

 「でも支給品の傘が確かあったはずだ……ですが」

 「よく考えてもみなさいな、確かに学院からの支給品があるけれど、それを使う人はどんなひとかしら。お金がないから? それとも性能に違いがないから? どちらにせよ貴族らしくはないわね。いくらでも用意が利くありふれた傘と世界を見てもひとつしかない自分だけの傘とでは魔法の上達に差ができるのよ。なにより柄の形が手に合わないと手に豆ができてしまうわ」

 なるほどと相槌を打つと重そうな扉を開く。するとちりんとベルが鳴る。

 特に返事があるわけではなく、ただ扉の軋む音と木と布の香りが三人を迎え入れた。

 店内には多種多様な日傘がずらりと立ち並んでおり、どれも目の悪くなりそうな暗いランプに照らされて怪しく光っていた。

 「どれがいいのかさっぱり……」

 「数だけでも百本は余裕でありそうですわね……」

 二人が山のような数の傘を見つめているとミシェルは咳払いをした。二人は注目する。

 「なにをもってして ‘良いもの’ かは決まっているわ。それは ‘自分がいいと思ったもの’ よ」

 どこから取り出したのか傘をひょいと取り出すと、二人に見えるように前に持ってきた。

 「この傘。柄は顔、生地は衣服、石突きは足を表すと言われているの。御覧なさい……あなた方に、私の傘はどう映っているかしら?」

 そういうと二人はまじまじと見始める。

 柄の細い造りやすらりとまるで羽織るかのように着られた黒曜石のような光沢のある黒布。まぶすように、それでいてうるさくない金色。石突きの先には光沢のあるローズウッドの装飾が施されており、ヒールのように尖っていたが一片たりとも欠けていない。

 「なるほど、そのように見ると人柄が出ているというような気もしますわ」

 ニコラが先に口を開いた。その間、オデットは口がうっすら開いていた。

 「いい? 傘に限ったことではないけれど『何かを目利きするとき、される側もまた目利きするのだ』と、聖書にもあるように、物もあなた方を目利きしているの。選んだと思っていたものは実は必然で、偶然なんて在りはしないのものなのよ。ぞんざいに扱うならば自分をぞんざいに……逆に、丁寧に扱っていれば品格は養われていくの」

 「何も考えず、手に取ってみようかな」

 「私は触り心地に重きを置いてみましょう」

 二人は独り言のように呟いた後、おもむろに……惹かれるように別々の方向へ歩き出した。

 やがて各々が一本の傘を持ちミシェルの前へとやってきた。

 オデットのは小ぶりな傘で、メープルの白色に合うように焦げた赤色の生地が薄く広がっていた。小ぶりながらその生地が破けることも、石突きも滅多に欠けることはないだろう。

 ニコラのはオークの木がやや太めに加工されており、それでいて持ちやすいようにでこぼことしている。そこにまるでドレスのようにふわりとした灰色の生地をまとっていた。

 「なかなか良いじゃない。言っておくけれど『本当にそれでいいのか』なんて無粋なことは言わないわよ。それらをお貸しなさい」

 そういうと二人は傘をミシェルに渡した。そのまま奥へと行く。そこまで時間がかかるわけでもなく細長い紙箱に入れて戻って来た。

 「はい、お二人さん。私からの ‘前祝い’ みたいなものよ」

 二人は値段がどうのだの、代金はどうだのとは一切言わなかった。なぜなら彼女からしていた微かなじゃらじゃらという音が幾分か軽くなったように聞こえたからである。

 再び顔を合わせ、笑顔になる。それをみてミシェルもつられて少し口角が上がった。

 「いい? まだまだ用意しなければならないものはあるのだからここに長居はできないわよ」

 歩き始めたミシェルの後を付いていく。前を行くミシェルとの距離は少し近くなっていた。



    二  紅茶



 霧は薄くなり、街並みがある程度見えるようになった昼下がり。

 一行は川辺を歩き続けて二番街の終いという、三番街との境にある門の前まで来た。

 「これからどこにいくんですか?」

 ニコラはあたりをきょろきょろとしながらミシェルに問うと、突然その場に止まった。

 「軽くランチとしましょう」

 大きな門を横に見ると三階建ての細長い建物があった。そこからは卵やベーコンを焼いている香ばしい油の匂いが漂っており、オデットの空腹をさらに強く刺激していた。テラスの席はほどほどに埋まっており、いずれも小さく談笑をしながら腹を満たしていた。

 「ここですか!?」

 期待に胸を膨らませたオデットは鳴りやまないお腹を手で押さえながら、我先にとその店へと直行しようとする。しかしミシェルに止められ、隣の古びた建物に入っていった。それを見たニコラはオデットのしいたげられた子犬のような目をみて口角の上がった口元を手で隠し、ミシェルに付いていった。オデットもそれに続いた。

 年季の入ったニス塗りの古木の扉を閉めると上に付いたベルがチリンとなった。

 「ごきげんよう。お久しゅうございます。クリントさん」

 整えられたエンジェルコンチネンタルの髭を生やした細長い老人は、どこかの領主のような堂々とした出で立ちで三人を迎え入れた。両手でティーカップとソーサーを持っている。

 「おや、これはこれは……ご無沙汰ぶさたしておりますう。やや前より髪が伸びましたな。大変お美しぅうございますよ。そちらのお連れ様は」

 「今年から受け持つことになった同部屋のオデットとニコラです」

 「なるほどそれは大変におめでたいことですぅな。私はクリント・リッチカーンというものにございますぅ。以後お見知りおきを」

 くっと腰を曲げると、習って二人は挨拶をした。ミシェルは話を続ける。

 「ええ、ありがとう。今日は紅茶の選別に来たの。あとお茶請けをね」

 「そうでございましたか、では五番のをお使いくださいませ。こちらが鍵です」

 クリントは手近なテーブルにカップらを置き、懐からキーリングに付いた幾つもの鍵のひとつをミシェルに渡した。受け取るとすぐに奥にある五番の番号札が掛けられた三十センチはある四角い木箱の南京錠を外してぎいと開けた。

 中にはティーポットと三つのカップ、小さめの薄布が一枚と小ぶりな銀のスプーンがあった。

 「オデット、ニコラ、いいかしら。今から紅茶を淹れるのだけれど好きなスパイスやハーブ。もしくは色や香りはあるかしら?」

 「ちょっと待ってください。なんで紅茶なんすか?」

 オデットは少し前から気になっていた疑問をミシェルにぶつけた。

 「『なんですか』ね。それは紅茶は貴族の嗜みだからよ」

 「すみません……、でもそれならシュールズマン家で栽培している紅茶でいいのでは?」

 少し曇った表情を浮かべながら、ミシェルはばつが悪そうにしていた。

 「私が高位であなた方が下位の者であるならばそれは叶うかもしれないわ。例えば逆の場合……実力に依っての進級制度、お家が上でも進級できなければ必然的に越されるわよね。下位の、別に親族でも傘下でもない者の紅茶を飲んだり淹れたりすることは、もめ事の種になってしまうのよ。まあ言うなれば私の配慮ね」

 そういうとミシェルはスプーンを持ち、向かいの窓辺にある大きい棚に向かった。

 納得したような、していないような顔をしたままオデットらは後を追った。

 棚の中には無数の小皿と、その上にはスパイスやハーブ、乾燥したフルーツなどが並べられており、ミシェルのてのひらには布が乗っかっていた。

 「ほら、早く好きなものをお言いなさいな」

 「好きなものと言っても……」

 そういいながらオデットはおどおどしている。しかしニコラは熱心に何かを探していた。

 「あ! ありましたわ!」

 そういうとお皿を指さしていた。少し屈んでいた所にあったようだ。

 「オレンジの皮と。ニコラは柑橘系の香りが好きなのかしら」

 「ええ、家で育てておりまして」

 「なるほどね、確かにどの紅茶葉にも合うしリラックス効果もあるから入れましょう。なんなら思い切って果肉を入れてもいいかもしれないわね」

 「確かに! それはいい考えですわ! えーっと、どこにあるのかしら」

 「オデットは? 何かないのかしら。色でも香りでも」

 今度はオデットがばつが悪そうにしていた。

 「実は、苦いのが好きじゃなくて……」

 そういうと上の方でニコラがぷっと笑う。小柄めな体を丸めていたオデットは下から睨んだ。

 「無理することはないけれど飲めないことにはこれから先は難儀ね。でも大丈夫よ、私も砂糖は入れるから。砂糖を入れればやわらかくなって呑みやすいはず。ミルクも入れましょう」

 「でしたら、ルーナの茶葉で作ってみてはいかがでしょうか。もとより甘めですし、濃い赤茶色にミルクの色とが良く合うでしょう」

 「そうしましょう。なかなかいいセンスね」

 両手を合わせてもじもじとするニコラと、文字通り苦虫を嚙み潰したような顔をするオデットをよそに、ミシェルは布に乗せたオレンジの皮と果肉少々をルーナの茶葉と一緒にし、慣れた手つきで結ぶとポットに入れた。

 「クリントさん、お湯を」

 「ええ、少々お待ちを」

 すると水をポットに入れるとそれに手をかざした。十秒もしないうちに沸騰し始める。

 続いて香り豊かなティーポットをくるりと撫でるようにサッと温めると、煮え湯を音もなく注いだ。じんわりと濃い色が滲み出すと、二分程で立派な芳香をあたりに漂わせていた。

 「では試飲を。お茶請けは……ひとまずスコーンでよろしいですかな?」

 「よろしくお願いするわ」

 やがて紅茶を持って奥に案内される。そこは中庭のようであってテラスになっていた。景色はというと建物で囲まれており見えないものの、どこかおもむきがあった。

 そこに設置された木の丸テーブルに椅子に座ると、紅茶が淹れられる。

 お茶請けとミルクを持って来たクリントはミルクティーを完成させた。

 持ってこられたスコーンからはバターの香りが、黄色いジャムからはオレンジの香りがする。

 「ではいただいてみましょう」

 二人はスッと飲むが、オデットはというと、持ったは良いもののそれをじっと見つめて薄く汗をかいていた。やがて口にふちをちょこんと付けてゆっくりとカップを傾けた。

 「オデットさん、そこまで熱くはありませんよ?」

 突然名前を言われたことで驚いたのか加減を間違え角度を大きくつけてしまった。弾みでごくっと飲んでしまった。しかし、口内に紅茶が広がり続けるものの苦味は一向に舌に乗ることがないまま喉を通った。

 「苦く、ない!」

 「当り前よ、それを考慮したんだから。ほら、口の中がまだ暖かいうちにお茶請け」

 そういうとミシェルが半分ほどジャムを付けたスコーンを差し出した。

 一口でそれを食べると、先ほどの香りと味とが程よい甘味によって交わったのだ。

 「美味しい……!」

 「ふふ、子供みたい! ほっぺにジャムが付いていますわよ」

 ニコラに指摘されるとそれをサッと拭ってその指を舐めた。

 「こら! はしたないことはおよしなさい」

 「す、すみません」

 「よろしい」

 中庭に小さな笑い声が三つ分、穏やかに響き渡った。



    三  ランプがいの悪魔



 すっかり重くなった布製の入れ物を抱えたオデットは、柑橘系と紅茶との匂いを携えて、あとはミルク瓶のかちかちと擦れ合う音を歩くたびにさせながらも、先を歩く二人に従って道中を歩いていた。

 「これはどこに向かっているのですか?」

 ニコラが訝しんで聞いた。二番街を通り、先ほどの傘屋の前を通っていた所だった。

 「寮よ」

 「もうお帰りですか?」

 「まあ。さもなくばランプ街の悪魔と対当することになってしまうわ」

 「ランプ街の悪魔?」

 「あら、知らないの?」

 面白い話かと思ったオデットは足を速めて、二人の間で耳をすませた。

 「これは聖なる貴き少女らSaint Of Nobility Girl ’sにまつわる七不思議のひとつなのだけれどね……『ランプ街で三つ以上の用事をすると悪魔が出てきて、四つ目の用事が悪魔の契約になってしまう』というものよ。まあ、根も葉もないことだけれど、そう伝えられているわ」

 「そんなお話が……でもなぜ三つなのでしょうか」

 「さてね、まあ概ね‘長居禁物’ の戒めだと思うけれど……私もそういった事例は聞いたことがないし。でも怖いでしょう? 悪魔と契約した魔女は裁判にかけられて火炙りの刑に処されるもの、大事を取って困ることはないのだから。それに、その手の指導では便利なのよ」

 「ふうん、他にないん……ですか?」

 「まあ、無いこともないけれど、それは追々ね」

 そういいつつ何気なく帰り道を通り越して、やがて門に差し掛かろうとしていた。

 「今のところ、曲がらないんですの? 帰りは確かあちらの方では……門?」

 「ええ。外に行くのよ。心配しなくても森まではいかないわ。近くまでは行くけれど」

 門番の優秀なアウトグラン近衛兵が直立不動で見張っていた。門と言ってもそこまで巨大ではなく、五メートル程の槍を持っている二名が持っている剣を斜めに据えると門がふさがるほどである。なお二名は門の外と内に一名ずつである。

 白い制服を着た衛兵の銀色のボタンと眼光がきらりと光る。一行はその脇を通った。

 オデットは滲んだ汗をそのままに門を通過した。

 「オデット?」

 「ん? いや、あの目つき……いつ見ても慣れないなと思って。それより、私らはどこに向かってるんすか?」

 「『るんですか』よオデット。ランプ街での用事が済んだから、今から早速教えを乞いに行こうと思って。今の私たちに時間を浪費するほどの余裕は無いわ」

 「そうなんですか? 確か季期テストまでは三ヶ月はあるはずですが……」

 「‘一般的’な貴族部屋はそうかもしれないわ。でも私の部屋では普通通りにはいかないわよ。まず初めにだけれど、この学校の進級は幼い頃のように勝手に進級はしないのよ。私たちを導く全五科目……原理、国学、数学、史政、実技の‘魔導師’方々二十名の推薦が無くてはいけないの。そうね、二年間の間で五名の推薦があれば十分に進学が可能よ」

 「なんだ、たった五人か」

 「いいオデット? 私は俗に『順調に進級した』とされているわ。普通に進級できるならそうは言わないでしょう? そのたった五人の推薦すらしてもらえないほど、私たち魔法使いの素質が足りないのか……はたまた」

 「はたまた……?」

 「相当な変わり者か。んま、私は後者を推すけれど」

 「はえ」

 ヘンな声が出たオデットであったが、続けてニコラが質問をする。

 「ミシェルさんは推薦をいただけたんですね! でも確か、私たち中等部は魔道師方とは関わらないはずでは?」

 「確かに魔導師と直接深く関わるようになるのは高等部だけね。高等部が教えを乞い、それを中等部に教えるというのが『教えるのもまた学び也』の校訓、そして精神よ。ちなみに高等部に進出する生徒の中には高等部の嘆願で推薦を貰って上がる子も少なくないわ。まあ私はそんなに甘くはないけれど」

 貴族らしいとつぶやくように言ったオデットの言葉には反応せず、話しを続けた。

 「それに加えてあなた達には貴族の嗜みを教えなければならないのよ。音楽、ダンス、宝石の目利きから絵画を描く筆先の手入れまでね」

 「ぐえ」

 「オデットさん、先ほどから変な声を出すのをおやめなさい! 言っておきますが、先の話で言えば五名の推薦でいいと言ったのだけれど、その中での条件に‘各教科一人ずつ’とはないの。ちなみに五科目の中で一番推薦を受けられにくいのは実技ね」

 「じゃあ……」

 「『では実技以外を』だなんて言わない。そもそも実技失くして魔法使いは名乗れません。己の身は己で守る。淑女としては当然のことだから、ちゃんと肝に銘じておくのよ」

 「は、はあい」

 「はいはぁい質問ですわ! 実技が一番推奨を受けられにくいのはなぜですか?」

 「そうね、その理由としては単に戦士としての素養だけでなく、実技だけは大会……所謂テストがあるの。明確な判断基準というやつね」

 「大会、ですか?」

 「ええ。魔法八基まほうはっきの大会よ」

 「まほうはっき?」

 「魔法八基とは、『足を揃え』『体を斜めに』し、石突きと腕を『真っ直ぐ伸ばし』『起こす』。そして『光を一点に集め』『時が来るのを待つ』。『光を撃ち放ち』『余韻を残す』という八つの所作のことよ。ちなみに少し前の学説ではこれが魔法上達への基本にして王道と言われていたのよ。今はまた別の方法が主流だけれど、私はこれに勝る方法無しと考えているわ」

 「光なんて、照らし番しかやったことないなあ」

 「私は恥ずかしながら一切……」

 「だと思ったわ。だから基本からきちんとしなければならないの。私が教えられればいいのだけれど『蛇の道は蛇』にということね。中等部は魔導師と関わってはいけない、なんていうことはないわ……それに、あわよくば気に入られて推薦を貰いやすくなるかもしれないし」

 そういうミシェルは一切の迷い無く、森の方面へとずんずん進んでいく。

 「本当に、森に向かうんじゃ」

 「わ、私、こんなに森に近づいたの初めてかも」

 「あなた達ね……もう少し私を信じてみても神は罰をお与えにはならないのよ」

 すると、近くに掘っ立て小屋が建っていた。今にも倒壊しそうなほど風化と老朽化が進んでおり、形容する掘っ立て小屋に申し訳ないほどであった。

 「こんなランプ街の外れに?」

 「今から行くところは魔法に関してのエキスパート。史上十一人目の‘ 騎士デイム ’の称号を女王から授けられた人物よ」

 「え、あの称号を!?」

 「ええ。恐らく今のアウトグランでは一二を争う強さ。そして相当の変わり者よ」

 「相当なって、どのくらい?」

 「その称号を断るくらいよ」

 話しの段落が付いたところで掘っ立て小屋の扉の前で丁度止まる。

 ノックするとそのまま蝶番ちょうつがいが外れ、扉が開いた。

 

 「あ?」


 椅子に胡坐あぐらで座り、手掴みで‘何か’をがっつきながら食べている、口をあんぐりと開けた女性がこちらを見ていた。

 ぐちゃりと音を立てて、掴んでいた何かの中身が落ちた。麦色の煌めく髪のカールのかかったロングヘアに触角が引っかかっている。

 「ちなみに、その人は『悪魔』とも呼ばれているわ」

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