第4話 『大聖女』エルセ・リース 1


(なに、これ……一体誰の──ううん、わたしは──私は知ってる──これは、前世のの記憶だ)


「そうだわ、私はエルセ……大聖女で……」


 少しずつ痛みは引いていき、霧が晴れるように意識がはっきりとしていく。


(ああ、すべて思い出した)


 ──前世の私はリーヴィス帝国の聖女である、エルセ・リースだった。


 生前の私は国を守り多くの人を救い、歴代最高の力を持つ大聖女と呼ばれていたのだ。


(けれど、うっかり死んじゃったのよね)


 今はシーウェル歴三百四十二年だから、私が死んだのは今から十七年前になる。


 きっと死んですぐ、ティアナ・エヴァレットとして生まれ変わったのだろう。


(それにしても、よくもまあ元大聖女の私をあんな扱いしてくれたわね)


 そんな私が生まれ変わったのが「無能な空っぽ聖女」だなんて、皮肉にも程がある。ファロン王国での扱いを思い出すと、ふつふつと怒りが込み上げてきた。


「……しかもいきなり絶体絶命だなんて、ついてないにも程があるんですけど」


 その上、せっかく前世を思い出した直後に殺されるなんて、まったく笑えない。


(それにしても困っちゃった。記憶が戻ったところで魔力がなければ、どうにもならないもの)


 男は突然頭を押さえて苦しんだり、ぶつぶつと独り言ちたりしている私を見て「気が触れたか?」なんて言って笑っている。


 この下品な男を半殺しにするまでは絶対に死んでたまるかと思っていると、不意に妙な感覚が全身を巡っていることに気が付いた。


 至る部分から無理やり魔力を吸いあげられているような、そんな感覚がするのだ。


(この気持ち悪い感覚は何? すごく嫌な感じがする)


「お、これが聖女っすか。いい女ですね!」

「だろ? 殺すのがもったいなくてな」


 男が仲間に話しかけられ、呑気に会話をしている隙に再び目を閉じる。


 そして全身の魔力の流れを集中して辿ると、一部だけ「嫌な感覚」が弱まっている綻びを感じた。


(よく分からないけれど、ここを浄化するべきだと私の勘が言ってる)


 私は昔から、ずば抜けて勘が良かった。迷った時はいつも自身の勘通りに進めば、自然と出口に辿り着いてしまうくらいには。


 そして私は残っていたほんのわずかな魔力を研ぎ澄まし「嫌な感覚」がする部分を浄化した。


 その瞬間、空っぽになったはずの身体中の魔力量が、一気に増えていくのを感じる。


「……ん? あら? なんで?」


 流石の私も予想していなかった展開に驚いてしまい、口からは間の抜けた声が漏れた。


(理由はさっぱり分からないけれど、ものすごくラッキーだわ。今までの魔力量が100%のうちの1%だとすると、15%くらいにはなったかしら)


 ひとまずこれだけの魔力があれば、この場を乗り切るには十分だろう。


 私は首元の剣を押しのけると身体を起こし、立ち上がって砂埃を払う。


「は? おい、急に──」

「少し黙ってて」


 片手をかざして男達を動けなくすると、頭から血を流すマリエルのもとへ駆け寄った。


 身体を地面に打ちつけた際、額を近くの石で切っただけのようで命に別状はなさそうで、ほっとする。


「大丈夫?」

「は、はい……ティアナ様は……」

「ごめんね、私は大丈夫。庇ってくれてありがとう」


 血が流れ出るマリエルの額にそっと手をかざすと、治癒魔法を使い傷を治していく。


(う、うわあ……おっそいこと……昔なら一秒もあれば治せたのに、なんて不便なのかしら)


 少し時間はかかったものの、なんとか傷は塞がった。やはりこの程度の魔力量では不便で仕方ない。


 そう思っていると、マリエルが信じられないとでも言いたげな表情で私を見つめていることに気が付いた。


(何かしら、この反応。この子は私が魔法もまともに使えないってこと、知らないはずなのに)


 不思議に思いつつ手を掴んで立ち上がらせていると、背中越しに男の怒鳴り声が響いた。


 魔力を節約したせいであっという間に魔法が解け、もう起き上がることができたらしい。


「お前、今何をした! 魔道具を持っていたのか?」

「魔法を使っただけだけど」

「嘘を吐くな! お前が一切魔法を使えない、名ばかりの聖女だってのは知ってるんだ!」


(ちょっと! なに勝手にバラしてんの!)


 けれど、それを知っていると言うことはつまり、彼らはファロン神殿内の人間に依頼を受けたのだろう。


(……ああ、なるほどね。少しずつ読めてきた)


 帝国へ向かう途中に殺せば、私が何の能力も持たない聖女だとバレることもない。


 貴重な聖女を守りきれずに死なせたと言って、帝国側の責任を問うことまでできるだろう。


(シルヴィアも、まさかここまでするなんて……)


 はあんな人間じゃなかったのに、と思いながら私は片手をかざす。


 用意周到なシルヴィアの仕業なら口封じまでしていそうだし、痛めつけて無理やり話を聞くのも無理そうだ。


「じゃ、もうあなた達は消えていいわ」


 私はにっこりと笑みを浮かべると、火魔法と風魔法を組み合わせ、男達を思い切り吹き飛ばした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る