第5話 『大聖女』エルセ・リース 2
「……あら、口ほどにもないじゃない」
十分後、すべての敵を倒した私は両手を軽く叩き、そう呟いた。今の魔力量でも工夫さえすれば、この程度の人間相手ならば何とかなる。
一方、呆然とした様子でこちらを見つめるマリエルや帝国の騎士達はみな、相当驚いているようだった。
「大丈夫? 怪我人はこちらへ来て」
彼らは顔を見合わせた後、おずおずとこちらへやってくる。
「さ、さすが聖女様だ……!」
「聖女様は魔物だけでなく、人間相手にも戦えるのか」
そんな戸惑う声を聞きながら、怪我を治療していく。
──聖女が扱う聖属性魔法というのは、他の火・水・風・土属性魔法とは全く感覚が違う。
そのため、聖属性魔法に慣れた聖女は、他属性魔法が使えないことがほとんどだ。
もちろん私くらいになると全属性扱えるけれど、驚かれるのも当然なのかもしれない。
「お守りできず、申し訳ありませんでした」
「ううん、そもそも私を狙ってきたみたいだもの。迷惑をかけてごめんなさい」
騎士達を治していると、みんな揃って申し訳なさそうな顔をする。彼らも仕事とは言え、私のせいで巻き込んでしまったのだし、あまり気にしないでほしい。
「よし、これで全員かしら」
無事に全員を治した私は一息吐くと、さてこれからどうしようかと頭を悩ませた。
すっかり魔力は再び空っぽになってしまい、回復するまで数日はかかりそうだ。
(本当はこのままファロン神殿に戻ってシルヴィアをぶっ飛ばしたいけど、今のままじゃ逆に瞬殺されて終わりそうね。きっと怪我一つ負わせられない)
私が大聖女エルセとして生きていた頃、シルヴィアは部下であり友人で、並の力を持つ聖女だった。けれど何故か今は、大聖女と呼ばれるほどの力を持っている。
(どうやってあれほどの力を手に入れたのかしら。今のシルヴィアは最低最悪の悪女だけれど、昔のシルヴィアは穏やかで優しくて、あんな人間ではなかったのに)
十七年の時というのは、あんなにも人を変えてしまうのだろうか。
「……うーん、このまま行くのが良さそう」
ファロン王国に戻っても、帰る場所などない。ついでにお金もない。完全に詰んでいる。
マリエルや騎士達もいることだし、ひとまず一度、このまま帝国へ向かった方がいいかもしれない。
何よりリーヴィス帝国は前世の私にとっては、大切な母国なのだ。何ひとつ良い思い出のない、居場所のないファロン王国よりは、ずっといい。
(今なら少しだけど魔法は使えるし、無能だとすぐに酷い目に遭わされることもないはず)
「馬も無事なようだし、進みましょうか」
「は、はい!」
そうして私はマリエルと共に馬車に乗り込むと、帝国へ向けて再出発した。
頬杖をついて窓の外の景色を眺めながら、私は今もなお感じる魔力を吸い上げられるような「嫌な感覚」について考え続けていた。
(そもそも、なぜ急に魔力が戻ったの? 記憶が戻ったのも不思議だけど)
あの時は勘と勢いに任せて何とかなったものの、原因は分からない。魔法についてかなり詳しい自信があったけれど、思い当たるような例もなかった。
うーんと首を傾げていると、マリエルがじっとこちらを見ていることに気が付く。
「ティアナ様、先程は本当にありがとうございました」
「ううん。気にしないで」
彼女は既に何度も、お礼と謝罪を伝えてくれている。
「それと、なんだか雰囲気が変わられたようで……」
「あ」
確かに弱気でうじうじしていたティアナと、記憶を取り戻したせいでエルセが混ざり──混ざるというよりはエルセとしての性格が強くなってしまい、完全に別人のようになっている気がする。
この変化は誰だって不思議に思い、戸惑うだろう。
かと言って「実は大聖女だった頃の記憶を取り戻したんです!」なんて言って、信じてもらえるはずもない。
前世の記憶が蘇るという話も、聞いたことがなかった。
「ええと、その……ずっと緊張していたんだけど、怖い目に遭って吹っ切れたというか……」
我ながら苦しすぎる言い訳ではあるものの、マリエルはそれ以上、尋ねてくることはなかった。
やがて彼女は両手を組み、瞳をきらきらと輝かせる。
「それにしても、すごい魔法でした! 流石ですね」
「そ、そう……?」
全盛期の私からすれば恥ずかしくなるくらいお粗末なものだったけれど、マリエルはきっと聖女を見るのが初めてだから、感激したのかもしれない。
それからしばらく私の素晴らしさについて語った後、マリエルは少し気まずそうに再び口を開いた。
「……実は、ティアナ様は魔法を使えないとお聞きしていたんです。ですから、驚いてしまって」
「えっ?」
どうやら騎士達や他の人間は知らないようで、侍女のマリエルにだけに秘密として伝えられていたらしい。
(リーヴィス帝国側は、私が魔法を使えないことを知っていた……? それなら何故こんな高待遇で、それも皇妃なんて立場で私を迎え入れようとしているの?)
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