第2話 無能な『空っぽ聖女』 2
あれから三日が経った。逃げ出す可能性があると思われているのか、部屋の外には常に見張りがついている。
(いよいよこの日が来てしまったわ……いくらお願いしても殴られるだけで、誰も話を聞いてはくれなかった)
不安と悲しみで押し潰されそうになりながら、必死に涙を堪える。
そうして掃除を終えた自室でひとり待機していると、やがてノック音が響いた。
「ティアナ様、ご準備が整いました」
「……はい」
十五年過ごした小さな部屋に、心の中でお礼を言う。
そして持ち物全てが入った小さな鞄と古びたロッドを持つと、部屋を出て門へと向かった。
元々わたしは子爵家の生まれで、両親も健在だ。
ただ、わたしが無能であることを知ってからは「恥さらし」と呼ばれ、家に帰ることも許されなかった。
神殿の外に出ても誰ひとり見送りには来ておらず、帝国の使者らしい男性も戸惑った様子を見せている。
わたしの荷物があまりにも少ないことに対しても、ひどく驚いていた。
(きっと、本当にわたしが聖女なのかと不安に思っているのでしょうね)
普通なら何よりも貴重な聖女が、こんな扱いを受けているはずがないのだから。
「出発してよろしいでしょうか?」
「は、はい。お願いします」
初めての豪華な馬車の座り心地の良さに驚きながら、わたしは目の前に座る女性へ視線を向けた。
先ほど軽く挨拶をしたけれど、彼女はマリエルさんと言ってわたしの侍女らしい。
とても丁寧で優しい雰囲気のマリエルさんは、その美しい所作から貴族の生まれであることが窺える。
(わ、わたしなんかに貴族の侍女だなんて……こんな高待遇を受けて何もできないとバレたら……)
外には護衛の騎士も十人以上おり、わたしなんかを守るためだと聞いて眩暈がした。
今後のことを考えるだけで、恐ろしくて胃がキリキリと痛む。お腹を押さえて俯くわたしに、マリエルさんは心配げな声色で声を掛けてくれる。
「ティアナ様、大丈夫ですか?」
「あっ、はい……考えごとをしておりまして……申し訳ありません……」
「どうか謝らないでください。それに私に対して、敬語など使う必要はありませんよ」
顔を上げていつもの癖でつい謝ると、マリエルさんは困ったように微笑んだ。やはりわたしなんかにはもったいないくらい、優しくて素敵な人なのだろう。
「おひとりで国を離れるのは想像し難いほど心細く、不安でしょう。ティアナ様が少しでも過ごしやすくなるよう精一杯努めさせていただきますので、お気軽に何でもお申し付けくださいね」
「……ありがとう、ございます」
わたしはこんな風に大切に扱われるに値する人間ではないというのに、申し訳なさで胸が痛む。
それからマリエルさんは帝国のことや今後について、丁寧に説明してくれた。
「馬車で二日かけてクリコフ王国へ向かい、そこからゲートでトローシン王国へ移動後、リーヴィス帝国へ再び馬車で向かうため、計四日ほどかかるかと思います」
ゲートと呼ばれる転移魔法陣を使うことで、かなり移動時間が短くなるという。本で読んだことはあったけれど、実際に見るのも使用するのも初めてだ。
窓の外へと視線を移せば、すでに初めて見る景色へと変わっていた。
「わあ……!」
一面に広がる美しい花畑や建物に目が奪われる。
何もできないわたしは聖女として各地を回って仕事することがなかったため、神殿の外に出ることもほとんどなかったのだ。
全てが新鮮で輝いて見え、胸が弾んでしまう。
(……リーヴィス帝国に着くまで、最後に少しくらい楽しんでも許されるかしら)
帝国に着いた後はもう、こんな風にゆっくり過ごすことも、外の景色を眺めることもできなくなるだろう。
すぐにファロン王国に戻される可能性もある。そうなれば、今まで以上に酷い目に遭うのが目に見えていた。
「ティアナ様は、自然がお好きなんですね」
「……はい、とても」
あと数日だけと自身に言い聞かせ、わたしは流れていく景色を必死に目に焼き付けた。
◇◇◇
国を出て、二日が経った。基本的に一日中、馬車で移動しているけれど、マリエルさんや騎士の方々はわたしの身体を気遣い、こまめに休憩をとってくれている。
途中で宿泊する宿も信じられないほど素敵な場所で、食事だって頬が落ちそうなくらい、とても美味しい。
神殿でのわたしは、残飯のようなものしか食べさせてもらえていなかった。
「ティアナ様、こちらの果実をどうぞ。この辺りの特産品だそうですよ」
「あ、ありがとうございます。わあ、美味しい……! すごく、すごく美味しいです」
「良かったです。まだまだありますからね」
休憩のたびに馬車から降り、マリエルさんと共に色々なものを見たり食べたりしては、とても楽しい時間を過ごしていた。
(本当は、わたしなんかがこんな良い思いをしていいはずがないのに、楽しくて仕方ない)
良くしてくれているマリエルさんも、わたしがほとんど魔力を持たないと知れば軽蔑するに違いない。優しい皆さんを騙していることに、心苦しさを感じてしまう。
再び馬車に乗り込み、森の中を走っていく。もうまもなくゲートのあるクリコフ王国に到着するという頃、マリエルさんはじっとわたしを見つめると、片手を頬にあて「はあ」と溜め息を吐いた。
「ティアナ様は、本当にお美しいですよね。こんなに綺麗な方は初めて見ました」
「えっ? わ、わたしなんて、そんな……」
お世辞にしたって言い過ぎだと思い否定しても、マリエルさんは「いいえ」と言って譲らない。
「ふふ、ティアナ様が皇妃になれば帝国の民達は皆、喜ぶと思います」
「……こうひ?」
「はい。ティアナ様は皇帝であるフェリクス様の花嫁として、我が国に来てくださるのでしょう?」
信じられない言葉に、頭が真っ白になった。
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