第1話 無能な『空っぽ聖女』 1
「ティアナ、お前は本当にどうしようもない無能ね」
「……も、申し訳、ございません」
冷たい床に両手をつき、低く頭を垂れる。
目の前に立つ大聖女シルヴィア様は、そんなわたしを見て呆れたように鼻を鳴らした。
「ふふっ、ティアナは魔力がほとんど無いんですもの。許してあげてくださいな」
「それなのに未だに私達と同じ聖女の立場なのが、本当に不思議で仕方ないですわ」
シルヴィア様の側で、わたしと同じ聖女の二人がくすくすと笑っているのが聞こえてくる。
「空っぽ聖女のくせにねえ」
そんな言葉が棘のように心に深く突き刺さり、じくじくと痛んだ。
──わたし、ティアナ・エヴァレットはこのファロン王国の聖女の一人だ。
聖女のみが使える聖魔法属性と膨大な魔力量を持って生まれたことで、二歳の頃に神殿へと引き取られた。
そんなわたしは次代の大聖女候補とも言われていたらしいけれど、年々魔力量は減少していき、十七歳になった今では、ほとんど枯れ果ててしまっている。
聖女という立場でありながら誰かの病や怪我を治すことも、魔物を祓うことも、結界を張ることも、土地を浄化することもできない。
『この役立たず、さっさと失せなさい』
『申し訳、ありません……』
周りから罵られ叩かれながら、掃除や洗濯などの雑用仕事をするだけの日々。聖女の力が失われることがあると広まれば民を不安にさせてしまうため、私は神殿内で隠されるようにして過ごしている。
そんなわたしはいつしか、ファロン神殿内で「無能な空っぽ聖女」と呼ばれるようになっていた。
(どうして、わたしの魔力はなくなってしまったの?)
魔力というのは成長と共に増えることはあっても、減ることなどない。わたしの身に何が起きているのか分からず、「聖女なのに呪われている」「罰当たり」なんて言われることさえあった。
「……っ!」
高いヒールで手の甲を踏まれ、鋭い痛みが走る。ここで抵抗したり逃げたりしては更にシルヴィア様の気分を悪くさせてしまうため、唇をきつく噛んで堪えた。
(無力で弱気で、ただ謝ることしかできないわたしは、こうして耐えることしかできないもの)
「何もできないお前を、聖女として神殿に置いてあげている私に感謝しなさいよ」
「あ、あり、がとう、ございます……」
なんとか感謝の言葉を紡げば、シルヴィア様は「顔を上げなさい」と私に告げた。
ゆっくりと顔を上げれば、真っ赤な唇で弧を描いたシルヴィア様と、視線が絡む。
物心つく前からシルヴィア様のもとで過ごしていたけれど、これまで笑顔を向けられた記憶など一度もない。
とてつもなく、嫌な予感がした。
「けれど、それも今日で終わりよ。無能なお前に素敵な仕事をあげる」
どういう意味だろうと呆然とするわたしに、シルヴィア様は続ける。
「お前にはリーヴィス帝国へ行ってもらうわ。もちろん我が国の聖女としてね」
「えっ……」
息を呑むわたしの向かいで、聖女の二人がぷっと吹き出すのが分かった。
──リーヴィス帝国はここから少し離れた場所にある国で、過去は多くの聖女、そして大聖女を輩出し、どこよりも栄えていたという。
けれど前大聖女が亡くなった後は聖女が生まれず、魔物が増え、疫病が流行り、作物は育たず、今では「呪われた土地」と呼ばれているはず。
そのため帝国を軽視するような風潮が広がっているというのも、耳にしたことがある。
(そ、そんな国に、何の力もないわたしが聖女として行くなんて……どういうこと……?)
「シルヴィア様、あんな国にティアナが行ったって、どうにもならないじゃないですか」
「そうよ。けれど、陛下がどうしても『聖女をひとり帝国へ』って言うんですもの。あなた達を行かせるわけにはいかないでしょう?」
聖女というのは、どこの国でも貴重な存在だった。
我が国には大聖女であるシルヴィア様と、わたし達三人の聖女がいるけれど、他国には一人いれば良い方だと聞いている。
わたしという落ちこぼれを、ひとりとして数えるのも烏滸がましいけれど。
「それにティアナは聖魔法属性を持つ聖女だもの。嘘はついていないわ」
「確かにそうですね。魔力はほーんの少しですけど」
「で、でも、それでは帝国側が困るのでは……」
恐る恐るそう意見すると、シルヴィア様は「でしょうね」と何の問題もないように言い捨てる。
「帝国側が困ったところで、私達は困らないもの。あんな国、放っておいても滅びるでしょうし」
「そんな……!」
「今まで何もできなかったお前が、初めて我が国のために役に立つのよ。喜びなさい」
絶望でぐらぐらと視界が揺れ、目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
聖女に助けてほしいと苦しみ救いを求めている国に、何もできないわたしが行った場合、どんな扱いを受けるかは目に見えている。
(国全体の怒りを買い、下手をすると今よりも酷い目に遭ってしまうかもしれない……)
想像しただけで震え上がったわたしは、シルヴィア様に考え直すよう懇願した。
「お、お願いします、どうか……それ以外のことでしたら、何でもいたしますから……っう!」
けれどすぐにシルヴィア様の持つロッドで思い切り殴られ、わたしは床に転がった。
「なーにが『何でもいたしますから』よ。何もできないくせに、生意気な口を利きやがって」
「……げほっ……ごほ、っう……」
そのまま近づいてきたシルヴィア様に髪を掴まれ、顔を引き寄せられる。
「三日後よ。三日後に帝国から迎えが来るから、準備しておきなさい。逃げた場合、どうなるか分かっているんでしょう? 行くわよ、二人とも」
「はあい。私達はシルヴィア様のために、これからもこの場所で頑張ります!」
「でも、ティアナがいなくなったら、ロッドを手入れする人間がいなくなるから困るわね」
「確かにそうね。なけなしの聖魔法で磨いていたし」
楽しそうに話しながら出ていく三人を床に転がりながら見つめるわたしの瞳からは、涙が零れ落ちていく。
「どうしたら、いいの……」
そんなわたしの呟きは誰の耳にも届くことなく、静かに空気に溶けていった。
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