空っぽ聖女でしたが覚醒したので、絶望的だった契約婚も満喫してやります!(でも陛下がお慕いしている大聖女、実は前世の私なので気まずいです)

琴子

プロローグ



「──フェリクス様、聖女様が到着されたようです」

「そうか」


 書類仕事をしていた手を止めると、側近であるバイロンが何か言いたげな顔をしていることに気が付いた。


 言いたいことがあるなら言うよう告げれば、バイロンは躊躇ためらう様子を見せた後、口を開く。


「無能だという、あの『空っぽ聖女』を本当に皇妃として迎えるおつもりなのですか」

「ああ。俺は本気だよ」


 そう返事をするとバイロンは両手をきつく握りしめ、これ以上は我慢ならないという表情を浮かべた。


 いつも冷静沈着な彼らしくない姿からは、怒りや苛立ちが伝わってくる。


「魔法すらまともに使えない聖女を送り返すどころか、皇妃にするなど……ファロン王国ごときにこれ以上愚弄されては、面目が立ちません!」

「そうだろうね。だが、お飾りの聖女ですら必要なほど我が国は切迫しているんだ」


 かつて栄華を極めた我がリーヴィス帝国は、今や「呪われた土地」と呼ばれている。新たな聖女は生まれず魔物は増え、疫病が流行り、作物は育たない。


 そんな中、ようやく他国から迎えることとなった聖女は魔力がほとんどなく、魔法もまともに使えず「無能な空っぽ聖女」と呼ばれているのだという。間違いなく我が国を蔑視してのことだ。


 ──だが、聖女というのは国に存在するだけで、民にとっては心の支えになる。


 それに世の人々は、我が国に来る聖女に何の力もないことを知らないのだから。


「だからと言って、皇妃にする必要は……」

「貴重な聖女を貰い受けるんだ、それなりの立場は必要だろう。それに俺もそろそろ身を固めて、大臣達や民を安心させなければならないからね。国が安定するまでの契約結婚のようなものだ」


 とことん利用するつもりなのだ、自国の上位貴族の令嬢よりも他国の人間の方が都合がいい。


 そう説明しても、バイロンは「それでも相応しい相手なら、他にいくらでもいるでしょう」と言って納得する様子はなかった。


 一番の腹心であるバイロンは、それほど俺を心配しているのだろう。


「あのファロン王国が送ってくる女ですよ。魔法が使えない上に、一癖も二癖もある女に違いありません。絶対に絆されることなどなきよう」

「そんな心配は必要ないよ」


 心配性な側近にはっきりそう言ってのけると、机の側に飾られている傷だらけのロッドにそっと触れた。これは大聖女だった彼女が生前、使っていたものだ。


(あれからもう、十七年も経つのか)


 どれだけ時が経とうと彼女への気持ちは色褪せるどころか、大きくなっていくばかりだった。


 そしてこの先も、一生変わることはない。


「──俺はこの命が尽きるまで、エルセ・リースだけを愛するつもりだから」

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