第7話
居酒屋を出た俺達は近くのホテルで一泊することにした。眠った二人を連れて東京に帰ろうなどと思うほど無謀ではない。呼んだタクシーを見て燿は目を丸くしている。
「……タクシーが防弾じゃない」
「それは東京だけだ。その分運賃は安いぞ」
東京でタクシーというのはよく使われる移動手段だ。自動運転だからぼったくられる心配もないし運転手に襲われる心配もない。防弾仕様で自衛機能もあるから安全に移動できる。ただし、値段は安くない。
二人を後部座席に転がして燿は運転席に乗る。自動運転黎明期には運転席のないバスやタクシーが流行ったが、地震などの災害時に移動させづらいのが問題になったため今の日本では車両に運転席の取り付けは義務となっている。運転席があるからといって運転席に乗る必要はないのだが、東京暮らしの癖である。緊急時に素早く移動できるようにだれか運転席に乗っていないと落ち着かないのだ。
タクシーが静かに動き出す。東京のタクシーと違って軽快な動きだ。東京のタクシーは見た目ほとんど変わらないのに倍以上の重さがあるからな。
笑顔のあふれる平和な街並みを燿がぼんやりと眺めている。川を挟んで向こう側、それだけで全く違う。
「百地はどうだ?」
「……気が合いそうかな」
燿の返答に俺は心底驚いた。気が合いそう、だ。あの人間不信の燿が。
「別に驚くようなことじゃないでしょ。僕の性格を考えれば」
「人間不信が何を言っているんだ?」
「二千花とそれなりに上手くやれてる時点で今更だと思うけど?」
「砦の受付は未だ警戒しつづけてる奴がなに言っている」
燿は受付の婦警に対してずっと軽薄な態度を取り続けている。そうすることで一定の距離を保つようにしている。燿は庇護欲をそそりやすい見た目しているからそうしないとすぐに懐に入ってこようとする輩がいるのだ。そしてそういう輩は燿の態度を強がりだと自分にとって都合の良いように解釈する。俺が聞いててもイラッとくるから目的は達しているだろう。
二千花に対してそういう態度をとらなかったのは共にダンジョンに行く相手だからというのもあるし、背中を預けることになる相手に悪印象を与えるのは良くないからだ。少なくとも軽薄な奴とダンジョンに潜るのは不安であろう。
「まぁ、性格のみを考えれば気が合いそうではあるがな」
燿は結構ひょうきんな性格をしている。少なくとも幼い頃はとてつもない阿呆だったし、人間不信が原因であまり表に出てこないが、初めてダンジョンを目の前にしたときのようにテンションが上がると阿呆なことを言ったりする。たまに見ていたテレビもお笑い関係が殆どで漫画もギャグ漫画を中心に端末にストックしている。
つまり、ダンジョンを出てからやたら阿呆なことを言いまくっている百地と思考が似通っているのだ。実際さっきは二人でバカやってたしな。
「今回の依頼で終わりなのが惜しいとは思うね。実力的にも」
「数秒とはいえどもオーガと真正面から殴り合えるのはなぁ。しかも得意なのは弓なのに」
「パーティに入れるなら百地がいいね」
現状、俺達の戦力は二人。いずれ俺が戦闘用の体を手に入れたとしても三人だ。どれだけ優秀な集まりでも奥深くまでは潜れない。浅い層で命からがら化け物退治する程度の探索者にしかなり得ない。探索者らしく深く潜りたい燿やダンジョンを調べたい二千花の目的は果たせない。だからパーティを拡大する必要がある。そして拡大するのであれば信頼ができて気の合う奴が良い。百地はそれに適応する上に実力は十分というおまけ付きだ。できれば欲しい人材だ。
「……あれ? 居酒屋は?」
むくりと起き上がった百地が不思議そうに辺りを見回した。酒に酔って眠って転がされた、つまりは顔が赤くてむくみが酷い状態のはずなのに絵画の如く整っていて恐ろしいほどの色気を感じる。アイドルのビキニ写真やエロ本に一切の興味を示さない燿ですら数秒見惚れていた。ハイエルフの特性ではあるが、他の種の女が見たら嫉妬で殴りかかりそうだ。俺は外見もクソもないので気にならないが。
「グラス一杯も飲まずに寝るのが悪い」
「……お腹空いたんだけど」
百地はぼんやりと呟いた。酒が入っている上に寝起きだからな。シャッキリしている方が怖い。
「ホテル付いたら近くのコンビニで何か買ってくるよ」
「コンビニぐらい自分で行く」
「女に夜道を歩かせるほど常識知らずじゃない」
「なにそれ?」
心底不思議そうに百地が呟いた。東京にしかない常識だったか……今は夜道でも5、6人で固まって歩いていれば変な場所じゃないかぎりよっぽど大丈夫だが、俺達が生まれるよりも前は夜に出歩くのは自殺行為だったのだ。そもそも、治安がヤバすぎて都会にもかかわらず日没前にコンビニが閉まってたから出歩く理由すらなかったらしいが。
「まあ、とにかく僕が買いに行くから」
「それは別にいいけど……」
ここは東京じゃないし百地がその辺の半グレに下手を打つとは思えないが、だからといって今まで培ってきた常識は簡単には拭えない。探索終わりで家に帰るとかならまだしも、ただコンビニ行くために女を夜出歩かせるというのは心理的抵抗感が強いのだ。
「私の事随分と警戒していたみたいだけど、その割には親切だね」
「東京人なら当然の作法だからね」
警戒心が強いのが東京人の特徴である。まあ、燿は強すぎるのだが。燿の強すぎる警戒心を百地は気付いているように見える。
「ところで初めてのダンジョンはどうだった?」
下手に突っ込まれるのが嫌らしく、燿は分かりやすく話題を変えた。依頼人にお前なんか信用できねーよとは言えねえからなぁ。
突然の話題変更を百地が気にする様子はない。酒が抜けてないようでフワフワと頭を揺らしている。
「物騒な所だった」
「そりゃそうだ。だからあんな壁で囲ってるんだし」
「まあでも、ああいう不思議な場所に潜りたいって気持ちは分かるかな。久方ぶりにワクワクしたしね。命懸けで潜ろうと思うのも分かる」
「現代で解明されていない最大の謎だからね。それでも、日常の一部になっちゃったから探索者のなり手は減ってきてるらしいけど」
探索者の減少は今のところ問題はないが将来的には問題になってくる。そうなったらスタンピード対策で政府主導のダンジョン探索が始まるだろうが……ダンジョンの管轄で軍と警察が揉めそうだ。個人兵装とはいえど、警察と軍の装備では差があるからな。
「あと、燿君はもっと経験を積んだ方がいいかな。その若さであんな魔術使えるのは凄いと思うけど」
「……分かってるよ。あの場面でコイルガンは酷い選択だった」
唐突に突っ込まれて燿は舌打ちを返した。オーガとの戦闘の話だ。まあ、倒せた以上間違いではないが、アレは正解とは言い難い。
「私は現代魔術は全く知らないけど、あれ体内魔力も結構消費してるでしょ?」
「そう、だから撃てて四発ってところかな。取りあえず確実に倒せる選択がアレだっただけだよ。ちょうど良い魔術がぱっと思い浮かばなかった」
銃の良い点は魔術の発動に弾頭の水晶と薬莢内の魔薬を利用するから消費する魔力が魔術の書き換え分で済むところだ。オーガを倒した魔術は弾頭と魔薬だけ撃つには魔力が足らなかったからその分を燿の体内にある魔力を引っ張り出して使ったのだ。ちょいと強めだったとは言えオーガであれば6.5ミリ小銃弾のみで発動できる魔法で十二分に倒せた。
燿は優秀だ。身内びいきを無視しても同期の探索者の中では間違いなくトップクラスだ。優秀であるがゆえに突発的な危機に対して取れる選択肢が多く、しかし経験が足りないため最悪は回避できても最良を選ぶことが難しいのだ。
「そんな燿君は私のような経験豊富なお姉さんが導いてあげよう」
百地がにんまりと笑いながら言った。探索者としてはともかく実戦経験は間違いなく百地の方が上だろう。異常個体は何度も狩っているだろうし、異常個体の中にはオーガ異常の存在なんて当たり前のようにいる。だからこそオーガに対して接近戦をするぐらいの余裕があったのだ。
「ありがとう、よろしく」
燿は反発することなく素直に受け入れた。人間不信な燿ではあるが育てられた施設がゆえに変なところで素直なことがある。全く見知らぬ他人ならともかく、百地のような敵に回る可能性の低い相手からの親切は素直に受け入れるし礼も言うのだ。この辺りの燿の独特さは施設の先生方を深く悩ませた。
「妙に警戒心強いくせに素直でかわいいなぁ!」
「やめろ! 抱きつい、首を絞めようとするな!」
運転席の後ろから百地は抱きつこうとし、そして何故かヘッドレストごと燿に裸締めをかけ始めた。反射的に手を差し込んだので締められてはいないが、押し返せてもいない。燿の反応からして身体強化を使用して本気で抵抗しているのに拮抗しているあたり百地の膂力が覗える。
こういうのを見ていると電子生命で良かったなと思う。肉体的に絡まれる心配がないからな。
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