第6話
酒が飲みたいという百地のリクエストを受けて二千花の案内で訪れたのはチェーン店の大衆居酒屋だ。キチンと清掃された入り口から入ると、平日だからかそこそこ良い時間にもかかわらず特に待ち時間もなく席に案内された。活気ある店内は騒がしいとは言えるが雰囲気はかなり穏やかだ。東京の支店だと出入り口はボロボロだし店の外にボコボコに殴られたやからが転がっているのが日常である。中はどうなっているのかは入った事ないから知らん。今後入ることもないだろう。
「イエイ! みんな何を飲む?」
やたらテンション高い百地がメニューを掲げて言った。蛮族らしく酒が好きらしい。
「私はレモンサワーで」
二千花が慣れた様子でメニューをクリックした。メニューはそのまま注文票にもなっている。何処にもであるシステムだが……東京だとメニューがへし折られててまともに扱えなかったりするんだよなぁ。望遠鏡のように曲げても壊れるような代物じゃないのに。おかげで東京は紙伝票が未だ流通している。
「ウーロン茶」
「オイオイオイオイ! ここ居酒屋だぜ燿くぅん?」
「良いことを教えてあげよう。僕はまだ十代だ」
稲継燿、下手すれば女子中学生に見られかねない容姿をした成人男性である。
「……東京者とは思えない生真面目っぷりだね」
「僕のいた施設じゃそれが普通。他は知らない」
燿と俺がいた養護施設は東京において奇跡としかいえないような善良な施設だ。中にいるときは少々分かりづらいが、外に出たらそれが身に染みて実感できる、らしい。俺と燿は探索者というろくでもない道を選んだから未だ実感はないが、他の卒業生達は実感しているようで顔を出したり寄付をしたりでなんとかして施設との繋がりを維持し続けようとする。隙あらば施設で働こうとする者もいる。
そんな卒業生達なので養護施設の環境というのを兎にも角にも大切にする。外で先生方に分からないようにチョットやんちゃする程度ならともかく、酒なり煙草なりを施設に持ち込もうものなら鉄拳制裁では済まなくなる。そしてチョットのやんちゃも度が過ぎる前にどこからか現れて警告される。今居る子達は先生方よりも卒業生を確実に恐れている。
「まぁ、飲みたくない奴に飲ませる酒はないさ。私は青リンゴサワーだ」
「焼酎でも飲むのかと思ったらサワーかよ」
酒飲みのような振る舞いだったのにジュースのような口当たりの酒を頼みやがった。いやジュースすら飲んだことないから口当たりとか全くわからんけども。
「酒は楽しく飲むものだからな!」
心から楽しそうに言うとポンポンと料理を注文していく。最初に出会ったときのような気取った振る舞いがない辺り、これが百地の素の姿なのかもしれない。
百地がメニューを元の位置に置いたところでお通しが運ばれてきた。運んできたのは給仕用のロボット、動きがなめらかな辺りかなり良いAIを使っているようだ。
と思っていたらロボットのカメラが机の上に置かれた俺を二度見した。電子生命が制御しているのか……店長でもやっているのかもしれない。
「オー! コレが噂のお通し!」
「なんで外国人みたいな反応なんですか?」
「ハイエルフの里にない先進的な文明に驚いているんだよ」
「燿くぅん? 君はハイエルフをなんだと思っているのかね? 上下水道は完備されてるし里には居酒屋も普通にあるんだぞ」
「でも生の豚肉を出すんでしょ?」
「安心したまえ、米はちゃんと炊いている」
「「あっはっはっはっは!」」
「えぇ……二人ともなんでそんな笑ってるんですか? こわぁ……」
周囲の賑やかさに中てられたのか、バカがバカをやっているうちに飲み物が運ばれてくる。電子生命が制御しているだけあってかかなり早い。厨房とか遠隔ロボットしかいないんじゃなかろうか。
「さあ、乾杯だ」
「いる? 乾杯」
「ソーレこの出会いにカンパーイ!」
燿の疑問を無視しして百地はグラスを当てていく。そして軽く一口だけ飲んでグラスを机に置く。
「かぁ! 効くねえ!」
「えぇ……」
「いや、サワーって結構来るんですよ?」
「えぇ……」
まるで一気のみしたかのような百地に燿は困惑し、そんな燿に二千花が諭すように言った。まぁ、変に強がって潰れるよりはよっぽどいいんだが……。
そんなことをしている間に簡単なツマミが運ばれてくる。そして百地がモリモリと食べていく。遠慮ねえなこのハイエルフ。
「んじゃ、今日の反省でもするか」
「おいおいおい燿くぅん? こんな時に仕事の話するぅ?」
「他にこの四人でなんの話をするんだよ。共通の趣味があるわけじゃあるまいし」
「燿くんは普段リップはどこの使ってる?」
「ぶっ飛ばすぞ」
唸るように燿が言うと百地が手を叩いて爆笑した。その顔はみるみる赤くなる。
「共通する話題を知るにも色々話す必要があるんだよ。燿くんは趣味はなんだい?」
「趣味ねぇ……特にないかな」
「おっとー? 何か恥ずかしい趣味でも隠してるぅ? ほらほら恥ずかしがらずにお姉さんに言ってごらん?」
「二十歳前に現代魔術師やってる辺りで察してくれ」
百地はナルホドと遠い目をして納得した。
十代の青春と将来の可能性を全て現代魔術の習得に注ぎ込んだからこそ今に至るのだ。趣味と言えるほど続けていたのは体力維持のために運動ぐらい、後は時々漫才の番組を見ていたことがギリギリ趣味といえるだろうか。
真っ赤な顔が今度は二千花を見る。
「二千花ちゃんは何かないの?」
「私は平々凡々ですよ。本読んだり映画見たり」
「そういえば併合前によく使われてた弾薬のサイズとか知ってたね」
「併合前の映画はSFにしてもファンタジーにしても今とは全く違って面白いですよ。ネスユアロ側の映像作品が殆どないのは残念ですけど」
ネスユアロは魔法技術が発達したせいで産業革命が発生しなかった影響で娯楽作品が地球に比べてかなり少ない。中世近代ならネスユアロの方が圧倒的に発達していると言えるのだが、文明において産業革命の影響はかなり大きいのがわかる事例だ。
「百地さんはどんな趣味があるんですか?」
「木彫りかな」
「木彫り……というと彫刻でいいの?」
「ん~、まあそんな感じかな。レリーフやら箱とかも作るけどね。ほら、このストラップとか私の手作り」
「わぁ! 凄い可愛い!」
「こういうのを無心に彫っていくのが心が磨かれていくようで良いんだよね……」
百地の端末の兎のストラップに二千花が目を輝かせて飛びついた。シンプルなデフォルメでかなり可愛いのだが、それにしてもびっくりするぐらい似合わねえ趣味だな……いやまぁ、森の種族たるハイエルフらしい趣味ではあるんだが。百地はもっと体を動かすようなことを趣味にしそうなイメージだった。まぁ、東京まで犯罪者追ってくるような奴だ。普段から狩りとか出ているのだろう、だから趣味は逆に静かなものになったのかもしれない。
「さっしーちゃんは何かないのかな?」
「……その呼び方は止めろ。この状態じゃ趣味も何もねえよ」
現状、喋る置物に近いのが俺だ。本体を無理矢理改造してちょっとした送受信ぐらいはできるようにしてはいるが、何かしらの趣味ができるような状態じゃない。燿がいるからこそ俺は余裕があるわけで、電子生命体として今の状態というのはかなり危険だったりする。だからさっきから配膳ロボがチラチラと信号を送ってくるのだが……。
「5563だ。心配しなくて良い」
「急にどうしたの?」
「この店、電子生命が運営しているようでな、さっきからこっちに信号跳ばしてくるんだよ。だから登録番号を教えた」
電子生命は国からしたら保護して管理しておきたい対象だ。だから番号で紐付けされるわけだが、首輪を代償に得られる特典が大きいから真っ当な電子生命は登録をしている。たまに真っ当じゃない連中に拾われる運のない奴も現れるから俺みたいな状態の奴はこうやって心配されるわけだが。
「そういえば生まれたままの姿なんですよね……電子生命からしたら赤ん坊が転がっているような感じなんですかね」
「赤ん坊が飲み屋で転がされていたらそりゃ心配するだろうね」
「ほーらさっしーちゃーん、べろべろばー!」
「いずれ復讐するからなクソ蛮族」
キャッキャッキャッキャッと手を叩いてクソ蛮族がはしゃいでいた。まだグラス半分しか飲んでいないのに顔が真っ赤だ。どんだけ酒に弱いんだよコイツは。
「落ち着けよ。もうすぐ体が手に入るんだから」
「手に入れたらコイツの端末をクラックしてやる」
「そんときはもう地元に帰ってるだろうよ。百地、番号……って寝てる!? 嘘だろ!?」
いつの間にか百地が机に突っ伏して寝息を立てていた。寸前まではしゃいでたのに……幼児かよコイツは。
「ふざけるなよせめて注文したものぐらい食ってから寝ろよ! 半分も来てねえぞ!? 二千……寝てる……」
二千花は座ったまま器用に寝息を立てていた。ちゃんとグラスは飲み干しているのでクソ蛮族よりは大分マシである。
飲みに来た奴の半数、飲み食いのできない俺を覗けば三分の二が本格的に食べる前に寝るという異常事態に燿は頭を抱えた。
「あの、まだ来てない分はキャンセルできますけどどうしますか?」
「……お願いします」
躊躇いがちに問いかけてきた配膳ロボに燿は申し訳なさそうに頭を下げた。定食屋で働いていたのでキャンセルがどれだけ面倒なのか身に染みて理解しているのだ。店内は満席に近いから作りかけの物は捌けそうなのが救いである。
燿はウーロン茶を口をへの字に曲げて飲み、残されたツマミを口に放り込みながらメニューを開く。何を注文したのか把握していないから腹を満たすにはもう一度頼む必要があるのだ。
「……俺は今後絶対にこいつらと酒を飲みに行かない」
机に突っ伏すクソ蛮族を睨みながら燿はそう宣言した。
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