第5話
強めのオーガを倒した俺達は近場の階段からダンジョンを脱出し、ちょうどいい時間だったので横浜に食事へと向かった。横浜は多摩川を挟んで都外なので治安はかなり良く、行儀良くしていれば問題なく飲食も可能なのだ。行儀が悪いと通報されて東京に送り返されるらしい。都市伝説っぽい噂だが、政府は治安の悪化を東京都内で留めようとしているので十分にありうる話ではある。
東京から出るのが初めてな燿は横浜の光景に目を白黒させている。なんせ多摩川はさんで向こう側というだけで街中を歩く人々が実に無防備で穏やかなのだ。一応、テレビ番組などで都外と都内じゃまるで違うというのは知っていたけれども、実際に目にするとやはり驚く。なんせ俺も驚いているぐらいだからな。
「……本当は銃とか置いてきて欲しかったんですけど」
「食い終わったら東京に帰るんだけど」
渋い顔をする二千花に燿も渋い顔を帰した。この平和な町に銃は似合わんのは事実だ。燿も空気が読めないわけじゃないからレッグホルスターではなくジャケット内側のショルダーホルスターに挿している。
「でも僕よりも堂々と武器持ってる奴いるんだけど」
燿は百地を指さした。百地の背中には弓がある。弦も張りっぱなしだったりするし何なら矢筒も持っている。
指された百地は胸を張りドヤァと微笑んだ。
「アレは民族装束です」
二千花は真顔で答えた。彼女の言うとおりハイエルフの弓セットは民族装束として認識されている。周囲を歩く人々も物珍しそうに見るものの銃を見るような驚きと怯えはない。拳銃よりはこの町に馴染んでいるのは間違いない。
ただまぁ、条件次第では現代の装甲車すら貫ける弓が民族装束とか蛮族が極まっているな本当に。
「一緒に歩いてたらアレの方が目立つから銃を持ってたって別にいいじゃん」
燿の言うとおり百地はとんでもなく目立っている。なんせ基本容姿端麗なハイエルフが民族装束でいるのだから当然だ。ダークエルフという珍しい存在の二千花ですら埋もれるのだから人間たる燿はモブそのものだ。
とはいえ、声をかけようなんて者はいない。皆遠巻きに見ているだけだ。ハイエルフの生態についてはそこそこ知られているから軽々に声をかけようという奴はいないのだ。何事にも例外は存在するのだが。
「お姉さん達、なにしているの?」
少々派手な服装をした、ハッキリ言えばバカっぽい顔をした若者四人が声をかけてきた間違いなくナンパである。そしてお姉さん達、ということは燿も含めてだろう。
「何だテメェ……」
燿がそういって睨みつけると男達は固まった。まあ、一番年下に見える……実際年下だが、の見た目少女の喉から妙に渋い低い声が響いてきたら誰でも驚くだろう。少なくとも、睨みつける燿の迫力に驚いて固まったというのは確実にあり得ないのは確かだ。
「ちょっと燿」
「分かってるよ」
ここは東京じゃなくて横浜、つまり神奈川県だ。手を出しそうな雰囲気の燿を二千花が肩に手を置いて止めるが燿はそれを振り払った。
「二人とも俺のだ。分かったら失せろ」
「はぁ? 女みたいなチビが」
バカの反論を聞かずに燿はバカから缶コーヒーを奪い取った。そして飲みかけの缶を片手で握りつぶした。そのまま片手で小さく潰していき、最終的に金属の球になったそれをバカに見せつける。
「失せろ」
青い顔をしたバカ達が慌てて逃げていった。見ていた周囲の人達も慌てて顔を背けた。結局暴力で追い払ってはいるんだが……まあ、直接殴ったわけじゃないからセーフだろう。
燿は周りを見つつ不機嫌丸出しに舌打ちをする。
「ったく……なんでどいつもこいつも僕を女だと間違えるんだか」
「いやまぁ……服装でしょうねぇ」
「なに言ってんの? どう見ても男物でしょ?」
「あなたが着ると良くてボーイッシュにしか見えないんですよねぇ……」
着てるのは本当に普通のジャケットにジーンズにスニーカーなんだが……女顔で小柄で細身なのが悪い。顔が完全に母親似で声だけが親父なんだよなぁ……十代で魔術師になるようなガリ勉君だから筋肉も殆ど付いてないし。
二千花は燿の手から鉄塊を摘まみ上げて興味深げに眺める。
「よくもまぁ缶をこんなにできますね。スチール缶ですよね?」
「魔術師ならこのぐらい当然」
「いやぁ、一応端くれではありますけど私は無理ですよ。身体強化との相性がいいんじゃないですか?」
「だから古代魔術は面倒なんだよね。現代魔術は分かりやすくて良い」
古代魔法と現代魔法の違いは相性だろう。古代魔法には人によって得意不得意が出てくる。使えないわけじゃないが、同じだけ魔力を消費しても同じ威力の魔法がでるわけじゃない。昔はそれを才能と呼んでいた。知識さえあれば誰でも同じように扱える現代魔術が出てからは相性とよばれるようになった。
ただ、医療関係者は身体強化と相性が良い場合が多いんだけど……まあ、性格の問題だろうか、厳密に医療関係者ではないしな。ちなみに、外科医なんかは身体強化で長時間の手術を乗り切るとかあるらしい。
「で、何?」
さきほどからニマニマと笑いながら燿と二千花の周りを回っていた百地に燿は言った。
「俺の女、とは大胆だねぇ、燿くぅん」
「「思春期のガキかよ」」
俺と燿のツッコミが被った。にやけ面からしてまさかとは思ったが本当に言うとは……。
百地は分かってるよとばかりに笑いながら燿の肩を叩く。
「ふふふ、まあ私や龍造寺さんのような美人を侍らせたくなる男の気持ちは分かってるさ。恥ずかしがるなよ」
「いや、少なくともハイエルフはない。生の豚肉食わされそうだし」
「はっはっは、何を言っているんだ。苦手な人間には食べさせないよ。美味しく食べられなきゃ勿体ないし」
「え? ハイエルフって本当に生肉食べるんですか?」
「別に変なことじゃないだろう? この国には刺身なんて文化もあるし、九州じゃ鶏肉の刺身料理もあるみたいだし」
「……うんまぁ、それを言われたら何も言い返せませんねぇ」
三人はワイワイガヤガヤとまるで仲間のように喋りながら歩みを再開した。
一応、依頼主と雇われという関係なんだが……まあ、一緒に死線を潜れば人は仲良くなれるのかもしれない。
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