第4話

「オーガを倒さないか」


 百地の提案に燿は思案する。否定ではなくて思案だ。つまり、百地の提案に考えるほどの価値があるということ。それが何かと言えば百地の実力を測ることだ。ゴブリン如きじゃ弱すぎて百地の実力が全く見えない。恐らくオーガでも相手にならないだろうが、それでも問題なく隔離地区へ入れるだけの実力があるぐらいはわかる。

 百地が提案した理由も概ね同じだろう。敵が弱すぎて燿の実力が測りきれない。危険地帯に行くのだからパーティーの実力の一端ぐらいは掴まないと不安だろう。

 判断は燿に任せる。俺は探索者としては安全志向すぎるし、二千花は探索者としての資質はあってもリーダーの資質は皆無に近い。意見は出せても決定するには優柔不断なのだ。


「……分かった。オーガを倒そう」


 燿はオーガを倒すことを選択した。百地は嬉しそうにニンマリと笑い、二千花はやるぞとばかりに両手で小さくガッツポーズをした。漏らすような目に遭ったにもかかわらずトラウマとか恐怖じゃなくやる気見せる辺り心臓にモッサリ毛が生えているのだろう。少しぐらい怯えるとか可愛げを見せても良いだろうに……。

 頭のおかしい二千花の反応はともかくとして、燿の選択は九割方予想通りだ。燿は二千花とは別方向で探索者向きの思考をしている。つまりは、危険があろうともチャンスを掴みに行く精神だ。種族的な傾向として、俺は万が一を気にするからこの手の決断には向かない。


「武蔵」

「773、345の方へ向かうのが一番だ」


 万が一を気にするがゆえに万事に備えようとするのが電子生命という種族だ。百地が提案した時点でルートは考えていた。

 燿は地図が地図を広げて指を指しながら二人に道順を示していく。


「僕が先頭、後方が百地さん、間に二千花。今まで通りの隊列で進む。質問は?」


 二人がないと答えると燿は前進を開始する。二人とも分かっているだろうが確認はしっかりとする。以心伝心なんぞ戯れ言なのだ。しつこいぐらいでちょうど良い。

 決断は大胆に、作戦は綿密に、行動は慎重に。それが生き残る探索者の姿だ。それでも死ぬ時は死ぬのが探索者であるが。




「オーガを倒すとは言ったけど、君達は何か作戦はあるのかな?」

 

 暫く進んだところで百地が話し掛けてきた。喋りつつも警戒を一切怠っていないのは流石ハイエルフだ。

 しっかり警戒さえしていれば会話をするのは良いことだ。虎穴であるダンジョンを無言で歩くのは必要以上に緊張してしまう。緊張のしすぎは疲労を生み、疲労は注意力の散漫を招く。今のタイミングで話し掛けてきた辺り緊張を解すのが目的だろう。


「元々、魔術師であれば拳銃でも倒せる相手だ。当然、作戦はいくつかあるぞ」


 問いかけには俺が答えた。燿も二千花も無言は気にならない性質なので普段の探索はかなり物静かだ。普段はない突然の問いかけに戸惑っていたから俺の出番なのだ。


「倒したことはあるの?」

「もちろんある。ギリギリだったがな」

「ギリギリ? 君らが? 罠にでも引っかかった?」

「よく分かったな。強制転移でバラバラにされていた」

「ダンジョン内部でバラバラとは恐ろしいね。私なら問題ないが龍造寺さんとかかなりマズいでしょ」

「……ずいぶんとよく喋るね」


 黙って歩いていた燿が呆れながら口を挟んだ。


「それはもう、ハイエルフは皆お喋り好きだからね。だから会話を楽しむ文化が発達したのさ」

「その割にはあの面倒な会話はしていないみたいだけど」

「雅は安全な場所でするものさ。狩りの時に誤解を生むような表現は御法度なのだよ」


 会話一つに複数の意味をねじ込み、パズルの如く意味を読み解くのを楽しむハイエルフの会話というのは当然だが誤解を招きやすい。そしてその誤解すら楽しむのがハイエルフという頭のおかしい種族だが、流石に自重すべき時は自重するようだ。まあ、この文化で自重すらできない連中じゃ他種族と対話すら無理だから当然ではあるが。


「それにここは東京、ハイエルフの領域じゃないからね。日本の流儀に合わせるさ。里に居る日本人が我々の流儀に付き合おうとするようにね」

「そんなもんか」

「そんなものだよ」


 燿はさらりと流したが、その辺りは日本が多種族国家として上手く成り立っている重要な要因だ。種族の違いという隔たりは人種やら文化という隔たりよりもかなり大きい。だからこそ連邦国家に近い同盟を組んでいるアングラ大陸諸国も中心となる種族が人口の大半を占めるような構成になっている。日本のように主要種族が半分以下という国は日本以外に存在しない。ユネアスロでは種族的特徴というのはアイデンティティとして重要視され、それを守りつつ不要な衝突を避ける為に種族単位での住み分けするというのが当たり前なのだ。未知に焦がれてやってきたダークエルフや日本に憧れ模倣しようとしたエルフのように、種族単位で他種族に溶け込もうとするのは異例中の異例なのだ。

 そして異例というのはユネアスロだからであって地球の常識では違う。当時の地球では多文化共生が善とされており、日本でもそれが当然であった。日本にやってきて我が物顔で山に拠点を築いたハイエルフに対し日本は敬意を持って接した。正確に言えば繋ぎ役の役人が通常の外交の如く他文化に溶け込む努力をしただけではあるのだが、ユネアスロの常識からしたら異常も異常だった。そしてハイエルフはその異常を敬意と受け取ったのだ。気位の高いハイエルフ達は敬意には敬意で返すことにした。つまり、山に気付かれた日本の文化遺産の保護を自主的に行った。

 こうして日本とハイエルフは有効的な関係を築き上げ、日本はハイエルフを取り込むことに成功した。

 

「ところで……アレがオーガでいいのかな?」


 百地の指した先、広間の影からのっしのっしと大柄の人型が現れた。こちらには気付いていない金棒半裸は間違いなくオーガだろう。ダンジョンを半裸でうろつく狂人の噂は聞いたことがない。


「接触予定の場所よりもまだ遠いですよね?」

「徘徊だろうな」


 二千花の疑問に俺は端的に答えた。

 ダンジョンで出てくる化け物の出現場所はおおよそ決まっているが、希にそこから離れた場所に居ることがある。探索者達はそれを徘徊と呼んでいる。徘徊が現れる理由は全て解明されていないが、原因がハッキリとしているのは今のところ一つである。


「連れてきた探索者は死んでるね」


 ヒクヒクと鼻を動かした百地が何でもないように答えた。

 基本的に階段近くに居座っているオーガが徘徊する理由は逃げた探索者を追うためだ。かつて燿を追っていたオーガと同じように、だ。


「どうする?」

「……気付かれていないのであれば狙撃で終わらせたいけども、それじゃ実力が分からないしなぁ」

「いや、十分な実力は見ている。オーガを目視する前に気付いていたし、誰かが死んでることにも気付いている」


 より遠くから敵の存在に気付くことができる。つまり先手を取りやすいということであり、燿という遠距離攻撃能力があるのだからそれだけでも十分と言える。わざわざ危険を冒す必要はない。


「ある程度実力は分かったんだから後は組み手なり射撃場なりでも十分だろ。勝算があって挑戦するならともかくわざわざ危険に脚を突っ込むのは阿呆のすることだ」

「それには私も賛成だけど言うのが少し遅かった」


 百地が弓を速射する。矢はこちらに気付いたらしいオーガに向かって飛んでいき、顔面に刺さる直前にキャッチされた。威力を増すために重めで、音速近くの速さで飛んでいた矢をだ。


「矢を掴まれるとは聞いてないんだけど?」

「あれは上位個体だな」


 ダンジョンに出てくる化け物の強さは一定ではない。第一層のゴブリンなんかは弱すぎて多少の上下は分かりづらいが、それでも強い個体弱い個体というのがある。強い化け物はその振れ幅が大きい傾向にあり、今戦おうとしているオーガは間違いなく第一層に出て来るオーガとしては最上位だ。強制転移ほどではないにしろ、運が悪い。


「これはお祓いに行くべきでは?」

「祓ってくれよ元巫女さん」


 引き攣る二千花に燿は小銃を構えながら答えた。全力で接近してきていたオーガは回避するように体を横にずらした。銃で攻撃してくると学習しているな。


「狙いやすくした方が良いかな?」

「いや、大丈夫だ」


 燿は軽く答えたが、まあ強がりだ。百地はパーティの仲間ではなく依頼者なのだ。依頼と関係のない場所に連れてきておいて命を賭けさせるわけにはいかない。

 ただ、依頼人がそれに従うかは別の話だ。


「実に良い心がけだ。ただ、生存には全力を尽くすべきだよ」


 ニンマリ笑った百地がオーガに向かって駆け出した。燿は舌打ちをしたがそれだけだ。勝手に動くのであれば止めようがない。ならば彼女の言うとおり生存に全力を尽くすのが一番だ。

 駆け出した百地とオーガが接近し、オーガが金棒を振り下ろした。百地は腰から取り出した鉈のような剣でそれを受け流す。ギャリギャリと火花をチラしつつ金棒は反らされ、走りつつ受け流した百地はそのままオーガの背後に回る。回りつつオーガの脚を切りつけ、振り返りながら攻撃をしてきたオーガの一撃を後方へ下がって避ける。


「君は少々力みすぎだ。ダンスを踊るならもっと雅でないと」


 百地は余裕の笑みを浮かべている。 

 基本的に身体能力の高いハイエルフとはいえども、種族としては狩人だ。オーガのようなゴリゴリの戦士系と比べれば余力は弱い。だが、ハイエルフにはそれに対処する為の近接戦闘術が存在する。他種族のごった煮であるユネアスロでそれなりの勢力を保つには自分たちよりも身体能力の高い戦士に近接で勝てなければどうにもならないこともある、とハイエルフの戦士はとある武術系雑誌のインタビューに答えていた。

 他が握手で互いの手を潰し合ったり対面しつつソロリソロリと後退したりしていた中で思いっきり拳振り上げていた脳筋蛮族達の剣術の基本は受け流しにある。代表的な戦士系種族たるワーウルフの超一流の剣士相手なら厳しいだろうが技術など存在しないオーガ相手があいてだとよく刺さる。

 避ける受け流す当てる。オーガの攻撃は当たらずに百地の攻撃だけは当たる。一方的に見えるがやや不利といったところだろう。結構斬りつけているのにダメージを受けた様子がない。そして百地は攻撃が掠っただけでも死にかねない。まあ、あくまで百地単独であるならばだが。

 

「二千花、オーガがこっち見ていないときに百地に思いっきり手を振って」

「わかった!」


 燿の射撃の準備が整った。やたら時間が掛かったのは慣れない魔法なのと確実性を増すためだろう。

 二千花の合図を見た百地が大きく横に飛んで避ける。その直後に燿が銃を撃った。

 通常の射撃よりも遙かな轟音と共に発射された弾丸はオーガの胴に直撃、上下に裂くとさらに向こうの壁に激突。円形の大きなひび割れを作成した。

 想像を超えた攻撃だったのだろう、二千花が目を丸くしている。


「……なんですかアレ」

「弾丸を磁場でマッハ15まで加速させただけ」

「レールガンって奴ですか?」

「原理としてはコイルガンが近いね」


 手持ちの弾丸で放てる最大の破壊力を持つ魔法だ。撃つまでに時間をかけた理由がよく分かった。衝撃波に対する対策をしっかり施してから撃たないと百地はもちろん燿や二千花も死んでいる。とはいえども確実に殺すことを考えればこれ以上の魔法はない。

 そんな魔法を間近に放たれた百地は満面の笑みでこちらに向けて歩いてくる。


「やっぱり化け物はダンスの相手には向いていないね」

「よくもまあ、そんなに笑っていられるね」


 戦闘中も終始笑顔だった百地に燿は呆れたように言った。そして百地はニヤリと笑い、答えた。


「戦場じゃ笑えなくなった奴から死ぬんだよ。正確には笑うだけの余裕がなくなった奴だけどね。強がりでも何でも理由をつけて笑えるだけの余裕を保っておくのが大事で優雅なのさ」


 そんな蛮族めいた優雅があってたまるか。俺は心の中で突っ込んだ。


「……なるほどね」


 燿は感銘を受けたように大きく頷いた。

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