第3話

「じゃあ、行動予定を決める」


 ダンジョン第一階層、入った直後の階段前で地図を広げながら燿が言った。そして無言で手が上がる。上げた者、手を上げただけでも絵になるハイエルフの百地だ。


「なんで態々こんな所でやるんだ? 上でやったろう?」

「ダンジョンは階段を下った先がランダムだから上じゃ全ては決められないから」

「……妙に階段が暗いと思ったらそんな意味不明な状況にさせられているからか」


 百地は顰めっ面だ。ダンジョン探索者からしたら当然の事だが、ダンジョンに興味のない者からしたらそのぐらいの認知度しかない。ダンジョンが発生した当時であれば誰もが知っているような事だっただろうが、ダンジョンの存在が当たり前となってしまえば自然と興味は薄れていくだろう。


「今のところ上り下りが原因で体に異常が出たことはないので大丈夫ですよ」

「続けるぞ。今日の目的は百地さんの実力を確認すること。それと僕の新しい銃の慣らし。主にこの二つ」


 燿が話をしている間に俺は周囲を見回して位置の特定をする。人間やエルフにとっては似通っていて迷いやすいダンジョン内部でも電子生命である俺なら簡単に見分けが付く。ベテランでもある程度歩かないと場所の特定はできないので俺達の大きなアドバンテージだ。


「百地さんの実力に関しては疑っているわけじゃないけど、実際にどのぐらいなのかは隔離地区に行く前に確認をしておきたい」

「それは私も同じだ。戦力としては私一人で十分だとは思うが、君達の実力は知りたい」


 百地の依頼を受けた後、お互いに何ができるのかというのは話してはあるが、それで全てを知ることは不可能だ。だからこそ手頃な的がいるダンジョンで軽く確かめる必要がある。百地の話が本当かどうかを出身の里に確認しているから彼女が足手纏いになる心配もない。


「稲継君が慣らしておきたいのはその小銃の事かな」

「流石に隔離地区に拳銃で挑むほど命知らずじゃない」


 今回燿が持ち込んだのはエジル造兵廠の6.5ミリ小銃「91プリヴィエート」、通称91プリだ。エルフの国であるアスト王国が独自設計で作り上げた初めての国産小銃、プリヴィエートの91年モデル。初代プリヴィエートは小銃としては太古だが魔法の杖としては最新という評価であり、魔術先進国の底意地を見せた小銃だった。エジル造兵廠が国営から民営に移行した現代でもプリヴィエートは基本設計を大きく変えることなく改良され続けている。

 91プリは技術蓄積が十分進んだ正に現代版であり、機構は古くさいものの動作不良が殆ど起こらないのが特徴だ。初代から弾薬も変更されているため反動や安定性にやや問題はあるが魔術機構は未だ日本製小銃を寄せ付けない。探索者が扱う銃としては定番の一品だ。


「今までは拳銃でダンジョンを探索していたのか」

「第一階層なら拳銃で十分だ。小銃は威力高すぎるし弾薬も高い。どれだけ安全に探索できようとも赤字じゃ生活できない」


 燿の淡々とした回答に百地は渋い顔をした。小銃弾は高い。拳銃弾と比べて弾頭が小さく細長いから芯となる魔法水晶が小さくなるため水晶の質を上げて薬莢内の魔薬の量を増やさないとまともに魔法が発動しないのだ。その分、威力は高いが弾丸の値段も跳ね上がる。ライフル弾を第一階層で使うのであれば試し打ちが精々だろう。


「875.98」

「はいはい……ここが現在地だ」


 燿は方角を合わせた電子ペーパーを地面に広げた。二人はそれぞれのぞき込む。


「さっき言ったとおり今日は探索が目的じゃない。基本的に一直線で上り階段へ向かう。途中、部屋を覗きながら進んで化け物を見つけたらまずは百地さんの確認から。次は僕。済んだらすぐに地上に戻る。質問は?」

「龍造寺さんの武器は変えないのかな?」

「金がない。それに、そいつが銃を使う状況になったら仕事は失敗だろうし」


 百地は頷くと少し考え込んだ。自分がどう動くべきか考えているのだろう。金がないのは見探索地域で稼いだ金の大半を私が移る端末のために使ったからだ。下手に安いものを買うよりも値が張っても良い物を買って長持ちさせたほうが最終的に安くなると二千花が主張し、燿も高性能な物を買うべきと思っていたらしく、多数決で決まった。汎用品ではなく一から設計した受注品になったため端末が来るのはまだ先になる。


「少なくとも、この装備なら第一階層の化け物は全て一撃で殺せる。十全に使えればだけど……問題はない」

「最悪私がなんとかしよう」

「最悪なときはよろしく。他に質問がないなら探索を始める」


 二人の返事を確認し、燿は先導するように歩き出した。



 


 ハイエルフが日本にやってきて最初に確認したのは日本の弓だ。和弓にも強い興味を示したが、コンパウンドボウという力学と機械工学の固まりを見たハイエルフは即座に導入。そして狩りに使用するために自分たち好みに改造を続けた。競技用という縛りから外れたその弓は銃に使用される魔法水晶の技術も合わさって銃器と並ぶ遠距離攻撃兵器として分類されるに至った。まあ、ハイエルフの弓は併合以前の物でライフル用の防弾チョッキを貫くような代物ではあったが。

 平均ドローウエイト300キロとかいう頭の悪い蛮族弓を百地は琴でも弾くようにポンポン放ち、全てが部屋にいたゴブリンの頭を砕いていた。


「本気じゃねえな?」

「矢が勿体ないじゃないか。お金は大事だろう?」


 突っ込む俺に百地はしたり顔で言った。そして鼻歌を歌いながらゴブリンの頭に刺さった弓を回収していく。


「分かってはいたけども凄いな」

「相手がゴブリンだからというのもあるがな。まぁ、少なくともオーガと戦えるぐらいの実力はあるだろう」


 オーガの場合はゴブリンのように一撃必殺とはいかないだろうが。


「つまり私達よりも強いってこと?」

「オーガに大苦戦したからなぁ……」


 俺達は実力はともかく経験がない。経験がないから不意に弱く、一撃で倒せるはずのオーガ相手にあれだけ大騒ぎしてしまったのだ。それに比べて百地は落ち着いている。探索者でないが狩人として異常個体を狩ってきたのだ。動きの所作も無駄がないというか、動作一つ一つに慣れと最適化が見える。燿の動きがいかに洗練されていないのかよく分かる。


「次は稲継君の番だね」

「まぁ、依頼したことを後悔されない程度に頑張るよ」


 百地の動きを見たせいか、緊張した面持ちで燿は先へと進む。五部屋ほど空振りしたのち、今度は大鼠が七匹居る部屋にたどり着いた。


「多いですねぇ……いつも多くて五匹なのに」

「手伝うかい?」

「……ま、一応準備だけはよろしく」


 不要と口を開きかけ、やや不機嫌そうに燿は言った。百地は満足げに弓を準備する。


「変なプライドがないのは素晴らしいね」

「それで怪我するのはバカらしいからな。じゃ、目を瞑れ」


 燿はそう言うと、ポケットから10ミリ弾の弾頭を取り出して部屋へ投げた。部屋の中央辺りで弾頭が猛烈な光を放った。何も見えなくなるほどの強烈な光に大鼠たちは恐慌を引き起こす。燿はその場に立て膝でしゃがみ、膝の上に弾倉を乗せて構え引き金を引く。軍で学ぶ基本の射撃姿勢の一つ、しゃがみ撃ちの応用だ。安定した姿勢での射撃により動き回る大鼠にも当たる。6.5ミリ弾を喰らった大鼠は弾けるように炎に焼かれて原型を留めないほどに黒焦げになる。本来であれば銃撃に反応し一斉に襲いかかってくる大鼠たちは光による恐慌で纏まることができず、燿は素早く一匹づつ殺していった。


「やっぱりオーバーキルだな……」

「さっき投げたのはなにかな?」


 目を瞑るのが遅れた二千花が蹲っているのを無視し、百地が今日意味深げに問うてきた。燿は弾頭を一つ渡す。


「拳銃の弾頭だよ。それだけでも魔術を発動するには十分だからな」

「現代魔術……疑っていたわけじゃないけども、二十歳にもなっていないのに本当に扱えるとは」


 百地はしげしげと弾頭を見つめながら感心するように言った。現代魔術は知らずとも魔術の素養があるから封じてあるのが火焔の魔術であることがなんとなくわかるのだろう。現代魔術の厄介さは魔術を知っていればこそよく分かるものだ。

 そして燿に弾頭を投げ返した百地は面白そうに笑いながら言った。


「せっかくだからオーガを倒さないか?」


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ちょっとルビコン3でコーラルキメてくるので投稿がおくれるやもしれません。

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