第2話

 ハイエルフという種族がいる。元はユネアスロの種族でエルフやダークエルフと共に日本に移民としてやってきた。姿形がよく似ていることや様々な習性からエルフの原種とも言われる彼らは基本深い森に拠点を築く。日本でも同じで彼らは北は北海道南は九州まで様々な森林に住み、そこで狩りをしながら生活している。生肉を好んで食うらしい。つまりは蛮族である。魔導文明の発達した現代にもかかわらず太古の暮らしをする蛮族だ。なんせ、今目の前にいるハイエルフも弓を背負っているのだ。こいつらどんだけ文明を拒んでいるんだ。銃を見せたら「なんだこの鉄の塊は?」とか言いそう。

 そんな余所からやってきた蛮族は見事な愛想笑いを浮かべて燿達と同じテーブルに座っている。あーあ、面倒くせえ……。


「で、ハイエルフがなんの用件ですかね」


 平常心を取り戻した燿が警戒心も露わに問う。実際、いつでも立ち上がれるように浅く座り直し、ポケットに入れている弾頭を掴んでいる。目の前のハイエルフはそれに気付いてはいるようだが、特に気にする様子もなく深く優雅に腰掛けている。


「こういうときはまずは自己紹介からははじめるものだよ。私は百地末莉だ」

「あ、龍造寺二千花です」

「……稲継燿」


 ハイエルフらしく優雅に自己紹介をする百瀬、素直にペコリと頭を下げる二千花、俺は警戒して居るぞとばかりにボソリと呟いた燿。物の見事に三者三様の自己紹介だった。


「君は?」

「武蔵だ。名字はない」


 俺も問われたのでサラッと答えておいた。血族ではないが家族ではあるので名字を稲継と名乗っても良かったのだが……小っ恥ずかしいのでやめておいた。意味ありげに見てくる猫被りには後で報復をしておこう。鬱陶しい視線を消す為に話を進める。


「で、なんで見るからに新人丸出しの俺達に依頼を頼もうとしたんだ?」


 俺の問いに百地は悩むように顎に手をやる。ハイエルフは蛮族なだけに身体能力が高い。先ほどの俺達の会話を聞いてから話し掛けているはずだ。そうでなくとも成人したようには見えない若い二人組、ベテランどころか中堅なんて名乗っても鼻で笑われるだけだ。


「そうだな……その前に、飲み物を注文しても良いかい?」

「別に構わない。僕も注文しようと思っていたしね」


 燿が即答し、百地は目を丸くした後に破顔した。即答した当たり問いを予想をしていたな、まあ返答は問題ないから文句はない。燿が言わなければ俺が似たような事を答えていた。分かっていないのは見るからにクエスチョンマークを浮かべている二千花だけだろう。ダークエルフは迂遠な会話が苦手だから仕方ないが。学者肌なせいか直接的な表現を好むのだ。内容は理解はできないけどその手の会話である、ということは理解しているだけ二千花は大分マシである。

 逆にエルフやハイエルフは迂遠な言い回しを好む傾向にある。特にハイエルフはそこに優美さや楽しみを見いだしているらしく、あいつらと喋るのは面倒くせえと他種族から評判だ。

 今回の場合で言えば飲み物注文をする、ということは喉を潤す程度の会話をするということであり、つまりは依頼に興味はあるのかという問いかけだ。それに了承を即答するというのは前向きに考えていると言っているに等しい。そしてハイエルフの文化を理解しているし尊重もするという宣言でもある。ハイエルフの言い回しとしては初級も初級であるが、それでも彼女の流儀に会わせたのだ。

 いくら日本の国土に森林が多いとは言えハイエルフは圧倒的少数派、総人口の1%以下だ。ただでさえ面倒くせえと言われているハイエルフの会話文化を総人口の半分以上を占める人間が理解し尊重すると言動で示したのだ。他種文化の尊重が社会正義として掲げられているがそれを実践できている者は存外に少ない。地元からこんな所に来て普段していたような会話文化を楽しめていなかったであろう百地にしたら、初級の初級とはいえ乗ってくれるだけで嬉しいだろう。それが文化の尊重ではなく処世術なのが燿なのだが。拒絶だけでは無闇に敵を作るだけだと理解した燿が俺のアドバイスに従った結果である。

 動機はどうあれ百地に対して敬意を払い尊重したのは事実である。そのことに気を良くしたのか百地はご機嫌な様子で店員に注文し、店員の頬を真っ赤に染め上げていた。


「さて、それじゃあまずは武蔵さんの質問に答えようか」

「何故私達に依頼をしようとしたのかですよね? 依頼とかってクランがやるものですよね?」


 二千花は当たり前のように述べたが厳密には違う。警視庁ダンジョン管理課が探索者に対しての依頼を広く募集しており、依頼内容を精査しこなせそうな探索者を紹介するという仕組みがあるのだが、紹介されるのが基本クランのメンバーなだけである。兎にも角にも無法者粗暴者という探索者のイメージを払拭するために考えられた施策が依頼の公募であり、ゆえに真面に紹介できるとなると比較的真面であるクランのメンバーになるのだ。つまり、クランに所属していないのは基本無法者か粗暴者である。

 

「理由としては、まず私はあまり戦力を求めていない。私は戦えるからね」


 そりゃそうだろうね。テーブルに立てかけてある弓が見せかけだったらそれはそれで面白いが。


「それと身内の恥をあまり大勢に知られたくない」

「やっぱりそういう事案か」


 今までとは打って変わって忌々しそうに百地は言った。ハイエルフは日本国内にて自治に近い生活をしている。エルフやダークエルフが日本に溶け込んでいるのにハイエルフが特別扱いなのはもちろん理由がある。地球とネスユアロが融合して暫くすると野生動物の中に異常個体が現れるようになった。熊ほどのサイズの猪や五メートル近い熊、時速二百キロで走る狼に角が生えてやたら殺意の高い兎など様々だ。ハイエルフはこの異常個体を狩るというのを政府から依頼されており、そのために政府は便宜を図っているのだ。ダンジョンや隔離地区などの厄介ごとを抱えていた政府にとってわざわざ森林地帯に住んで異常個体を狩ってくれるというのは渡りに船だった。

 そんなわけでハイエルフは基本森の中から出てこないのだが、出てくる理由の一つとしてハイエルフの里から逃げ出した犯罪者を捕まえるためというのがある。百地が出てきた理由はそれだろう。

 そうなると、何故探索者を雇う必要があるのかだが……まあ、これは予想がつく。ハッキリと言わずとも二千花にもわかるだろう。

 百地がテーブルの上に東京の地図を広げ、紐の付いたクリスタルを取り出す。


「これは我々に伝わる秘術だ」


 百地が地図の上でクリスタルをぶら下げて何やら聞き取れない呪文を呟くと、クリスタルが紐を引っ張るように動く。古典魔術の一種、陰陽道のような古典詐欺とは違う本物の古典魔術だ。呪文に聞き取り防止が掛かっている辺り相当に手が込んでいる。正に秘術と言うべき魔術だ。


「目的の人物が居る場所を探し出すことができる。つまりは、ここだ」


 クリスタルに合わせて手を動かすと、途中で範囲を示すようにグルグルと回り始めた。旧江戸区を中心とした一帯、隔離地区と呼ばれる一帯だ。


「ここに行くのに、君達の力を借りたい」

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