第二章
第1話
「そろそろ、前衛が欲しくない?」
燿が唐突に言うと二千花は首を傾げた。
今居る場所は砦内部にあるカフェだ。対スタンピードを目的として作られた砦なので人員と武器弾薬を保管する部屋も多く作られたのだが、スタンピードに対して研究が進んだ結果、人員も武器弾薬も常設するには過剰だと判明した。物を置くというのはそれだけで経費が掛かる。特に弾薬のような消費期限のあるものは。そうなると当然空き部屋がでる。だからそこを民間企業に貸し出して砦の運営費に充てようという考えに至るのは当然だろう。
俺達がカフェに入り浸る理由はダンジョンにある。潜ったら出た場所が下り階段が近くて上り階段が遠いという、まだ第一階層で実力を整えたい俺達としては都合の悪い場所だったのだ。これは今日は休めという天の思し召しだろうということで探索を止め、二千花が一度来てみたかったというこのカフェに来たのだ。
「分からないですねぇ。私、戦闘は専門外ですから」
探索者の癖に戦闘が苦手というこの女。実際、神社の巫女から勢いで探索者になったのだから専門外ではある。治癒術と嫌がらせが得意な女だ。
ひと月前、探索者初めて数日で強制転移に引っかかったりオーガと戦ったりダンジョンを深夜まで彷徨い歩いたというのにパンツノーブラ白ティーを燿に見られたことに一番気ショックを受けていた図太い女である。精神面で言えば間違いなく燿よりも探索者向きだろう。
「銃だけじゃ駄目なんですか? 併合前の地球だと銃火器がメインだったみたいですけど」
「銃だけじゃ駄目だと中国が証明したんだよ。学校の授業じゃそこまで細かくやらないけど」
二つの世界が融合して一年も経たないうちに中国はユーラシアとアメリカの間にあるアングラ大陸へと侵攻した。アメリカは物理的に遠くなり、アングラ大陸の種族が剣と弓を主兵装としていたから簡単に侵略できると判断したのだ。結果を言えば中国の侵攻軍は殲滅させられた。身体強化で人の数倍の速さで駆け回り、多少撃たれたぐらいでは物ともせず、軽車両は当たり前のように剣で叩き斬られ、中には戦車すらも斬る者がいる。アングラを嘗めていたため元々それほど大部隊ではなかったのもあるが、それでもそんな想定外と戦った中国陸軍は簡単に殲滅させられた。
この事に中国は異世界の国を脅威に感じたが、アングラ大陸諸国も中国、というか異世界の軍隊に脅威を感じた。高速で空を飛び、高速で鉄の固まりを動かし、高速で海を渡って攻めてくる軍隊は彼らにとって想像を超えていたのだ。
アメリカが遠くなった途端に暴れ始めた中国に日本は危機感を抱いた。すでにアングラ大陸の国、正確に言えばエルフの国、アスト王国と接触していた日本は中国に関する情報を即座に流した。アスト王国のエルフ達が自衛隊の船を見て驚いていたので陸戦は無理でも海戦は勝てると判断したのだ。そしてアメリカに中国が暴れ始めた情報を流した。アメリカとしては中国に拡大されるのは大変困るがアングラをすっ飛ばして軍を送るのは不可能だった。なので核兵器の使用に対して警告した。
そして日本とアスト王国は異例の早さで友好及び技術交流の為の各種条約と対中軍事協定を結んだ、というのが今日まで続く併合世界の第一歩目の歴史だ。
歴史はともかく、現代の陸戦はア中戦争の影響が未だ濃い。戦車や装甲車のような車両はともかく、歩兵に関しては剣兵、槍兵、魔術兵、弓兵の四つの組み合わせが基本となっていて、探索者もそれを参考にパーティーを組み立てている。
「第一階層ならまだしも、第二階層以降は前衛がいないと厳しいと思うよ」
「だからってどうやって見つけるんですか? 浜近さんに拒否られましたし」
俺がいるとはいえ実質二人で探索というのは危険なので受付で募集をかけてくれと相談したのだが、拒否されたのだ。理由としてはヤベー奴しかいないけど本当に欲しい? とのことで。向こうとしては期待の新人たる我々にゴミカスと組ませなくないらしい。本音としてはどこかのクランに入れだろうが。
「二千花はクランに入りたい?」
「面倒くさそうで嫌です。人が多いと自由ができませんし」
「だよねぇ……僕も嫌だなあれは」
俺達が探索家となっては一月。まだまだ新人ではあるが、それでもある程度周りが見えてくる。つまり、クランの探索者達がサラリーマンとしか見えなくなる。個人でやりたい放題やっているとクランには入りたくないなと思うだろう。天の思し召しだと探索止めてカフェでのんべんだらりしていたら余計にそうだ。
今居るカフェから受付の方向を見るとちょうどクランメンバーらしい一行がいる。探索者とは思えぬ妙に小綺麗な服装をした二十代前半であろう青年達が中年に率いられている。まるで軍隊の如く縦隊で移動しているあたり厳しく躾けられているのがよく分かる。協調性の欠片もない燿にアレは無理だろうし、なんだかんだで典型的ダークエルフっぽい二千花にも無理だろう。
そんな感じにサラリーマン探索者をダラダラと眺めていたら声をかけられた。
「ちょっといいか?」
ヴァイオリンのような声に燿と二千花は視線を向け、相手を確認し固まった。それはとんでもない美人であった。燿よりも高い位置から流れる透き通るような金髪に男のようにも見える凛とした容姿、何よりエルフよりも長く尖った耳が特徴的だった。ハイエルフだった。
「用件は?」
「おや、電子生命とは珍しい。座って良いかな?」
「だから、まず用件を言え」
二人の代わりに俺が対応する。ハイエルフはクツクツと愉快そうに笑う。その笑う姿すら絵画のようで、こいつらいちいち格好つけないと行動できないのかと思う。
「東京の人達は疑り深いというのは本当なんだな。東京の外から来たから、なかなか新鮮な感覚だ」
「で、用件は?」
立ち直った燿が舌打ちをしながら問う。これは不愉快だからではなく、人間不審なだけに妙にフレンドリーな相手は苦手としているからだ。二千花のように身内にせねばならない相手ならともかく、全くの赤の他人に近付かれるのは話が別だ。
燿の様子を見てどう思ったか、ハイエルフは苦笑いしつつ答えた。
「君達に頼み事があるんだ。依頼がしたいんだ」
ハイエルフからの依頼、つまりは厄介ごとだ。
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